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第5章「天使と勇者」25


「ああもう、本当に馬鹿なんだからっ!」


 大聖堂の階段を駆け上がりながら、クリスティは今外で戦っているはずの少女に舌打ちをした。

 それが八つ当たりだということも理解している。けれども心のどこかで認めたくない気持ちが残っているのかもしれない。

 先ほどの悪態に、その少女のために必死になっている自分も含んでいることは、クリスティが一番良く理解していた。


 十年前のあの日からずっと、クリスティの刃は人間を殺すためのものだった。

 クリスティは今日まで、人間を殺すためだけに刃を振るってきたのだ。


 人間は殺す。

 人間は誰であろうと赦さない。

 人間はこの手で八つ裂きにしてやる!


 父と母を人間に殺されたあの日から、ずっとそう思って生きてきた。

 そのために修めたはずの魔術であり、そのための魔力であり、そのための武術だったはずだ。無力だった子供は、そのために修練を重ねてきたはずだったのだ。


 それなのに今、クリスティはこんなにも必死に階段を駆け上がっている。

 聖堂の中にいる人間を殺すでなく押し退けて通り、窓の外を伺いながら怯えている無防備な人間に目もくれず、見ず知らずの人間を助けるために走っていた。


「ホント、有り得ないです……」

 呟く。


 いつから自分はこうなった?

 誰のせいで、自分はこんな行動をしている?


 決まっている。全ては香澄という一人の人間のせいだ。


 人間が人間を助けようとするだけだったら、自分の心は動かされたりはしていなかった。

 人間なんてどうなろうと知ったことではなかった。目の前で友が殺されていようが、殺す人間のすぐ横にその子供がいようが、わたしは何も感じなかったはずだ。

 怒りも哀しみも優しさも全て。人間の全ては、自分にとって踏みにじる対象ではあっても、意に介するものではなかったはずなのだ。


 だけど、あの女は馬鹿だった。


 人間の癖に魔族を大切にし、魔族のために人間に怒った。

 非力な人間の癖に、魔族のために強くなりたいと、そう言っていた。


 香澄の存在を知ったときには、無性にむしゃくしゃした。

 殺そうと思ったときにはもう既に魔王軍の幹部になっていて、我が物顔で魔王城の中を闊歩し、暢気に笑う香澄の存在が許せなかった。

 次第に魔族の中にも香澄の存在を認める者達が出始めて、それがこの上なく腹立たしく思っていたのだ。


「クリスさん、もうすぐ着きます」

「ええ、ジョン君。分かっています!」


 クリスティは大聖堂の最上階にある、儀式の間の扉を開け放つ。

 そこには腹に魔晶石を埋め込まれた五人分の人間の身体が転がっている。

「僅かに残る魔力の波長から、それぞれの首を見分けます。魔晶石の属性も指示しますので、クリスさんは……」

「するべきことは分かっています。早く始めましょう」

「はい。まずは……」

 クリスティはジョンの指示通りに、少女達の頭と身体を重ねると、魔晶石のものとは違う、残り四つの属性の魔力を、動かない身体に注ぎ込んだ。


『あの天使はわたしが食い止めるから、クリスはジョンと大聖堂の方をお願い!』


 聖都に戻ったとき、香澄はクリスティにそう言った。


 香澄が言った言葉に、それしか方法が無いとは知りつつも、無謀だと思った。

 魔族のような身体能力も無く、魔導師のような術も使えない。何よりそれは香澄自身が分かっているはずだった。自分を強いだなんて、これぽっちも香澄は思っていないはずなのに、それでも香澄は言ったのだ。


 だからそのとき、クリスティはこうも思ったのだ。


 香澄は、人間だからこの国の人間を守ろうとしているのではないと。


 たとえ襲われたのが魔族の街だったとしても、香澄は同じことをするのだろうと。


「本当に、変わった人ですよね……」

 ふと笑みが零れて、慌てて口元を引き締める。


 あのときの香澄は、梃子(てこ)でも動きそうに無かった。

 しかも香澄は、香澄のことを何度も殺そうとしたはずのクリスティを信じた。

 クリスティが人間を守るために香澄の作戦に協力すると、信じて疑わなかった。


 天使相手に勝ち目なんて無いことぐらい、きっと香澄自身だって分かっている。

 それでも香澄はクリスティ達に唯一の可能性を託して、たった一人で天使に立ち向かっていったのだ。


「本当に馬鹿……ですけど、わたしよりはマシな馬鹿なんでしょうね」


 そんなお人好しの馬鹿は、クリスティの作業が間に合わなければ天使との戦いで死んでしまう。だから今は一秒でも早く、クリスティは自分のするべきことを成し遂げなくてはいけないのだ。


「クリスさん! 魔晶石の属性は、並べた身体の左から順に、木火土金水(ぼっかどごんすい)です!」

「わかりました。それでは始めます」


 ジョンの言葉に頷くと、クリスティは一番左の身体へと手を重ねる。

 木の属性の魔力で塗りつぶされた身体に、それと同量の異なる魔力を四種類、無理矢理にでも詰め込んでいく。


「香澄さんが頑張ってくれているんです。お人好しのあなたを越えるためには、まずはあなたと同じことができるようにならなくてはいけませんからね!」


 最大出力での魔力精製と、魔術の理論を応用して選別した魔力の放出を並行して行う。

 無茶をしているのは百も承知だった。すぐに頭痛が酷くなり、指先も次第に痺れ始める。

 それでもクリスティは全力で魔力を作り続けた。

 霞みそうになる視界の中で、それでも香澄はもっと大変な戦いをしているのだと自分に言い聞かせた。

 

 本当は今でも、人間なんてどうでもいい。

 ほんの二言三言交わしだだけの赤の他人や、そもそも出会ってもいないはずの人間なんて、自分の命と天秤にかけるのも馬鹿らしい。

 自身を危険に晒してまで助けてやる価値なんて無いのだ。


 けれども、あの馬鹿女はそんな風には考えない。

 香澄は、それでも守りたいと言ったのだ。

 聖都の人間も。リナという少女も。そして、ここで倒れているその友人達も全て。

 だって、香澄はそういう女だ。

 真っ直ぐで、お人好しで、何もできないはずなのにいつも何かをしようとしていて、間が抜けている癖をして大切なものは何が何でも守ろうとする女の子。


 そしてクリスティも、香澄の悲しむ顔は見たくないと思ってしまったのだ。


 だから……


「――目を覚ませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 軋む肺で、掠れる声で、それでもあらん限りの願いを込めて。

 人間を助けるために、クリスティは叫んだ。



クリスちゃんが頑張っちゃう回です。

第5章で一番書きたかったお話だったりもします。


今回の後書きでは、多くを語らないでおきます。

根は真面目な子です。今後も応援してあげてください。



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