第4章のちょっと前『上司と勇者』
「とりあえず上司だから、報告に来た方がいいかなぁって思ったんだけど……」
「そうですね。ガルムから一通りは聞いていますが、あなたからのも聞かせてください」
ミハエルはそう言うと、わたしに真剣な眼差しを向けた。
職務に忠実と言うか、こういったところでは誠実な態度になるのがミハエルという男だ。
というか、理不尽な罵詈雑言卑下落胆その類を向ける相手もわたしだけなのだが。
わたしは西の街クファミナで起きた魔獣騒動の一部始終を報告する。
話し終えると、ミハエルは席を立ち、わたしのところへと歩み寄る。
差し出されたのは、小さな封筒だった。
「お手柄でしたね。ご苦労様でした」
「えっ?」
ミハエルからの労いの言葉が意外で、わたしは目を丸くする。
好かない相手だけど、やっぱりそう言ってもらえるのはちょっと嬉しかったりするのだ。
「珍妙な顔をしていますが、どうかしましたか?」
「別に……ってか『珍妙』って何よ? あんたからの労いの言葉が意外でびっくりしたとか、ちょっと嬉しかったりとか、そういうんじゃないから」
「……そうなのですね?」
「そ、そんなことない……」
「そうなのでしょう?」
「そんなこと、無いったら無いもん!」
「……嘘が下手すぎませんか?」
「なによっ、確かにちょっと嬉しかったわよ。悪いっ?」
「いえ。今回の件は本当に感謝しています。ありがとうございました」
そう言ってミハエルは笑った。
いつもの小馬鹿にするようなものではなく、とても優しい笑みだった。
「……あんたもそんな顔するのね」
「ん? ええまぁ。と言いますか、あなた以外の前ではわりと普通に」
「こんにゃろう……」
けれど、はっきりとミハエルはわたしに『感謝している』と言ってくれた。
それはたぶん魔族の仲間を助けてたことに対してのものであって、わたし自身を認めてくれたわけではないのかもしれない。
それでも、今はそれでいいのかなって思えた。
「さて、と。じゃぁ夕飯の準備もあるからそろそろ行くわね」
わたしは椅子(今回はちゃんと最初からあった!)から立ち上がる。
「何を言っているのですか。夕飯はイチゴ達に任せて、あなたはすぐに医療班のところで手当てを受けてください。まだ向こうでは応急処置しかしていないのでしょう? 多少ですが負傷に対する手当ても出ますので、そちらも後日お渡しします」
「……福利厚生もそれなりにしっかりしてるのね」
どうしよう。わたしのなかの魔王像が、跡形も残ってないんだけど……
本来、魔王とか魔族ってどういう存在だっけ?
「最低限の礼儀を尽くしているだけです。それがたとえ蛆虫のような人――失礼、あなたのような人であっても、例外ではありません」
「ホントに失礼よねっ! 最低限の礼儀がなんだって? 今のめちゃくちゃ失礼よね!」
「というか埃っぽくて敵わないんです。あと魔獣の血がついた服もいつまで着てるんですか。臭いますよ、悪臭生ゴミ女。さっさと出て行ってください」
「こんにゃろぉぉぉぉっ!」
バッチイ物でも持つように、襟首の後ろを親指と人差し指でつままれ、魔族の怪力によって物理的に部屋から放り出される。
「あ、医務室は廊下を右に行った突き当りです。残念な思考回路をお持ちのあなたは、どうせまだ覚えていないのでしょう?」
「うぅ……今度あんたの夕飯に、しこたまタバスコぶちこんでやるっ!」
医務室の場所をまだ覚えていなかった図星を突かれ、悔し紛れに吐いた捨て台詞だったのだが。
「む……」
ミハエルが扉を閉める手が一瞬止まる。
どうやらそれなりに効果はあったようだった。
※制作メモ※
ミハエルは基本的には公私を分ける人です。
香澄相手には「仕事」「プライベート」「仕事中だけど香澄だからいいや」の三段階ですが。
実は今回、「蛆虫のような人」だけはいつもの癖でうっかり言ってしまったものであり、内心、失言だったと反省しています。
ただし反省は自分の矜持に対してのものであり、香澄には悪いとは思っていません。
香澄の上司としての自覚は持っているため、香澄が街を守ったことは誇らしく思っています。
「今回の件は本当に感謝しています」も本心です。






