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15:野獣とお友達でお食事会です。…たぶん。


「カッレーン!お邪魔するわよ!」


 元気な女性の口調と同時に開かれた扉の向こうには、惚れ惚れするような立派な体躯の美丈夫がきゃぴっと音がしそうな仕草で立っていた。討伐から2日後――帰還に一日を要した翌日――、昼を告げる鐘がなる少し前。第三部隊の執務室を訪れたのは、第八部隊のライナス・ヨーク隊長である。


「おぉー!ライラーッ!」


 ノーマン隊長はヨーク隊長を見るなり机を飛び越して、ぎゅうっと抱きしめ合った後に左右の頬をそれぞれ合わせて親密な挨拶をする。たった一度お茶をしただけだったが、よほど馬が合ったのだろう。嬉しそうに挨拶を交わすふたりは少しだけ微笑ましい。


 ヨーク隊長の手には小さな籠が下げられていた。その中には庶民ではちょっと手が出ない果物と小さなブーケ。お見舞いに来て下さったのだと解り、私はすぐに隣接する給湯室に駆け込んだ。ノーマン隊長はケラケラと笑って大事ないと談笑している。肋にヒビ入ってんですから大人しくしてて下さいよとこっそり溜め息をつきつつ、砂時計をひっくり返した。ティーコジーとテーブルの隙間から、深呼吸したくなるような柔らかな香りが広がって行く。


 ソファを勧めて紅茶を差し出すと、ヨーク隊長は膝を揃えて腰掛けた。騎士なら誰もが憧れるような立派な体躯。どっかりと大股を開いて座る方がよほど似合うのに、ついっと揃えて斜めに流されたつま先は淑女のお手本のようだ。ヨーク隊長は小指を立ててカップを持ち上げこくりと一口含むと、私ににっこりと微笑んでくれた。相変わらず見事な下睫毛ですね。


「貴方、紅茶を淹れるのが上手ねぇ。とても良い香りだわ」

「恐縮です」

「しかもこれブレンドでしょう?南ルッシュ地方でしか取れないマルーンを混ぜてあるのに渋みが出てないなんて信じられないわ」

「そんなにすげぇのか?」


 褒めちぎるヨーク隊長にノーマン隊長が不思議そうに口を挟んだ。ヨーク隊長は下町のおばちゃんを上品にしたような仕草で、ずいと身体を乗り出す。


「そうよぉ。ベースになってるディブランとマルーンは蒸し時間が違うの。香りの相性は抜群なんだけど、ブレンドして淹れるのはなかなか難しいのよ。ねぇ?」


 そんなに難しいことをしている自覚も無かった私は、慣れない褒め言葉にしどろもどろだ。騎士としては卑屈とも取られかねない格好でなんとか「お褒めに預かり光栄です」と答えれば、ヨーク隊長はおっとりと柔らかな笑みを深めた。


「ふふ。カレン、貴女って運がいいわね」

「?」

「騎士団にはジンクスがあってね?『優秀な副官は紅茶を淹れるのが上手い』って言われてるのよ」

「そりゃ当たってるな」


 ケタケタと笑うノーマン隊長になんだか居たたまれない。確かにそのジンクスは有名だ。だから副隊長になりたてで、言葉の深意が理解出来ていなかった時分は、言葉通り紅茶を淹れる練習なんて間抜けなこともやったものだ。

 が、……なんだろう。ヨーク隊長がジンクスの深意を知らぬはずもなかろうに。褒め殺しされてるんだろうか。背中がむずむずして仕方が無い。ノーマン隊長の怪我が自分の過失なだけにチクチクと胃を刺される思いだ。彼女ら(彼ら?)はそんなこと毛ほども思っていないのだろうけれど。


「ところでねぇカレン?今夜、なにか予定があるかしら?」

「いや、特にはねぇな。だよな?」

「ええ」

「なら慰労会をしましょ!」

「イローカイ?」

「そんなご大層なものじゃないのよ?討伐遠征お疲れ様っていう内輪のお食事会。ヒューリックの立案なのだけれど、貴女のお見舞いをしたかったから、こちらに向っていた彼から伝達役を奪い取ってきたの。ね。どうかしら?」

「誰がくるんだ?」

「私とヒューリック、クリフ。それから副官の貴方もね」

「え、私もですか?」


 急に呼ばれ、驚いてヨーク隊長を見れば「もちろんよ」と言って、意味深に片目を瞑られた。そこでようやく私はこの「慰労会」の真意を理解する。ノーマン隊長も気付いただろうか。それとも気付いていないのだろうか。態度を変えることなく「そりゃ楽しみだ」とカカッと笑っている。


 私の胃は小さく一度、きゅるりと鳴いた。


:::


 仕事が終わったら来てくれと渡された店の名前と場所を記した紙切れを片手に、私達は城下町の一角を歩いていた。石畳をブーツで蹴りながら、道行く人々とすれ違う。とっぷりと暮れた街でも、いくつも並ぶ店先の大きなランタンが石畳を照らして歩行に困ることは無い。


 目的の店は表通りから脇道に入ったところにあった。見つけ辛く、少し薄暗いが女性が気持ち悪く感じて避けるほどではない。重たい扉に入った格子窓から温かな光と笑い声が漏れている。庶民的な私には非常に有難い。貴族出身のお三方が揃うから高級な店なのではと張っていた緊張が安堵によって霧散する。申し訳程度に掲げられた看板には〝バンカマレ〟とあった。


 店に入れば愛想のいい若い男の給仕に名前を尋ねられ、ヨーク隊長に渡された紙切れに書かれていた通りライラの連れだと伝える。すると給仕はにこやかに了解の意を返して私達を2階へと案内してくれた。


 2階に着き、ここだ、と店の入り口よりも重々しい扉が開かれると、2歩も歩かぬところにもう1枚扉があった。それを見てここは密会用の防音を施した個室なのだと理解する。こんな繁華街の中の普通の酒場にこんな部屋があるとは、と、驚くと同時に胃が縮む。バレンシア隊長が主催の慰労会。どういう展開になるのだろうか。


 結局、ノーマン隊長からはジャック・ユノーの件は聞きそびれたままだ。腐猪キャオノヴァ襲撃後、夕食をノーマン隊長に運んだものの、夜襲を警戒したいと言われ、その後、実際に夜襲はあった。その準備と後始末で時間は取れず、帰りの道中は他の騎士の目があったので話は出来ていない。今日の慰労会にはヨーク隊長もクリフ隊長も出席する。ジャック・ユノーの件は私とノーマン隊長以外知らないのだから、話題に登るはずがない、と思っている。主だった話題はブレアム隊長についてだろう。それでも気は重い。私は胃を決して…じゃなかった、意を決して2枚目の扉を開けた。


「やあ。遅かったね」


 声をかけてくれたのはバレンシア隊長だ。いつも通りにプラチナブロンドを油で後ろへ撫で付けている以外は、生成りのシャツに茶色のベスト、と町衆とさして変わらない格好をしている。それはクリフ隊長も同じだったが、服装のせいで随分と少年臭い。キラキラしいのは変わらないが。

 ヨーク隊長はと視線を巡らせると、私達よりも遅かったらしく、丁度階段を上がって来たところだった。にこにこと見事な睫毛を三日月の形に並べながら、私達を席へ着くようにとせっついた。彼だけは気軽な装いながらフリルが多く、金持ちなのだろうなと匂わせる品の良い物を着こなしており、黙っていればこの中で一番美形かもしれない。ちくしょう自分の芋臭さが際立つ。


 席に着いた途端に給仕が酒を注いで回った。恐らく先に来ていた隊長達が注文していたのだろう。それを口に出して礼を言うと、意外なことにノーマン隊長が「そりゃ違げぇよ」と丁寧に説明してくれた。なんと、貴族は店で何かを注文するということは無いそうだ。長年騎士団にいるものの、貴族階級と会食をする機会はなかったため全くの初耳だ。


 曰く、店を選ぶのは貴族の力量、それに答えるのが店の技量という暗黙の了解があるらしい。貴族は店に行くと告げたらそれ以上のことはせず、店側が酒や料理やらを全て決めて給仕する。店が全力を注いで用意する料理にあれこれと注文をつけたり、自分で料理を選ぶというのは、貴族として三流以下だと嘲られる品のない行為なのだとか。もっとも、屋敷に料理人を雇っている貴族が大半なのだから店に赴く貴族はよほどの食道楽か訳ありだ。


 店側はというと選んでくれた貴族のお眼鏡にかなわなかったら2度と来てもらえないだけで済むらしい。だが、これも〝2度目のない店〟との噂がずっと付いて回るので、相手を見極めて店が技量不足なら丁重にお断りするのも実力のうちなのだそうだ。


 私への講義が終わる頃には食前酒で程よく喉が潤わされ、順次食事が運ばれた。


 前菜は厚切りベーコンとチーズ。ポタージュのスープで始まり、季節野菜のサラダはシンプルにオリーブオイルと岩塩。次いで川魚のムニエル、シトラスのソルベ、子羊の赤ワインソテー、そして最後に果物たっぷりのプチフールと紅茶、ひと段落してから食後酒とチーズが配膳された。味も食材もはっきりいって隊舎食堂よりは少々上質といった程度。配膳のタイミングも大衆酒場にしては上出来だが、貴族相手となると手放しでは褒められないのではなかろうか。


 だた、個人に合わせて細やかに食材が調整されていたのは正直驚いた。バレンシア隊長にはニンジンのグラッセではなくラディッシュだったし、ヨーク隊長とクリフ隊長の川魚は赤身だった。ノーマン隊長にはバゲットではなくハクマイと呼ばれる穀物が出され、――東海岸の一部地域とハク帝国の主食だそうだ。因に一口頂戴したが私は匂いがダメだった――彼女の感激たるや給仕の頬にキスをする勢いだった。極めつけは最後の紅茶だろう。なんと全員違う茶葉だった。私にはニルギアーニをベースにしたオレンジピールとシナモンのハーブティー。弾けるような爽やかなオレンジの香りに月夜を思わせる深いシナモンの香り。真逆の要素が不思議と調和する豊かな香りに感涙した。そして、これを他でもない私に供してくれた事にも。もう絶対この店の常連になると心に決めた。


 私の個人的意見はさておき、これらを踏まえるとこの店はなかなか絶妙な立ち位置を守っていると言えるだろう。1階の客はあきらかに町衆。特別目玉となる料理や酒もなさそうだ。つまり、この店の売りはこの防音の個室だ。貴族も騎士も商人も町衆も、誰がいてもさして不思議の無い城下の繁華街の中にありながら、ひと目に付きにくい立地。密会用の個室は需要が高いだろう。貴族の密会だけではなく、おそらくは大事な商談や裏社会の人間も利用しているはずだ。


 そう考えたのは誰にでも解る極自然なこと。つまり、今から始まる会話こそが、本番だ。会話が途切れ、わずかに降りた沈黙をヨーク隊長がそっと切り裂いた。


「今朝、第七部隊隊長ブレアムの尋問が行われたわ」






オレンジピールやシナモンのハーブティーはストレスで弱った胃腸にいいらしいです。

あと、茶葉は実在しません。紛らわしくてすみません。

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