追跡!
「早く乗れっ! 追うぞ!」
さっきまで教え子をからかって大笑いしていた蓮司が、今はうってかわって鋭く真剣な眼差しをしていた。
その緊迫した空気を感じ取り、一番最初に後部座席へと飛び込んだのは旭だった。数々の危険な事件に巻き込まれてきた実戦経験が、パニックを起こしかけていた脳を瞬時に冷静へと引き戻してくれたのだ。
それに続くように、仄、理人、そして半泣きになりながらも玲奈が次々と車内へと滑り込む。
最後の玲奈が飛び込んだ瞬間、ガチャンと重い音を立ててドアが閉まり、ワンボックスカーは猛烈な勢いで急発進した。
「ちょっ、センセーーッ!! ここ、こんなとこでそんなスピード出していいの!?」
車体の急な加速と慣性に逆らうように、玲奈が天井の取っ手を両手で必死に握りしめながら絶叫する。
「非常時だ、イグゼクターの特権行使だぁッ!」
「都合よすぎません……!?」
「そんなことより、前方だ! 強盗犯はどこだ!?」
「ええと……! ええと」
助手席の理人が前方を探す。
「……あれ」
仄が指し示したその先を見てみると、そこには現代の舗装道路ではあり得ないほど珍妙で、かつ物騒な乗り物が走っていた。
――白く塗装された大型バイクの、その『両サイド』に、茶色いサイドカーがガッチリと連結されている。しかも左右の両方にだ。
「……あの形状で、この狭い市街地の交差点とか曲がれんのかよ?」
「構造上、絶対に無理だろ……。だが、周囲の車をバリバリ弾き飛ばしながら走ってる迷惑この上ない野郎どもってことだけは確かだな……!」
蓮司は獲物を逃さんとする眼光を宿し、荒々しいアクセルワークで車を急加速させる。そして右手で車載マイクを引っ張り出すと、スピーカーのスイッチを叩き込んで目の前の珍妙なバイクへと宣告を発した。
『おーい! そこの変なバイクに乗ってる三人組ー! おとなしく車路を譲って路肩に止まれ〜!』
「なぁ、なぁ兄ちゃん! なんか後ろからデカい声聞こえる! どうする!? どうするん!?」
連結バイクの右側に収まった、気弱そうな男が青ざめた顔で中央の男へと叫び立てる。
「ボケ! んなもん見れば分かるわ、聞こえてるわ! ……で、兄さん! どうすんの!?」
すかさず左側に座る勝ち気な男が右の弟を一喝し、同じく中央の男へと判断を仰いだ。
「……焦るなや。こんなもん、いつも通り路地裏に追い込んで撒けばええ話や。三人で一人、我らが『サンドイッチ兄弟』にかかれば敵なんておらんわ!」
真ん中でハンドルを握る長男が静かに低音で呟き、左右の弟たちへと不敵な発破をかける。その首元には――『31』の数字が深く刻まれた、見覚えのある金属プレートの罪標が鈍く輝いていた。
「「おうッ!!」」
そういうと左の席の男——ハムレイが後ろを向き、挑発をする。
「そんなんで止まるかぁ〜ボケぃ!!悔しかったら捕まえてみぃ!」
「……なんか左のやつ喋ってる?」
「なんて言ってるんでしょう……?」
「ね、ねぇ、ハムレイ……。あの人たち車の中だから、聞こえてないんじゃない?」
右の席の男——エグミルが恐る恐る聞く。
「んなもん。オレの大声が聞こえないわけないわ!今頃耳塞いでハンドル操作効かんくなってるわ!」
『おーい!何言ってるが聞こえんが……対話なら俺らも望むぞ〜』
「…………」
「ハムレイ……」
「兄さん!オレ、あったまきたで!撒くだけじゃ飽きたらん!オレらの恐ろしさ見せつけたろ!木っ端微塵やで!」
「……いいぜェ!なら、俺の異能質で追って来れんようにしたるか……」
不敵な笑みをこぼす真ん中の席の男——ベッカリオがバーハンドルを強く握りしめる。
「んなら、ハムレイ! エグミル! いつも通りバラバラに弾けるで!」
その言葉に、左右の二人が力強く頷く。そして、ベッカリオのバイクとサイドカーを繋いでいた特殊な連結ピンを一気に引き抜いた。
「なっ!?」
車を走らせていた蓮司が驚愕に目を見開く。
なんと、さっきまで無骨に連結されていた三人組のバイクと左右のサイドカーが完全に分離し、道路いっぱいに散らばって猛烈な蛇行運転を始めたのだ。
当然、周囲を走っていた一般車両はパニックを起こし、追突事故を避けようと相次いで急ブレーキをかけて停車していく。まだ交通量の少ない路地エリアだったのが不幸中の幸いだと、蓮司は冷や汗を流した。
「左に曲がるで!」
ハムレイの叫びとともに、三台は左の交差点へと一斉に車体を傾ける。ベッカリオのバイクは歩道スレスレの膨らんだ軌道を描き、通り過ぎざまに歩道の柵へとその手を力強く触れさせた。
(なんで……あいつ、すれ違いざまに柵なんかに触ったんだ……?)
後部座席の旭は、ベッカリオの一瞬の不自然な動作を見逃さなかった。
「曲がるぞ! 振られるからしっかり掴まってろ!」
蓮司もステアリングを急速に切り、巨大なワンボックスカーを滑らせるように左へ折れる。
その直後、今度は道路の中央へと躍り出たエグミルのサイドカーが、ベッカリオの手をガシッと掴んだ。そのまま車体を旋回させて遠心力をかけ、ベッカリオのバイクを反対車線側へと豪快に放り投げる!
「お兄ちゃん、頼むよ!」
「へいきたッ!」
ダイナミックに吹き飛んだベッカリオは、そのまま反対側の歩道に設置された柵にもすれ違いざまに手を触れさせた。
「準備万端や! 戻れッ!」
「「おうッ!!」」
「蓮司さん! なんかマズイ気がする! あいつら、何か仕掛けてくるぞ!」
「朝比奈! もしもの時に備えて準備しておけ!」
「……ん」
仄が腰のポーチから植物の種を素早く取り出し、指先に挟み込む。
「食らい噂を聞いて震えあがりな! 兄さんの異能質――ッ!!」
「……『ザ・チーペェスト・サンド』」
ベッカリオが静かにその名を唱えた瞬間――彼が触れた左右の金属柵同士が、まるで巨大な磁石のように猛烈な勢いで引き合い、道路を塞ぐようにして伸び始めた。
「くっ! 車体寝そべらせるぞ!!」
「何ですか!その不安しかない動詞ぃぃぃッ!?」
理人の悲鳴を意に介さず、蓮司は左に曲がり切った状態のまま、さらに強引に左へとステアリングを絞り切った。
――ガツンッ! と凄まじい衝撃とともにワンボックスカーの右側タイヤが完全に宙へと浮き上がる。片輪どころか車体を地面と水平になるレベルまで極限に傾けるという、正気の沙汰とは思えないドライブテクニックだ。車内の面々は一瞬無重力に放り出され、空中で体を浮かせた。
「うっ……わわっ! 車が真横になってるぅぅ!?」
「朝比奈!」
「……わかってる。旭、下のドア開けて……!」
「お、おうっ! 任せろ!」
仄に促され、旭は刻一刻と地面が迫ってくる側のスライドドアを全力で引き開ける。
猛烈な風圧とアスファルトの擦れる冷たい風が車内に吹き込んでくるが、仄は眉1つ動かさず、掌に包み込んでいた種を地面へ向けて鋭く投げつけた。
「――メタセコイア」
車体が地面へと叩きつけられるまさにその直前。
アスファルトの隙間に突き刺さった種が途方もない勢いで発芽・急成長を遂げ、太い幹の先端が蓮司のワンボックスカーを側面から力強く押し上げた。
巨大な木の弾力で放り出された車体は、道路を完全に遮断していた金属柵の罠をひょいと綺麗に飛び越え、再度4つのタイヤをアスファルトへと着地させる。
役目を終えたメタセコイアは、そのまま斜めに突き出た大木として道路の中央に堂々と鎮座していた。
「す、すっげぇ……ッ!!」
あまりに鮮やかな連携に思わず言葉を失う旭。だが、感心している暇など一瞬たりともなかった。
着地した瞬間、キィィィィッ! と悲鳴のような摩擦音を響かせ、蓮司の車は再び凶悪な加速でベッカリオたちの背中を追い始めていた。
「お、お兄ちゃん! あのデカい車、普通に柵を飛び越えて追ってきてるで!?」
「なにッ!?」
「な、なんやアイツら! 化け物か!?」
いつもなら、あのベッカリオの異能質で確実に足を止めさせ、そのまま悠々と逃げ切ることができていたのだ。
「フン……なかなかやりよるやないか……」
「兄さん、どうする!?」
「んなもん、何回でも同じように足止めしたればええ――」
「で、でも! この先の道、登ったら……高速道路に入っちゃうよ!?」
エグミルが青ざめた顔で前方の上り坂を指さす。
「それを先に言わんかい、ボケがッ!」
「だって、ハムレイが『左に曲がるで』って言ったから……っ!」
「あぁん!? 人のせいにすんなや!」
「……チッ、揉めてる暇はねぇ! こうなったら一旦バイクとサイドカーに分かれて、あとで合流や!」
「「おうッ!!」」
「なら……『アレ』で行くんだね、お兄ちゃん!」
「『アレ』で一気に引き離したる!」
「蓮司さん! この坂を登ったら高速道路に入っちゃいます!」
「そのまま追いかけるに決まってんだろ! 逃がすかよ!」
「ん……? あの左のやつ、何か手に持ってないか……?」
「……天城、危ねぇからシートベルトくらいちゃんとしておけって……」
いつの間にか助手席と運転席の間に身を乗り出し、食い入るようにサンドイッチ兄弟の動向を観察していた旭。蓮司の注意もどこ吹く風で、敵の微小な動作へ神経を研ぎ澄ませる。
――ヒュンッ!
突如、ハムレイが走行中の路面へ向けて何かを勢いよく投げ捨てた。
路面に叩きつけられた小さな缶から、猛烈な量の白煙がモワモワと爆発的に吹き出し、瞬く間に蓮司たちの視界を真っ白に奪い去る!
「くっ……! 煙幕か! 一旦スピード落とすぞ!」
衝突を避けるため、蓮司はブレーキを踏み込んで速度を落とす。
視界を奪う煙の帯をどうにか通り抜けると――驚いたことに、煙のすぐ先には変わらずサンドイッチ兄弟の姿があった。
煙幕を使ったというのに奇襲をかけてくるわけでもなく、全力でスピードを上げて距離を引き離すわけでもない。
(……なんでだ? 煙幕で視界を奪っておいて、なんでそのままの速度で前に居続けてるんだ……?)
旭の胸の中に、言いようのない不気味さと強烈な違和感が芽生える。
だが、その疑問を口に出して蓮司たちに伝えることはしなかった。一瞬の判断が命取りになる緊迫した追撃戦の真っ只中だ。不確かな推測で余計な混乱を招きたくはなかったのだ。
そして――ワンボックスカーが高速道路へと続く急な上り坂が見えた、まさにその瞬間。
カチャン! と甲高い金属音が響き、またしても左右のサイドカーが本体のバイクから切り離された。
真ん中のバイクだけが猛烈な爆音を上げて坂道を駆け登っていく。そして切り離された左右のサイドカーは坂を登らず、手前の右の側道へとにサイドカーだけが別れて走り去っていったのだった。
「あ! サイドカーが外れた!」
「チッ! また手分けして散らばりやがったか……!」
「蓮司さん!」
「なんだぁ!?」
「多分、異能質を持ってるのはあの真ん中のバイクに乗ってるやつだけだ! じゃなきゃ、あんな派手にバラバラになるわけがねぇ! だからサイドカーの二人は俺たちが降りて追う。蓮司さんはあのバイクを追ってくれ! 蓮司さん、めちゃくちゃ強いんだろ!?」
「天城……」
(……へっ、言った通りに頼ってくれるじゃねーか……)
「了解だ! ならお前らは車を降りてサイドカーの二人を抑えろ! 車両自体に動力が付いてねぇなら、慣性が切れればすぐ止まるはずだ。俺はあの本体のバイクを追いかける!」
蓮司はそう言うなり、路肩へと強引に車を滑り込ませて停車させた。
「わかりました!」
理人が元気よくハツラツとした声で応じる。しかし――
「あ、あーしは……無理……。き、気持ち悪い……」
「玲奈!? 大丈夫か!?」
「……蓮司センセーの悪魔運転のせいで……完全に車酔いした……し……」
「マジかよ……っ!」
「なら、降りるのは三人だ。玲奈は後部座席で横にさせておく。安心しろ玲奈、この先は一本道だ! もう変な運転はしねぇよ!」
「わかった! じゃあ理人、朝比奈! 行くぞ!」
「はいッ!」
「……うん」
「ちょ……待って、あーしも降ろし――」
バタンッ!!
玲奈の悲痛な訴えを遮るように、勢いよくスライドドアが叩きつけられるように閉められた。そしてそのまま、ワンボックスカーは爆音を上げて坂道を駆け登っていく。
(玲奈さん……南無阿弥陀仏……)
蓮司と旭の容赦なさすぎる連携によって確定してしまった玲奈の惨状を察し、理人は心の中でそっと手を合わせるのだった。
「よし! 俺たちも走るぞ!」
「……そうですね……がんばりましょう……」
旭の威勢の良い掛け声に、理人が遠い目をしながら応じた。
◇
――ウゥゥゥン!
爆音を響かせ、バイクが高速道路のETC専用入口へと猛スピードで突っ込む。
『ポーンッ。ETCカードを認識できません――』
バキィィィン!!
機械の警告音を遮るように、路面を遮断していたプラスチック製のバーを強引にへし折り、バイクはそのまま本線へと躍り出た。
――ウゥゥゥン……キィィッ!
数秒遅れて、蓮司のワンボックスカーが同じ料金所へと滑り込む。
『ポーンッ。カードを認識しました。通過してください』
「くっそ……! なんで追跡中の俺が自腹で高速料金取られなきゃならねぇんだ……ッ! 玲奈、大丈夫か!?」
「う……うぅ……」
後部座席では、車酔いの揺れを少しでも抑えるため、降りる直前に仄が親切にもシートベルトを何重にもガチガチに固定してくれた玲奈が、芋虫のように転がっていた。
「さっきよりは……ちょっとだけマシになった……し……」
「そうか。じゃあ一気に決着をつけるぞ!」
(――ここなら周りに被害を出す心配もない。遠慮なく使わせてもらうぜ……)
――ブゥゥゥンッ!
アクセルを踏み込むと同時に、重厚な車体が一気に暴力的な加速を見せる。
幸いにも時間帯のせいか、本線を走る一般車両の姿はほとんど見当たらない。つくづく交通量の少なさに感謝しながら、蓮司はすぐ前方に標的のバイクを視界に捉えた。
蓮司の瞳に鋭い光が宿り、その全身から濃密な異能質が噴き出す。
「――『ローレンツ・フィールド』!」
叫びとともに、銀色メッキの車体全体が眩い閃光に包まれた。車体から放たれた目視できるほどの電磁束ラインが、逃走するバイクに向かって一直線に伸びていく。
「少し荒治療だが……こっちには重度の車酔い患者がいるんでね。早急に終わらせてもらうぜ……」
蓮司はダッシュボードの引き出しから、大人の掌をすっぽり覆うほどの分厚い金属板を取り出すと、運転席の窓を少し下げて外へと無造作に放り投げた。
「……よっと」
放り出された重厚な金属板は、重力に逆らうように路上へ落ちることなく、まるで誘導弾のように滑空して一直線にバイク目掛けて飛んでいく――。
――ガチンッ!
金属板はバイクの後部フレームに完璧に吸着した。バックミラーで異変に気づいたベッカリオが片手で強引に引き剥がそうとするが、まるで溶接されたかのようにピクリとも動かない。
『無駄だ。俺の光が届いている範囲の磁場は、完全に俺のコントロール下にある。どんだけ腕力で引っ張ろうが外れねぇよ』
車載スピーカーから、蓮司の余裕たっぷりな降伏勧告が響く。
バイクの主はそれを無視して猛烈にスロットルを捻り、振り切ろうと加速を試みる。しかし、エンジンの爆音とは裏腹に、バイクのスピードは上がるどころか――むしろ自ら後ろの車へと引き寄せられていくような強烈な制動がかかり始めた。
『言ったろ? この磁界の中では、俺の思うとおりなんだよ。だから磁力だって操作できる』
――ガチィンッ!!
強烈な引力によって、バイクの後輪が蓮司のワンボックスカーのフロントバンパーへピッタリと吸着し、強制的に走行能力を奪われた。
『はい、確保〜』
蓮司はそのままステアリングを滑らせ、路肩の非常駐車帯へと車とバイクを吸着させたまま安全に滑り込ませた。
さすがのバイクに乗っていた運転手も万策尽きたのか、観念したようにハンドルから手を離す。磁力を解除した蓮司は、溜息をつきながら運転席のドアを開けて降り立った。
「……ったく。ただでさえ面倒なのに、わざわざ高速道路にまで逃げ込むんじゃねぇよ」
「……くっ!! ……お兄ちゃ〜〜〜〜んっ!!」
「あ? お前……右側のサイドカーに乗ってたやつ……!?」
ヘルメットを脱いだ男の顔を見て、蓮司は驚愕に目を見開いた。
バイクに乗っていたのは長男のベッカリオではなく、右側のサイドカーに縮こまっていたはずの弟――エグミルだったのだ。
「えいッ!!」
――プスッ! ガシィィィンッ!
「あ! おいッ!?」
すかさずエグミルは懐から取り出したサバイバルナイフを、蓮司のワンボックスカーの左前輪へ向けて全力で突き立てた。高圧の空気が激しい破裂音とともに吹き出し、前輪が勢いよくペシャンコに潰れ落ちる。
「てめぇ……ッ!」
蓮司は即座にエグミルの腕を掴んでナイフを取り上げると、そのまま高架下の路上へと投げ捨てた。そして抵抗するエグミルの腕をひねり上げ、容赦なく硬いコンクリートの地面へと叩きつけて組み伏せる。
「あははっ……! これで、もうお兄ちゃんたちの方には追いかけられないよね!」
「お前……最初からこれが狙いだったのか……!?」
「そうだよ、僕は囮さ! 追っていった隊服の人たちには悪いけど……下で待ってるお兄ちゃんの異能質で、木っ端微塵に潰れてもらうよ!」




