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第5章「天使と勇者」27


「聖都の皆さんに殺意を抱いてしまったことについて、その願いの取り消しをお願いします。あの……これでいいのでしょうか?」


 目を覚ましたリナに事情を説明したのち、わたしたちは、聖都の滅びを願ったことについて取り消すようリナに頼んだ。

 リナは素直にそれに応じると、『ご迷惑をおかけしました』とわたしたちに深々と謝ったのだ。

 田舎で育った娘にしては、と言うのも失礼な話かもしれないが、とても丁寧な口調と真摯な態度だった。


 それに引き換え……


「そういえば、あなたたちもありがとうね。来てくれて本当に助かった。一時はどうなるかと思ったわよ」

 そんな感じに、わたしがリナの友人達五人に礼を言うと。


「はぁ? ってかあんたのためじゃないっての」

「ってか誰? さっきは偉そうに命令してくれちゃって、何様って感じ?」

「ウザいんだけど。人のこと利用しといて、言うことはそれしか無いわけ?」

「わたしらのことナメてんの? ホントやってらんないんだけど」

「まだ何かアタシらに用があんの? ガキはとっととクソして寝てなよ」

「………………」


 地面に唾を吐きながらヤンキー座りをする、五人の戦乙女(ヴァルキリー)

 その後も、「死ね」だの「ウザい」だの「キモい」だのと、わたしは理不尽な言葉が投げかけられ続けた。


「ねぇクリス。助けるんじゃなかった、とか思っちゃ駄目かな?」

「香澄さんがそれでいいのなら、今からでもあの五人の首を刎ねて差し上げますが?」

「うん、やっぱり今の無し。わたしが我慢することにする……」


 だって、わたしがここで怒ったら収拾がつかなくなるのが目に見えている。

 さっきからクリスが、ナイフを眺めながら、ときどきクスリと笑うのだ。


 もうヤダ。一件落着したんだから、早く帰りたい……


「ちょっと、あんたたちねぇ! 命を助けてもらったんだから、きちんとお礼を言いなさいよ!」

 リナが不良戦乙女(ヴァルキリー)達を叱る。

 まるで学級委員長みたいだ。

「あぁ? リナ、それどういうことよ?」

「さっきの話、聞いてなかったの!? わたしたちは殺されたの! 本当はわたしたち六人、天使を呼ぶための生贄にされて全員死んでたのよ!

 それをあちらの魔族の方々が助けてくれたんじゃない! それも、わたしたちが人間であるのにも関わらずよ!!」

「なっ、それを早く言いなよ、リナっ!」

「さっきからそう言ってるじゃない! ほら、助けてもらったときはどうするのよ?」


「「助けていただき、ありがとうございましたぁっ!」」


 わぁお。お見事。

 さっきまでヤンキー座りしていた五人が、背筋を正して頭を下げてきた。


「さすが委員長……」

「『委員長』は分からないですけど、当然ことをしただだけですよ」


 いえ。普通はああいう輩は、素直に人の言葉を聞かないんです。

 お父さんが苦労していたから、わたしにはよく分かるんです。


 空を見ると、太陽はもうかなり低くなっていた。たぶん午後の四時ぐらいだろうか。

 そしてわたしたちが、「じゃぁそろそろ戻ろっか」と、聖都へ足を向けようとしたときだった。



「シャリリアから馬を飛ばしてきたのですが、どうやら一足遅かったようですね……いえ。最高の場面に出くわすことができたと言うべきでしょうか」



 若い男の声に、わたしは振り返る。

 そこには灰色の髪をした、細身の青年が立っていた。


「……なによ、こいつ」

 戦乙女(ヴァルキリー)の一人が呟く。

 ひしひしと伝わってくる重圧。魔力のものとは違った凄みが、その男にはあった。

 歳は三十ぐらいだろうか。真っ赤な服と対照的な白い肌。落ち着き払った口調、敵意とは縁遠い笑顔、それでもその男は近づき難いほどの雰囲気を纏っていた。

 その右手には、金の装飾が施された一本の槍。それはわたしがこの世界に来たときに手にしていた聖剣と似た雰囲気を放っていた。


「アルベルト……」


 ぽつりと呟いたのはクリスだった。

 クリスの目は驚愕に見開かれ、次第に怒りを帯びていく。


「クリス、知ってるの?」

「ええ。アルベルト・アインズゴールド・シュタイナー。『崇浄連』(世界崇高清浄連盟)の上層部に名を連ねる、聖槍に選ばれた人間。そして、十年前にわたしの村を焼き払った男よ」

「なっ……」

 わたしがアルベルトを睨むと、灰色の髪の男は微笑んだままの顔で言った。

「ああ、旧魔族領のことですか? ええ、本当のことです。憶えていますよ。そういえばあのとき、魔法を一切使えない魔族の女の子を一人見逃しましたが……もしかしてそちらの方があのときの娘でしたか。今日まで生きながらえてこれたみたいですね。見逃した甲斐があったというものです」

「なんですか、それは!? わたしはあんたを殺すために、今日まで生きてきたのよっ!!」

「恨まれる覚えはありませんよ? あのとき私は力を示しました。それでもあなたのお父上とお母上が、愚かにも私に向かってきたのですよ」


「ふざけるなぁぁぁぁっ!」


 激昂したクリスがナイフを取り出たのと、アルベルトが落ち着いて槍を構えたのは同時だった。

 クリスが一歩踏み込む。

 魔族のそれは人間の一歩を遥かに凌ぎ、水平に跳躍するようにクリスは僅か一歩で間合いを詰めた。

 しかしアルベルトもそれに反応し、自分の首を守るように槍が構えられる。

 直後、金属同士のぶつかり合う甲高い音。

 まるで槍にナイフが誘われているのではと感じてしまうほど、完全な見切りだった。

 クリスの斬撃は幾度も槍の柄で防がれ、けれどアルベルトも間合いを詰められた状態では槍を大きく使えていないようだった。

 反撃の隙さえ与えないクリスの攻撃に、甲高い音が鳴り続けた。

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇぇぇぇっ!」

 けれど、ぽつりとアルベルトが呟く。

「やれやれ。どうやら話のできる状態ではなさそうですね」


 直後、寒気のようなものを感じた。

 わたしは左足に力を込めると、感覚のない右足のせいで体を傾けながらも走った。


 アルベルトの目が、顔が、鋭く真剣なものに変わったのだ。


「お尋ねします。あなたは私の敵ですか?」


 駄目、クリス! その質問に答えちゃ……


「そうよ! あなたはわたしの敵で、わたしはあなたの敵です!」

「では、仕方ないですね」


 直後、クリスのナイフが防がれると同時に押し返される。

 クリスは五つの魔法を同時に発動させたが、それらは全て聖槍の穂先に射抜かれて消滅する。

 背後に跳躍したアルベルトは、槍の先端をクリスに向け、着地と同時に再びクリスに詰め寄る。


 アルベルトがどう動くかなんて分からなかった。


 だけどクリスがそこにいてはいけないと感じた。


「ちょっ、香澄さんっ!?」


 だからわたしは、左足に力を込めると、思い切りクリスを突き飛ばした。


 槍がわたしの喉へと迫る。

 そもそも身体なんて、右半分の感覚がないのだ。例え今が宙に浮いた状態でなくったって、避けられやしない。


 けれど、槍の穂先はわたしの首に届く寸前で止まった。

 ジョンにリナ、戦乙女(ヴァルキリー)達が、アルベルトに刃を突きつけていたのだ。


「アルベルトさん、槍を収めてください。そうすればこちらも刃を下ろします」

 ジョンの言葉に、アルベルトは首を横に振った。

「いえ、小さな魔族さん。条件を出すのはこちらの方です。私はこう思っています。魔族が人間を依り代に天使を降臨させ、聖都の壊滅を目論んでいたのではないかと。そうでなければ、魔族と天使が共にいるなど、説明がつかないのです」

「違います。それは……」

「そして先ほどから様子を伺っていた限り、あなたがたの中心はこの少女のようです。ならば私は、刺し違えてでもこの少女を殺さなくてはいけない。今この瞬間に刃で貫かれようとも、私はこの少女を殺します。この状況であっても、条件を出すのはこちらなんですよ。それに……」


 それは、本当に一瞬だった。

 目にも留まらない速さで一回転した槍が戦乙女(ヴァルキリー)六人とジョンを弾き飛ばす。

 一歩でクリスへ詰め寄ったアルベルトは槍の柄でクリスの腹を殴打し、振るったナイフを叩き落して肩口にもう一撃。

 クリスの身体が浮いた隙に、再びわたしのところへ戻ってきたアルベルトは、わたしを力づくで立たせると、


「ナイフの彼女以外は、殺気がまるで足りません。怖くもなんとも無いんですよ」


 そう言って、わたしの首に槍の穂先を突きつけた。


 ひんやりとした感触が首の皮膚に伝わる。

 僅かにちくりとした痛みが、全身を強張らせる。

 息をするのさえ怖い。指一本さえ動かせない。

 風の音で乾いた木々がカラカラと揺れ、再び沈黙が訪れる。

 穏やかな表情と優しい口調の奥にある、真剣な瞳がどこまでも怖かった。


 そんな中、森から一人の兵士がアルベルトの下へ駆け寄る。

 その兵士はアルベルトに敬礼をすると、それからこう告げた。

「討伐隊四百名、配置完了しました」

「なっ……四百っ!?」

 足音が次第に増え、本当に四百人の兵士がわたし達を取り囲む。

 それはアルベルト一人で梃子摺っているわたしたちにとって、もはやどうしようもない戦力差だった。


「さて。では、私の要求に従っていただけますか?」


 それは、ゾッとするほどに冷たい声だった。

 本当はジョンだけでもこの人数ならどうにかできるだろう。わたしを見捨てれば、ジョンとクリスならチナたちを連れて逃げ切れるはずだった。

 それなのに、声が出なかった。

 それを口に出そうものなら、わたしは本当に殺される。

 理性ではそうすべきだと理解している。けれども唇を引き剥がしたところで、喉から声が出てこなかった。

 助けて欲しいわけじゃない。わたしを見捨ててでも無事に逃げて欲しいと思う。

 けれどそれでも、たった一言がこの口から出て来てくれはしなかったのだ。


 けれど、そのときだった。



「いいや。それでも要求を出すのは君ではない。我々の方だよ」



「なっ!」

 アルベルトが、そしてその場にいた全員が、突然の声に驚く。

 アルベルトの言葉に、しかし答えたのはジョンでもクリスでも、戦乙女(ヴァルキリー)達でもなかった。


 声のしたそこには、黒い髪に赤い瞳をした少年が立っていた。

 その背後に、虎の肩当をした大男、龍の翼をした青年、金髪に白衣の少女、そして人形を手にした白髪とピンク髪の二人の少女を侍らせて、黒髪の少年はマントを翻しながら一歩、また一歩と歩み出る。


「聖都は我々が包囲した。数にして三千――それだけの魔族を相手に、僅か四百人で立ち向かってみるかい? 聖槍に選ばれし人間よ」

 三千――それは厨房を預かるわたしが、よく知る数字だった。

 つまりそれは、魔王城にいる魔族全員を表していたのだ。

「……あなたは、もしかして」


「ああ。パンタグリュエル王国の現魔王、ガルガンチュア三世。私が、シモン・ガルガンチュア・ディアボロスだ」


 そう言ってシモンは、深く深く(わら)った。



区切りの付くところまで書いていたら、4000字をこえてしましました。

一気に読んでほしいなとおもいつつ……長い!!

お付き合いいただきありがとうございます。


リナ委員長は、村のヤンキー娘達の面倒をよく見てくれていた子です。

最初は「うっせぇなぁ……」「あたいらの勝手だろ?」と言っていた五人も、いくら突き放しても諦めないリナに根負けして、今日に至ります。

なんだかんだで好意を向けられていることが分かってしまうので、五人もリナを嫌いになれなくなっちゃいました。

そういうのを想像すると微笑ましいですね。

ん、わたしだけ?


ちなみにヤンキー5人のせいで、リナは近隣の村人から恐れられる存在に昇格してしまっています。

世界が違えば『スケ番』と誤解されていたことでしょう。

噂が独り歩きし、おつかいで一人、隣村に行ったときなどは『スケ番』と同一人物だと気づいてもらえません。

「あら、トニカ村のリナさんっていうから、ちょっと身構えちゃったわ」ってよく言われるけど何で?って、当の本人は首を傾げています。


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