第5章「天使と勇者」24
「嫌っ――きゃぁぁぁぁぁっ!」
「香澄さんっ!」
声が聞こえたかと思うと、身体の落下が止まる。
振り向くと、大聖堂の窓の中に見えたのはジョンの姿。そしてわたしの足元には、六角形の盾が展開されていたのだ。
「ジョン、助かったわ!」
「足場は僕が作ります。香澄さんは天使に集中してください!」
「うんっ!」
わたしは盾を支える手に力を込める。
足は踏ん張りが利かない。右足は使い物にならなくて、頼りになるのはこの左腕だけだった。
それでもわたしがここで諦めるわけにはいかなかった。
この街を救うには、大聖堂で儀式を行った術式が必要だった。そして何より……
「大聖堂の中には今、ジョンもクリスもいるのよ。ここで負けてたまるかってぇのっ!」
「ええ、ですから逃げてくださいとお願いしたはずです。あなたたちに刃を向けるのは、わたしにとっても不本意なんですから」
「それこそ願い下げよ! そもそも街の人間全部を殺すなんて、意味わかんないっての!」
「本当に……本当に分かりませんか?」
「えっ?」
天使の言葉に、その表情に、わたしは息を呑んだ。
天使は悲しげな顔で、まっすぐわたしを見つめていたのだ。
「香澄さん、この聖都は滅びなくてはいけないんです」
「ちょっと待って、それってどういうこと!?」
「リナは心の優しい少女です。差別され、迫害される身の上を嘆きもせず、友人や集落の仲間と励ましあって生活していました。そんな健気な少女を、わたしはずっと見守ってきたんです」
あれ……もしかして、この天使は……
「けれど、そのリナが恨んだのです。リナが恨んだのですよ、ワイトという個人ではなく、この街の全てを! 香澄さんも見たはずです、この街の人間が旧魔族領の人間を人として扱わず、どのような仕打ちをしてきたのかを!」
わたしはひとつ、大きな誤解をしていたことに気付く。
天使は人間の願いを叶えるもの。
天使は願いを届けた人間の味方。
けれど違う。そうじゃなかったんだ。
この天使は心から、リナという少女の味方をしていたんだ。
「魔族ではなく自分達と同じ人間から受けた扱いの一端を見て、香澄さん、あなたも心を悼めたはずです。
それでもあなたは言えるのですか? リナという少女が今この場にいたとしたら、この者たちを赦せと、あなたは言うことができるのですかっ!?」
奥歯を噛む。自然と拳に爪が食い込む。
湧いてきた感情は、怒りだった。
「……天使。あなた、名前は?」
「メイリア。それがわたしの名前です」
「ねぇ、メイリア、もうひとつ教えて」
もしメイリアがリナという少女の味方なら。
もしメイリアがリナの願いを叶えようとしているのなら。
「リナはまだ、生きているの?」
「ええ。リナはまだ生きています。わたしの聖波動を身体に循環させて、今も命を存えています」
だったら、どうして……
けれど、メイリアはこう続けたのだ。
「何があろうと、リナはわたしが守ります。例え世界の全てがわたし達に牙を向こうとも、わたしがリナを守るんです」
「馬っ鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
叫ぶと同時、気付けばわたしは左手を大きくなぎ払っていた。
押し返された天使が驚いた表情を見せる。感覚が無いままに踏ん張った右足には光の粒子が通っていて、わたしはそのまま跳躍すると、左手の盾を剣の形に変えて、メイリアに斬りかかる。
「そんなの違うっ! 間違ってるよメイリアっ!」
「何が間違っているというのですかっ!?」
メイリアの剣がわたしの刃を横薙ぎに払う。わたしは体勢を崩しながら、刃を更に伸ばして一閃。メイリアの左手の剣を斬り飛ばす。
「全部っ! 何もかも全部よっ! メイリア、あんたは何のために戦ってるのっ!? 何をしようとしてるのよっ!?」
「リナのためです! リナは殺された! 間違いなく一度殺されたんです! 優しかったリナを。差別や偏見にも負けずに明るく笑ったリナを。自分の心をボロボロにしながら、みんなを元気付けるために笑い続けたリナをっ!! リナを殺した街を、リナを殺した人間共を、わたしが殺して何が悪いって言うんですかっ!」
腹部を狙って、メイリアの大剣が振り下ろされる。それを盾で防ぐと同時、わたしは反動の角度を調整して地面に降りた。
壁を何度か蹴り上がって再び宙に戻ると、右手の剣をできる限り大きく、大きく、長く伸ばす。
「じゃぁ教えてよ。リナの願いを」
わたしはメイリアに言う。
「一時の感情で、この街の全てをリナは恨んだかもしれない。恨んでもしょうがないと思う。だけど本当にリナのことを思うんだったら、リナにそんなことをやらせちゃ駄目なのよ!」
下から上への一閃。天使の大剣の間合いの外から、わたしは天使の右肩を斬り落とす。
しかしそのときには天使は大きく一歩踏み出していて、わたしが天使の間合いに入った瞬間、左手の大剣が振り下ろされる。
「違います、これはわたしの罪です! これはわたしが勝手にやっていることです、リナは関係ありません!」
「でも、リナはそうは思わないっ! だってリナが願わなかったら、街の人は死ぬことなんて無かった。メイリアがこの街を滅ぼすことなんてなかった! それはメイリア、あんたが一番良く分かってるんじゃないのよっ!」
形状を変形させる余裕が無く、わたしは剣の形のまま、大剣を受け止める。咄嗟に作ってくれた足場に踏ん張り、押しつぶされそうになりながらも、わたしは叫び続けた。
「ねぇメイリア、リナの一番の願いは何? その次の願いは何? 少なくとも、この街を滅ぼすことじゃないはずよ!」
「あなたが……あなたがリナの何を知っているというんですかっ!」
「知ってるわよっ!」
再生した天使の右腕の先には、大きな光の弾。先ほどまでの比ではないその大きさだった。
わたしは力を振り絞って一瞬だけ天使の剣を僅かに押し返すと、その場から跳躍。刃から盾へと再び形状を変化させて、天使の手の先にある光の弾を放たれる前に弾き飛ばした。
「メイリア、全部あなたが教えてくれた。真っ直ぐなあなたが好きになるような、きっとすっごい優しい人。それがリナよ!
どっちが一番かは分からないけど、リナの本当の願いは、家族と再会することと、友達を助けて欲しいってこと! この街を壊すことが一番じゃないってことぐらい、わたしにだって分かる! それなのに、どうしてあんたが分からないのよっ!」
天使が右手の拳を振りかぶる。
わたしはもう何度目か、左手の盾に力を込ようとして、しかしふと異変に気付いた。
ミサンガにいくら意識を集中しても、盾が展開しないのだ。
ずっしりと身体が重くなる感覚。
身体を通っていた光の粒は感じることが出来なくなっていて、
けれどわたしが思ったことは、まぁしょうがないか、だった。
「リナの命は、メイリア、あんたが助けてくれたんでしょう?」
本当は、この街の人たちを殺させてはいけないと思った。
「だったら、あんたはもうリナの願いを叶える力は持っているはずじゃない」
だけどリナとこの天使の話を聞いているうちに、止めなきゃいけない理由は、わたしの中で変わってしまっていたみたいだった。
天使の拳が動く。
大きな踏み込みと共に、光でできた右手が加速した。
目の前にジョンがいくつも結界を張ってくれているが、それらは天使が放った光の弾で次々に消されていく。
プチ達もビームを放ってくれているが、天使の拳に対してはほとんど効いていないようだった。
ここでわたしは終わりなのかもしれない。
だけど、これだけは言っておかなくてはいけない。
せめてメイリアの目を覚ましてあげたいと、おかしいかな、自分がこれから死ぬというのに、そんなことを思ってしまったのだ。
「もしここで、この街の人たちを一人でも殺しちゃったら、リナの願いは叶わなくなるのよ。だって……」
すざまじいほどの風圧。
天使の拳はわたしの目の前まで迫っていて、
「優しいはずのリナは、どんな顔でお父さんやお母さんに会えばいいのよ?」
けれど、そう言ったわたしは自分が笑っていることに気付く。
「香澄さん、あなたはリナのために、そう言ってくれていたのですね」
わたしは頷く。
「まだ話したこともないはずなのに、あなたはリナの味方をしてくれたのですね」
「そうよ。だからさ、一緒に頑張ろう?」
その拳は、わたしの身体に当たる寸でのところで止まっていた。
「嬉しいです……でも、やっぱり駄目みたいです、香澄さん……」
「大丈夫だよ、メイリア。まだ全然大丈夫だから」
メイリアが首を横に振る。
自分の右手首を左手で握りながら、メイリアはどこか苦しそうな顔をしていた。
「……げて……」
「ん、何?」
「……止まらない……逃げて、香澄さんっ!」
突然、天使の肩から三本目の腕が現れる。
そしてその手に握られた大剣が、わたし目掛けて振り下ろされた。
「えっ……」
しかし、その剣がわたしに届くことはなかった。
輝く翼を宿した五人の戦乙女が、その大剣を受け止めていたのだ。
※設定メモ※
メイリア:月の女神ルナマリアの加護を受けた天使
降臨する以前からリナのことを応援していました。「この子、健気で頑張り屋さん! 応援したくなっちゃう!!」ってかんじです。
メイリア自身も聖都の人達に怒っていますが、一番はやっぱりリナのため。
「天使は人間の願いを叶える」という縛りがあるため行動を止められませんでしたが、メイリア個人としては、リナが不利益となることは避けたいと考える人(?)です。
※制作IF話※
メイリア「女神様、ちょっとあいつら殺ってきます」
ルナマリア「ちょっ、メイリアちゃん!? 確かにあの人たちも良くないところはあったと思いますけど……」
メイリア「天誅です。本気物喰らわしてきます。わたしのリナに何てことしてくれとんじゃゴルァァァッ!!」
ルナマリア「メイリアちゃん、駄目よ! 私達があまり下界に干渉しすぎるのは……」
メイリア「ハッ、このクソ司教馬鹿でぇ。ンな安っぽい儀式で天使が呼べて堪るかよ……でも丁度いいんで、行ってきます!」
ルナマリア「ちょっ、待ちなさいメイリア……」
なんて話があればよかったのに。
何も考えず勢いで書いたけど、ルナマリア様の口調とか、これがそのまま引き継がれそう……






