↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
77/246

第5章「天使と勇者」29


「私達は今日この日、信じられないものを見たのです」


 聖都の中央広場。大勢の人が集まるそこで、ワイト大司教は熱弁を奮っていた。

 もうすぐ日も落ちるのではないかという夕刻。それにも関わらず、集会には聖都に住む人間のほぼ全員が集まっていた。


「それは、天使が我々人間に剣を向けたという事実! 私は、そして聖都の民も、それに戸惑い、困惑し、何をすることもできずにいました。けれど、『月の女神』は我々を見捨ててはいなかったのです!」


 ワイトの隣に立つのは、聖槍を右手に持ったアルベルト。アルベルトは聖槍を掲げてワイトの言葉に続けて言う。


「私は『崇浄連』(世界崇高清浄連盟)の理事が一人、アルベルトです。此度の一件の裏には、天使を強制的に呼び出し、使役した者たちがいました。ここより西方に住む魔族です。今まででは信じられないほどの窮地でした。ですが、ワイト大司教の仰ったとおり、それでも『月の女神』は私達に味方をしました。聖都全体に天蓋を張り、そして天使と対抗すべく、戦乙女(ヴァルキリー)を遣わせてくださったのです」


 ワイトの合図で、五人の戦乙女(ヴァルキリー)が壇上に上る。

 リナによる二時間の練習によって身に着けた笑顔は、彼女達がヤンキーだと誰も気付かないであろうほどにおしとやかで優しく、自然なものだった。


「彼女達こそが、この聖都を救ってくれた、『月の女神』の加護を与えられた者達である」

「「おォォォォッォオォーーーーーーッ」」

 沸きあがる歓声。ワイトはその歓声の中、さらに声を張り上げる。

「彼女達は、天蓋が破られるや否や、天使を郊外の森に押し出して決死の覚悟で戦った。そしてついには、魔族の術から天使を解放し、見事に勝利を収めたのです!」

「「おォォォォッォオォーーーーーーッ」」

 拍手歓声は熱を増していき、


 しかしその声が、急に静かになる。

 壇上で嬉々として話していたワイトが、下を向き、涙を流したのだ。


「だが、私はここにいる彼女らに、謝らなくてはいけない」


 その言葉に、最も驚いたのは五人の戦乙女(ヴァルキリー)達だったように思う。

 五人は目を丸くし、そして息を呑んでワイトの言葉を待っていた。

 ワイトは袖で涙を拭うと、それから祈るように手を組み、そして言った。


「この者たちは――女神の加護を受けたこの五人の少女達は、私を含めここにいる殆どの者が蔑んでいたはずの、『旧魔族領』の人間なのです。それでも彼女達は、私達のために剣を取ってくれました。身を挺してわたし達を守ってくれたのです!」

 広場の人たちが驚く。先ほどとはまた違った沈黙が全体を包んだ。

 そんな中。


「ありがとうっ!」


 ひとつの声が、広場の端から上がった。

 それは、大聖堂の児童室で会った子供達のうちの一人――リスティだった。


 大人たちが振り返る中、リスティが言う。

「先生が言ってたの。誰かに何かをしてもらったときは、笑顔でありがとうって言うんだって。だから、ありがとうっ!」

 大人たちは顔を見合わせたあと、それから『旧魔族領』の少女達に向き直る。

「助かったよ」

「ありがとうございます」

「今までごめんなさい」

 さまざまな声が、広場の端から全体へと広がっていく。


「女神はこの少女達五人に力を授けてくださった。『旧魔族領』の者達もまた人間なのだと、女神様は仰っているのです! 今ここで、皆の意見を問わせて欲しい。『旧魔族領』の者達に、マリナト公国の市民権を与えることを次の議会で提案したいと考えるが、賛成の者は挙手を!」


 広場の端から端まで、高く高く伸ばされる右手。

 市民の同意を得て、法案は議会に提出されることとなったようだった。




 その光景をわたしとクリス、ジョン、そしてリナは、建物の陰から見ていた。

 集会終了後、アルベルトはこちらに来ると、リナに向かってこう言った。

「おそらく、この法案は議会で通るでしょう。いえ、何としてでも通してみせます。この国の聖都大司教の発言力は大きく、私も会議の席に同席することになりましたので、僅かばかりですが力添えできるかと思います」

「だって! よかったね、リナ!」

「ええ。村のみんなも喜ぶと思います。色々とありがとうございます!」

 リナが笑って頷く。

 それはとても優しい笑顔で、だからこそ胸が痛くなる。

 当たり前のものが持てなくて、当然の権利が与えられなくて、今までどれだけ苦しんできたのだろう。どれだけ苦しむ人を見てきたのだろう。

 リナの目の端に薄っすらと涙が浮かぶ。

 それを拭うと、リナはもう一度笑ってみせた。


 強いと、そう思った。


 きっとリナは自分だけではなく、友達や村の人たちの分も全部含めて、今こうして笑っているのだろう。それがわたしには、どんな武力や権力よりも尊いものに思えた。


「私は『崇浄連』(世界崇高清浄連盟)本部へ報告を済ませ次第、こちらに戻ってきて議会に立ち会います。リナさんはその後で、必ずトニカ村へと責任を持って送り届けましょう」


 アルベルトの言葉にわたし達は頷いた。

 クリスが頷いたことが意外だったようで、アルベルトはクリスの顔を見て目を丸くしている。

「なんですか? わたしの顔に何かついていますか?」

 クリスの反応に、アルベルトが笑う。

「いえ、少し意外でしたもので。実は円陣のときも、あなただけは手を重ねないものかと思っていました」

「まったくです。不本意極まりないです」

 笑顔で言うアルベルトをクリスが睨む。

「ですが、『これ、実は結構大事だからね』なんて、香澄さんがあなたに言ったのですから、刃を向けるわけにはいかなくなってしまいました。わたしへの当て付けかと思いましたよ」

「なるほど……『全てを丸く治めるために』、ですか」

「さっきから何を笑ってるんですか。今度会ったときは絶対に殺しますからね」

「いえ、随分お互いを信頼されているのだなと思いまして。いつでも来てください。血塗られた道を歩いてきた以上、いつでもその覚悟はできていますから」

「ホント、ムカつきますね……」

「それでは、また会いましょう。私に殺されるまでお元気で」

 最後に少しだけ意地の悪い笑みを浮かべて、アルベルトは四百人の兵と共に聖都を去っていった。




 アルベルト達と別れたあと、わたしたちも後のことはワイト達に任せて、魔王城へと帰ることにする。もう既に陽は沈んでしまっているが、わたしたちがこれ以上この街にいるわけにはいかないのだ。

 ようやく感覚が戻りはじめた右足を引きずって、わたしはクリスに肩を貸してもらいながら、馬を留(と)めてある宿へと歩いた。

「ねぇ、聞いてもいい、クリス?」

「なんですか?」

「昔、アルベルトと何があったの?」


「……先ほど言ったことが全てですよ。十年前の戦争中、わたしの家族は旧魔族領に住んでいたんです。そこに現れたのがあの男でした。いきなり現れて、アルベルトは村を占領すると宣言しました。わたしの父と母は、わたしを守るためにあの男に挑んで、そして殺されたんです。

 わたしは、魔族なのに魔法が使えない子供でした。両親はそんな落ち零れなわたしを大切にしてくれていました。けれどわたしはそのとき何もできず、村の仲間達に連れられて逃げてしまいました。

 戦争が終わった頃、わたしはミハエル様と出会ったのです。わたしは特別な魔力を持っていて、五つの属性が互いに打ち消しあって、魔法が全て不発になっているのだと教えられました。

 わたしが自分の魔力を知っていれば、もしかしたら父も母も死ななかったのではないかと……子供だったわたしがあの男に適うはずなんて無いのに、今でもそう思ってしまうんです。人間を憎んでいたわたしが、人間が魔術を使う要領で自分も魔力を選別しているなんて、滑稽な話ですけれどね」


「……そっか、ごめんね」

「いえ、香澄さんが謝ることではありません。香澄さんがわざと、わたしがあの男を殺せないように話を持っていったことも、ちっとも恨んでいません。根に持ってもいないですし、不服も不平も不満も不条理さも理不尽さも死ねとかも、ちっとも思っていませんから」

「いや、めちゃくちゃ根に持ってるじゃんっ!」

「ああもう殺す! 絶対に殺すっ!」

「それってアルベルトのことよね!? わたしじゃないわよね、わたしのことじゃないわよねっ!?」

「でもさっき戦ったときにナイフを落としてしまったんです。今この場にあれば……」

「きゃぁぁぁ! 怖い、怖いからっ!」

 わたしが慌ててクリスから離れようとするが、クリスが掴んだ手首を離さなかった。

 そしてクリスは空いた方の手で、わたしのほっぺをぷにょりと突(つつ)く。


「ふふっ……冗談ですよ」


 クリスが笑った。

 すこし呆気に取られたあと、つられてわたしも笑った。


 クリスって、こんな風にも笑うんだ……


「こういう風にクリスさんが冗談を言うのは、初めてかもしれませんね」

 隣を歩いていたジョンが言う。

「あら、そうでしたか?」

「あ、いえ、その……勘違いだったらすみません……」

「いえ、そうかもしれませんね。とても久しぶりな気がします」


 冷たい風。

 季節はもうすぐ冬になろうとしている。


 ほんの数日前までは怖くてたまらなかったその指が、今はわたしを支えるためにわたしの腕を握ってくれている。

 その温かさが嬉しくて、だからわたしはまだ疲れて重い足を、クリスの速さに合わせて持ち上げる。

 ジョンもペースを合わせてくれて、また一歩、わたしたちは互いを確かめ合いながら、その足を前へと踏み出した。



29話まで、長くお付き合い頂きありがとうございます。

まさかここまで長くなるとは……


※設定裏話※

リスティちゃん、超いい子!!

書きたくても書けなかったので、ここで暴露しますが、人見知りのリスティちゃんは、とっても勇気を振り絞って「ありがとう」の声を上げました。

ワイトは、今回の騒動の原因ではありましたが、立派な大司教であり、子供たちにとっては良き先生です。

そんな先生の演説中に、しん、と静まり返った空気。

ワイトを助けたいが一心で、リスティちゃんは声を上げました。

リスティちゃん、よくがんばった!! 偉いよ!!


次は「外伝・銀色の勇者」です。少し間が空いてしまうかと思います。

ある程度整いましたらまた投稿しますので、その時はまた、お付き合いいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風変わりな恋愛小説はじめました。
「悪「役」令嬢なんて生ぬるい! ~婚約破棄を宣言された辺境伯令嬢は、ナメた婚約者に落とし前を付けにいくことにしました~ 」

王道の婚約破棄から始まるのに、少し変わった悪役令嬢ものです。
良かったらこちらもお願いします。

小説家になろうSNSシェアツール
小説家になろうアンテナ&ランキング
小説家になろう 勝手にランキング
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。