第5章「天使と勇者」21
本来ならば、攻撃するなり何なりして、天使が上空に逃げたところで発動する予定だった。そういう意味では、天使自ら上空へ飛んでくれたことは好都合だった。
ジョンは聖都全てを覆うように、巨大な盾を展開する。
それは正三角形型の時空断裂面が無数に繋ぎ合わされ、ドーム状に聖都を守っていた。
天使の身体を構成する聖波動は、触れるだけで魔力と相殺され、魔法は無効化されてしまう。
しかしそれは、魔力と聖波動が触れた場合に起こる現象だ。
盾の内側から魔法を行い、根本となる魔力を盾の裏側に隠してしまえば問題ない。天使でも、魔法の結果として生じた空間断裂までは貫くことができないからだ。
「集中……集中っ……」
ジョンは呟く。
右手に握る剣に自身の扱える魔力を全て注ぎ込み、建物の屋根を蹴って跳躍。弧を描くようにして天使の背後まで回りこむと、羽根の根元を狙って剣を振り下ろした。
天使の持つ聖波動の量は圧倒的だ。
けれど一部分との接触ならば、こちらにもやりようがある。
聖波動はあくまで、魔力と相殺しているに過ぎないのだ。だから……
「一瞬でもこちらの魔力量が上まれば、天使も倒せない相手じゃないはずです!」
羽根の根元へ剣が食い込む。
ジョンの魔力が聖波動に掻き消されて消滅していく。
それでも、ジョンは最後まで剣を振り切った。
ジョンの魔力が尽きるよりも早く、天使の羽を一枚、斬り落とすことに成功したのだ。
天使の翼が――構成していた聖波動が、空気に溶けて消えていく。
ジョンの魔力のほとんどを使って放った一撃。
たった一撃で、ジョンは魔力のほとんどを奪われてしまったが……
「倒せない相手じゃない……戦えなくなるまで、僕が削り取ってあげます」
「滑稽ですね、ジョン君」
天使が口を開く。
「羽根を一枚斬り落とすだけで、随分と消耗しているじゃないですか? 見えますよ、ジョン君の魔力はもうほとんど残っていません。確かに痛手ですが、あなたはもう同じ攻撃をできそうにないじゃないですか?」
「そうでもないですよ」
ジョンが右手を掲げる。
それと同時にジョンのポケットから跳んだのは、六体のフェルト人形だった。
プチ香澄達は六方向に別れて飛ぶ。プチ達を中継地点として、広範囲の大気中のマナを
ジョンは感じる。
魔力の流れが理解できれば、そこからはジョンの得意分野だった。
大気中のマナが一瞬にしてジョンの右手に集まる。魔力がほとんど残っていなかったはずの右手には、すでに先刻の倍以上の魔力が短剣に込められていた。
「魔力をコントロールするのは僕の十八番なんです。次、いきますよ?」
空中に点々と魔力の塊を作り、それらを足場にしてジョンは空中を跳ぶ。
「なっ、速いっ!」
ジョンの一歩は大地を蹴ったときの跳躍よりもさらに速く、天使の視界の端から端へ、上下左右に縦横無尽に跳び回った。
天使の右手には聖波動で作った大きな剣。それは作ってから半秒も経たないうちに振り抜かれ、しかしジョンの速さを捉えることができずに空振る。
直後、ジョンの剣は天使の首を斬り飛ばした。
鮮やかな一閃。
しかし天使の本体は、その左胸に収まっているリナの身体だ。だから天使は瞬時に首から上を作り直し、再び剣を振ってきたのも、ジョンにとっては想定内だった。
盾で剣撃を防ぐと同時、ジョンは天使の右腕を斬り飛ばす。
先ほどよりも僅かに軽くなった手応え。
天使は見た目の大きさは変わらないものの、聖波動の密度は明らかに下がっているようだった。
しかしそれでも……
「ジョン君、随分と苦しそうな戦い方をしますね?」
「はぁ、はぁ……こうでもしないと、僕の相手をしてくれそうにないですからね」
明らかに疲弊しているのはジョンの方だった。
街を守るための結界に自分の魔力は全て使ってしまった。それでも魔力は足らず、大気中のマナを集めて補填し続けている状態なのだ。
「魔力を消費すると同時に、ジョン君の精神力も削られていくはずです。そしてそれ以上に、街全体を守る結界を維持しながらというのが苦しいのではないですか?」
「だけど、これを解いたらあなたは僕の相手をしてくれなくなるでしょう?」
「ええ、わたしの目的はジョン君を倒すことではありませんから。もしジョン君の集中力が一瞬でも途切れて結界が解除されれば、その瞬間にわたしは街を壊滅させます。満月を味方にした天使はそれだけの力を持っていて、わたしの狙いもまたそれなのですから」
そうだ。天使はジョンを倒す必要は無い。
ジョンの精神力を途切れさせて、街を守る結界が解ければそれでいいのだ。
「全力で戦えば、ジョン君、わたしはあなたに勝てなかったでしょう。わたしに勝ち目は無かったと思います。魔族であるあなたが、どうしてそうまでして人間を守るのですか?」
「……それは、リナという少女の言葉としての疑問ですか?」
「いえ。リナという少女の声を聞き、嘆きを聞いて、悲しみと怒りを知る天使としての疑問です。人間でもないあなたに、それも敵対関係であるはずの魔族であるあなたに、わたしは教えて欲しいのです。ここに住む人間達のどこに、守る価値があるのかということを」
聖都の人間はリナを迫害し、人として認めず、そして自分達の都合で生贄に捧げた。
リナと、その友達である五人の少女の苦しみも嘆きも聞かず、自分達が助かりたいというだけの理由で惨殺した。
だからジョンだって、自分一人ではこんな無謀な戦いを挑もうなんて思わなかったはずだ。
だけど……
「無茶をしてしまうからですよ」
「えっ?」
「香澄さんですよ。僕は人間は嫌いです。人間を怖いと思いますし、それは今でも変わりません。それでも、香澄さんが守りたいって言ったんです。香澄さんは優しい人ですから、自分の力では及ばないと知っていても、きっと無理をしてしまうでしょう。だから僕が戦うんです。香澄さんが望んだから、僕は今ここにいるんですよ」
「その眼……どうあっても、退いてはくれないようですね。残念です」
直後、天使の周囲に無数の光の弾が作られる。
それは魔力を集めたそれに似ていたが、決定的に違う点がひとつだけあった。
それは、聖波動を集めてできていた。
それが音よりも速い速度で、一斉にジョンに向かって降り注いだのだ。
「領域定義――」
「魔法を使うために言葉を使った――とうとう余裕が無くなってきましたね」
ジョンが空間に盾を展開する。
その数は百八十三個。数え切れないはずの光の玉の数をジョンは即座に把握し、それと同数の空間断裂を瞬時に出現させたのだ。
「大きなひとつを張ったのでは、起点となる場所を消されるだけで盾全体が消えてしまう。ジョン君はそうせざるを得ないですよね。だから……」
「……えっ?」
突然、身体の内側から焼けるような痛み。
ジョンの右胸には、直径十センチほどの大穴が空いていたのだ。
「このどさくさに紛れて、背後にひとつ弾を増やしても気付けないですよね?」
「そん……な……」
ジョンが落ちる。
足に力が入らなくなり、屋根の上から墜落した。
街全体を覆う規模で奥義を使うとか、非効率にも程がある!!
でもそれをやっちゃうのがジョン君です。もうちょっと自分を大事にしてね?
ジョン君は街を覆う天蓋のせいで、大きなハンデを背負って戦っています。
そもそも相手は聖波動の塊。魔族の天敵ですので、楽な相手ではないのです。
ところで「玄武=カメさん→甲羅!!」って理由から、盾を戦闘の主軸に添えたけど、安直すぎたでしょうか?
そういえば普通の水魔法とか使ってないなぁ……






