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新しい居場所

「よし」


 蓮司が気怠げな動作で教卓へ腰を掛けた。長い足を組み、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ひとまず、お決まりの自己紹介からだな」

 促されて、旭は改めて教室を見回した。そこにいたのは、あの『怪花』の事件の現場に居合わせた三人の男女だった。

 派手な金髪を弄っている女子。

 神経質そうに眼鏡の位置を直した男子。

 引いたカーテンの隙間から、窓の外をぼんやりと眺めている黒髪の少女。

 

(本当に、こいつらと同じクラスなのか……?)


 最高峰のSクラスにいるはずの自分が、なぜこの面々と並んでいるのか、旭はまだ現実感が湧かなかった。


「いや、ちょっと待ってくださいよ、センセー」


 最初に不満の声を上げたのは、金髪の女子――玲奈だった。緩めたネクタイに、短く詰めたプリーツスカート。絵に描いたようなギャルスタイルの彼女は、椅子に深く背を預け、ラインストーンでデコレーションされた派手なネイルを気怠そうに弄っている。

 

「つかさ、わざわざ自己紹介とか必要? 超めんどいんだけど。後期になっただけじゃん」

 

「必要だろ」


 蓮司が即答する。

 

「旭はお前らのこと、何1つ知らねぇんだからな」

 

「あ、確かに……」


 旭も内心で同意し、小さく頷いた。名前も知らない。何より、それぞれの能力をある程度把握しておかなければ、今後の実戦でうまく連携が取れないかもしれない。


「あー、はいはい。わかりましたよーだ」


 玲奈は大きくため息をつき、だるそうに椅子へ座り直した。

「じゃああーしからね。剛柔院(ごうじゅういん)玲奈でーす」


 ふん、と胸を張る。

 

「能力は『硬化』。あーしが触った物を鉄くらいまで硬くできんの」

 

「鉄?」


 旭は思わず身を乗り出した。

 

「そ。持ってる武器とか、その辺の障害物とかをガチガチにできるわけ。結構強くない?」

 

「それ……めちゃくちゃ強くないか? 手近なものを即席の盾にできるし、全部が武器になるってことだろ?」

 

「っしょ!?ノリいいね〜あさひっち」


「あさひっち?」


 旭の素直な絶賛に、玲奈は嬉しそうにテンションを上げた。 だが、そのドヤ顔は蓮司の発言ですぐに叩き落とされる。


 「ちなみに、こいつが問題児クラスにいる理由は致命的なサボり癖だ」

 蓮司が容赦なく補足を挟んだ。

 

「え!?」

 

「任務中、面倒くさがってスタート地点から全然動かん。ただの置物だ」

 

「ちょっとセンセー! 言い方! ガチで最悪なんだけど!」


 玲奈がガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、怒って抗議する。

 

「間違ってないだろ」

 

「間違ってないけど! けどさぁ!」

 

 どっちなんだよ。旭は内心でそっと苦笑を漏らした。要するに、スペックは高いのに本人のやる気が皆無、というわけか。


「はい、次」


 蓮司が玲奈をあしらうように指をひらひらと動かす。次に促されたのは、隣の席の青年だった。仕立ての良い制服のボタンを上までキッチリ留め、細い指先で神経質そうに眼鏡のブリッジを押し上げる。

 

「結城(ゆうき)理人です。よろしくお願いします」


 落ち着いた、いかにもインテリ風の声。線の細い頼りなさげな体躯だが、その佇まいにはどこか育ちの良さが滲んでいた。

 

「能力は軌道操作。僕が一度触れた物の移動軌跡を、任意に変更できます」

 

「軌道?」

 

「ええ、例えば……」


 理人は手近にあったペンを手に取ると、上空へ軽く放り投げた。重力に従って真っ直ぐ落ちるはずのペン。その瞬間、見えない力に引っ張られるように、不自然な放物線を描いて横へとスライドした。

 

「うおっ」


 旭は目を丸くした。ペンは空中で綺麗に弧を描き、ブーメランのように理人の手元へ収まる。

 

「便利だな。相手の不意を突く攻撃とか、いろいろ応用が利きそうだ」

 

「ありがとうございます。……ええ、便利ではあります」


 理人は少し寂しげに笑って頷いた。

 

「ただ、これ……信じられないくらい燃費が悪いんです」

 

「燃費?」

 

「すぐにバテるのよ、りーくんは」


 玲奈が横からニヤニヤしながら口を挟む。

 

「あと、ウケるくらい運動神経死んでるから。この前も、ちょっと1キロ走っただけで泡吹いて倒れてたし」

 

「剛柔院さん、それは今わざわざ言わなくていいでしょう……!」

 

 理人が青くなって抗議する。なるほど、と旭は親近感を覚えた。引きこもり上がりの自分と、フィジカル面ではいい勝負かもしれない。


「はいはい、次だ」


 蓮司の視線が、最後に残った黒髪の少女へ向く。少女は自分の番であることにも気づいていないのか、相変わらず窓の外の景色をぼーっと眺めていた。肩にかかる艶やかな黒髪。その耳元で、小さな緑の葉をあしらった手作りのような木製のピアスが、窓からの風を受けてかすかに揺れている。

 

「おーい、朝比奈」

 

「……ん」


 ワンテンポ遅れて、少女が小さく首を傾げた。その視線が、じっと旭へと向けられる。

 

「朝比奈、仄(ほのか)」


 それだけだった。静まり返る教室。

 

「……えっと、終わりか?」


 旭が恐る恐る尋ねると、

 

「終わり」


 仄は迷いなく即答した。

 

「いや、能力とか、そういうのは……」

 

「植物操作」


 再びシャットアウト。徹底的にローテンション、絶望的に会話が全く広がらない。

 

「ちょっとほのの、もっと喋りなよ!」


 玲奈が耐えかねてと机を叩いた。

 

「自己紹介なんだからさ! 自分の説明しなよ!」

 

「……必要?」


 仄は感情の読めない瞳で、不思議そうに小首を傾げる。

 

「必要だから全員やってんの!」


 玲奈に指摘され、仄は少しだけ眉根を寄せ、考えるような素振りを見せた後、ぽつりと言った。

 

「植物を、急成長させられる」

 

「うん、それで?」

 

「終わり」

 

「短っ!!」


 玲奈が盛大に頭を抱え、理人もあきらめたように苦笑する。この光景が当たり前なんだろう。

「ちなみに、彼女の配属理由は単独行動の常習犯だからです」


 理人が指で眼鏡を押し上げながら、淡々とその理由を説明し始めた。

 

「作戦開始と同時に、勝手に出撃する」

 

「人の話、マジで一ミリも聞かないしねー」

 

「事前報告もしない」

 

「僕らが待ってくださいと制止しても、絶対に待たない」

 

 玲奈と理人の言葉に、仄は表情を変えないまま、静かに口を開く。怪花の時もそうだったのかもしれないと旭は思った。

 

「……結果的に、敵は倒してる」

 

「そういう勝手な所がダメだって言ってんじゃん!」

 

 玲奈の叫びが響き渡る。旭は深く納得した。なるほど、彼女は命令無視の常連か。確かに、チームワークが大事な場面では最も扱いづらい問題児に違いない。


「よし、綺麗にまとまったな」

 

 蓮司が満足そうに頷き、最後に視線を旭へと向けた。

 

「最後はお前だ、転校生」

 

「転校生って……」


 渋々、旭はゆっくりと立ち上がり三人の視線が自分に集まるのを感じながら口を開こうとする。しかし、自分のあの能力をどう説明すべきか。自分の中では陽炎によるデコイと陽炎の副産物として熱が発生すると一応推測はしているが、それをそのまま話しても上手く伝わらないだろうし、そもそも正確な名前も分からない。

 結果、旭は一番手っ取り早い結論を選んだ。

 

「天城旭です。……能力については、実はまだ、よく分かってません」


 刹那、教室に奇妙な沈黙が落ちた。

 

「……は? そんなことある?」

 

 玲奈が完全に真顔になってツッコむ。

 

「普通はあり得ませんね。この教習所に途中から参加する以上、何かしらの能力の登録名があるはずですが」


 理人も困惑を隠せない様子で眉をひそめる。

 

「普通じゃない」


 仄が、ボソリと一言を漏らした。

 

「……その普通じゃないって評価、前にも言ってなかったか?」

 

 旭は内心、がっくりと肩を落とした。しかし、能力の詳細を言ってない以上、これ以上話のネタがある訳でもない。


「まあな」

 

 その様子を見て、蓮司が低く愉快そうに笑った。

 

「実際、お前は普通じゃねぇよ。色んな意味でな」

 

「全然嬉しくない褒め言葉なんですけど」

 

「安心しろ、天城」

 

「え?」

 

「ここには、最初から『普通の奴』なんて一人もいねぇ」


 蓮司は不敵な笑みを深くし、癖のある三人の生徒たちを見渡した。

 

「だからこそ、ここは問題児クラスなんだよ」


 その言葉に、三人がそれぞれ微妙な表情を浮かべる。玲奈はバツが悪そうにそっぽを向き、理人は黙って眼鏡を押し上げ、仄だけが無表情のまま蓮司を見つめていた。ふっと、蓮司の纏う空気が、鋭いプロのそれに切り替わる。

 

「さて」


 その一言で、室内の温度が一段下がったかのような緊張感が走った。全員の視線が、自然と教卓の男に集中する。

 

「挨拶代わりに、互いの素性も大体割れたところだ」


「肝心のあさひっちがよく分かってないけどね〜」

 

「まぁまぁ、能力なんて後から分かるもんだ。それで、明日から早速、実習といこうじゃねぇか」

 

「……は?」

 

 玲奈の顔が完全に固まった。

 

「明日……!? いきなり実習とかガチでダルすぎなんですけど、センセー!」

 

「明日の何時からですか?」


 理人が手を挙げて蓮司に質問する。

 

「教習所の駐車場に6時かな」

 

「マジかぁ……!!」


 玲奈が絶望したように机に突っ伏した。旭もまた、内心で天を仰ぐ。いくら自分が中途入籍の転校生だからといって、挨拶が終わった次の日にいきなり現場に放り出されるのか。せめて初日くらいは、学校の案内とか座学から始まるのが普通ではないのか。

 理人は重いため息を吐き、仄だけがほんの少しだけ、興味深そうに目を細めていた。蓮司は教卓から生徒たちの絶望的な表情を最高に楽しそうに見つめる。軍靴の音を響かせながら、彼は教室の扉へと歩き出す。

 

「くれぐれも遅刻すんじゃねぇぞ」


 残された四人の間に、重苦しい沈黙が降りた。数秒の後。

 

「……絶対、ろくな実習じゃないわ」

 

 玲奈が消え入りそうな声で呟いた。旭もまた、胃のあたりが重くなるのを感じながら、彼女の言葉に心の底から同意していた。


 教習所の正門を出た頃には、空はすっかり燃えるような夕焼けに染まっていた。

 旭はゴキゴキと首を鳴らし、肩を回しながら宿への道をトボトボと歩く。まさかの帰りは運動がてら歩きでと蓮司に言われた。全くあの人には会ってから振り回されてばっかりだ。

 朝から色々ありすぎた。

 面接を受け、適性試験を受け、試験機を壊し、なぜか最高峰のSクラスではなく問題児クラスという名の魔境に放り込まれ、挨拶代わりに明日いきなり実習だと告げられた。流石に特待生ではないのは100歩譲って認めるが、問題児クラスへの配属には戸惑いを隠せない。


 正直、脳のキャパシティが限界を突破して疲れた。引きこもりを長らくしていた自分にはソロで高難易度ダンジョンに直行させられた気分だ。


「ただいま……」

 

 宿の木製の引き戸をガラガラと開ける。

 

「あっ!」

 

 真っ先に反応して玄関へすっ飛んできたのは、蒼汰だった。

 

「おかえりなさい、旭さん!」

 

 目を輝かせて駆け寄ってくる彼の後ろから、詩織もエプロン姿でひょっこりと顔を出した。

 

「おかえりなさい。……検査、どうでした? 悪いところとか、何もなかったんですか?」

 

 そうだった。この宿の人々にはただの身元確認と適性検査に行ってくるとしか伝えていない。

 旭は少しだけ考え、言うべき事だけを伝えた。

 

「ああ、身体は元気でした。ただ……ちょっと予定が変わって、イグゼクターの教習所クラスに入ることになりました」

 

 一瞬、宿の玄関の空気がピタリと止まる。

 

「はっ……、え、えええええええっ!?」

 

 蒼汰が本日一番の大声を上げた。

 

「い、イグゼクターって、あの化け物と戦う実戦部隊ですか!?」

 

「旭さん、ただの適性検査のつもりじゃなかったの……?」

 

 詩織も持っていたお盆を落としそうになりながら、驚愕で目を見開いている。奥の厨房から出てきた宿のおばさんまでもが、あらあら!と驚いて口元を押さえた。

 

「まあ! 検査だけじゃなかったのかい?」

 

「あ、すみません。実は、俺もイグゼクターになりたいって相談したら、もう試験の応募手続きまで進んでたらしくて。それで今日、そのままそっちのクラスに決まったんです」

 

 旭はそこで、少し真剣な顔になって詩織とおばさんと向き合った。

 

「それで、相談なんですけど……。イグゼクターの訓練生になっても、ここに住み込みの形でもうしばらく生活してもいいですか? 自分の仕事が本当に決まるまでは、まだお世話になると思うし、決まったらちゃんと家賃も払うつもりです。よろしくお願いします」

 

 居候の身で勝手に危険な職業の訓練生になるのだ。筋は通さなければいけない。だが、詩織は驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと柔らかく微笑んだ。

 

「何言ってるの、旭さん。もちろんに決まってるじゃない。うちは大歓迎よ!蒼汰の恩人ですからね」

 

「そうですよ! 旭さんがいてくれた方が僕も嬉しいですし!」

 

 蒼汰も激しく首を縦に振る。

 

 「家賃なんて急がなくていいんだから、しっかりおやり」

 

 宿のおばさんもと背中を叩いてくれた。

 旭は胸の奥が軽くなるのを感じ、小さく息を吐いた。

 

「……ありがとうございます。本当に助かります」


「ねぇ、旭さん」

 

 お茶を淹れながら、詩織が不意にこちらを振り返る。

 

「これからは一緒に暮らす仲間なんだし、私達のこと、そんなに畏まらなくていいよ? 敬語じゃなくて、普通にタメ口で話してね」

 

「え? でも、お世話になってるし……」

 

「敬語だと、なんだかまだ距離があるみたいで寂しいの」

 

 詩織がいたずらっぽく微笑む。

 

「姉ちゃんにタメ口で話されると、なんか僕だけ敬語使ってるみたいで損した気分です!」

 

 蒼汰の抗議に、旭は思わず笑ってしまった。

「……分かった。じゃあ、これからはそうさせてもらうよ、詩織さん」

 

「さん付けもしなくて良いのに……。いいわ。よろしくね、旭」

 

 初めて呼び捨てにされたその響きが、妙にむず痒く、けれど心地よかった。

 

「それでそれで!? どこのクラスになったんですか? やっぱりエリートが揃う特進クラスとかですか!?」

 

「いや……問題児クラスってとこなんだ」

 

「え?」

 

「問題児クラス」

 

「えぇぇ……?」

 

 蒼汰の声が再び派手に裏返った。隣でお茶を淹れていた詩織の手がピタリと止まる。

 

「大丈夫?それ……? 名前からして不穏すぎだけど……」

 

「俺も最初に聞いた時は、ミスを疑ったよ。……でもまあ、案外悪い奴らじゃなさそうだったしな」

 クラスメイトたちの濃すぎる顔ぶれを思い浮かべながら、旭は苦笑混じりに肩を竦めた。不思議と、あの教室にいた時の居心地は嫌なものではなかったのだ。


「明日は何時から?」

 

 詩織が尋ねると、旭は遠い目をして答えた。

 

「それが朝六時に集合なんだ」

 

「なら、今日のところはご飯を食べて早く寝なさい。初日から遅刻なんてしたら大変だしね」

 

 詩織が姉らしく、旭の頭を軽く小突いて促した。

 

「そうするよ。……明日はハードになりそうだしな」

 

 旭も素直に頷いた。

 夕食を済ませて部屋に戻り、備え付けのベッドへどさりと腰を下ろす。問題児クラス。奇妙な三人の仲間たち。訳の分からない最強の教官。そして、明日の早朝から始まるという実習。不安はある。この世界のことも、自分の能力の仕様も、まだ分からないこと山積みだ。

 しかし、窓の外の夜景を見つめながら、旭の口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。転生?転移?というイレギュラーから始まった、この第二の人生。真っ白なはずの自分のログに、確かな1歩が刻まれた――そんな気がした、初めての夜だった。

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