第5章「天使と勇者」28
「さぁ、人間。まずは答えてもらおう。私の要求に是か非かを」
「何をさせるつもりですか?」
「まずは私の部下を解放していただこう。だが、聖都もこの状況だ。君に私の要求が如何様のものであれ、断ると言う選択肢は無いはずだが?」
「……この場所は包囲されていないようだが?」
「心配は無用だ。私の背後にいるのは四天王の青龍と白虎であり、彼らのうち一人でも、四百人程度はすぐに殺してみせるだろう。それを承知で挑んでくるかね?」
「……いえ、私の命でできる範疇ならば、可能な限り要求は呑みましょう」
「いい返事だ。それで構わない」
アルベルトが槍の穂先を、わたしの首元から下ろす。
人質から解放されて、わたしはとりあえず安堵した。
「香澄さん、ご苦労だったね。偵察だけで良いと言ったはずだが?」
「そうね……今回はかなり危なかったかも。でもまさか応援が来てるなんて知らなかったわよ」
「イチゴとミルクの持っている『お師匠様人形』とやらが、そちらの様子を伝えてくれてね。お陰でこうして間に合うことができたんだ」
「そっか。そういえば元々プチ達は、イチゴとミルクのためにノノが作ったんだもんね。でもわたしは、魔王様自らが応援に駆けつけてくれたことに驚いてるんだけど?」
「それこそ当然のことだよ。事態の大きさに見合った戦力を用意しただけさ。香澄さんの計略と皆の尽力のお陰で、何とか切り抜けられたようではあったけどね」
それからシモンは再びアルベルトへ目線を向けた。
「話は聞かせてもらっていた。では二つ目の要求だ。私の部下の首に槍を構えて、君はどのような条件を出そうとしていたか話してもらおう」
「状況の詳しい説明を。槍の前に飛び出したそちらの少女の性格、助けに入った仲間達の表情――それらから、私の憶測が正しくは無かったという可能性を考慮し、詳細な説明を要求するつもりでした」
「なるほど、聡明な判断だ。状況は私も把握しているが……そうだな、その説明するのには私よりもっと適任の者がいるようだ」
シモンはそう言うと、アルベルトの背後を指差した。
「ええ。その説明は、私達からさせていただきたい」
枯れ木の間から現れたのは、ロザと警邏隊の仲間達、そしてその横には、ワイト大司教の姿もあった。
「皆様、この度はご迷惑をおかけしました」
そうワイトは頭を下げると、この街で起こった全てを語った。
抑止力のために天使を降臨させたこと。そのために旧魔族領の娘を攫ったこと。思惑と反して、天使が聖都を襲ったこと。聖都の人間を守るために、魔族がその天使を止めたこと。
それを聞いたアルベルトは、愕然とした表情をしていた。
「聖都が、魔族に助けられたと言うのですか……」
「はい、その通りです。アルベルト殿、申し訳ありません」
「いや、責めているわけではないのです。ワイト大司教、あなたと同じく戦争を経験した身としては、お気持ちは察しましょう。 ……ですが今回は、魔族側に義があるようですね」
「ああ、そういうことだ」
シモンがアルベルトに言う。
「我々は魔族だ。私の合図で、五分後には聖都の人口である四万六千人を皆殺しにできる。だがそれも、私たちにとっては何の得にもならない。なので私は、旧魔族領の返還を要求する。悪い取引ではないだろう?」
「……なっ! ふざけないでいただきたい! それでは戦争の種火になるだけではないですかっ! 第一、そこに暮らす民はどうなるというのですか!」
「おかしなことを言うものだな、『崇浄連』のアルベルトよ。あの場所に住んでいる者達は人間ではない――市民権を与えないと言うことはそういうことであり、それは君達が決めたルールだ。だから私が言っているのだよ、魔族の国で、人として当然の暮らしを送らせてやると」
「信じられませんね。人間を恨む魔族がそんな温情を掛けるなど、あるはずがない!」
「そう。それだ」
シモンがアルベルトの左胸を指差す。
それからその場にいる全ての人の顔を見回した。
「それが一番の問題なんだ。私は魔王だ、その言葉を投げられても仕方のない立場にある。けれど貴様は知っているはずだ、天使は魔族の天敵であると。
先ほどと同じ言葉を、天使から身を挺して聖都を守った私の部下達にも言うことができるのか? 私には貴様の眼が、それほどまでに節穴には見えないのだがな」
「………………」
もしかしてシモンは、本気で旧魔族領の人間達を助けようとしているのだろうか。
土地が欲しいわけでもない。人が欲しいわけでもない。
ただ人間なのに人間から仲間として扱われない人々が不憫で、この話を口にしているのではないだろうか?
おそらくアルベルトもわたしと同じ考えに思い至って、考え込んでいる。
しかし暫くしたのち、やはりアルベルトは首を横に振った。
「すみませんが、それは難しいですね。例え旧魔族領の民が望み、私が賛同したところで、上が納得しないでしょう。おそらく戦争に発展してしまうこともありえるかと」
「私もそう思う。残念なことに、現段階ではまだ魔族と人間は相容れない関係というのが一般的だ。実現は難しいだろう」
「……だったら、何の意味があってあのようなことを言ったのですか?」
「意味ならあるさ。君の為人が見えてきた。さて、アルベルトはこういう人柄だ。余程の無茶ではない限り、協力してくれるだろう。
香澄さん。この状況で、あなたはどうしたいと思う?」
「ほへ? ……え!?」
……って、ってか、えぇっ!
この状況で、バトンタッチって!!
「わたし!? この状況で錚々たるメンバーを差し置いて普通、わたしに振る!?」
「命令を無視してこの状況を作ったのは香澄さんだ。最後まで責任を持ってもらわなくてはね」
「……もしかしてシモン、怒ってる?」
「いや。むしろ逆だよ。だから君の考えを尊重したいんだ。全てを丸く治めるために、君ならどうしたい?」
「………………」
もしかしたらシモンの中で、もう結論は出ているのかもしれない。
わたしは何度も何度も考えて、けれどベストな方法はこれしかないと思った。
「あの……怒らないで聞いて欲しいんだけど」
そう前置いて、わたしは言う。
「今回の件、魔族の仕業ってことにしない? アルベルトが最初に誤解したとおりにさ」
「「はぁ!?」」
この場の全員が驚きの声を上げる中、シモンだけは腹を抱えて笑っていた。
シモンに「続けて」と促されて、わたしは言葉を続ける。
「わたしたち魔族側が天使を召喚して聖都を襲わせたことにする。そして、その危機から聖都を救ったのが、旧魔族領の少女達ってことにするの。まぁ実際に戦ってくれたしね」
「はぁ? どうしてあたしらが聖都なんか守んなきゃいけないのよ?」
「うっさい黙れ戦不良娘。最後まで聞きなさいよ。あんたたちにはもっと大変な仕事を押し付けるんだから」
「それこそ意味わかんねぇし! ……痛ってぇ!」
リナに怒られて、不良娘達が静かになる。
リナに「ありがと」と言うと、わたしはまた話を再会する。
「あとはこれを、聖都の人たちに説明できる機会がほしいかな。可能な限り、旧魔族領の人たちの健闘を称える感じでね」
「ならば、それは我々が引き受けよう」
そう言ってくれたのはロザと警邏隊の人たちだった。
「彼女らが天使を街の外へ押し出すのは、ほとんどの人間が見ていたはずだ。集会を開き、その格好のまま来てくれれば皆が納得するはずだ。そこで……えっと、なんだ、戦不良娘といったか? それを紹介すればいいのだろう?」
「そのままの格好って、この小っ恥ずかしい格好でか!? ふざけんなっ! そもそも誰が戦不良娘だってぇの!」
「「いや、それは……」」
満場一致で指を差されて、五人が顔を真っ赤にして怒っていた。
「あとは、天使の件はアルベルト、ちゃんと魔族の仕業ってことで上層部に報告をお願い。これ、実は結構大事だからね」
「構いませんが、それこそ戦争に発展しませんか?」
「……いや、むしろ逆でしょうね」
そう言ったのはミハエルだった。
「『魔族の中に天使を召喚する術を持つ者がいる』、その情報はかなり大きな抑止力になるはずです。『天使を召喚できれば、魔族に国家存亡の危機レベルの大打撃を与えることができる』――これが今までの常識でした。ですが、天使を迎え撃つ術を魔族が持ってしまった。特に今回の件で、天使が人間に牙を向くことが証明されてしまいましたからね、うかつに天使を呼ぶことなどできなくなるでしょう」
「そういうことよ! それが要求一つ目ってことでいいのよね、シモン?」
「ああ、構わないよ」とシモンが頷く。
「それから、二つ目の要求なんだけど」
わたしはワイトに言う。
「旧魔族領の人たち全員に、市民権をあげてほしいの。あなたならできるでしょ?」
「そ、それは……」
「それだけじゃないの。旧魔族領に新しい名前をつけてあげて。『穢れた土地』って今後使った人には罰則を設けて、法律も聖都の人たちと同様に適応できるようにしてあげて。あのヤンキー達が聖都を救ったんだから、大義名分は立つでしょ?」
「……アルベルト殿の口添えがあればできると思います。アルベルト殿、ご協力いただけますか?」
「ええ、喜んで」
アルベルトが笑って頷いた。
それからわたしは、「ああ、ついにヴァルキリの部分まで消えた……」と地味に落ち込んでいるヤンキー達に告げる。
「ちょっと、しょぼくれてないでしょ。いくら法律が整備されたからって、たぶん差別ってのはすぐには無くならない。あんたたちが旧魔族領の人たちを偏見の目から守らなくちゃいけなくなるんだから」
「えっ……でもよぉ、あたしたちにそんなことができんのか?」
「あんたたちにしかできないのよ! 聖都を救ったことは事実! それにこれから旧魔族領の人たちを救ってもらうんだから、もっと胸を張ってよね!」
「そっか……あたしたちにも、できることがあるんだな!」
ガルムが戦乙女のうち一人の肩を叩く。
「あそこにいる香澄って女は、後先の考え無しで行動するし、運動もできねぇんだ。それなのに武器も何も持たない状態で魔獣の前に飛び出して、魔族の街をひとつ救っちまった。あんな威厳も何も無ぇ奴でも、死ぬ気でやればできるもんだ。お前達にだってできるさ」
「ガルム、励ましてくれて助かるけど、端々でわたしをディスるのやめて! ってかそんな風に思われてたのが結構ショックなんだけど!」
「何でだ、褒めてるんだぞ?」
「褒め言葉になってないのよっ!」
首を傾げるガルムに怒ったら、ヤンキー達に笑われた。屈辱です!
それからわたしはシモンに振り向く。
「こんな感じでどうかな?」と聞くと、「上出来です」と答えが返ってきた。
「師匠様、師匠様っ! すばらしい策略です。かっこよかったです!」
「お師匠、お師匠っ! さっきの悪巧み、見事なのよ。主も悪のよぉっ!」
「あ、ありがと……」
イチゴが褒めてくれてるってことは、たぶんミルクも褒めてくれてるつもりなのよね?
「これから皆さんで協力するんですよね? でしたら円陣組みましょう、円陣っ!」
「組織的にデカいことをするのよね? じゃぁみんなでヨッシャーってしたいのよ!」
「え、円陣って……」
しかし思いのほか皆が乗り気のようで、わたし達の元へ集まってくる。
「えっと、掛け声はどうしましょう?」
皆が手を重ね終わって、互いの顔を見ながらジョンが言う。
「香澄さんでよろしいでしょう。今回の首謀者ですから」
「ちょっ、クリス! 首謀者って!」
「首謀者さん、いいこいいこ~。がんばって~」
「ちょっ、ノノまでっ!」
「こういうのは勢いだよ、首謀者さん」「グズ首謀者、誰も期待してませんから早くしてください」「頑張れ姫っ子……じゃなかった、首謀者!」「おい、首謀者」「まだかよ首謀者」「ノロマ首謀者」「ウゼェ首謀者」「クソ首謀者」「ちょっとあんたたちねぇ! 頑張ってください、首謀者さんっ!」「えっと、首謀者さん負けないで……いえ、何でもないです」「首謀者様、張り切って言ってください!」「お首謀者、どーんと叫んじゃえなのよ!」「私もいいのですか? 首謀者よ」「大丈夫に決まってるだろ、大司教さんよ。俺達の首謀者は最高さ」「ですね。この首謀者さんのお陰で、このメンバーが今こうして手を重ねているんです」「良いことを言いますね、崇浄連のクソ理事さん。首謀者様主催の円陣が終わりましたら……ふふっ。遺言は先ほどのでよろしいですか?」「首」「謀」「者」「様」「万」「歳」「で」「す」「ぅ!」「ふにゃぁぁん♪」
とりあえず、みんなして首謀者首謀者ってヒドいや!
まぁでも、この重ねた手は、とても大きな意味があるように思えた。
だからわたしたちは、声高らかに誓いを叫ぶ。
「明日が一歩でも、今日より素敵になりますように! ファイ――」
「「オオオオオオォォォォォォォォォォォォォォッ!」」
オールキャスト大集合って感じですね。
ここにいないのはマッスルボブとミーアちゃんとゲフィニカとクルスぐらいかな?
彼らは街の包囲の方へと向かっています。
彼らにもそのうち出番作ってあげたいなぁ……
さて。「上流階級の上流階級による上流階級のための人民統治機関」と言われた『世界崇高清浄連盟』ですが、その中では、アルベルトはまともな分類の人になります。
クズな政治家の中に、家柄武勇共に優れた真面目な青年が食い込んだとお考えください。
香澄の策で、天使騒動は一転、旧魔族領の地位向上へと繋がることとなります。
それにしても5000文字……もうちょっとコンパクトに絞れないものかと悩みつつ、いろんなキャラに喋らせたいと思いつつ、葛藤して書いた感じです。
そして気づいた事実……「この物語、普通の人っていないよね?」
最後の円陣の場面、よろしければどれが誰のセリフか考えてみてください。
次回、エピローグです。






