第5章「天使と勇者」⑳
天使は、聖都の人間を皆殺しにすると言った。
香澄はそれを止めると言った。
ジョンは思ったのだ、やっぱりそうなるのですね、と。
ジョンは右手に魔力を集めると、空間を定義する。
空間断裂。境界面の形状は剣。
厚さも重さも無い、物理法則の連続性を断裂させるだけの、しかし絶対的な短剣がその手には出来上がっていた。
香澄のことを、ジョンは良く知っている。
とても優しい人ということを。誰かのために身を挺することができることも。
そして、こうと決めたら梃子でも動かない人だということも。
けれど、今回は相手が悪すぎる。
何より香澄を説得している時間なんて、もう残されてはいなかったのだ。
「それは困ります」
「えっ……嘘…………」
ジョンは心の中で謝りながら、透明な剣で香澄の腹部を貫いた。
香澄が驚いた顔をしている。
本当に甘い人だと思う。
ジョンは魔族で、香澄は人間を守ると言った。本来ならば明確な敵対の意思表示だ。
「どうして……」
信じられないといった表情で、香澄がジョンを見た。
『どうして』、『信じられない』、それはジョンも香澄に抱いたことだった。
香澄は人間なのに、どうしてこんなにも魔族を信頼できるのだろう?
自分は、人間が怖くて怖くてたまらないというのに……
だけど、それが香澄の強さなのだろうと、ジョンは思う。
魔族をこれほどまでに惹きつける人間が、かつていただろうか?
そして魔族の誰が、人間をこれほど惹きつけることができるだろうか?
香澄はこの世界の希望だ。そうジョンは本気で思っている。
だからここで、死なせるわけにはいかないのだ。
「僕も、人間が嫌いなんですよ。だけど、香澄さんを見ていると、それじゃぁ駄目なんだなって思うんです。人間にだって良い人はいる……香澄さんなら天使を止めると言うと思っていました。ここで人間を見殺しにしちゃいけないんですよね?」
ジョンは、既に気を失っている香澄をクリスティに託すと、言った。
「クリスさん、香澄さんをお願いします。ここは僕が引き受けますから、巻き込まれないように聖都から離れてください」
「ジョン君、何言ってるのですか! 相手は天使なんですよ!?」
「勝算が無いわけではありません。それより早く、香澄さんを抱えて聖都を脱出してください!」
「……ああもうっ!」
クリスティが香澄を背負って走り出す。
そう。これは自分勝手なわがままだ。
香澄の意思も、クリスティの想いも捻じ曲げて、それでもジョンは二人を守りたいと思った。
そして香澄が望むのならば、この街の人間を自分も守りたいと思ったのだ。
「天使、あなたの思うようにはさせません。魔王軍が四天王の一人『玄武』、ジョン・アクア・リィがそれを阻みます」
どうしてだろう。今回の任務は、自分が自分で無いような気がする。
香澄が危なっかしいから、自分がしっかりしなくてはいけないと思ったのもある。
大して戦った経験も、戦う力も持っていないのに、香澄はいつも真っ直ぐに正しい道を突き進もうとするから。
……いや、違う。
香澄が真っ直ぐに前を向いているから、自分は勇気を振り絞って、今ここに立っているんだ。
直後、天使は光の巨人と姿を変えた。
全身を鎧に包み、六枚の白い羽根を背中に纏った戦乙女は、大聖堂の天井を突き破って空を舞う。
瓦礫の崩れる音。それが開戦の合図だった。
ジョン君視点です。
彼は優しい子ですから、大切な人を守るためならどこまでも頑張っちゃう子です。
自分から初めて「玄武」と名乗ったのも、彼の決意の表れのつもりです。
※設定裏話※
各属性の魔法では、司る事象が異なります。
水の属性は、『流れゆくもの』『物事や物体の流れ、経過』を司ります。(という設定です)
司るものの効果を増幅したり、方向性を操ったりするのが一般的な使い方になります。
しかし、司る事象を絶つ(0にする)というのも、奥義として存在します。
ジョンの使う盾は、物理法則の連続性を絶つ(0にする)という、水属性魔法の奥義に該当します。
その奥義の術式だけをポイと渡された香澄は、「便利だけど守ることしかできないのよね……」とか贅沢なことを思っていたりします。
ぶっちゃけ、十分すぎるチートスキルです。






