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16:野獣とお友達でお食事会です。…が、雲行きが。




 きゅっと胃が絞まるのを感じながら、私は背を伸ばす。ノーマン隊長がギッと背もたれを鳴らした。


「知らねぇの一点張りか?」

「あらやだ知ってたの?」

「まさか。今初めて聞いたよ」

「予想通りってわけね。ほんと赤っ恥の情けない話だわ。尋問官曰く、若手の独断専行、知らぬ存ぜぬと無関係を貫いたそうよ。騎士団として唯一の救いは、監督不行き届きを潔く認めたことくらいかしらね。だけど犯人の自供だけで明確な証拠がないから、除団処分どころか降格処分も望めないでしょう。出来て数ヶ月の減給処分が関の山ね。まだ尋問は続くし、他の騎士からも話は聞いているけれど――うやむやにされそうね…」


 ヨーク隊長は長い睫毛を伏せたものの、静かな怒りを滲ませながら紅茶を喫した。相変わらずバレンシア隊長は表情を変えず、反してクリフ隊長は悔しそうに眉を寄せている。だが、すぐにクリフ隊長は顔をあげ、まっすぐノーマン隊長を見た。


「ノーマン殿」

「あん?」

「貴女の所見はいかがだろうか。どんな事でも構いません。気付いたことを教えてもらえませんか」


 きりりとした表情で、はっきりと問うたクリフ隊長。ヨーク隊長も真剣な顔をして聞いている。彼は腐猪キャオノヴァの件も含めて詳しい事を把握しているのだろう。ノーマン隊長は座面に右足を引き上げ、両腕でそれを抱くようにして話し出した。


「少なくとも、夜襲をかけたあのふたりは、腐猪キャオノヴァの件にはからんでねぇな。ブライアンのあの反応は作りモンじゃなかった。ヤツらはほんとに知らなかったんだろ」

「他に根拠はおありだろうか」

「あんたは、腐猪キャオノヴァの第二波が来る前に黄色い玉があたしに向って飛んで来たのは見てたか?」

「ええ。視認しました」


 少々大仰にも感じられるほど、クリフ隊長はしっかりと頷く。それを受けてノーマン隊長もひとつ頷き、続けた。


「あの黄色い玉、発酵パヴァルを飛ばした道具…あー…紐と革でぶんぶん振り回して投げるやつなんだけど…なんだっけ?ええっと…投石器トウシィー……はリョウカク語だ。えーっと…」


 眉をぎゅっと寄せて目を瞑り、仰け反って言葉を探すノーマン隊長に私達は顔を見合わせる。ノーマン隊長はごく稀にこうして言葉に困る様子を見せる。普段なんの問題も無く話をしているので忘れがちだが、恐らくハク帝国――かの国の公用語は大陸の名をとってリョウカク語という――での生活が長かった弊害なのだろう。私以外の隊長達はそのことをご存知なのだろうかとふと疑問に思ったが、それを口に出せば話の流れを切ってしまうと躊躇っているうちに、バレンシア隊長が助け舟を出した。


「トウシィ……もしかして投石器スリングかい?」

「ああ!そうそうそれそれ。犯人は投石器スリングを使ったんだ」

「スリングショットの可能性はないかい?あれなら第七部隊のあのふたりでも出来るでしょ?」

「スリングショット?ああ、パチンコか。ねぇな。あの発酵パヴァルはそこそこでかかったし、当たった時に綺麗に破裂するように皮が薄めだった。あん時、3ついっぺんに飛んで来たろ。パチンコ使っておんなじように飛ばそうとしたら、指が届かなくて取りこぼしちまうし、仮に持てたとしても引っ張る力に負けて飛ばす前に割っちまうさ」

「なるほど」

「その点、投石器スリングなら腕さえあればあんな薄っぺらい皮の水袋でもいっぺんに飛ばせる。逆に言やぁ腕がねぇと無理だから、あいつらじゃねぇ。弓ならまだしも、騎士の訓練にもねぇあんな地味な武器を練習してるとは思えねぇからな。

 それから、飛ばして来た位置だが…」


 言いながら、ノーマン隊長はティーカップに指をひたすと、テーブルに討伐作戦の広場の形を描いた。古びた木目に紅茶が染みてくっきりした線が浮かび上がる。そして、角砂糖をひとつ拾って絵の中に置き、北がどちらかを描き加えた。そして広場の外側、角砂糖から見て南東の位置を指でトントンと叩いてみせた。


「砂糖をあたしのいた位置だとしたらここ。発酵パヴァルはこの辺りから飛んで来た。獲物は見えやすいけど、太陽を背に、獲物から自分は見えにくい場所だ。けっこうな高さの木に登らねぇとあの角度では飛んでこねぇ。あの山は杉系の真っすぐな木が主流だった。あたしでもかなり難しい木登りを貴族のお坊ちゃまが出来るとは思えねぇ。あたしがあのふたりじゃないと思う理由はこのふたつだな。発酵パヴァルを飛ばしたのは暗殺者ハテャーラだろ。間違いねぇと思う」

「射撃位置と使用武器か。納得したよ」

「うん。ブライアンは、あたしが『黒幕は誰だ』ってきいたことに『誰が言うものか』っつった。ってことは黒幕がいるのは確定。あれだけ脅して答えたのがブレアムだったから黒幕がブレアムなのもほぼ確定だ」


 きっぱりと言い切ったノーマン隊長に、他の隊長方も納得しているようだった。私は、ふと疑問がわいた。それを言う事に抵抗があったが、思い切って口にする。


「あの…ご気分を害されるかもしれないのですが…」

「うん?」

「その…傭遊士バッカスという可能性は…ないのですか?」


 言った私をノーマン隊長は一瞬きょとんと見たが、すぐににやりと笑ってみせた。


「そりゃ、傭遊士バッカス資格を持った暗殺者ハテャーラだな」

「え…と、……?」

「ククッ。依頼斡旋所キバックに暗殺依頼なんか出したら、依頼者は即お縄だぜピエール?」

「あ…」

依頼斡旋所キバックを無視して暗殺依頼を受けた時点で、その傭遊士バッカス暗殺者はんざいしゃだ。資格を持ってるだの持ってねぇだのは関係ないさ」


 ひどく基本的なところを忘れていた私の頬にいっきに熱が集まった。


 傭遊士バッカスは公的機関である依頼斡旋所キバックで仕事を取る事が義務づけられているのだ。個人的に依頼を持ちかけられたとしても――それが例え野菜の荷運び程度だろうと――必ず依頼斡旋所キバックを通さなければそれは違法行為となる。定住しない者も多い傭遊士バッカスの納税問題の解消がこの制度の主だった理由だが、傭遊士バッカスが国を越えて仕事をすることを許されているのはこの制度によるところも大きい。そして同時に、法に反する依頼を洗い出す意味もわずかながら持っているということだ。依頼斡旋所キバックから足取りを掴む事など出来るはずもない。


「…そうですね。す、すみません。稚拙な質問を…」


 今すぐ穴を掘って入りたい。私は羞恥に片手で顔を覆った。しかし、そんな私を前に、彼女はことさら明るい声を出す。


「なに言ってんだよピエール。あたしもおまえも、ここにいるみんなそれぞれ違う〝当たり前〟で物を考えてる。疑問をぶつけるってことは、その凝り固まったそれぞれの〝当たり前〟とは違う視点が見つかんだ。遠慮するこたねぇよ」


 ノーマン隊長はバカにするどころか、からかう様子すら無くあっけらかんと笑った。……この人は、解っているのだろうか。それを言える事がどれほどすごいことかを。恐らく、隊長方も同じ事を感じていたのだろう。殺伐とした話をしているはずの個室にふっと心地よい沈黙が降りた。


 だが、それも一瞬。ヨーク隊長が真剣な眼差しをノーマン隊長に向けた。


「カレン。正直なところを教えてちょうだい。ふたつの事件、貴女はどうみてるの?」

「どっちも狙いはあたしだろ。ただ…ブレアムは腐猪キャオノヴァにゃからんでねぇんじゃねぇかな」


 ノーマン隊長の答えに私は驚き、飲んでいた紅茶でむせた。


「げっほ」

「うぉ!汚ね!えんがちょ!」

「え?えん…?…いえ、失礼しました。それより、繋がってない…って。何故…?」


 理路整然と回答出来るほど、明確な理由があったわけではない。しかし、私は全ての黒幕がブレアム隊長だと思い込んでいた。ノーマン隊長の答えは意外そのもので私は大いに狼狽えた。ノーマン隊長は先程とはうってかわって、唇をむうとへの字に引き結んで、私を見る。


「考えたんだがな、腐猪キャオノヴァで襲撃しましたぁ、でも失敗しましたぁ、追い討ちをかけますぅ。ここまでは単純に解る。けど、一回失敗してんだぜ?なのにあたしらが警戒してないと思うほど、ブレアムってのはおめでたい頭をしてんのか?」

「――!」

「な?ブレアムは隊長になって長いんだろ?経験豊富な奴ほど、失敗したその晩なんて中途半端な時間に追い討ちなんかかけねぇと思うんだよ。こっちの警戒は一番高まってんだし、罠を用意する時間だってできちまう。あたしだったら、失敗した時は腐猪キャオノヴァから逃げた直後か、警戒が薄れる数日後にしろって言う。

 ブレアムがそこまで頭が回らねぇボンクラなんだとしたら、自分の手駒に情報を伏せる意味が解らねぇ。普通に考えれば『こいつが失敗したからてめぇら尻拭いしてこい』って言うだろ。もし、そういう話がないんなら、あのふたりが腐猪キャオノヴァの件から全部任されてると考えるのが自然だ」

「…しかし彼らは何も知らなかった…ですものね」

「ああ。ブレアムが全部の黒幕なんだとしたら、足を引っ張り合うかもしれないのに作戦を黙ったまま2件同時に動かすとは思えねんだよなぁ…」

「……確かに」

「ま、そんなわけで、腐猪キャオノヴァの件は、他に黒幕がいる。ってのがあたしの考えだ。まあ、証拠があるわけでもねぇ、ただの勘だけどな」

「わかったわ。けれど直感は侮れないものよ。その件は引き続き警戒と捜査を続けましょうか。私も微力ながら協力するわ」

有難う(サンクス)ライラ」


 私では深く探りかねたふたつの事件が、ようやくひとつの節目を迎えたという事だろうか。私とて副隊長歴はそれなりに長いが無難な案件ばかりを――前隊長がご高齢だということもあったのだが――担当して来たのだと痛感した。重大事件を前に手も足も出ない。何も出来ないでいる不安に、言われた事しかこなして来なかったことへの悔しさが滲んだ。


 しかし、落ち込んでいる暇はない。節目を迎えただけで、事件はふたつとも何も解決していないのだ。明日からまた頑張ろう、と気合いを入れた。


 だが、そんな私の心情は実に甘かったのだと、決意はいとも容易く打ち砕かれた。私は、今、この瞬間から頑張ろうと思わなければならなかったのだ。


 解散になる流れだと思っていた私を、ノーマン隊長の「さぁて」という剣呑な声が叩き伏せた。


「そろそろあたしをここに呼び出したほんとの理由を教えてもらおうか」


 私は、ぎょっとノーマン隊長を見た。そこには、敵意を露わにした、美女の皮を被った野獣が座っている。その正面では表情の変わらないバレンシア隊長が優雅にワイングラスを傾けていた。しかし、彼の隣ではクリフ隊長とヨーク隊長が、表情を消しているではないか。


「…慰労会は嘘じゃないよ」

「ついでだろうが」

「そうでもないさ。美女と食事をするのは侘しい独身貴族には潤いだからね」

「なんでもいいからさっさと用件を言えよ」


 つまらなそうに顎を上げたノーマン隊長を、バレンシア隊長はしばらくじっとみつめ、そして静かにグラスをテーブルに置いた。


「ジャック・ユノー襲撃・・に関する詳細を聴きたくてね」

「!?」


 バッとノーマン隊長が私を見た。私は真っ青になった顔を高速で横に振る。ノーマン隊長の入団目的を知っているとバレンシア隊長に確かに言ったし、ノーマン隊長にもその旨は報告してある。しかし、詳細までは言っていない。誓って私ではない。


「とっさの芝居は下手なんだね。そんな態度じゃ、襲撃が本当だって言ってるようなものだよ」

「てめ…カマかけやがったな」

「安心しなよカレン。ピエールくんから詳細は聴いてないから」

「……気安く呼んでんじゃねぇよ」

「つれないねノーマン」


 ピクリとノーマン隊長の柳眉が跳ねた。




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