第5章「天使と勇者」⑩
天使とは人間の味方であり、魔族に対する最終兵器である。
魔族がその身体に触れただけで消滅させてしまうほどの力を持ち、同時に人間の願いを叶えると言われる存在。
三十年ぶりに降臨した、魔族の誰もが震え上がるほど圧倒的なそれが、魔族の国に侵攻してくるかもしれないと警戒して調査にきたというのに……
「何でっ!? 何で天使が、こんなところでパン屋さんやってるのよ!?」
「えっ、あの、そのっ! 天使がパンを売っては駄目だったのでしょうか。すみません、わたし全然そういうの知らなくて……」
酒場を一歩出た通りで、わたしたちはリナを問い詰める。
リナはおどおどとした様子で道行く人に目線で助けを求めるが、目を逸らして通り過ぎる人ばかりだった。
さすがにちょっとだけ可哀そうになってきたかも……
「あの、香澄さん」ジョンが言う。「どうしてその人が天使だと分かったんですか?」
「え? だって背中に羽根がついてるじゃない?」
「すみません。その……僕にはその羽根が見えないんです。香澄さんには今も見えていますか?」
「うん。普通に見えてるけど……」
振り返って「クリスは?」と聞くが、「いえ、わたしも見えないです」との答え。
酒場にいた人たちも気にしていなかった様子だったし、どうやらその羽根は、わたしにしか見えていないようだった。
「とりあえずそちらの方を刺して殺して解体して埋めれば、こんな肥溜めのように息苦しい場所からおさらばできるのですね?」
「はいはい、そういう不穏な発言は駄目だって言ってるでしょ?」
「任せてください、わたしそういうのは得意なので」
「聞いてないし! ってか、得意でも駄目です。こんなところで過去の犯罪歴を暴露しないで。いいからちょっと黙っててよ」
「ふにゃぁ♪」
嗚呼……どんどんクリスのキャラが崩れていく。
真面目で誠実だったあなたは、一体今どちらにいらっしゃるのでしょうか?
「それでですね、リナさん」
クリスとわたしでは埒が明かないと思ったのだろう、ジョンがリナに言う。
「よろしければ、ゆっくりとお話を聞かせていただけませんか? ここでは話しづらいこともお互いあると思います。この近くに宿を取っているので、よろしければその部屋まで来ていただけると助かるのですが」
「そうですね、わかりました。あと一時間ほどでわたしのバイトも終わるので、その後でも構いませんか?」
「ええ。ではお待ちしています」
リナが駆け足でパン屋へ戻っていく。
本当に真面目に働いているようだった。
それからわたしたちは、パン屋の近くでリナを待ち続けていたのだが……
「チッ……チッ……」
困ったことに、人が前を通るたびにクリスが舌打ちをするのだ。
「クリス、先に宿に戻っててもいいよ?」
「いえ、ここで待ちます。お恥ずかしい話ですが、今一人になってしまうと、自分を抑えられる自信が無いんです」
「何匹?」
「もう三匹ほど貸していただきたいかと」
腕に四匹のプチ達を抱えて、ようやくクリスは落ち着いた表情に戻ってくれた。
「ちなみに、あんまり強く抱きしめないでね。その子たちとわたしってリンクしてるみたいでさ、わたしの肋骨とか内臓とかが潰れちゃうから」
「あら、いいことを聞かせていただきました」
「………………」
「冗談です。本気にしないでください」
だから、クリスの場合、冗談に聞こえないんだってば。
香澄「嗚呼……どんどんクリスのキャラが崩れていく。
真面目で誠実だったあなたは、一体今どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
香澄さん、ごめんなさい。
わたしが悪乗りするかぎり、ずっとこんな感じだと思います。
あと、みなさんにひとつだけ。
ジョン君の影が薄いのではありません!
香澄とクリスが濃すぎるんです!!






