第5章「天使と勇者」26
天使は、人間の願いを叶える存在。
だから、リナがそう願ってしまった以上、叶えなくてはいけない。
「……止まらない……逃げて、香澄さんっ!」
メイリアが言い終わるや否や、天使の肩から三本目の腕が現れ、その手に握られた大剣がわたしに振り下ろされた。
けれど、わたしにその剣が届くことはなかった。
わたしが見たのは、輝く翼を宿した五人の少女達だった。戦乙女のような衣装に身を包み、その手には翼と同じく光り輝く剣を握っている。
そしてその五本の剣が、天使の大剣を受け止めていたのだ。
「そっか……ジョンとクリスがやってくれたんだ!」
リナは身体に魔晶石を埋め込まれ、同様に五属性の魔晶石を埋め込まれた少女達の血を飲むことで、五種類の魔力を注ぎ込まれて天使の呼び代となった。
だからわたしはクリスに言ったのだ。
首を落とされた五人の少女も、それぞれ足りない四つの属性の魔力を注ぎ込めば、天使が宿るのではないかと。
五属性全ての魔力を持つクリスと、魔力コントロールに長けたジョンがいるのならば、それは可能ではないかと。
そして、リナという少女が願った以上、天使がリナの友達を見殺しにするはずがない。必ず生きているはずだと。
だからわたしの役割は、最初から時間稼ぎだった。
五体の天使を新たに召喚するための、囮だったのだ。
「「リナぁぁぁぁぁっ!」」
五人の戦乙女が、天使の大剣を押し返す。
エイリアと違って身体は少女のもののままだったが、それでも五人が羽ばたくと、天使が徐々に押し返される。
「そのままこの街の外まで追い出して! とにかく人のいない広い場所へっ!」
「「わかりましたっ!」」
戦乙女達は天使を押したまま更に加速。郊外の森へとメイリアを押し出していく。
「香澄さん、掴まってください」
「……クリス?」
「最後まで見届けなさい。あなたが言い出したことなんですから」
「うんっ!」
わたしを背中に乗せると、クリスは屋根伝いに戦乙女達を追いかける。
天使は光の弾を作って放とうとするが、その都度クリスとプチ達に掻き消されていく。
そしてとうとう、メイリアを聖都の外まで追い出すことに成功したときだった。
「う……ぐぐぐ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! アァアアアアアアァァアァアアアァァァァァアァァアアアァァァアアアァッ――!!」
メイリアが叫ぶ。
とても苦しそうな、そして悲しそうな叫びだった。
「「きゃっ!」」
地面に足を着けた天使が、大きく腕を振り切り、戦乙女達を弾き飛ばす。いつの間にか、右手を抑えていたはずのメイリアの左手も解かれ、完全にコントロールを失ってしまったようだった。
天使の背中には更に三本の腕が生える。翼は倍ほどの大きさに広がり、そして何より、表情がメイリアのものとは明らかに違っていた。
天使は聖都の方へと振り向くと、六本の腕と六枚の羽根を胸の前で重ねる。
それが再び開いたときに現れたのは、今までと比べ物にならないほど大きな光の弾だった。
「嘘……こんなの、一発でも街は壊滅しちゃうじゃない!」
戦乙女の一人が、顔を青くして言う。
「あんたたちは、聖都の人間の心配をするのね……リナって子と同じだと思ってた」
「しないわよ。あたしたちはリナのことしか考えていないの」
わたしの言葉に応えたのは、別の戦乙女だった。
「だけど、わたしたちはともかく、リナが気にしちゃうからね」
「リナは馬鹿なのよ。自分を大切にしようとしない人まで、大切にしちゃうぐらいにさ!」
「本当はわたしたちが守らなければいけなかった。だから、今度こそ守るって決めたのに……あんなのどうしろっていうのよ!」
「大丈夫よ」
わたしは戦乙女達にそう答える。
「――――――――――――――――――ァァァァァッ!!」
咆哮。そして轟音。
それらと共に、巨大な光が一直線に街へと放たれる。
しかし、わたしたちは確かに聞いたのだ。
街が光に包まれる直前、ひとつの声を。
「領域定義――明鏡止水」
それはまるで、鏡のようだった。
空間の断裂面に衝突して破裂した光の弾は、反射して青空をも白く染めるほどの強い輝きを放つ。
聖波動でできた小さな粒子は、まるで雪のようだった。
そしてその雪の中、こちらに歩いてくる人影がひとつ。
それは黒い髪をした、背の小さな男の子だった。
「ジョン。左胸の女の子は傷つけないように、反撃できなくなるまで削り取って」
「分かりました。行きます――」
ジョンはわたしの横を駆け抜け、真っ直ぐに天使へと向かっていく。
ジョンの手には空間断裂によって作られた概念の剣。
それは天使が振り上げようとした腕を肩から斬り落とし、振り返るよりも早く首を切断し、動く間もなく六枚の羽根を解体し、胴を縦一文字に裂いたかと思うと、左肩を通したナイフを返して胸から下を分断する。
天使の本体は、左胸に収まるリナの身体だ。
そこから切り離された部分の聖波動が空気溶けて霧散する。
腕も、羽根も、首も、再生する端からジョンによって斬り飛ばされていく。
圧倒的だった。
街全体を空間断裂で覆ってしまえるほどの魔力量と魔力コントロール。今はそれが全て、ジョンの右手の先に注がれていた。聖波動によって術式が壊されては再構築されてが繰り返され、寸分違わぬ位置に空間の断裂を生み出すことで天使の身体を切り裂いていく。
リナの身体を覆う聖波動の密度が次第に薄くなっていくのが、わたしには分かった。
これがジョンの本当の力なのだろうか?
ジョンの顔を見ると、真剣な表情ではあるものの、まだまだ余裕はありそうに見えた。
十二歳で魔族の幹部入を務める彼の実力は、伊達ではないようだった。
リナの身体を包んでいた光が消える。
クリスが咄嗟に、落ちてくるリナを受け止める。魔族は天使に触れた部分の身体が消滅するはずだけれど、クリスは何ともないようだった。
目を凝らしてみると、リナの身体の中にはまだ微かに聖波動の放つ光がわたしには見えた。けれどもそれももう僅かなものだ。おそらくリナの生命維持に必要な分だけ、ジョンが残したのだろう。
「ん……あれ? ここは?」
リナの口が動く。
天使の力が弱まって、本来のリナが目を覚ましたようだった。
ジョン君、天使に圧勝です!
これが魔王軍最高幹部の実力です。
香澄さん、いい加減、彼が玄武だって気づいてあげましょうよ!!
自分からはなかなか言い出せない子なんですから!!
リナの友人たちは戦乙女として復活!
正確には死の一歩手前でメイリアが生き永らえさせていました。
「それぞれ足りない四つの属性の魔力を注ぎ込めば、天使が宿るのではないか」という香澄の予想は大当たりでした。
彼女らが天使にならず、力を授かるだけに留まったのは、ワイトの用いた降臨の儀式が完全なものではなかったからです。
次話では『世界崇高清浄連盟』の伏線回収です。






