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第1.6章「外伝・銀色の勇者」⑦


 クロウは駆けた。

 灰色に固められた地面を蹴り、歩く人々を追い抜いて、更に速く。


 遠くに見えるのは、倒れて動かない菫の体。

 ゆっくりと赤いものが(あふ)れ出して、地面を黒く濡らしていく。


「ああもう、面倒くせぇな」

「しかも言われてたガキと違うじゃねぇか」


 扉を開けて赤い乗り物から降りてきた人間が二人。

 香澄の生死を確認するでなく、助け起こそうとするでなく、男達は菫のすぐ横で面倒臭そうに話をしている。


 どうして助けないんだ。まだ生きているかもしれないのに。

 苛立ちに任せて、そんな言葉が口を突いて出そうになったときだった。


「しょうがねぇ。埋めるぞ」

「だな。もうどうせ助からねぇし、それでいいよな、譲ちゃん」


 そう言って男達は、笑いながら菫の身体を蹴ったのだ。


「――――――っ、」


 気付いたときには、クロウはその男達を殴っていた。


 目の前が真っ赤に染まった気がした。

 クロウは最大速で詰め寄ってからの、全力の殴打。骨が折れる感触が拳に伝わり、けれどその手を止める気は起きなかった。頬を砕き、腕を折り、腹を潰し、胸倉を掴んで顔面を地面へと叩きつけた。

 男達が動かなくなったことを確認すると、クロウはようやく我に帰る。


 菫に駆け寄る。

 口元に耳を近づけると、辛うじてまだ息があった。


「まだ生きてるっ!」


 クロウは聖剣の鞘を菫の身体に重ねる。


 本来ならば、もう助からなかっただろう。

 けれど傷を癒す効果を持つ聖剣の鞘ならば、命を繋ぎとめることができるかもしれない。

 クロウの致命傷を見事に治して見せた聖武具だ。絶対に成功する。

 そうであって欲しいと、クロウは願った。


 それから暫くして、赤い光を灯した白い車両が到着する。

 菫と共にその車両に乗り込んだ後も、クロウはひたすら菫の無事を祈り続けた。




 聖剣の鞘をなるべく菫の近くに置いてもらえるよう頼み込み、手術室という部屋へ運ばれていく菫を見送る。

 それから程なくして、秋桜(しゅうおう)が慌てた様子で駆けつけてきた。


 クロウは秋桜に、菫の身に起きたことを説明する。その間、秋桜は無言だった。

 説明をし終えると「そうか」と呟き、そして秋桜はクロウに礼を言った。


 手術は成功し、菫は一命を取り留めた。

 クロウは病室に運ばれた菫に聖剣の鞘を握らせると、病室に泊り込んだ。


 そして、医者からは『二度と目を覚まさないかもしれません』と言われた三日後。




「ちょっと、起きなさいよ、変態勇者」




 もう一度聞きたいと願っていたその声で、クロウは目を覚ます。


「菫……」

「そうよ。いいから、起きたんだったらあたしの手を離してよ。変態が感染(うつ)るじゃない」

「ああ、悪い……目を、覚ましたのか?」

「そうよ。見れば分かるでしょ?」


 その言葉に、クロウは安堵する。

 自然と笑みが(こぼ)れ、目の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

 菫の「何であんたが泣いてるのよ?」という言葉に、「仕方ないだろ」と言い返す。


 クロウが顔を上げると、菫が慌てたように目を()らす。

 そして恥ずかしそうに頬を赤らめながら、菫は言った。


「えっと、さ。あたしを助けてくれたのって、クロウなんでしょ? ……その、ありがとうね」

「いや。俺の方こそ、守れなくてごめん」


 このときクロウは、初めて菫が笑った顔を見た。

 それはとても愛らしくて、いつまでも守りたいと、そう思った。




 翌日。

 菫は退院し、クロウと共に病院の玄関を出る。

 晴れた空。眩しいほどの日差しの中で、


「菫お嬢! お迎えに上がりました!」


 黒塗りの車が十三台、病院の玄関前に停まっていた。

 そして黒い服を着た男達が二十人以上、一斉に菫に頭を下げたのだ。


 黒服の男達の中には、一人だけ頭を下げず、菫に近寄る男がいた。

 その男は菫を抱きしめると、涙を流して泣いていた。


「ちょっと、お父さんっ!」

「良かった……無事でよかったっ!」


 秋桜は一頻(ひとしき)り菫と言葉を交わすと、クロウへと向き直る。


「この度は娘を助けていただき、本当に感謝する。ありがとうっ!」

「いえ、俺は本当に何もしてません。あれは人の生きたいという願いに応えるものです。菫さんが目を覚ましたのは、菫さんが頑張ったからです」

「それでも君がいなければ、俺は娘を失っていた。ありがとうっ!」

「そんな……頭を上げてください」


 それから秋桜は、クロウの眼を真っ直ぐ見て、そして言った。


「クロウ君。君ならば信頼できる。よかったら、俺の組に入ってくれないか」

「えっ?」


 それは井上組三代目組長、井上秋桜としての言葉だった。


 こうして勇者クロウは、極道としての一歩を踏み出した。



あーあ、踏み出しちゃった……


※どうでもいい裏話※

香澄は幼い頃から井上組構成員達の「義理と人情」な生き方を見て育ちました。

秋桜が親馬鹿かつキレると手が付けられないため、極道さん達は香澄や菫の前では下手なことはできません。

香澄は極道さん達の良いところだけを見て、過剰に美化された思い込みの元、彼らに尊敬の念を抱いています。

組員達に街で出会ったら、香澄も「お嬢!!」と呼ばれます。


とりあえず番外編はここまでです。

第四章の前に、もう少し寄り道が入ります。

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