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仕様把握

 巨大なシャッターが完全に開ききるのと同時に、三メートルはある鉄の塊が駆動音を響かせた。

 無機質な赤いセンサーが、まっすぐに旭を捉える。

 

(いや本当に言ってる?)

 

 ゲームの画面越しならテンションも上がっただろうが、リアルで対峙するロボットは威圧感の塊でしかなかった。あんな鉄の拳で殴られたら、一発でミンチだ。


「実技試験――開始!」


 高城の鋭い声が響く。

 直後、ロボットの右腕が変形し、銃口のようなパーツが露出した。

 ――ガガガガガガッ!

 容赦のない掃射が放たれる。

 運動神経皆無の旭に避けられるわけがない。死んだ、と本能が叫んだ。

 だが。

 ――パパンッ、と乾いた音がして、弾丸はすべて旭の数歩右側の地面を激しく抉った。


「は……?」

 

 旭はその場に呆然と立ち尽くした。

 ロボットのセンサーが激しく明滅している。狙いがズレたのだろうか。それよりかは正確に「何もない空間」を撃ち抜いている。

 ふと、弾丸が通り過ぎたあたりの空気に目が向いた。

 空間が、ぐにゃりと揺れている。その光景は小さい頃、外で遊んでいたときによく見ていた。


「陽炎……?」


 真夏のコンクリートから立ち上る陽炎のようだった。

 そしてその光の屈折の中に、一瞬だけ、自分自身の姿が重なって見えた。


(……待て、じゃあ)

 

 旭は怪花と相対していた時の違和感が蘇る。あの時も攻撃がかすりもしなかった。

 もし、あの空間の歪みが自分の偽物を見せていたのだとしたら。

 

(ゲームでいう……デコイスキルなのか?)


 ロボットはさらに距離を詰め、今度は巨大な鉄拳を振り下ろしてきた。

 叩きつけられる質量。

 しかし、やはり攻撃は旭の左側へ大きくズレる。

 周囲の空気が熱で歪み、偽物の位置へ敵の攻撃を誘導している。

 それが分かっても、ただ避けているだけでは戦闘にはならない。高城は何を考え、どう動くかを 見ると言っていた。

 

(なんとかして倒す方法を見つけないと……! )

 

 旭は必死に周囲の地形を確認し始めた。


 ◇


 試験場の上部に設置されたガラス張りの観測室では、高城が静かにモニターを凝視していた。


 「高城担当官。被験者、試験用模擬戦機『Tー03』の攻撃をすべて回避しています。……いえ、 Tー03の照準システムにエラーが出ています。軌道予測が完全に狂わされているようです」

 

 隣の研究員がデータを報告する。

 

「いや、システムエラーではないな。Tー03は『何か』を正確に狙って攻撃している。だが、我々の目にはそこに何もいないように見える」

 

 高城は顎に手を当て、眉をひそめた。

 紙一重で避けているというよりは、機体側が最初から別の標的を攻撃させられている。

 

「面接の評価はまだ降りていないが、相馬がわざわざ推薦してきただけのことはある。ただ、一体どんな能力を使っているんだ……?」

 

 高城の目にも、旭の能力の正体までは判別できなかった。

 その時、研究員が端末の数値を指差した。


「担当官、試験場内の環境データに異常が検出されました。室温が急速に上昇しています」

 

「空調のトラブルか?」

 

「いえ、原因不明です。特に熱波やエネルギーの放射は感知されませんが、数値だけが跳ね上がっています。現在の室温、四十五度を突破」

 

「……熱系の能力なのか? 天城旭のバイタルは?」

 

「心拍数、体温ともに正常。平熱を維持しています」

 

「そうか」

 

 サウナ状態になりつつある試験場の中で、旭は汗1つかさず、必死に標的機の隙を伺って歩いていた。高城はその様子を見つめる。


 ◇


(よし、なんとなく感覚が掴めてきたぞ)


 一方の旭はロボットの突撃をいなしながら、自分の意思で空気の歪みを作り出すコツを覚え始めていた。

 

 (要は、イメージだ。ここに自分がいると相手に思わせて右へ一歩、そこに陽炎を残す!左へ一歩、そこにも陽炎を残すと……)


 そう旭は頭の中で言い聞かせながら、陽炎のデコイを作りロボットの攻撃を自分に向かないように必死になっていた。しかし、いくら陽炎を出してもロボットの勢いは止まらない。旭は焦りを感じながらも、必死にデコイを生み出し続けた。


 ◇


 観測室のモニターには、室温の警告インジケーターが点滅し始めていた。


「室温、六十度を突破。なおも上昇中です」


「天城旭さんの能力検知のエネルギー反応は微々たるものです」

 

「 どういうことだ。能力のエネルギー反応が微量しか検出されないのに、なぜ温度だけが右肩上がりになる?原因は他にあるのか」

 

 研究員の報告に、高城は不審げに声を尖らせた。

 データ上は何も起きていないはずなのに、現実には試験場全体の温度が引き上げられていく。目の前の少年が何をしているのか、観測室の機材では全く追いついていなかった。


「七十度を突破……被験者のバイタルに問題はありませんが、Tー03の内部温度が許容限界を迎えています!」

 

「……チッ、ここまでか」

 

 高城が苦々しく舌打ちをした、その瞬間だった。


 ジジッ……ジジジジッ!


 旭の目の前で、巨大な鋼鉄の駆動音が悲鳴を上げた。

 排熱ファンから黒い煙が噴き出し、赤いメインセンサーが狂ったように点滅する。Tー03の精密基板が、原因不明のまま八十度に達した猛暑に耐えかねてショートしたのだ。ドサァッ……!と、鉄の巨体が膝から崩れ落ち、そのまま完全に沈黙した。


「え?」

 

 旭はイメージするための体制のまま、固まった。

 

(嘘だろ……俺、何もしてないのに壊れたぞ。もしかして欠陥品だったか?)

 

 壊すとは言ったが何も触れていない状態で壊れると、達成感よりも弁償とか言われたらどうしよう、という焦りの方が強くなる。その時、室内にプツンとスピーカーの音が響いた。


「――そこまで。実技試験、終了とする」


 スピーカーから流れる高城の声は、先程の冷静なトーンでありながらも、解けない謎を突きつけられたような、どこか腑に落ちない響きを帯びていた。

 試験場を出た旭は、廊下で高城から先ほどの模擬戦についてのフィードバックを軽く受けていた。


「お前が動くたびに、試験場内の温度が異常な速度で上昇していた。しかし、お前の能力のエネルギー反応がないにもかかわらずだ。結果としてTー03は内部基板が熱でショートして機能停止した」

 

「熱……ですか?」


 旭は自分の手のひらを見つめた。試験中、自分自身が熱いと感じたことは一度もない。むしろ平然としていたくらいだ。だが、さっき見た空気の歪みを思い出す。


「これから、お前の試験結果を精査し、教習所への受け入れが可能かどうかの最終判断を行う。クラス配属の決定には時間がかかるから一階の受付ロビーで待機していろ」


 高城にそう指示され、旭は一人でロビーの長椅子へと向かった。

 腰を下ろし、先ほどの疑問についてゲームの容量で思考を巡らせる。


(高城さんの話から推測すると熱で空気を歪ませて自分の陽炎を作っているのかも。それじゃあ、その時に生じた陽炎の熱はどこへ行くんだ? ……まさか、デコイを作った場所にそのまま放置されてるのか?)


 そうだとしたら、自分がデコイを出せば出すほど、その場に熱を放出させ続けているようなものだ。

 

 (待てよ。それならどうして、その中心にいる俺自身は熱さを全く感じていないんだ? ……あぁ、なるほど。ゲームでよくある自分の放った魔法の巻き添えを食らわないための仕様みたいなものか。俺は生まれ変わってその熱が効かない耐性が備わっているってことか)

 

 何も知らない相手からすれば、歩いているだけで周囲が灼熱のオーブンに変わっていくのだからたまったものではないだろう。


(便利だけど、これが転生でもらった能力だとしたらずいぶんと地味で回りくどい仕様だな……)


 そんなことを考えながら、旭は背もたれに深く体重を預けた。なんだかんだ言っても、ついさっきまで巨大な鉄の塊と命がけの模擬戦を行っていたのだ。無事に終わったという安怠感と、張り詰めていた緊張の糸が一気に切れたことで、旭の脳内は完全に弛緩しきっていた。

 そんな、警戒心も何もかもが死滅した無防備な瞬間のことだった。

 ふと顔を上げた旭の視界に、ロビーの向こうから歩いてくる一人の少女が飛び込んできた。

 旭は思わず、息を呑んだ。

 窓から差し込む午後の光を浴びて、ゆるやかに波打つ茶髪がさらさらと揺れ、淡い琥珀色に透けている。綺麗に切り揃えられた前髪の下から覗くのは、どこか意思の強さを感じさせる切れ味の鋭い瞳。協会の制服のジャケットをシワ1つなく着こなし、背筋をピンと伸ばして歩く姿は、まるでランウェイを進むモデルのような圧倒的な気品に満ちていた。文句のつけようがない、息を呑むほどの美少女だ。試験後の解放感で脳の防壁がユルユルになっていた旭にとって、その破壊力は絶大だった。


(うわ……めちゃくちゃタイプだ……)


 完全に一目惚れだった。普段のひねくれた理屈っぽさはどこへやら、旭の心臓はドクンと激しく跳ね上がっていた。少女は手元の資料に鋭い視線を落としたまま、凛とした足取りで旭の座る長椅子の前を通り過ぎていく。他者を寄せ付けない圧倒的なオーラがありながらも、その完成された美貌から旭は目を離すことができなかった。


「旭、結果が分かったぞ。受け入れ可能だそうだ。その上、配属が決まったぞ。付いてこい」


 背後から近づいてきた高城の声に、旭はビクッと肩を揺らした。

 同時に、茶髪の少女もハッと顔を上げた。彼女の視線が高城を捉えた瞬間、それまでの張り詰めた表情が一転して、敬意を込めた緊張の面持ちに変わる。

 高城は少女を一瞥すると、いつもの厳しい表情を少しだけ緩めて声をかけた。


「千影か。……この調子で精進しろよ」

「っ、はい! 失礼します!」


 少女――千影零はピンと背筋を伸ばして綺麗にお辞儀をすると、流れるような美しい所作でそのまま歩み去っていった。その凛々しい後ろ姿を見送ったまま、旭は思わず尋ねた。


「あの、高城さん。今の人は……?」


「千影零だ。教官の俺が言うのもなんだが筆記・実技ともに他の生徒とは格もセンスも違う。すでにプロの現場への同行も許されている、うちの教習所のトップエリート、特待生クラスの筆頭候補だ。ちなみにだ。お前は時期外れの中途試験枠――学校で言うところの転校生のような扱いだから、籍としてはあいつと同期になる」

 

「特待生クラス……」

 

「この教習所は完全な実力主義だ。能力の精度や戦闘適性に応じて、上から特待生・選抜・一般と厳格にクラスが分けられる。あいつは最初から最上位に内定しているようなものだな」


 なるほど、と旭は腑に落ちた。

 あの息を呑むような気品と佇まいは、最初から選ばれた天才だからこそのものだったわけだ。


(千影零ちゃん、か……。また会えるといいんだけどな)


 淡い期待を胸に抱きながら、旭は高城の後を歩き続ける。

 案内されたのは、教習所の奥にある重厚な扉のついた一室だった。扉の前で高城が足を止める。


「ここがお前の教室だ」

「はい」


 (これは……特待生クラスとか、Sクラスとかそういうやつで確定だな。これは蒼汰にも、良い報告ができそうだ)


 旭は内心、勝利を確信していた。

 何しろ、どんな形であれ、あの巨大な試験機を宣言通り壊してみせたのだ。それに、さっき高城から聞いたクラス分けの話を聞けばなおさらだ。自分の能力は、地味ではあるが間違いなく規格外の代物。あの千影という美少女と同じ、最高クラスに配置されて当然の成果を出したはずだ。


(そういえば、蓮司さん達のクラスはどこなんだ? あの時千影ちゃんがいなかったってことは最高クラスじゃないのか。フッ……あいつらも別のクラスで頑張ってるんだろうな。助けてもらった事には感謝している。またどこかで会おう。……くくく)


 脳裏に、怪花の時の蓮司含める三人の顔が浮かぶ。少し気恥ずかしい妄想に耽りながら、旭はフッと口元を緩めた。完全に自分に酔っていた。

 高城が静かに扉を開ける。旭はエリートとしての第一歩を踏み出すべく、堂々とした態度で一歩を足を踏み入れた。

 しかし、室内に足を踏み入れた瞬間、旭の思考は完全にフリーズした。

 そこには、見覚えのありすぎる三人の姿があったのだ。


「あ、あれ……!? アンタ、怪花ん時の一般人!?」


 派手な金髪を揺らし、玲奈が椅子から立ち上がって驚愕する。その隣では黒髪の少女が不思議そうに目を丸くしており、さらにその後ろでは、眼鏡をかけた大人しそうな少年も驚いていた。

 なぜ彼女たちがここにいるのか。ここは特待生クラスではないのか。

 呆然とする旭の前に、教卓に寄りかかっていた一人の男が楽しげに笑いながら歩み寄ってきた。


「よお、無事で何よりだ、天城!」


 聞き覚えのある声に、独特の気怠いオーラ。相馬蓮司だった。

 蓮司は旭の肩をポンと叩くと、白い歯を見せて不敵に笑う。


「今日から俺がお前の担当だ。改めて歓迎するぜ、型にハマりきらなかった規格外の溜まり場――通称『問題児クラス』へな!」


 特待生として君臨するはずだった旭の妄想は、初日の自己紹介を前にして、音を立てて崩れ去ったのだった。

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