第1.6章「外伝・銀色の勇者」⑥
「それにしても、今日は早いのね」
翌朝。出かけようとしている菫に、玄関で瑠璃花が言う。
菫はプリーツのついた特徴のあるスカートを履いていて、靴を履き終えると、薄く平らな茶色い鞄を手に取る。
クロウも瑠璃花と一緒に、菫を見送ろうと玄関に来ていた。
「お姉ちゃんがいつも高校のお友達と待ち合わせしてるから。中学校に行く前に、今日は来れないって寄って伝えてくの。まぁどうやって嘘を吐こうか考え中なんだけど」
「そうなのね。行ってらっしゃい」
クロウも「行ってらっしゃい」と菫を見送る。
「うっさいのよ瀕死ね変態バーカバーカ! コミケの勇者は部屋の隅っこでカビでも生えてなさいってのよ! あー、変質者のいる部屋と比べて、外は空気が美味しいわ。魔王倒す前にあたしたちの日常守ってほしかったっての、ホント」
そして菫は瑠璃花に、満面の笑顔を向ける。
「じゃぁ行ってきます、お母さん」
扉が閉まる。
クロウはその場でただ立ち尽くした。
『魔王倒す前にあたしたちの日常守ってほしかったっての、ホント』
『護るはずの剣を、屠るために使ったこと。それが貴方の間違いです』
菫の言葉と、魔王城で聞いた言葉が重なって聞こえる。
「俺は本当は、魔王を倒そう何て思うべきじゃなかったのか?」
呟く。
「さぁ、どうでしょうね」
クロウの独り言に答えたのは、瑠璃花だった。
「わたしには良く分からないけど、クロウ君は何かを守ろうとして、魔王を倒すって決めたんじゃないのかしら。だったら方法を間違うことはあっても、その気持ちは間違いじゃないってわたしは思うわよ。香澄のことが心配じゃないって言ったら嘘になるけど、あの子は強いから大丈夫よ、きっと」
「ありがとうございます」
「それに、菫もただ戸惑ってるだけよ。本気で言ってるわけじゃないわ。本当は賢くて良い子だもの」
「………………」
クロウは『親馬鹿』という言葉を、口から出る寸前で吞み込んだ。
玄関から居間に戻ると、「あ、そうだ」と思い出したように瑠璃花が声を上げる。
「クロウ君。服貸してあげるね」
「そんな、悪いですよ」
「いいからいいから。旦那が着なくなったお古があるのよ。それに昨日も床で寝たんでしょ? 大丈夫だった? 変な夢とか見たりしなかった?」
「大丈夫ですよ。野宿とかもよくしてましたし、夢だって……」
しかしクロウそこまで言って、ふと思い出す。
プリーツのついた特徴のあるスカート。
薄く平らな茶色い鞄。
魔王城に入る前に頭を過ぎった夢を、クロウは思い出す。
戦闘戦車のようなものに轢かれた少女は、たしか『香澄』と呼ばれていなかっただろうか?
嫌な予感がした。
「瑠璃花さん、すみません。菫さんは家を出てどっちにいきましたか?」
「えっ? 家を右に出て、三つ目の信号――えっと、赤黄青の照明がある十字路の三つ目を左に……」
「ちょっと行ってきます!」
クロウは走った。
香澄は今はこの世界にはいない。
だから香澄が事故に遭うことは無い。
けれど、じゃぁあの夢が意味するものは何だ?
一つ目の十字路で信号と呼ばれていた照明を確認し、更に進んで三つ目を左に曲がる。
そこには夢で見た街の景色が広がっていた。
走る。走る。走る。
そして、ようやく、菫の後姿が見えてきたときだった。
ドッ――――――!
少女の身体が宙を舞う。
右から走ってきた赤い鉄の塊に、菫の身体は弾き飛ばされていた。
夫婦揃って親馬鹿です。
香澄が頑張り屋なのは、頑張る両親の背中を見てきたから。
菫がしっかり者なのは、頑張ってもどこか抜けている家族三人を支えなくちゃと思ったから。
けれど菫もどこか不器用な面があったり。
根っこの部分は似たもの一家です。
クロウも家族の絆を微笑ましく思ったので、部外者ながら守りたいと思っています。






