第3章『魔族の王国で爵位を得て魔王軍准将に任命されたからにはその立場に相応しくあろうとする勇者』⑤
店を一歩出た途端、熱風のようなものを頬に感じる。
そこでわたしが見たのは、まるで大きなトカゲのようなバケモノだった。
顔の横あたりにヒレのようなものがついているので確かに形はウーパールーパーなのだが、その身体には炎を纏っていて、どちらかというと火蜥蜴に近いように思う。
そいつのせいで、今や街はパニック状態だった。
あちこちで悲鳴が聞こえてきて、数分前の街の雰囲気はもうどこにもなかった。
佇んで、ただ眺めているだけでも楽しい街。
たくさんの人が声を掛けてくれて、見ず知らずのわたしなんかに優しくしてくれた。
この街に来てまだ数時間だけれど。
この国に来たのだって、ほんの一週間前だけれど。
だけど、本当にあったかい気持ちにさせてもらったんだ。
「お父さん、お店が!」
「いいのよ、そんなのどうでも!」
いいや、良くない。
だって、ルアンちゃんやレストにとって、そこは大切な場所のはずなのだから。
「ごめんなさい、先に逃げてて」
わたしは立ち止まると、レストの腕を振りほどく。
「気にしないで逃げなさいっ! ガルム様ならともかく、ただの騎士にどうにかできる魔獣じゃないんだから!」
わたしは首を横に振る。
別にあのバケモノを倒せるなんて思っていない。
守り切れるなんて思っているわけでもない。
頑張ったって、あのバケモノ相手に何もできないのかもしれない。
たぶんわたしは無力だ。
それはわたしが一番良く分かっている。
だけどそれでも、わたしにも何かできるって信じたいのだ。
だから……
「それでも、わたしは騎士だから」
だからわたしは、そう嘘を吐いた。
そう。嘘だ。
少なくとも今は、そんなことは微塵も思っちゃいない。
いつの間にか貰っていた官位と爵位は、重さも分からなければそれがどんな社会的な意味があるかも分からない。
高貴さ故の義務なんて、庶民暮らしの染み付いたわたしからは最も縁遠いものだ。
義務とかじゃない。
理屈でもなければ打算でもない。
ただ、せめて貰った嬉しさの分だけでも。
この街を守りたいと思ってしまったのだ。
だから、わたしは走り出す。
怖くないわけじゃない。
けれど自然と、足は震えなかった。
わたしは食堂に寄って荷物から料理ナイフを取り出すと、それを持って火蜥蜴の前に立つ。
そしてわたしは、火蜥蜴の額めがけて料理ナイフを投げつけた。
「グゥアアアアアアアァァァァァァァァァ!」
狙いは良い方にズレて、火蜥蜴の左目に刺さる。
魔獣の言葉は分からなくても、今このバケモノが怒っているのだけは分かった。
次の瞬間、わたしの身体が宙に浮いたのを感じた。
「――――――っぁ……」
左肩にずっしりとした痛み。
数メートルの距離を弾き飛ばされて、全身を地面に打ちつけながら転がり、ようやく自分が火蜥蜴の右前足に横殴りにされたのだと気付く。
けれど、わたしはもうひとつ気付く。
運が良かった。
わたしが飛ばされた方向は、ちょうど街の人が逃げているのとは逆の方向だったのだ。
どこが痛いのか分からないほど、全身が痛い。
それでも歯を食いしばって、わたしは立ち上がる。
「こっちよ! わたしはこっちにいるわよ!」
そう叫ぶと、わたしは街の外へ続く道を駆けた。
重い足音。
ズンズンと背後で地響きが聞こえる。
そう、それでいい。
火蜥蜴がわたしを追ってきている証拠だ。
足音が近くなってくると、わたしは左右に蛇行して走る。左目が見えなくなっているおかげで、火蜥蜴は死角に入り込む度にわたしを見失う。
火蜥蜴は予想通りに減速した。
ついでに武器屋が近くにあったので、軽そうな剣を一本拝借する。
「どこ見てるの、こっちよ!」
そう言いながら、わたしは剣を一振り。
火蜥蜴の左前足を斬りつけ、わたしは再び逃げる。
背後で火蜥蜴の叫び声を聞きながら、それでも足を動かした。
今のうちにリードをしておかないと。
真っ直ぐに進むだけならば、火蜥蜴の方が走りは速いのだ。
けれど、足音は聞こえてこなかった。
不思議に思って、わたしは振り返る。
そのときわたしが目にしたのは、火蜥蜴が身を低くして構え、その口から大きな炎の玉を吐き出したところだった。
「えっ――きゃっ!」
こんなの、どうやって避けたらいいのか分からない。
焦りで頭の中がいっぱいになった瞬間、わたしは自分の足に躓いて転んでしまった。
眩しいほどの光。
頬に感じる熱風。
飛んでくる火の玉は、すぐ目の前まで迫ってきていた。
アホロートル。
別名、メキシコサラマンダー。
本物は火を吐きません。
吐くのはチリソースです(嘘です)
ちなみに両生類です。
香澄の勇気ある行動は、家庭環境がほんの少しだけ後押ししてます。
ウーパーが出たときにガルムさんがいたのとは、ちょうど街の反対側。
伝達が遅れたのもあり、異常を知って大急ぎでこちらに向かっています。






