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第5章「天使と勇者」⑱


「ワイトさん、教えてください」

 ジョンがワイトに言う。

「天使を降臨させて、あなたはどうするつもりだったんですか? 香澄さんの話によれば、僕達魔族が来ることは想定内だったそうですが」


 ワイトは倒れていた身体を起こすと、その場に座った。

 もはや反撃する意志はないようだった。


「抑止力です」

 ワイトが答える。

「天使は人間の願いを叶える存在です。人間の住む地域の西端にある聖都の人間が魔族を本気で恨むようなことがあれば、この街のどこかにいる天使が魔族を滅ぼしに行きます。

 私に魔族の国を滅ぼす意思はありません。ですがどうか魔王にお伝えください、人間の国へ侵攻することがあれば、天使が魔族を滅ぼすことになると」

「……それで、彼女達を生贄にしたのですか?」

「あなたがたがどれほど知っているかは分かりませんが、十年前の戦争は酷いものでした。魔族側に三千人、人間には七万人の犠牲が出ました。私はもう、あの光景は見たくないのです」


 それは、あまりにも身勝手な話だった。

 とても綺麗に取り繕われた、耳障りな詭弁のように聞こえた。


 だからわたしは涙を拭くと、ワイトに言い放つ。


「それでもわたしは、あなたが正しいとは思えない」

 床にぞんざいに置かれた五人分の首のない身体。

 わたしは彼女達を指差して、言葉を続ける。

「この子たちの家族には、兄弟には、友達にとっては『五人』じゃない。ちゃんと名前があって、心があって、生きていた人間だった。その人たちにとっては『七万人』よりも重い命だったかもしれない。あなたが勝手に『七万人』と比べて、殺していいはずがないのよ」


「ええ。まったく酷い話ですよね」


 突然、部屋の中から声が聞こえた。

 振り返るとそこには、いつの間にか、白い翼を生やした銀髪の少女が立っていたのだ。


「リナとここにいる五人は、仲のいい友人でした。旧魔族領で慎ましく生活をしているだけの普通の人間だったんです。けれどそこの男は、リナ達を攫(さら)ってここに連れてきました。リナ達六人の身体に魔晶石を埋め込み、リナの目の前で五人の友人を殺し、動けないリナに無理矢理、友人達の血を飲ませたんです」


「ねぇ、リナ。それって……」


 しかし、わたしの言葉は遮られる。

 ジョンが銀髪の少女の前に立ち、そして言ったのだ。


「香澄さん。目の前のそれはリナさんではありません」


「えっ? だって……」

「僕達が今話している相手は天使です。リナさんではありません。そこの天使の一人称は『わたし』なんですよ」

 わたしはリナの顔を見る。

「ええ、その通りです」

 天使はリナの顔で、そう答えた。


 それから天使は、ワイトの方へと顔を向け、そして言う。

「天使は人間の味方です。わたしは人間の願いを叶えます。けれどそれは、ワイト大司教、あなたの願いではないんです」

「構いません。それでも街の人が魔族を憎んだときには……」

「いいえ、降臨するときにわたしが聞いたのはリナの声です。叶えるのはリナの願いです」


 それって、つまり……


「友人を殺され、その血を飲まされ、左胸に剣を突き立てられて死の淵に立たされたリナの願いを叶えるために、わたしはここにいるんです」


『わたしは月の女神の加護をいただいているので、明後日が待ち遠しいです』

 ふと思い出して、わたしは窓を見る。

 東の方角に面したそこからは、今まさに昇り始めたばかりの白い満月が見えていた。


「ねぇ、リナの願いって何だったの?」

「リナは最後まで、自分が助かりたいとは願いませんでした。家族にもう一度会いたい、友達に助かって欲しい、そして……」


 それから天使は、優しい笑顔でこう続けた。


「聖都の人間への殺意と憎悪。わたしはこれから、聖都に住む人間全てを殺します」


「そんな……」

 全員殺すって言うの? 大聖堂で本を読んだのを聞いてくれた子供達も? ロザや警邏隊のみんなも? 酒場の主人や、サンドイッチを美味しいと食べていたお客さんも? 

「待ってくれ、天使っ!」ワイトが叫んだ。「殺すのは私だけにしてくれ! 街の人たちや子供達は悪くないんだ! どうか頼むっ!」

「あなたは優しい人。方法は間違えたけれど、他人を守るために行動できる人。でも無理です。リナが願わない限り、わたしの行動は変わりませんから」

「そんなの駄目っ!」

 わたしは天使に言う。

「聖都に来てまだ三日だけど、いろんな人と会った。優しい人もたくさんいた! あんたがその気なら、わたしが絶対にとめてやるんだからっ!」



「それは困ります」



「えっ……嘘…………」



 それは、透明な剣だった。

 剣はわたしの腹部を貫いていた。


 けれどわたしが驚いたのは、そこではない。


 その剣を握っているのが、ジョンだったからだ。


「どうして……」


 ジョンが答える。


「僕も、人間が嫌いなんですよ」


 ジョンの口が動くが、よく聞き取れない。


 目の前がゆっくりと暗くなる。

 激痛が次第に消えていく。


 そしてわたしは、意識を失った。



前2話、後書きなしとしてしまいました。

シリアスな雰囲気に水を差したくなかったためです。


この物語は、基本的には「正義」vs「正義」の構成を心がけています。

ワイト大司教の企みも、ある一方から見れば被害を最小限に収める策となります。

今回はその思惑が上手くいかず、天使を敵に回すこととなってしましましたが。


「勝負に勝った方、つまり、強い方が全て正しいというのは志々雄の論理でござる。

1度や2度の戦いで真実の答が出るくらいなら 誰も生き方を間違ったりはせん。

人1人の人生はそんなに簡単なものではござらんよ。

真実の答は、これからお主自身が自分の生き方の中から見出すでござるよ・・・」


るろうに剣心(著:和月伸宏先生)内の、緋村剣心の言葉です。


香澄が選んだ道が、必ずしも正しいとは限りません。

正しいと思ったことが、結果的に悪い方向に傾くというのは、よくあることかと思います。

コメディ作品なので、そこまで書くかはまだ分かりませんが、もしそのときは立ち直ろうとする香澄ちゃんを応援してあげてください。


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