17:野獣が丸裸にされました。物理じゃないですよ。
夏にむかうこの季節。いくら朝夕はまだ肌寒いとはいえ、この寒さは異常だと思う。それほどに、ノーマン隊長とバレンシア隊長の睨み合いは暖かく保たれているはずの部屋を凍えさせた。
「情報源はどこだ?」
「とある伝手だよ」
優雅にグラスを弄びながら言ったバレンシア隊長に、ノーマン隊長がすかさず「答えになってねぇんだよひょろ長骸骨野郎」と応戦する。あ。胃、痛い。
「なると思ったから言ったんだよ」
「喧嘩なら言い値で買うぜ」
「僕の喧嘩は高いよ」
「んもうッヒューリックったら!いい加減におし!」
言いながら、ばっちーん!とヨーク隊長がバレンシア隊長の腕を叩いた。バレンシア隊長は一切表情を変えないながらも、ワイングラスを持ったまま叩かれた場所を手でおさえている。グラスの中のワインがかすかに震えているあたり、相当痛かったのだろう。私もワインと同じように、あわわわわと震える。だってバレンシア隊長の無表情が恐いんですもの!そんな我々のことなど意にも介さないヨーク隊長はごつい身体でぷりぷりと怒っていた。
「ちっとも話が進まないじゃない。ごめんなさいねカレン。情報元は私の諜報員よ」
「…ちょっとライラ」
「なによヒューリックったら。隠すことでもないでしょう。カレンとお話ししたいならもっと別の方法になさい」
可愛らしく――といっても四十路前の男なのだが――唇を尖らせるヨーク隊長にバレンシア隊長は無表情のまま視線を向ける。だが、なんとなくそこに拗ねたような感情を見て、私の緊張が少しだけ解けた。
「……何処まで知ってる?こっちが口を割るのはそっちが手の内を晒してからだ」
私の緊張は緩むものの、ノーマン隊長はそうではなかったらしい。バレンシア隊長にさらに切れ味の上がった鋭い視線を向ける。私が向けられたのであれば身がすくみそうなそれを真っ向から見返しながらも、バレンシア隊長は顔色ひとつ変えないまま、静かに首を縦に動かした。
「そもそも、我々はまず君が何者かと疑っていた。団長も介入しないで決定された外部からの新隊長なんて誰かの息が掛かっていないわけがないと思っていたからね。だから、君の身辺を洗わせてもらったよ」
ノーマン隊長は動かない。バレンシア隊長は淡々と続けた。
「君の身辺を洗って気になった噂はふたつ。相棒の事故死、そして相棒の遺族を助けているということ。このふたつの噂を誰から聞いたのかを照合していったら、出所は君だった。
まず、事故死に関してだけど、普通は事故の目撃者や事故の後処理をする保安官などからも噂は広がる。だが、目撃者もいなければ保安官も動いていない。これはあまりに不自然だ。よって僕らは事故そのものの有無を疑うに至った。
ユノーが最後に目撃されたのは、君と討伐を終えて依頼斡旋所で依頼達成報告を行い、その足でこの近くの酒場で飲んだところまで。翌日から彼は目撃されておらず、その前後で死亡事故は起きていない。だが、君たちが最後に目撃された日の深夜、利用した酒場からさほど離れていない場所で争うような声を聞いたという者がいた。これによりユノーは事故ではなく襲われたとの仮説が立てられる」
私も知らなかった情報が次々に明かされ、仮説と言いながら、私がノーマン隊長から聞かされたわずかな内容と合致して行くことに背筋が凍る。バレンシア隊長は続けた。
「そして、ふたつめの噂を流した理由を探るべく、ユノーの家族についても調べてみたんだけど…この情報があまりに少ない。妻はいるが、子供はいない、ということは簡単に知れたのに、肝心の妻については出身地どころかその容姿も本名すらも明確じゃない。かろうじて解ったのは愛称と思しきミレーという名前だけ。隠匿されているとしか思えないほど不自然だ。そこで僕たちはもうひとつ仮説を立てた」
「……」
「ジャック・ユノーの妻は居所がバレれば困るような身分。恐らくは上級貴族の娘だね?」
「!?」
ノーマン隊長が言っていた「犯人は王宮にいる」という言葉が脳裏によぎる。あまりに的確なバレンシア隊長の言葉に、私は恐らく焦っていた。それがノーマン隊長を庇うためなのか、それとも王宮に起きるかもしれない波瀾を恐れてのことなのかは解らない。きっとどちらもあったのだろう。気付けば私はバレンシア隊長の推理を否定する言葉を投げかけていた。
「しょ、少々、お待ちください。それはあまりに早計では?ノーマン隊長と相棒殿には大変失礼ですが、密入国者や…その、犯罪者という可能性も…」
「それはないんじゃない?そうだよねノーマン」
「……」
「何故そう言い切れるのですか?」
「ノーマンが流した噂が充分に行き渡ってから、彼女に騎士団入団の勅令が下ったことを忘れちゃいけないよ」
「――ッ!」
「ノーマンがユノーの妻の居場所を知っていると、遺族支援を吹聴することでユノーを襲った犯人からの接触が欲しかったんだろう?つまり、犯人の目的はユノーではなく、ユノーの妻だという心当たりがノーマンにはあったと仮定出来る。この時点でユノーの妻が捜索されるような人物であることが確定し、そして動いたのは騎士団への推挙が出来る者――つまり、上級貴族。……どうかな?」
鍵のかかった扉を針金でするりと開けていくようなバレンシア隊長の推理に身がすくむ。しかし、だからこそ私の中でひとつの違和感が明確な疑問に変わった。
「…だとしてもやはり不自然ではありませんか?ユノーの妻が貴族のご令嬢なのだとすれば、ユノーの後をつけて行って居場所を特定し、彼が不在の時にユノーの妻を確保する方が効率的なのでは……?それに、討伐遠征でノーマン隊長が命を狙われた理由も解りません。ノーマン隊長が死んでしまえば、ユノーの妻の居場所も解らなくなると思いますが……」
「僕らが疑問に思っているのもそこなんだよ」
私を見ていた感情の読めない静かな視線が、ノーマン隊長へと流れる。全員が、つられるようにノーマン隊長へと視線を移した。
「…そんなわけでね、そろそろ話してくれるかな?――カレン・ノーマン」
絡めとられるような視線を受けて尚、腕を組んだまま、微動だにしないノーマン隊長。やがて彼女は、ゆっくりと目を伏せ、嘲るような溜め息を吐いた。
「予想はしてたが、よっくまぁそこまで詳しく調べられたもんだぜ。感心すらぁ」
ギッと背もたれをならして皮肉気に笑ったノーマン隊長に、苦しげに返事をしたのはクリフ隊長だった。
「申し訳ない。一対多数でこのような…決して詰問するつもりでこの会を開いたのではなかったのだが……。いや、すまない。言い訳だ」
そう言ってクリフ隊長は頭を下げた。そんなクリフ隊長を意に介した様子も無く、バレンシア隊長は全く感情の読めない無表情のまま、涼しげな所作でワイングラスを呷る。ヨーク隊長は、そんなバレンシア隊長に呆れた様子で溜め息を零した。それらをみて、ノーマン隊長はただカラカラと笑う。
「いいさ。先に喧嘩を売ったのはあたしの方だ」
そう言って笑ったノーマン隊長もまた、ワイングラスを傾けいっきに空けた。そして静かにグラスをテーブルに置き、ゆっくりと目の前に座る隊長達を見据える。
「さぁて、そんじゃ、ピエールはここで帰してやってくれ」
静かに告げられた内容に、私は目を見開いた。ゆっくりと暁の瞳が私を映す。
「こいつを巻き込みたくない」
「…ノーマン隊長…」
そっと、あまりに優しく突き放され、私は寄る辺を失った小舟のような心細さを感じ、次いで心の奥底に黒い炎が灯った。ノーマン隊長は口を引き結び、視線を伏せた。
「悪ぃ。おまえが独り身だと思ってたんだ。協力しろと言ってから、もう少しあたしひとりで探ってから、おまえに詳しいことを話して巻き込むつもりだった。けど、隊員からおまえが結婚してるって聞いてよ。……本格的に巻き込んで、もしおまえに何かあったら…おまえの家族に顔向けできねぇと思って、詳しいことを言わずにいた」
淡々と語られる内容に、私はぎゅっと拳を握る。ノーマン隊長はそんな私に気付いた様子も無く続けた。
「おまえが独り身だろうと巻き込むなら一緒なんだけどな。…けど、旦那が倒れて苦しんでるヤツを知ってるからよ……」
「…ジャック・ユノーの妻、ですか?」
「あー…悪ぃ…気を引くつもりじゃ…」
「解っています」
ガシガシと頭を掻いて詫びるノーマン隊長。私は出来るだけいつも通りに聞こえるように淡々と答えた。
「無駄に悩ませた。悪かった」
ノーマン隊長は右足を床に降ろし、膝に手をついて私に向って頭を下げた。そして、はっきりと自覚する。小さく灯った黒い炎は、大きく赤い怒りに変わった。
「――上等ですよ。私もここに残ります」
「バカ、おまえ…!」
「私とて、騎士です」
静かに、しかしはっきりと感じる怒り。こちとら10年以上騎士やってんです。私のことを隊長に守られているような新米だとでも思ってるんだったらさすがに怒りますよノーマン隊長!
「国を守るのが騎士の勤め。私もその端くれ。ましてや一部隊の副隊長を拝命している立場です。この場に呼ばれ、ここまで話を聞いて逃げ出すことは出来ません」
「バカ言え!いっちゃなんだがおまえにロクな後ろ盾はねぇだろうが!万が一おまえになにかあって、嫁さんまでヤバくなったらどうすんだ!」
「私の妻は!騎士の妻です!」
「!」
思わず上げてしまった大声に、ノーマン隊長の肩がびくりと跳ねた。だからといって私の勢いは止まらない。
「私に何かあることなど、彼女が騎士である私との結婚を決めた時にとうに覚悟しています!むしろ、彼女を楯に逃げたとしたら、そんな私を嘆くことのできる女性です!見縊らないでください!」
「…ピエール…けど…」
「それ以上に、国が揺れるかもしれない火種を放置するほうが恐ろしい。この一件を解決することこそ、妻を守ることだと心得ます」
「……」
「私も、同席させてください」
覚悟を持ってノーマン隊長を見つめる。彼女も私を真っ向から見返してくれていたが、暁の瞳は揺れ、胸の内の葛藤がありありと見て取れた。しばらく沈黙が下りたが、やがてノーマン隊長はふっと苦笑した。美しく整った顔に優しい温かさが乗り、思わず見蕩れてしまった。
「…おまえの嫁さんは幸せモンだな」
「え?」
「おまえ、ほんとイイ男だよ」
ふっと和らげられた表情。そこに少女のような無邪気さで掛け値なしの賛辞が乗せられれば、図らずも顔に熱が集まってしまったのは――仕方の無いことだと妻には許してもらおう。




