第5章「天使と勇者」⑯
翌朝。
人目につかないように、わたしたちは大聖堂の裏へと回り込んだ。
裏口の扉についた鍵の部分を指差して、ジョンが言う。
「すみません、クリスさん。お願いしますか?」
「はい」
パキンッ――――――
クリスが鍵に触れたかと思うと、鍵は一瞬で壊れ、扉は簡単に開いてしまった。
「えっ? 何が起きたの?」
「金具を加熱して柔らかくした後、風の魔術で僅かな隙間を作り、水の魔術で凍結させただけです。大したことではありません」
以前にガルムに聞いた話だと、魔族は基本的には一系統の魔法しか使えないらしい。複雑に見える魔法も、木・火・土・金・水のどれかに属するのだとか。
対して人間の使う魔術は、自分の中にある無属性の魔力をどれかの属性に変換することで発動しているらしい。
つまり、魔族なのに複数の属性を使えるのは、すごいことなのではないのだろうか?
「クリスさんは、五つの属性全てを使えるんですよ」
「どれもまともに使えないだけです。それより、行きましょう」
「………………」
クリスは自分の使ったそれを、『魔法』とは呼ばずに『魔術』と呼んだ。
どうして人間嫌いのクリスが、わざわざその言葉を選んだのだろう?
裏口から進入したわたしたちは、人目を避けながら階段を上り、上を目指した。
途中で数人をクリスが手際よく気絶させ、行き着いたのは、大聖堂の五階中央にある大きめの扉だった。
「ここで儀式が行われたの?」
「………………」
ジョンは答えない。
クリスも顔を横に振るだけだった。
「香澄さんは、ここで待っていてください」
「ちょっと、ここまで来てそんな……わたしも行く。だって嫌な予感がするもの」
「いえ、絶対に駄目です」
そう言ったジョンの眼は鋭かった。
「ジョン……?」
ジョンの様子がおかしい。いつもは温厚なジョンが、昨日から妙にピリピリしている。
この先にあるものは、ジョンをそうさせるほどのものということなのだろうか?
だったら尚更、わたしだけ目を逸らすわけにはいかない。
だからわたしは、制止するジョンの手を振り払って、その扉を一気に開いた。
「………………なに、これ?」
そこには、裸の女性の身体が横たわっていた。
力なく床に投げ出された手足。その両手首と両足首は縄で縛られ、手のひらと足の甲には杭で穿たれたような大きな穴が空いている。
腹には切り裂かれたあと縫合されたような傷があって、流れ出た血が乾いて固まっている。
部屋の隅には臓物がぞんざいに積まれていて、それは人間一人分のものにしては明らかに多い量だった。
部屋の奥の壁には、ちょうど人が手と足を伸ばしたぐらいの間隔で、どす黒いなにかがべっとりとついた杭が縦に二つ並んで打ち込んである。
薄暗い部屋を見回すと、同様のものがあわせて五箇所。そして床にはさらに四人分の、裸の女性の身体が転がっている。
そしてその五体の女性の身体には、
首から上がついていなかったのだ。
「ィ……嫌っ……」
足に力が入らなくなる。身体ごと床に落ちて、怖くて見たくなくてわたしは自分の顔を覆った。それでも震える指が、痛いほどに速い鼓動が、部屋の中の光景を忘れさせてくれない。「嫌だ……」声が震えた。「嫌だ……」思い出したくない。「嫌だ……」掠れる声を聞くたびに光景が頭に蘇る。「嫌だ……」けれど何か言わないと、一瞬でも気を紛らわさないと、頭が狂ってしまいそうだった。
「香澄さん……」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁっ――――――!」
背中を触れられて、堰を切ったように気持ちが止まらなくなった。自分で何を叫んでいるのかも分からないまま、噎せ返りながら、息が詰まりながら、ただ何かを拒絶したくて叫び続けた。
見てしまったのだ。部屋の奥に並べられる、涙の跡の残る五つの首を。
想像してしまったのだ。この場所で起きたことを。
誰が、こんな酷いことを……
「おや、見られてしまったようですね」
聞き覚えのあるその声に、わたしの中でどす黒い感情が生まれたのが分かった。
顔を上げるとそこには、神父姿の男が立っていた。
今回の後書きはありません






