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第5章「天使と勇者」⑮


「さっきの男が、ワイト大司教だったのですか?」

「そうはっきり言ってた。魔族がそろそろ来る頃だと思ってた、とも」

「天使の降臨が察知されているのは織り込み済み、ってことですね」

「うん、そうみたい。思ってた人柄と随分違ったけど……」


 ワイトは魔族の国への侵攻を企てて、天使を降臨させた張本人のはずだ。

 反魔族派で好戦的な思考の持ち主と聞いていたので、もっと凶悪な人物を想像していたのだが……


「意外と良い人そうだった? 咄嗟に逃げてきちゃったけど……」

「いえ、あの場はその判断で正しかったかと。人間は信用できませんから」

「あはは。でも、子供達とは仲良くできたじゃない?」

「あれは信用以前に、疑う余地が無いだけです。まぁ……悪い気はしませんでしたが」

「そっか」


 ほんの少しだけど、クリスの気持ちにも変化があったのかもしれない。

 それが嬉しくて、自然と笑みが零れてしまう。


「わ、笑わないでください。わたし自身、戸惑っているのですから」

「ああもうっ! 顔赤くしちゃって、クリスちゃんかわいいっ! ……きゃっ!」

「気を抜かないでください」

「だからってナイフはやめて……それはかわいくないぃ」

「前々(まえまえ)から思っていたのですが……あなた、馬鹿でしょう?」

「うぅー、酷い」

「酷いのはあなたの言動です。螺子(ネジ)が飛ぶと別人のようになりますよね」

「それ、クリスにだけは言われたくないんだけど……」


 なんて馬鹿話をしながら、わたしたちはジョンと合流するために、宿屋に向かっている。

 この国の指揮系統と、天使降臨の命令がどこからどのように来たかなどが不明な今、信頼できるのは一緒に来たクリスとジョンだけだ。

 当然、クリスは周囲を警戒しているし、わたしもいつでも盾を張れるように準備をしていた。最悪の場合、大司教を始めとした教団のほかに、警邏隊まで相手にしなくてはいけないかもしれない。


 そしてわたしたちが、初日に寄った酒場がある通りに差し掛かったときだった。



「ふっざけんなっ! テメェみたいな奴にいられるとこっちが迷惑なんだよっ!」



 突然聞こええてきた怒声。

 酒場の向かい側にあるパン屋。そこの店主らしき人物が、顔を真っ赤にして怒っていた。


 その店主に胸倉を捕まれ、銀髪の少女が往来に放り出される。

 道の真ん中で倒れた少女の腹を何度も店主は蹴り続け、少女は「ごめんなさい、ごめんなさい……」とただ繰り返していた。


「穢れた手でウチの商品に触りやがって! トニカ村なんて薄汚ねぇ場所に捨てられた奴が、何で聖都にいるんだよ! テメェみたいなのがいたらこっちまで穢れちまうじゃねぇか!」


「ちょっ……あれってリナじゃないのっ!」

 事情は分からないけれど、とにかく助けなくちゃいけない。

 しかし走り出そうとしたところで、わたしの腕が掴まれる。

 振り返ると、クリスが首を横に振っていた。

「殺されるわけではありません。わたし達は行くべきではないでしょう」

「で、でも……」

「それに、わたし達との関係が露見すれば、それこそどうしようもなくなってしまいます」

「くっ……」


 そうだ。わたしは魔族側の人間で、連れている仲間は魔族。

 わたしたちの仲間だと思われてしまうことは、今以上にリナの立場を悪くしてしまいかねないのだ。

「けれど、だからと言って……」

 話の流れから、トニカ村というのは旧魔族領――穢れた土地にあるのだろう。そこの出身ということを伝えなかったか、隠していたかして、今回の件が起きているようだった。

 そもそも魔族と人間との関係だって納得できないって言うのに、それも人間同士で……

 リナはパン屋の店主のことを優しいと言っていたのに、そんな人まで、こういう反応をするなんて……


 そのときふと、誰かの手がわたしの肩に触れる。

 振り返ると、そこには四人の警邏隊が立っていた。


「ここは私達が行こう。安心したまえ」


「ロザさん!」

「昨日は失礼した。君達の知人なのだろう? この国には旧魔族領の出の者を特別守る法律も無いが、差別するような法も無い。怪我人として保護するのは仕事の範疇だ」


 それから警邏隊はリナを助け起こすと、パン屋の主人と二言三言話をして、再びこちらに戻ってきた。

 リナはぐったりとした状態で、ロザの手の中で抱えられている。


「とりあえず君達が宿を取っているなら、そこに運ばせて欲しい。私達の詰め所で休ませてもいいが、恥ずかしい話、良く思わない者が警邏隊の中にもいるのでね」

「はい、大丈夫です。その……こういうことって、よくあるんですか?」

「無くなった、というのが正しいだろうな。悪い意味で。旧魔族領の人間は、聖都がこういう場所だと子供でも知っている。今は近づこうとさえしない状態だ。事件は無くなったが、差別が消えたわけではない」

「そう……なんだ」


 あのパン屋の主人は捕まえないの?と聞くと、そんなことをしたら陰でこの子が殺されると、警邏隊の一人が教えてくれた。

 『蹴った方が悪い』ではなく、『こいつがいたせいで仲間が逮捕された』と、そんな理不尽な理由で復讐をされることもあるそうだ。

 医者に診てもらうことも難しいければ、リナが一緒にいる状態で薬を売ってもらうことも難しいらしい。


 宿の前まで着くと、ロザ達に礼を言い、わたしたちは部屋へと戻る。

 クリスに治癒魔法をお願いしてみたが、天使の身体では打ち消されてしまうようだった。


 そして夕方。

 少し目を離した隙に、リナは忽然(こつぜん)と姿を消したのだった。




 ジョンが宿に帰ってきたのは、夜になってからだった。


「すみません、遅くなりました」

 それだけ言って、ジョンは浮かない顔をしたまま、椅子に腰を下ろした。

 その手には一冊のノートのようなものを持っている。調べ物をしてくると書置きしていったし、それをメモしてきたのだろう。

 浮かない顔は、目当てのものが見つからなかったか、最悪の結果を知ってしまったか……雰囲気としては、後者のような気がする。


「ジョン、ごめん。実はね……」


 わたし達はジョンに、ワイト大司教と会ったこと、自分達が魔族の国から来たのがバレたこと、天使に逃げられてしまったことを伝えた。

 しかしそれに対するジョンの答えは、たった一言だった。

「問題ありません」

 そう言ったジョンの言葉がどこかいつもより冷たくて不安になる。

 わたし達を責めているわけでもなければ、自分を責めているわけでもない。

 どこか決意のようなものと、同時に余裕の無さのようなものを感じたのだ。


「ジョン、これからどうしよう?」

「明日は大聖堂に忍び込みます。儀式を行った場所は目星がついているので、そこの調査をします。今晩は早めに休息をとるようにしていただけると助かります」

「……ジョン、違ってたらごめんね。もしかして怒ってる?」

「………………」


 ジョンが黙る。

 それからわたしとクリスの方を見て笑った。


「香澄さん達に怒っているわけではないですよ。えっと、その。ちょっと疲れているみたいですね。すみません」

「ジョン、それって……」

「まだ確証があったりするわけじゃないんです。それに、えっと、今日は早く休みましょう。また明日も頑張らなくてはいけないですし」


 ジョンのその笑顔が無理をしているように見えたのは、わたしだけではないようだった。

 わたしとクリスは顔を見合わせ、しかし何も言わなかった。

 ジョンがこれ以上話そうとしないこともまた、わたし達は感じていたからだ。


 明日は満月か……

 南の空に浮かぶ月を見て、リナとの会話をふと思い出した。



颯爽と登場!! ロザさんかっこいい!!


どのような集団にも全体の傾向があり、その中にやはり個人の差があると思います。

偶然通りかかったのがロザさんでなければ、言いがかりのような理由で逮捕されて、連行される可能性もありました。

聖都セラフィムとはそういう場所です。怖いですねー。


ちなみにロザさんは、元々優しいお方です。

香澄のお説教に納得する部分があり、考えさせられる部分があったものの、それがなくても殴られている少女を見捨てたりはしません。


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