第4章「奇跡の勇者」⑮
「交易を始めることになりました」
「はぁ? えぇぇぇぇっ!」
シシド村で休ませていただいて、再び目を覚ました昼頃。
村長がそうミハエルに報告していたのを聞き、思わず声を出してしまった。
「えっ、えぇぇぇっ! なにその急接近!」
「あちらでしか採れない薬草と、この村の近くで採れる毒毒ベリー……ああ、あちらの国ではイビルベリーと言うそうですが、それぞれ価値のあるものを取引しようという話になりまして」
「へぇ……」
ってか、チナちゃんがくれたのって『毒毒ベリー』って名前だったんだ。
「酸っぱすぎて食べられたものではないので今までは肥料にしていたのですが、砂糖を加えて煮込んだものは絶品なのだそうです。ああ、香澄さんたちがこの村に来たときにチナがいたずらで皆様にお渡ししていたのがそれです」
「なるほど、ジャムにすればいいのね……って、えっ、あれっていたずらだったのっ!」
「ええ。初めてこの村に来る人に、あの子がよくやっているのですよ。今では村民みんなで毎回それを楽しみにしております」
「……村ぐるみで遊ばれてたのね、わたしたち」
ため息を漏らしていると、ミハエルがポンとわたしの肩を叩く。
「そういうのが必要な村なんですよ。理解してください」
「チナちゃんは許すけど、あんたは許さない。わたしのハッピーエンドの気分をぶち壊してくれちゃってさぁ」
「これはまた手厳しいですね」
それからミハエルは村長の方へ向くと、「交易の件は、僕から魔王様に話しておきましょう」と言った。「東は僕の領地ですので、おそらく許可は下りると思います」と。
「ミハエル様、ありがとうございます」と、村長が頭を下げる。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? 上手く行ってはほしいんだけど、やっぱりちょっと心配じゃない?」
「大丈夫だって。軌道に乗るまでは、俺もこっちにいることにしたからな」
わたしの言葉にそう答えたのはグリードだった。
「あの集落に少しばかり滞在することにしたんだ。あんたたち魔族が可能性の種を蒔いてくれた。だったら人間である俺も、一肌脱がないかんでしょ」
「そっか。あんたみたいな人間がいてくれたら安心かな」
「おぉ、嬉しいこと言ってくれる。そいつは、益々頑張らねぇとな」
わたしはグリードとハイタッチして、「またね!」「またな!」と再会を誓った。
荷物をまとめ、グランドラゴンに乗る。
そろそろ出発しようかというときに、声が聞こえた。
たった一日しか経っていないのに、久しく聞いていなかったと感じてしまう声だ。
「香澄お姉ちゃんっ!」
そう言いながらこちらに走ってくるのは、チナちゃんだった。
「あ、チナちゃん。もう大丈夫なの?」
「うんっ! お腹が空いたからいっぱい食べたからそしたら眠くなってぐっすり寝たから、もうどこも痛くないです!」
「そっか、よかった」
ミハエルとグリードの話によると、あのあと、チナちゃんの身体から朱雀の力は消えてしまったらしい。
そしてミハエルはこうも言っていた。
『世界の始祖』はこのときのために、朱雀の力を誰にも授けなかったのかもしれないと。
詳しいことは分からないけど、とりあえずチナちゃんが助かってよかったと思う。
「お姉ちゃん、これ! どうぞです!」
「うっ、それは毒毒ベリー……」
酸っぱい味を思い出して、耳の下がツンと痛くなる。
「今度はいたずらじゃないですよ。村長さんが砂糖混ぜてゲニョってさせたら美味しいって言ってたからお姉ちゃんたちにもあげたいって思ったからいっぱいとってきたから、今度はちゃんとしたプレゼントです」
「ありがと、大切に使うわ。……でも、『ゲニョ』はやめない?」
「?」
わたしはクランベリーでいっぱいの袋を鞍に縛り付けると、チナちゃんに「またね」と手を振った。
村の入り口にはミハエルの姿。
既に準備を終えていたらしく、わたしを待ってくれていた。
「早くしないと置いていきますよ、ゲニョ女」
「あーっ、また言いやがったわね! ……って、ノノは?」
「既に先に行きましたよ。寝ながら」
「寝ながら!?」
こうしてわたしたちは、シシドの村を後にした。
この日から『人間の国に最も近い村』という言葉は、今までとは違う意味で使われるようになった。
第4章完結です。
シリアスパートが続いたので、エピローグでは遊んでしまいました。
神様の後押しもありましたが、互いに信頼関係を築くことができた大団円。
ミハエルもまた、ガルムとは別の方向で良き上司、良き領主です。ガルムが引っ張り盛り上げる人なら、ミハエルは道を示し支える人です。
人間との交易とか、はっきり言って前代未聞です。
実はこの時ミハエルは、何が何でも説得し、シモンに首を縦に振らせることを決意しています。
この後、説得にノノも同席して薬草の重要性を説明し、そこまで苦戦することなく許可が下りることになります。
ちなみにミハエルの決意に気づいているのはノノだけです。
ノノの武勇伝がまたひとつ。
寝ながら騎乗して先に帰っちゃいました。
なんとなく魔王城っぽい方角に向けて、森も川もお構いなしに一直線。道なき道を行きます。
こういう時こそ千里眼が便利だと思うのですが、ノノにそんなことを閃く頭はありません。






