三十八話
サソリの殲滅を続けながら洞窟を潜り抜け。
辿り着いた先にあった広間では噎せ返るような甘い匂いが立ち込めていた。
二十メートルほどはあろうかと言う高さの広間には天井から下まで並ぶ大量の卵がぶら下がり、そこから流れ出した溶液が微かな甘い香りと、生臭い生物臭を垂れ流していた。
そして、その卵からは異形の生物が顔を表していた。生まれる以前からかは不明だが、既に絶命しているようだが、他の卵全てにも似たような生物が眠っているのかもしれない。
その卵の目前に立っていた杖を手にしたローブ姿の男が突如としてこちらに振り返ると、その顔に憎悪の色を宿らせて叫んだ。
「――――侵入者か! 私の研究成果は渡さんぞ!」
どうやら会話が出来るような相手ではないらしい。
その男が杖を振り上げると、その背後にそびえたつ卵が蠢き、そこから次々と異形の怪物が姿を現した――――!
「マックス、アレル!」
「分かってます」
「お任せ!」
オレとリンが即座に前面に出ると同時、マックスが後ろに下がって杖を手にし、同じくアレルも杖を手になにがしかの呪文詠唱を始める。
「リン、雑魚はオレがやる! お前はあのオタク野郎をやれ!」
「承知した。私の剣が奴の首を切り裂くまで、私にあの異形の牙が届かんことを祈っているぞ!」
地面を蹴って一挙に突っ込んでいくリンの後に続く。オレの今回の役目は周囲の異形を始末するにとどめた方がいい。
剣士としての力量、つまり近接戦における力量が高いのはリンなのだ。カチュアも近接戦の力量は高いと言うが、マックスたちのサポートに残すべきと判断した。
最も技量の高い者が、単独での脅威が最も高い者に相対する。すなわち、魔物使いなどではない明らかに魔法使いと見える存在を相手取るのであればリンが適材なのである。
そのことを考えれば、毒に対する抵抗力を持ち肉体的に頑健なオレがリンのサポートに回るのが適材適所である。
包囲を完了していない異形の群れを無視して進み、リンが魔法使いとおよそ二メートルの距離を取って相対する。一足一刀の間合いであった。
そのリンから離れおよそ二メートル。その位置に陣取ったオレは周囲の異形を睥睨して観察する。
体長は、四メートルはあるだろう。体高は六十センチはあるだろうか。凄まじく巨大な、サソリのような生物である。
甲殻は見るからに堅そうな、キチン質らしきものを備え、その鋏は巨大だ。オレの胴体くらいならば一撃で両断しそうなほどのサイズと力強さを感じさせる。
相対して感じるのはこの生物の強大さ。今まで鎧袖一触に薙ぎ払ってきたサソリなどとは全くもって桁が違うと一目でわかる。
あのサソリたちの脅威度が五だとして、オレたちの実力が十だとしよう。そうだとすると、このサソリのような生物の脅威度は七か八はありそうである。
決して勝てない相手ではないが、その数たるや二十を遥かに超えている。
全て薙ぎ倒せるかと言えば、到底無理、である。
だが、一体や二体やそこらを始末する事は決して無理ではない。
オレは肩に担ぐようにして持っているアダマンティンの剣に加え、腰から鉄製(正確に言うとミスリルが少し混ざってるが、上等な鉄剣と大差無い)の剣を引き抜く。町で買った剣だ。普段はクロウに使わせてやっているが、今回クロウは弓を手に後衛に徹している。
「っしゃあ!」
気合と共に、まず手近なサソリに切りかかる。鉄剣とアダマンティンの剣の二段構えの一撃。
オレの腕力を過不足なく伝達した鉄剣の一撃はサソリの鋏を一撃で諸共砕いて見せた。
諸共と言うのが両方の鋏ではなく、鉄剣と鋏の両方が砕けた、と言う結果でなければ最高だったのだが。
まぁ、鉄剣が壊れても今回の仕事の報酬だけで何本も買い直せるだろう額がもらえるのだ。元々大した品質の剣ではない。
更に、冒険者はこう言った何かに害成す存在を打倒した場合、あるいは遺跡を探索した場合、そこで手に入れたものは基本的に冒険者の戦利品となるのが至極当然の結果である。
それこそ、武器防具の類を支給されていたなどでもなければそれが当然の権利なのである。
そこを踏まえて考えれば、この魔法使いの持つ触媒やマジックアイテムを得れれば莫大な金になる事は間違いないだろう。
砕けた鉄剣を投げ捨て、アダマンティンの剣を担ぎ直す。
そして、襲ってきた鋏の一撃を地面を蹴って避け、横眼でリンの様子を見やる。
放たれた火球をリンが身のこなしで回避するが、立て続けに放たれる火級はリンを寄せ付けない。
あの火球はどうやらだが正当な魔法ではないようだ。
リウィアが話していたプラクティカスとかなんとか。いずれにせよその属性の基礎を修めた存在が使える、魔法のような能力。
その火球で牽制を繰り返していると言う事だ。
火球は弱々しい威力の技であるが、迂闊に受ければ致命的なダメージになる事は間違いない技だ。
焚火一つ分程度の火力しかないだろうものだが、その火力も顔面に受ければ致命的なダメージになり、胴体で受けたところでダメージは蓄積する。
全て避けなければならない。魔法とは最低位のものでも人一人を殺して余りある威力を持つ凶悪な技術なのだ。
そしてその火球は有限のリソースを消費しない。単なる精神集中によってのみ生み出されるもの。無限の残弾を持ったそれにリンは攻めあぐねているようだ。
「ニーナさん!」
「!」
アレルの呼びかけに、オレは半ば無意識に跳躍していた。
高々と跳躍したオレの体は上空八メートルほどの高さまで飛び上がり、直後に眼下でサソリが爆炎に吹き飛ばされる光景を見る。
サソリは五匹が吹き飛び、その更に直後に桜色の光線のようなものが壁に大量に付着している卵のようなものを薙ぎ払うが、途中で光線が消える。
「Scheisse!」
どういう意味かは分からないが、やり場のない怒りをぶつけるようなマックスの怒声が聞こえた。
「ああ畜生! 軍の備品ってのはいざって時にはいつもこれだ!」
着地すると、マックスがデカくてメカニカルな杖をガチャガチャ弄っていた。いつも使っている杖とは別のものだ。
「ああもういい!」
罵声と共に杖を地面に叩き付けるのと、オレが地面に着地するのはほぼ同時だった。
着地の衝撃を逆用するように前のめりに着地し、前方へと駆ける。
そして、手近なところに居たサソリを一匹ぶち殺しながらリンの前に躍り出る。
「リン、交代だ!」
「分かった!」
オレの火への耐性を知っているリンが当意即妙で後ろに下がり、サソリを相手取る。
そして、相手の魔術師がオレに向かって火球を放ち、それを避けつつ距離を詰める。
一撃でブチ殺せる距離まで詰めなければいけない。オレに火は効かないが、相手はそれを知らない。その有用性を活かせるのは一回、よくて二回と言ったところだ。
一歩の踏み込みで相手を殺せる距離まで踏み込めたら、火を無視して突っ込めばいい。そうしたら一撃で斬り殺せる。
そして、そのタイミングが訪れる。
「いただきぃぃっ!」
火に突っ込む。その火は予想通りオレに一切のダメージを与えはしない。
そよ風のようにすら感じる火を突破し、驚愕に目を見開く魔術師の首に剣を叩き込む――――!
ぎぃぃんっ、と鈍い音がした。
柔らかい肉を切り裂いた感触とは全く違う、鈍く重い感触が手を伝わって帰ってくる。
今のは絶対に防ぎきれるようなタイミングではなかった。そして、それは意識的な防御によって生み出された結果ではなかった。
魔術師の首に下がっていたネックレス。それが浮き上がり、オレの剣戟を僅かな肉の切断に抑えているのだった。
――――【フォーティフィケーション/防備】の力を備えた首飾り!
優れた術者が使えば確実に致命傷を回避するそれ。その力を秘めたマジックアイテムは、装備した部位に近い場所への致命傷を防ぐ効果を持つ。
入手しておくべきだとデリックに言われていたそれをこの魔術師が持っている!
そう理解した直後、オレの胴体を猛烈な突風が穿っていた。
軽々と十メートルは吹き飛ばされたオレは地面を転げるが、即座に立ち上がる。
「うぶっ、おえ……」
血の混じった胃の中身を全部吐き出しつつ、次の対策を考える。既にオレの火への耐性は知られているだろう。
だが、相手の急所防御の効果を持ったマジックアイテムも既に力を失っているはずだ。高位のマジックアイテムは一日に何度もそれを防ぐと言うが、こんなところで燻ってる魔導士がそんな高位のアイテムを持っているとは思えない。
そもそも、一度防ぐだけのものでも一つで金貨数千枚にもなると言う超高額品だ。複数回ともなると、その金額は倍プッシュどころではない値段の跳ね上がりを見せるのだ。なおさらに持っているとは思えない。
だったら、あともう一度剣を叩き込んで殺す。
あの火球をオレに使えないと言うだけで相当なイニシアチブを取れているはずだ。相手は有限のリソースだけでオレを相手しなくてはならないのだから。
オレは剣を担ぐようにして持つと、再び一挙に踏み込む。
「小癪な小娘め! だがその火への耐性はいい実験材料になりそうだ――――!」
「舐めんじゃねえクソッ垂れ! 逆に燃やしてやるよ!」
短期決戦でケリをつける。
気合と共に火を生み出し【オール・ガンズ・ブレイジング】を六発同時にぶっ放す。今のオレに出せる限界の数だ。
それが空中で四発消滅する。恐らく【ディスペルマジック/呪文解除】だろう。
消滅し切れなかったらしい二発の火炎弾は【ファイアボール/火球】で迎撃されるが、その時既にオレは肉薄している――――!
「死ね――――!」
殺意と共に繰り出した剣戟。
相手はその軌道に杖を割り込ませる。信じられない俊敏さと目だが、その動きは何らかの呪文によって補正されたものに見えた。
オレの剣が杖に食い込み――――杖を叩き切って相手の首を深々と切り裂いた。この剣の切れ味を甘く見過ぎだ。
「馬鹿な…………その剣……アダマンティン……」
凄まじい勢いで首から血が噴き出していく。頸動脈を切ると、血はこんな風に物凄い勢いで噴き出す。闘技場で首を叩き落とした男もこんな風に血を吹きだしていた。
「へひゃっ、死ねや」
抑え切れない笑いを漏らしながら、オレは男の頭を思いっ切り蹴り飛ばした。
切れ目の入っていた首がメキリと音を立てて更に開かれ、血が床に流れて行く。
血だまりの中で静かに息を引き取った男を見ながら部屋を睥睨する。
サソリを相手どっているリンは順調にサソリの数を減らし、既に後衛が襲われる心配がないと判断したらしいマックスとカチュアも前に出てサソリを始末し始めている。
アレルも同様に魔法を使ってサソリを相手取っており、もはやこの依頼は消化試合に入っていた。




