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第5章「天使と勇者」⑪


「じゃーんっ! 余りものを貰ったの。よかったら一緒にどうですか?」

 リナは手提げ袋一杯のパンをテーブルの上に広げる。


 ここはわたしたちの借りている宿の一室。

 バイトを終えたリナを連れて宿に戻り、わたしたちはそれぞれ椅子やベッドに腰を下ろしたところだった。

 わたしは「ありがと」と言って、その中からチョココロネを選んで口に運ぶ。パンの生地がとても柔らかくて、思わず「美味しい!」と言ってしまったほどだ。


「クリスもひとつもらったら?」

「わたしは遠慮しておきます。それと香澄さん、よろしければ殺めて差し上げましょうか?」

「ノーセンキューです。七匹全部貸してあげてるんだから、刃物を手に持たないで。怖いから、かなりわりと本気で!」

 ベッドの上で不貞寝をしているクリスに声を掛けたが逆効果だったようだ。

 そういえば人間の作ったものは食べたくないって言ってたっけ。


 ちなみにジョンはレンコンの入ったお焼きのようなパンを食べている。

 意外と食の趣味が渋いなぁ……


「そういえばリナはさ、どうしてあんなところ……って言っちゃ失礼か。パン屋でバイトなんてしてたの?」

 美味しそうにメロンパンにかぶりつくリナに、わたしは聞く。

「募集してたからです。店長さん、すっごい優しい人なんですよ~」

「じゃなくて……わたしたちはてっきり、天使は大聖堂にいるかと思ってたんだけど」

「あー、それはですね。脱走してきちゃったからです」

「脱走?」

「はい。リナはあの場所があんまり好きじゃなくてですね。何よりパン屋さんで働くのが、リナの夢だったんです。バイト求人の張り紙を見たときには、神の導きかと思いましたよ」


 リナはそう言って笑った。

 ってか、天使が『神の導き』とか言っちゃってるし……


「そもそもリナは、どうして天使になっちゃったのよ。ってか、ずっと気になってたんだけど、その羽根って飛べるの?」

「飛べますよ。普通の人にはこの羽根は見えないみたいで、周りの人にびっくりされてからは、控えるようにしてますけど。というか、この羽根を見ることができたのは香澄さんが初めてです。ちょっと嬉しかったです」

「あ、それはどうも……」

「えへへ。でですね、どうして天使がリナに宿ったかと言うと、大聖堂で降臨の儀式が行われたからです。儀式自体は天使が降臨できる条件を整えるだけのものだったんですが、ふと声が聞こえてきて、気付いたらこうなっていました」

「ふぅん……やっぱり儀式は行われたのね」


 それにしても、思ってたイメージと違うなぁ、天使。


 メロンパンを美味しそうに頬張るリナからは、おっとりとした普通の少女という印象しかなかった。

強そうにも見えなければ、シモン達魔族が警戒するほど攻撃的にも見えない。羽根の見えない人ならば、誰も彼女が天使だとは思わないだろう。


 しかしそう思っているのはわたしだけのようで、ジョンもクリスも、真剣な眼差しでリナの言葉を聞いては、どこか考え込んでいる様子だった。


「大聖堂で儀式が行われたということは、大司教が絡んでいますね」

 わたしの目線に気付いたジョンが、深刻な面持ちで言う。

「現在の大司教は、ワイト・アーバン・ロベレッティーという人物のはずです。反魔族派で好戦的な思考の持ち主です。『崇浄連』にパイプも持っていると言われています」

「『崇浄連』って?」

「『世界崇高清浄連盟』……人間の国同士の取り決めを司る、各国代表者で編成された組織です」

 そう答えたのはクリスだった。

「要は、人間の人間による人間のための連盟です。実質、人間の国の全体を動かせる最高機関だと考えれば分かりやすいかと」

 それはつまり、あちらの世界で言うところの国連のようなものなのだろうか?

 まぁこっちの国の場合、パンタグリュエル王国は爪弾きにされているわけだし、平和主義を掲げているわけでもなさそうだけれど。


「いえ、それも少し違うと思います」

 そう言ったのはリナだった。

「上流階級の上流階級による上流階級のための人民統治機関です。少なくともリナは、そう思っていました」

「………………」

 どうやら人間にとっても、崇浄連は評判が悪いようだった。


「で、話を戻すけど、そのワイト大司教ってのは、あんたを降臨させて何がしたかったの?」

 わたしはリナに聞く。

「魔族の国へ侵攻させたかったようです。聞いてあげる理由も無かったので、逃げ出してきちゃいましたけどね」

「……それでいいの?」

 天使って、人間の願いを叶える存在って聞いたんだけど。

「いいんです。聞いてあげる義理も無かったですし、それにあの人の本当の願いは、それではありませんでしたから」


 それからふと、リナが窓の外を眺めた。

 わたしもつられて窓の外を眺めると、南の空に綺麗な月が輝いていた。


「満月……にはちょっと欠けてるかな。十三夜(じゅうさんや)ぐらい?」

「そうですね。明後日が満月です。わたしは月の女神の加護をいただいているので、明後日が待ち遠しいです」

「月の女神……この世界って、神様はいっぱいいるの?」

「この世界の人の考え方では四人ですね。人間の言う東の『太陽の神』、中央の『大地の神』、西の『月の女神』。そしてあなたたち魔族の国で信じられている『世界の始祖』です」

「――気付いてたの!?」

「ええ。香澄さんがわたしの聖波動を見ることができるように、わたしも人の持つ魔力は見えていますから。人間と魔族では魔力の流れが違いますし、すぐに分かりましたよ」

 わたしが聖波動を?と聞くと、「だって翼が見えてますでしょ?」との返事。

「へぇ……」


 どうやら本当に、リナには魔族への敵対の意思は無いようだった。

 そもそもわたしがいなければ、ジョン達はリナが天使だと気付くこともできなかったわけだし、そんなことを抜きにしても、対魔族戦で圧倒的な天使の力を、リナは既に持っているはずなのだから。


 わたしはジョンに「あとは何か聞いておくことはある?」と確認するが、「今日のところはこれぐらいでいいでしょう」という回答。

 つまりは、これでお開きのようだ。


「あの……香澄さん。お願いが……」

 リナが落ち着かない様子で、わたしとジョン、クリスの顔色を伺いながら言う。

「一晩、ご一緒させていただくわけにはいきませんか? わたしその……泊るところもお金も無くて……」

 あー。パン屋さんのバイトって、日払いじゃないんだ……

「別に構わないわよね?」


 わたしがジョンに聞くと、ジョンはクリスの方を振り向く。

「外で野宿します」

 クリスがそう言い出したので、仕方なくわたしたちは二部屋借りることにした。


 だって、結果は目に見えている。

 聖都で切り裂きジャックを野放しにするわけにいかないじゃない?



天使(職業:パン屋さんのアルバイト)の遍歴

・マリナト公国聖都セラフィム大聖堂にて、降臨する。

・ワイト大司教の言葉を右から左に聞き流し、大聖堂から逃亡。

・空を飛んでいるところを見られ、騒ぎを聞きつけた警羅隊に追い回される。

・辛うじて路地裏に入って逃げ切る。

・空腹であることと財布を持っていない事実のダブルパンチで意気消沈する。

・リナはパン屋さんに興味があったので、アルバイト募集の張り紙を見つけて大層喜ぶ。

・アルバイトの面接に臨む。緊張しながらも無事クリア。

・サンドイッチの作り方を学ぶ。お腹がすいていたのでパンの耳をつまみぐいする。ひょいパク!

・パン屋の客として来ていた酒場の主人と知り合い、サンドイッチをお店で出してもらえることになる。商談成立♪

・ある日、サンドイッチを届けようとしたら、警羅隊のせいで酒場に入れず困る。

・酒場の外で説教する香澄を陰から見て、激しく同意する。警羅隊の人達怖いんだもん……

・酒場にパンを届ける。「こんにちはー、パン屋でーすっ!」

・魔族に捕まる。なんで!?

・賄いのパンをいつもより多めに貰えてご機嫌になる。

・大量のパンを自慢したくなる。

・現在に至る。


香澄「あんたの行動原理、半分ぐらいがパンなんだけど……」

天使「パンは奇跡です。加熱するだけであんなにふんわりするなんて(うっとり)」

香澄「………………」

酵母菌の皆様。全国のパン職人の皆様。パンが膨らむのって、天使曰く『奇跡』だそうですよ?


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