第3章『魔族の王国で爵位を得て魔王軍准将に任命されたからにはその立場に相応しくあろうとする勇者』⑥
咄嗟にわたしは顔の前で腕を構える。
けれど、そんなのは無駄だ。
そんなのは、今にも死に掛けているわたしが一番良く分かっている。
死にたくないと思った。
無力な自分が悔しかった。
誰か助けてと言う言葉が、喉の奥から飛び出しそうになる。
けれど、周りにはもう誰もいない。
どうしてだろう。
そのことにどこかほっとしている自分が、確かにいたのだ。
目を閉じる。
まぶたを通して、真っ赤な色が目の奥に届いた。
爆発にも似た轟音が耳を痺れさせ、石の転がるような音と、瓦礫が崩れるような音が何も見えない世界を覆った。
しん………………
静まり返る。
わたしは自分の左手首に、微かな温かさを感じる。
鼓動が聞こえる。
荒くなった息遣いが聞こえてきて、喉の奥が苦しい。
手を握ると、まだそこには自分の指と手のひらの感触がった。
「……わたし、生きてるの?」
熱くない。
恐る恐る、まぶたを開く。
そこには、大きな六角形のバリアのようなもの。
それがわたしを守るかのように、左手のミサンガを基点に広がっていた。
そしてそのバリアの陰になった部分だけ、地面が焦げていなかったのだ。
「これって、ジョンに貰ったお守り……」
ミサンガに吸い込まれるようにバリアが消える。
まるでわたしの腕に収まったかのように――手首に何かが入り込んできたような感じがした。
いや、違う。
このミサンガを、腕から繋がった自分の身体の一部のように感じているのだ。
深呼吸。ゆっくりと息を吐く。
手首に意識を集中してミサンガに力を込めると、バリアはわたしの思ったとおりに展開した。
「これなら、まだやれる!」
火蜥蜴が右の前足を振り上げる。
わたしはバリアを展開すると、六角形の一番下の角を地面に突き刺す。
別に押し返せなくてもいい。
振り下ろされる右前足をバリアが受け止めた瞬間、右前足の足首に剣を突き刺す。
硬いものに当たる感触。
かなり深く突き刺したはずだ。
これならもう、わたしの足でも火蜥蜴から逃げ切れるだろう。
「ギギャァァァァァァァッ!」
剣を引き抜くと、わたしはバリアを消す。
火蜥蜴は大きな音を立てて地面に倒れた。
わたしは火蜥蜴から距離を取る。
そうすれば、火蜥蜴の攻撃方法はひとつしかない。
火蜥蜴の口が開く。
その口には小さな炎が灯り、それは渦を巻いて次第に大きな火球になっていく。
わたしは再び駆けた。
逃げる方にではない。火蜥蜴がいる方へ、わたしは駆けたのだ。
そして、火球がその口から放たれる瞬間。
わたしは火蜥蜴の顔の前で、バリアを展開した。
爆発音。
しかし風圧も熱風も、わたしには届かなかった。
爆風は火蜥蜴へと跳ね返り、苦しそうな悲鳴とともに火蜥蜴の顎が土に着く。
その巨大な魔獣の顔は、わたしの手でも届くほどの高さにあった。
必死だった。
好機だと思った。
剣を振り上げる。
これを逃せば次は無いかもしれない。
誰かが傷つくかもしれない。
誰かが殺されるかもしれない。
強迫観念に塗りつぶされて、頭の中が真っ白になる。
両手で剣の柄を握り、そして、
「いィヤあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
わたしはそれを、一気に釣り降ろした。
肉を掻き分け、柔らかいものの奥へと埋まっていく感触。
剣を握る手に、生々しい感触が伝わってくる。
微かに苦しそうな声をあげたのを最後に、魔獣はもう動かない。
「ぁ………………」
魔獣の額に刺さる剣は、間違いなくわたしが振り下ろしたものだった。
指が震えた。
痛みとは別の理由で、立っていられなくなって、わたしは地面にへたり込む。
「わたしが、殺したんだ……」
指と指の間を、温かい液体が纏わりつく。
わたしの手は真っ赤に染まっていて、目を背けたいはずのそれから、目を離すことができなかった。
「すまねぇ、遅くなった! って、これは……」
振り返ると、そこには息を切らしたガルムが立っている。
わたしは怖くなって、怖くなって、怖くなって、耐えられなくなってガルムに抱きついた。
目からは涙が止まらなくなって、無茶苦茶な言葉を吐き出しながら、声を上げて泣いた。
そんなわたしの背中を、ガルムがぎゅっと抱きしめてくれる。
「よく頑張ったな、姫っ子」
「うっ………………」
「なぁ。今日ここに何をしに来たか覚えてっか?」
「……街とそこに住む人たちの様子を見るため?」
「そうだ。俺達兵士の仕事は魔獣を倒すことじゃねぇ。だから、ちゃんと最後まで勤めを果たして来い」
ガルムに背中を押されて、わたしは走ってきた道を戻る。
足が持ち上がらない。
腕が揺れる度に全身が痛む。
ガルムの言葉の意味は分かる。
街の人がちゃんと無事に逃げることができたのか、確認しろという意味なのだと。
転んだ。
立ち上がった。
身体がずっしりと重くて、立ち上がるのも億劫で。
自分が何で立ち上がっているのか、その理由も分からなかった。
路地を抜ける。
そこはこの街の西側にある広場だった。
わたしが最初に、魔獣にナイフを投げつけたのがここだった。
「騎士様、大丈夫ですかっ?」
声が聞こえて、わたしは俯いてしまっていた顔を上げる。
「魔獣を倒してくださったんですね、さすが騎士様だ!」
「ありがとうございます、ありがとうございますっ!」
「勇敢なお姿、格好よかったです。お怪我は大丈夫ですか?」
「うちは薬屋なんです。是非とも手当てをさせてください!」
「おかげで明日からまた、店で仕事ができます。騎士様のお陰です!」
「確認してきました! 怪我をしたのは何人かいますが、死んだのは一人もいません!」
「魔獣が出たってのに、これは奇跡だ!」
「騎士様のお陰だ! あんたが居てくれて本当に良かった!」
西の広場には、街の人たちが集まっていた。
その誰もが、わたしの姿に笑顔を向けてくれている。
「香澄さん。無事でよかったです!」
「あんたはこの娘と、この娘の街を救ってくれた。感謝するわ」
ルアンとレストが、わたしに歩み寄って来て、そう言ってくれた。
そっか……
わたし、この街を守ったんだ……
ついさっきいっぱい泣いたはずなのに、涙が溢れて止まらなくなった。
嬉しかった。
嬉しくても涙が出るのだと、本当の意味で初めて知った。
「よかった……守れてよかった……」
諦めないでよかった。
痛みを我慢してよかった。
立ち上がってよかった。
勇気を出してよかった。
こんなわたしでも、頑張ってよかった。
「そうだ。よくやったな、姫っ子」
ぐちゃぐちゃの顔を上げると、涙で霞んだガルムが見えた。
「これが俺達が守ってるモンだ」
「ガルム……」
「上に立つ奴らに必要なのがその気持ちだ。官位も爵位も関係無ぇ。より多くの奴を守ろうとしたときに、あると便利なのが官位やら爵位やらだって、それだけさ。
どうだ、持っちまったら、守りたくなっちまうだろ?」
「うん……」
「じゃぁ、お前ぇさんはもう立派な准将で、男爵だ。もっと胸を張れ!」
わたしは首を横に振る。
「……魔獣って、また来るかもしれないんだよね?」
「ああ、来るだろうな」
「だったらわたし、もっと強くなりたい……わたしにもできるかな?」
「当たり前ぇだ! 姫っ子、お前最高だな!」
わたしは軍服の袖で涙を拭う。
いつもと同じ空の青が、いつもより鮮やかに澄んで見えた。
※作成ドヤ話※
やたらと長い章タイトル。
でもこれネタじゃ無かったんです。
ラストを読んでみると、その通りの結論・決意に香澄は行きついています。
(どう見ても読者を馬鹿にしたネタなサブタイにしか見えなかったけどな!!)
香澄がようやく武器(盾ですが)を手にしました。
本人が知らないところで、街を救った英雄として、中央広場に香澄の像の建設計画が進行中。
人間だと気づかれていないので、耳の尖った香澄像が立ちます。






