パトロール研修開始!!
パトロール研修当日――。
いつもなら教室の机に座っている時間。だが今日は、教習所の敷地内にある駐車場へと集まっていた。以前、山まで移動して実習を行った時と同じ集合場所だ。あの時は暗いうちからの早朝集合だったが、今回は時間にかなり余裕があった。
「おっは〜……」
あくびを噛み殺しながら、玲奈が駐車場にやって来た。相変わらずどこか眠たげでマイペースな雰囲気を漂わせている。
「おはよう、玲奈」
「あれ? りーくんとほののは?」
「まだ来てないんじゃないか? 朝比奈はともかく、理人がまだ来てないのは珍しいな」
「ね〜」
「あ、おはようございます!」
教習所の入口のほうから、聞き覚えのある声が響いた。理人だ。
「今日は珍しく遅かったな……って、なんだよそれ!?」
「あぁ……これですか?」
お世辞にも筋骨隆々とは言えない理人の華奢な背中に、無骨でがっちりとしたライフルらしき装備が鎮座していた。
「あ、安心してください! 本物の実弾じゃなくて、ゴム弾しか撃てない僕専用の特注銃ですから!」
「そ、そうか……。急に物騒なもん背負ってきたからびっくりしたぜ……」
「えっ、僕専用ってことは特注ってコト?」
「そうなんです! 相馬教官が僕の異能質に合わせて作ってくれて、昨日手渡してくれたんですよ! カッコいいですよね、これ!」
「かっけ〜!」
(……蓮司さんって、銃まで自作できちゃうのか。銃刀法とか、なんかヤバい法律に引っかかったりしないのかな……?)
ふと旭の頭にそんな素朴な疑問が浮かぶ。だが、浮かんだだけで深く掘り下げることはしなかった。そもそも今の旭は、小難しい法律や理屈を考えようとするだけで頭が痛くなるほどの拒絶反応を起こすのだ。今の自分の思考領域は、せいぜいゲーム脳とアニメ脳。自分でも勝手に、左脳にはゲームの知識、右脳にはアニメの雑学がぎっしり詰まっているだけなんじゃないかと思っているくらいだった。
「そういえば、俺も蓮司さんに装備作ってもらったんだよ。今は隊服の下に隠れてて見えないけどな」
旭は自分の上腕あたりを指さし、ここに巻いてあるんだと誇らしげに示す。
「へぇ〜! いいなぁ、あーしも作ってもらいたいし〜……」
「蓮司さんに頼んでみたらどうだ?」
「ん〜、今度おねだりしてみるし〜」
「お〜し。全員揃ってんな」
駐車場に、蓮司と仄が同時に姿を現した。
仄の隊服の腰まわりには、真新しいポーチが複数個装着されている。おそらくあの中に、彼女の異能で使う植物の種が収納されているのだろう。それを見て、旭は(あれもやっぱり蓮司さんが作ったのかな)と心の中で推測する。
「じゃあパトロール研修に向かうぞ〜。全員、車に乗り込め」
蓮司の指示を受け、一同は前回の観測実習でもお世話になった蓮司の私用車へと移動する。
相変わらず圧倒的な存在感を放つ、大きな銀色メッキのワンボックスカーだった。
適当に座席に収まり、研修場所へと向かう。旭はまたあの酷い激しいドライビングをお見舞いされるのかと身構えていたが、今回は車通りの多い市街地を通るからか、比較的緩やかな運転だった。
「そういえば、今日はどこに向かって何をするんだ? 俺、パトロール研修は初めてだから何も聞いてないんだけど」
「あぁ、そうか。天城はパトロール研修が初めてだったな。普段からチームに馴染みすぎてて、すっかり忘れてたわ」
「嬉しいような、嬉しくないような……」
「簡単に言えば、実際に街に出て危険の芽を探す……って感じですかね」
助手席に座る理人が、後部座席の旭の方へと振り返って補足を入れてくれる。
「危険を探す……?」
「天城さ。そもそも『パトロールの意義』ってなんだと思う?」
運転席のバックミラー越しに、蓮司が問いかけてきた。
「……意義? なんか難しい言葉使わないでくれよ〜、蓮司さん」
「……じゃあ、目的」
「目的……か。……まぁ、怪しい奴がいないかを探すとか? あとは、何か困ってる人がいないかを探す……とか?」
「ん。まぁ、それ『も』大事だな」
「も……って」
旭は昔から、この手の質問が猛烈に苦手だった。
この手と言うか、大人からの質問全般が苦手なのだが、特にこういう抽象的な問いかけが一番参る。「パトロールの目的は?」なんて短すぎるのだ。もっと噛み砕いて聞いてほしい。
それに、こういう質問をした大人は、最初に提示した答えを一発で満点扱いしてくれないのが世の常だ。案の定、今の蓮司も「も」と言った。つまり、他に本来の答えがあるということだ。
「まぁまぁ、天城の答えはちゃんと当事者意識を持ってるからこその答えだ。そう拗ねるなって。そうだな……じゃあ『怪しい奴』ってのは、具体的にどういう場所に潜んでると思う?」
「どこに……って、そりゃ人気のない路地裏とか……夜の暗い場所とか?」
「そうそう。じゃあ『人気のないところ』って聞くと、お前の中でどんなイメージだ?」
「ん〜……みんながあまり近寄りにくい場所? やっぱ、街灯がなくて暗い場所とか、住宅街や大きな通りから離れてる隠れた場所とか……う〜ん」
「いいぞ天城、筋が良い。じゃあ今度は逆に考えてみよう。逆に『人気があるところ』ってのはどんな場所だ?」
「そりゃやっぱり、明かりがたくさんあって明るい場所だろ。それに、お店とかイベントとか、自然と人が集まりたくなるような『何か』がある場所」
「そりゃそうだわな。じゃあ、その『暗い場所』と『明るい場所』の差って、簡単に言っちまえば何の違いだ?」
「……電気、かな? ライトとかの明かりがあると、なんか無条件で安心できるし」
「いいじゃねぇか。そう、パトロールってのはな――もしここに敵が現れ『たら』どう対処するか。ここには何があ『れば』人々が安心して過ごせるか……っていう、今お前と俺でやった『タラレバ』の思考を、実際の現場に足を運んで限界まで突き詰めるのが一番の目的なんだよ」
「タラレバ娘ってことだし〜」
後部座席から、玲奈がひょいと首を傾げて適当なツッコミを挟んでくる。
「それは事態が終わった後であーだこーだ後悔ばかり言う奴らのことだろ? 今言ったのはその真逆だ。実際に事件が起きる前に、現場で『タラレバ』を何十回もシミュレーションしておくことが一番大事なんだよ」
「……なんか、久しぶりに相馬教官のまともな解説を聞いた気がします」
「おいこら理人、俺はいつもちゃんと授業教えてるだろうが」
「教科書を棒読みで読んでるだけじゃんし〜」
「ちゃんと途中で問題の解説も差し込んでるだろ!」
「へ、へぇ〜……。ま、とにかく何をやるかはカンペキに理解したぜ! で、今回は具体的にどこに行くんだ?」
漫才のようなやり取りを苦笑いで受け流しつつ、旭が本題へと話を戻す。
「今回は、かなり人通りの多い商業エリアだ。怪しい奴が堂々と潜んでいる可能性は低いだろうが、天城がさっき言った困っている人がでてきそうな所はどこかっていう観察眼を養うにはうってつけの場所だな」
「前回の観測実習は静かな住宅街だったしね〜」
「そこで天城さんに遭遇したんですよね」
「ま、まさか公園で記憶喪失の男が界裂生物に襲われてい『たら』……なんてタラレバ予想は、流石の俺でもつくわけがなかったがな」
「あはは……」
己の初登場シーンを蒸しかえされ、旭は乾いた引きつり笑いを浮かべるしかなかった。
その後も車内では五人の間で他愛のない雑談が繰り広げられていた。
「よーし。そうこうしてる間に着いたぞ」
大通りを一本曲がり、黒塗りの車体は『イグゼクター専用駐車場』と青と黄色の鮮やかな看板が掲げられたパーキングへと滑り込んだ。
教習所からは車で約40分ほどの道のりだった。実際の距離自体はそれほど離れていないのだが、やはり日中の交通量が多い市街地となると、それなりに時間がかかるようだった。
「よし。じゃあ俺は後ろから適当に見守っとくから、お前ら自身で色々と危険や課題を探してみろ」
「え〜っ!? 蓮司さんが横からヒントとか教えてくれないのかよー!」
「当たり前だろ? ゼロからイチを生み出してこそなんぼだ」
「前も、結局こんな感じだったし〜」
「生徒が自分たちの力でゼロから行動してくれる……。教官としてこれ以上嬉しいことはないぜ……っ!」
蓮司はうっとりと目を輝かせながら、パチパチと大袈裟にまばたきをして四人を見つめる。
「絶対、自分が楽したいだけだし〜」
「え?」
「そうですね……。前回も車のシート倒してあくびばっかりしてましたし……」
「え?」
「……いつも遅刻ギリギリ」
「え? 朝比奈まで……?」
初期からいる三人からの容赦ない愚痴の集中砲火が、蓮司の胸にドスドスと突き刺さる。
「あれ……? もしかして、お前らからの俺の評価って……めちゃくちゃ低い……?」
「「当たり前です」」
「はぁぁぁぁ……教官、傷つきました! 傷ついたから、今日はお前ら自身で課題を見つけるまで絶対帰しません!」
「「「えぇ〜〜〜〜ッ!!?」」」
理人たちが一斉に大ブーイングの声を上げる。
そんな賑やかな騒ぎを背中で聞き流しながら、仄ひとりだけはどこ吹く風で、辺りをキョロキョロと観察しながら大通りへと先に行ってしまうのだった。
「……ここ」
ふと、先を歩いていた仄が足を止める。
「ん?」
旭が振り返り、怪訝そうに声をかける。
「どうしたんだ、朝比奈」
「……この先、点字ブロックが途切れてる」
「おっ、本当だ。綺麗に剥げ落ちてるな。一応、あとで研修レポートのプリントにメモしとけ。後日、市か管理組合に連絡しとくか」
「朝比奈さん、よく気付きましたね」
「……うん、なんとなく」
「じゃあじゃあ、あーしも別の点字ブロックを見つけるし――」
「点字ブロックに関する指摘はもう終わりだ。さっきのやつでカウント締めな」
「むぅ……」
玲奈が不満げに両頬をぷぅと膨らませる。
「はは、まあまあ。気を取り直して、引き続き危険の芽ってのを探していくぞ」
そうして五人は、再び大通り沿いの歩道を歩き始める。
しばらく進んだところで、理人がぴくりと足を止めた。
「あの居酒屋の看板……もし強い風が吹いたら、根本から倒れそうじゃないですか?」
理人が指さした先には、歩道に面したビルに取り付けられた巨大な置き看板があった。
旭もつられてそちらを見てみると、固定されているはずの左上部分がわずかにグラグラと揺れている。他の頑丈そうな看板と比べても、明らかに支えが弱そうで危なっかしかった。
「確かにな。もしこの近くで異能犯とイグゼクターの戦闘が発生したら、衝撃波一発で吹き飛んで下に落ちてきそうだ。お手柄だぞ、理人」
「ま、まぁ……これくらい当然ですよ」
蓮司に褒められ、理人は少し照れくさそうにメガネの鼻当てを押し上げる。
その後も、旭は交差点の死角による車と歩行者の衝突危険ポイントを発見し、仄は車椅子や高齢者の視点からバリアフリーの脆弱な部分を次々と見出していった。理人は電線の被覆が裂けている部分を見つけるなど、主にインフラの劣化による危険を鋭く察知していた。
そうして研修が進む中――いまだに1つも危険を見つけられていないのは、玲奈ただ一人となってしまっていた。
(みんな、なんでそんなポンポン見つけられるわけ……っ!?)
「もーっ! ないよぉ〜〜〜ッ!!」
玲奈は両腕をぶんぶんと大きく振り回し、歩道の真ん中で盛大に駄々をこね始める。それに見かねた旭が苦笑いしながら宥めに入った。
「そんなことないって。目を凝らして意外と探してみれば、あちこちにあるもんだよ」
「ないもん! あさひっちたちが目ざとすぎて、あーしが口を開く前にすぐ見つけちゃうんだもん!」
「……まぁ確かに、お前らが想定以上にポンポン危険の芽を見つけるのは俺も同感だけどな。だいぶ歩いたし、一旦車に戻って別のエリアに移動してみるか」
「そうですね。気づけば結構な距離を歩いてましたし……」
「よし、次の場所では玲奈が最初に何か見つけるまで、俺たちは答え出さないでおいてやるからな?」
「フンッ! 当たり前だし! 絶対に自力で見つけてドヤ顔してやるし!」
そうして、五人は今来た道を折り返し、教習所の車を止めている駐車場まで戻ってきた。
旭はこの世界に来てからというもの、こうして街中の情景をじっくり観察しながら歩く機会などほとんどなかった。だが、今回の特訓を通して、自分の視野が以前よりも格段に広く深くなったような確かなしかし曖昧な手応えを感じていた。
イグゼクターとしての自覚が、少しずつ芽生え始めているのかもしれない。一同は再びワンボックスカーへと乗り込み、次のパトロール研修エリアへと向けて車を走らせるのだった。
「よーし。今度はここら辺だな。ここは駐車場がないから、路肩にハザード焚いて停めておくぞ」
少し車を走らせ、先ほどの大通りに比べると幾分車通りの少ない通りへとやって来た。しかし、車の通行量が少ない分、歩道の『人通り』は圧倒的に多くなっている。買い物を楽しむ人々が頻繁に出入りする路面店や賑やかな商店が立ち並んでいるからだと、旭は周囲を見渡して納得した。さっきの大通り沿いに整然と並んでいたオフィスビル群とは、街の表情がまるで違っている。
「よし。今回はお前らだけで行ってこい。俺はここで車に待機しておかないと路駐で切られるからな」
「サボり防止の口実じゃないよね!? ちゃんと見張っててね、センセー!」
「はは、分かってるよ。車に戻ったら成果をいっぱい聞かせてくれ」
「ふふん、あーしがドヤ顔でいっぱい見つけてやるし!」
こうして、蓮司を除いた生徒四人だけで、今回のエリアのパトロール研修を始めることになった。
「どうだ玲奈? なんか気になる危険の芽はあったか?」
「むむむむ……」
「ほら玲奈さん、あの路地裏の角とか何かありそうじゃないですか?」
「むむむむむ……っ!」
「……玲奈、探しすぎて目つきがめちゃくちゃ怖くなってるぞ……」
旭に指摘され、玲奈はハッと我に返って目元を緩めると、爆発させた。
「ないしぃぃぃ〜〜〜〜っ!!! どこにも何にも落ちてないし探せないよぉおっ!」
「はっはっは! 車の中にまでしっかり声が届いてるぞ」
締め切った車の窓越しに、蓮司の爆笑する声が聞こえてくる。
「そんな大声で恥ずかしがらせないでくださいよ……」
「だってないもんはないんだもん! この街はへーわそのものだし!」
「今は平和だけど、もし何か危険が起きた『たら』どうするかを考えるのが、今回の研修だろ?」
「起きないし! 通り過ぎるみんなニコニコ笑顔で幸せそうだもん!」
「いや、そういう顔色の問題じゃなくてさ……」
「じゃあ……! じゃあじゃあ……っ!!」
「「じゃあ?」」
旭と理人の声が重なる。玲奈はビシッと大通りの一角を指さした。
「あそこの銀行から、突然ドカンと銀行強盗が飛び出してきた『たら』! すぐさまイグゼクターを配備しておかないと大変だし!」
「なんじゃそりゃ!!」
「そもそも銀行の店内には警備員さんが最初から常駐してるに決まってるじゃないですか……」
「流石にそれは思考がぶっ飛びすぎだろ……」
玲奈が怒り、理人が宥め、旭が諭し、玲奈が反論し、また旭が怒る――という、出口のない無限ループの不毛な討論が繰り広げられていた。
その傍らで、仄だけが呆れたような眼差しで溜息をつきつつ、周囲の街並みに視線を走らせていた。
そして――仄の感覚が、微かな不穏な空気を敏感に捉える。
「……」
「だって、起きるかもしれないじゃんし! じゃあ、あさひっちたちは絶対に起きないって言い切れるわけ!?」
「起きないとは一言も言ってねぇだろ! そんな特撮映画みたいな可能性は限りなく低いから、もっと日常的に起こりそうな危険の芽を探そうぜって話をしてんだよ!」
「わぁ〜〜〜っ! あさひっちに論理的に言い負かされるぅ〜〜っ! 嫌だぁぁ〜〜っ! 認めないし〜〜っ!」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
「二人とも! 人通りも多いんですから落ち着いてくださいよ!」
「大体な、絶対にあの銀行から強盗なんて出てくるわけが――」
――バコォォォォォン!!!!
言葉を遮るように、衝撃音とともに激しいガラスと壁の砕ける音が街中に轟いた。
『キャーッ!?』
『うわあああッ! 強盗だ! 銀行強盗だぞーっ!』
『誰か! 誰かイグゼクターを呼んでくれぇぇっ!』
「「「「……」」」」
けたたましい悲鳴と静寂が、歩道の空間を支配する。
あまりのタイミングに、言葉を失って口を半開きにしたまま唖然とする四人。
――ブゥゥゥン……キーーーッ!
その直後、けたたましいタイヤのスキール音とともに、四人の目の前にあの大きな銀色メッキのワンボックスカーが滑り込んできた。
「おいお前ら、早く乗れっ! 銀行強盗が出た! すぐ追うぞ!!」




