三十九話
「うひゃひゃひゃひゃひゃ! 笑いが止まんねぇなぁオイ! 見ろよこの量! いくらになるかな!」
大量の金貨を前にオレは笑い声を上げていた。
人一人は入れそうな巨大な宝箱の中に金貨、それから魔法のスクロールらしきもの、宝飾品の類が収められていた。
あのサソリを従えていた名前も知らん魔術師をぶち殺した後、周囲の洞穴も探っていたのだが、その一室にこの宝物庫はあったのだ。
「ニーナ」
「なんだよ?」
「率直に言って、悪人のようだぞ」
「だからなんだよ?」
事実として笑いが止まんねえくらいの財宝があるんだからしょうがねぇだろうに。
マジで笑いが止まんねぇぜ。
しかし、本当にこの金貨はどれだけあるのやら。
少なく見積もって万はあるだろう。金貨一万枚か……夢が広がるぜ。
「金貨一万あればどんだけのもんが買えるかねぇ」
「上を見ればキリの無い業界だそうだからな。最上級の装備に目をやれば、消耗品が一つで金貨数千枚と言う事もザラらしいぞ」
「マジかよ……」
「ああ。最高の剣なんか買おうとすれば、国庫が空になるのを覚悟しても買えんだろうな。商売柄剣には詳しい」
国家予算規模まで行きますか……やべぇな。
「しかし、こんな溜め込んでやがるとはな」
ここにあるのはこの莫大な金貨だけだが、あの魔術師の身に着けていた装備も高い代物だ。今回の稼ぎは凄まじい。冒険者ってやっぱ儲かるんだな。
しかし分配どうしよう?
「うぬーん?」
「なに妙な呻き声あげてんの?」
「いや、金の分配をどうするかなと」
「そうね。まぁ、この金貨は山分けするとして、あのマジックアイテム? とやらはこの金貨の分配を断るって形にすればいいんじゃない」
「あー、いやしかしなぁ」
ここの金貨と報酬の金貨の山分けを断っても、あのマジックアイテムの方が値段は上かも知れない。
それを考えると、あのマジックアイテムを取った方が儲かると思うと全員断りそうなものだが……。
まぁ、全員馬鹿じゃないんだから誰がどれを持つべきかは想像くらいはつくだろう。
「ところで、このスクロールはなんだ? おい、クロウ」
「へい。見せておくんなまし」
「ほらよ」
クロウに羊皮紙のスクロールを投げてやると、それを開いて眺め始める。
「結構出来のいいスクロールっすね。自分で使おうと思って作ったんでしょう。コイツは【インビジビリティ/透明化】のようっすね」
「風呂覗きに大活躍しそうだ」
「風呂覗きに金貨数千枚もする魔法使う奴はいねえっすよ……」
「そりゃそうだ」
そう言えばスクロールも高いものだったな。
「そいつはお前、使えるのか?」
「俺は使えるっすね。こんくらいの難易度なら失敗もしないっす」
「そうか。ならお前が持っておけ……いや、やっぱ売ろう」
「そうっすか?」
「お前が使うとなるとその場面で必然的に単独行動になるが、それでも構わんか?」
「いや、カンベンして欲しいっすね」
「そう言う事だ」
死ぬだろうからなぁ。そんな事を考えつつも、とりあえず撤収するべく宝箱の中に諸々の財宝を突っ込む。
ちなみに魔術師は身ぐるみ剥がしてマジックアイテムは回収している。死体は蘇られても嫌なので燃やして骨も砕いた。この世界では敗北者には墓ですら不要なものだ。
「よし、撤収だ。さっさと村に戻るぞ」
村に何ら問題なく帰還し、出迎えたのは平穏無事な様子の村だった。
オレたちが襲撃をかけてる間にサソリに襲われて滅んでる……とかだったらやだなぁ、とか思ってたのだが、そんな事は無かったようだ。
村長に問題なくサソリをけしかけていた魔術師をブチ殺したことを伝え、残党が居るかもしれないと言う事で一週間ほど滞在する事を伝えて借りている家へと戻る。
「さて、それじゃ今回の報酬を分配するわけだが。まずこのマジックアイテムが欲しい奴は名乗り出やがれ。これを貰う奴は金の分配は無しだ。ただし、村長からの報酬は分配する。生活費は要るからな」
致命傷を防ぐ首飾りを見せると、真っ先に手を挙げたのはクロウだった。その次がカチュア。
「よし、理由を述べやがれ」
「ウチで一番弱いのは俺っすからね。せめてちっとでも足を引っ張らんように装備は整えねえと」
「あたしは研究目的だから、別に貰わなくてもいいわ。ただ研究のために借りれれば」
「そうか。オレも欲しい。が、クロウに譲ろう」
「いいんすか?」
「お前の方が死ぬ率は高いからな……」
前衛を突破されたらクロウは死ぬだろう。そうなったら蘇生させるのに幾らかかると思ってやがるんだ。
「お前らはいいのか?」
手をあげなかったリンたちに尋ねてみる。
「私も欲しくはある。しかし、クロウに譲るべきだろうな」
「私もそう思いますー。回復出来る私が持っているべきかも……と思いましたけど、私は完全後衛に徹しますから。いずれ同じものを買えるお金が貯まったら真っ先に買いますー」
「なるほどな。マックスは?」
返事の無いマックスを見ると、脂汗を流してうつむいている。
「どうした? 毒でも受けたか」
「え、あ、ああ、なんですか?」
「いや、この首飾りの分配どうするかって……」
「あ、ああ、私は、ほら……ああ、あの、あれがあるので、平気です。あれが」
「……本当にどうした?」
「足が痛みましてね……いつもは薬があるんですけど……」
「さすがに無いだろうな……」
マックスたちの世界は高度な技術で作られた医薬品があったようだが、この世界にはないし。
とか思っていると、カチュアがどこからともなく注射器を取り出した。
「鎮痛剤あるけど、使う?」
「え、ええ……あの、それどこに打つんですか?」
「頸動脈。コイツはキくわよ。手足がもげても気付けないくらいね」
「ちょっと強力過ぎて不安なんですがそれは……いや、背に腹は……やっちゃってください」
「はい、打つわよー」
ブスリと何のためらいもなしにカチュアがマックスの首筋に注射器を刺して薬液を注射していく。
そして、数分ほどしたところでマックスの顔色が戻っていく。
「ほんとに効きますねこれ……」
「脳そのものに作用してるから、痛覚自体が麻痺してる状況よ。無痛症と同じ状態だから、大怪我しても気付けなくて危険よ。気をつけなさい」
「なんでそんな強烈な麻酔薬持ってんだお前」
「支給品よ。昔は麻薬系鎮痛剤を使ってたんだけどね」
「ああ……」
そう言う事か。
「まだいくつか持ってるけど、いつかは無くなるわ。痛みの原因は?」
「ええ、その……幻肢痛、なんですけどね」
「義足だったのあんた?」
「はい」
本当に身体障碍抱えてたのか……リンの見立て通りだ。
「さすがに幻肢痛はねぇ……緊張状態からリラックス状態に移行すると起きやすいわけ?」
「ええ。それでまぁ、酒浸りになっていたりするんですが」
戦時の英雄が平和な時代で落ちぶれる黄金パターンみたいなことやってんなコイツ。
「こう、アレだな。お前「戦場じゃ百万もする武器が使えた。だけど元の世界じゃ無職の小学校中退で三十八歳の職歴なしだ。駐車係の口もない」とか言いそうだ」
「すいません、予想以上に三十八歳無職小学校中退職歴無しが刺さるんでやめてもらえませんか?」
「お、おう、ごめん」
三十八歳職歴無しの小卒って相当ヤバいよな……。
「ともかく、お前は要らないんだな?」
「ええ、私よりはクロウさんがつけていた方がいいでしょう。それより今は武器の方が……」
「そう言えば、高速計算杖が壊れた臭いけど」
「元々ガタが来てたんで……」
「メンテしてみようか」
「お願いしていいですか」
「直せたら直すわ」
小学生男子みたいな口約束を交わしつつ、カチュアが緑色の宝石のようなものを受け取る。
その様子を眺めながら、マックスに尋ねかける。
「こいつが壊れて使えなくなったら、お前どうなるんだ?」
「今まで戦傷を抱える軍人だったのが、戦いの後遺症に苦しむ重病人になります」
「違いがイマイチ分からねえ」
「まず、歩くのが難しくなり、片手もうまく動かなくなり、日常生活に支障をきたします。同時に深刻な不眠症とてんかんの発作、更に免疫機能の不足による深刻な感染症が多発するかと」
「待て、なんでそうなる?」
「義手と義足使ってますけど、人間の肉体と変わらない動作を実現するのに高度演算が必要なので、これにやらせてたんです」
そう言ってカチュアが弄っている杖を指差す。というか義手でもあったのかコイツ。
「それから脳にも外傷がありますから。それをシンクロ機能を使って調整してもらってたんですけど、シンクロが解けると出来なくなりますし。更にこの防護服で免疫機能を補ってます。いつ感染したんだか知りませんけど、野戦病院で後天性免疫不全を貰ったらしくて」
「重病人じゃねえか」
「まぁ、そうですね、はい」
重病人みたい、と感じていたのは何の気のせいでもなく真実だったようだ。
リンはいまいち深刻さが分かっていないようだが、それでもマックスの状態が非常にヤバい状態だと言う事は理解しているようだ。
「どこぞの治療院に入った方がいいのではないか」
「治療して治るものだったらもう治してますからねぇ……この世界の回復魔法に期待してるところです」
「目的がまた一つ増えたな……」
【パナセア/万能治癒】の魔法ではあらゆる病を治すと言うが、AIDSには効くのだろうか? まあ、効くと考える方がいいか。
脳とか云々はどうなんだろう。高位の治癒魔法の使い手なら手足を生やす事も出来るとは言うし、何とかなると思いたいところだ。
そう思うと、治癒方面ではアレルはこの世界の魔法使いに劣ってるんだろうか。蘇生の手軽さはアレルの方が上だが。
いや、よくよく考えると、アレルは物質要素、つまりは触媒を一切使っていない。それであの効果を出せるんだから、全体的にアレルの方が上なのかもしれない。
「マックスの治療も視野に入れて行くとして、これから頑張っていかにゃな。クロウ、お前も頑張れよ」
そう言いつつ首飾りを投げ渡す。
「へい! 足は引っ張らねえように頑張るっす!」
「おう、頑張りな」
この世界について一番詳しいのはクロウだ。何より魔法が使える。オレもたぶん使おうと思えば使えるんだろうけど、クロウの方が遥かにうまいだろう。
クロウもこのチームには欠かせない大事なメンバーの一人なのだ。
そうして会話に一区切りがつくと、アレルが座っていた椅子から立ち上がって叫んだ。
「よーし、それでは無事に仕事も終わったと言う事で宴会にしましょーなのです!」
アレルの提案に皆が頷き、さっそく宴会の準備が始まった。
備蓄とか気にするこたーねえと言わんばかりに多種多様な料理を作り、エールも全部持ちだしてドンチャン騒ぎ。
宴会というか打ち上げは深夜まで続いた。




