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至高のパーティー お開き

 地下バーの全体が、息を呑むような静寂に包まれる。


(な、何言ってんだコイツ……っ!? ふざけてんのか……!?)


 これまで脳の奥底に無理やり押し込められていた危機感が、頑丈なダンボールを内側から突き破るように溢れ出し、過敏なまでに裕也の身体を内側からズシズシと痛烈に刺し貫いてくる。

 隣に立つこの男は、本気で正気なのか――。

 いや、そもそもこの狂気の宴に正気な人間なんて最初から一人もいるはずがないのだと、裕也は遅まきながら痛感していた。


「申し訳ございません。先ほどの方がゴウガン様に対してご質問をされていたものですから……私(わたくし)もよろしいのかと……」


(いや、先ほどの奴の質問に対して返答すら来てねぇだろっ!!)


 裕也の脳内で、ツッコミの域を超えた猛烈な憤りと恐怖が爆発した。

 別にムーシュの命を案じているわけではない。完全に自己保身の感情だ。ゴウガンのあの恐ろしい地裂の異能が、もしムーシュを巻き添えにしてこちらまで飛んできたらどうするつもりだ。

 自分にそれを避ける身体能力や強運なんて、微塵も持ち合わせているはずがないのだから。


「――なぜ、そんなことを聞く」


 地鳴りのような重低音で、ゴウガンが口を開いた。


「先ほど、ファーの隙間からチラリと見えてしまいまして……」


「……かつての『仲間』に、やられた」


「……っ!?」


 ゴウガンの返答を聞いた瞬間、ステージ端に立つバーテンダーの青年の目が、あからさまに大きく見開かれた。

 ゴウガンという男が、このような立ち入った質問に対して素直に答えを返したことが、余程の想定外だったのだろう。


「それで……どうする? 今、ここで殺るか?」


「いえいえ! とんでもございません!」


 ゴウガンの放った冷酷な一言に、ムーシュはすばしっこくステージの眼前にまで走り出ると、両手を前でぶんぶんと振って全力で否定してみせた。

 そのムーシュの素早い移動のおかげで、裕也は「ひとまず巻き添えを食らわずに済んだ」という絶大な安心感を全身に染み渡らせ、密かに深く息を吐き出した。


「ただ、純粋に気になってしまっただけでして……。本当でございますよ?」


「ならば、この話は終わりだ」


 ゴウガンは一切の情を挟まずテンポよく会話を切り上げると、司会役の青年へと短く目配せを送った。


「……コホン。それでは、他にご質問のある方は? できれば『黒遊戯』に関することでお願いいたします」


 先ほどの惨劇とムーシュの不気味な振る舞いを見せつけられた後では、流石の異能犯たちもこれ以上手を挙げる者などいなかった。


「では、本日のパーティーはこれにてお開きとさせていただきます。皆様、どうぞご自由にご解散くださいませ」


 青年のその一言は、まるで学校の授業が終わったかのようにパタリと場に線を引いてみせた。

 張り詰めていた重苦しい静寂が打ち破られ、会場には一気にざわめきと熱気が戻ってくる。だが――誰一人として、我先にと外へ出ようとする者はいなかった。

 ムーシュが何事もなかったかのように、元の壁際にいる裕也の元へと戻ってくる。


「ちょっ……! ムーシュさん! 冗談抜きで心臓に悪い真似はやめてください! こっちまで命を落とすかと思いましたよ……っ!?」


「これは失礼いたしました……。私、どうしても気になったことはすぐに行動に移さないと気が済まない性分でして。ですが……良い刺激にはなったでしょう? 裕也さんは何より刺激を求めていらっしゃる、そんなお顔をされていましたから。最初に気さくに声をかけてくださった、ほんのささやかな御礼ですよ」


「そりゃ刺激は欲しいですけど、俺はあくまで見る専で十分なんですって……!」


 ムーシュの予測不能すぎる行動に、裕也は思わず素の語気を全開にして言い返してしまった。


(ホントになんで俺は、こんなヤバいヤツに自分から話しかけちまったんだ……っ!)


 もう金輪際、この男と関わるのはやめよう。

 そして――こんなイカれた奴らの集まる黒遊戯への参加も、絶対に辞退しておこう。裕也は心の中で強く固くそう決意した。


「ところで……その黒遊戯なのですが……いかがでしょう? 私と共に、行動を組みませんか?」


「はぁ!?」


(たった一瞬前にやめようって決意したことを、両方とも正面からぶち壊しに来やがった……ッ!!)


「私たち、なんだかとても気が合うとは思いませんか? 私は……どういうわけか、人に話しかけられるということが滅多にございませんで」


「そりゃあ……まぁ……(納得しかない)」


「ですが裕也さんは、こうして気さくに声をかけてくださった! 先ほど司会の方も『グループを結成するのは自由』と仰っていましたし、ぜひご一緒にいかがでしょうか?」


「はぁ……」


 完全にムーシュのマイペースに飲み込まれ、言いたいことの半分も喉から絞り出せない。

「このまま辞退する」とハッキリ告げるだけだ。たったそれだけのことなのに――。


「わ、わかりました……」


(おいおいおいおい! 何言ってんだ俺ぇええええっ!? なんでコイツの提案に普通に納得して賛成しちゃってんだよっ!!)


「良かったです。ではこれからよろしくお願いいたしますね。見事第1位になれるよう、共に精進いたしましょう」


「あ、いえ! あの……っ!」


「ん? 何か気になることでも?」


 ムーシュが朗らかな笑みを浮かべ、首を小首をかしげるようにして尋ねてくる。だが――その目元を覆うカラーサングラスの奥が、一切透けて見えない。彼が今どんな瞳で自分を見つめているのかが、サッパリ分からなかった。

 人は目だけは嘘をつくことができないと、裕也は昔何かの本で読んだことがある。そして、目元を見るだけで人間の感情はあらかた読み取れるのだとも。しかし、ムーシュの目は完全に遮断されている。レンズが異常に曇っているのではないかと疑うほどだ。目元が見えないというだけで、これほどまでに人間は不気味さを増すものなのか。

 そんな奇妙な雑念が頭をよぎるが、今はそんな現実逃避をしている場合ではない。目の前の危機をどうにか処理しなければならないというのに――。


 殺気も、情愛も、何1つ感じ取れないサングラスの奥の不可解な視線に圧圧され、裕也の唇は次第に乾き、言葉を失っていった。


「……いえ……なんでも、ないです……」


「そうですか。何か不安なことがあればいつでも仰ってくださいね。私たちはもう『チーム』なのですから」


(何がチームだ……死への片道切符だろこんなの……)


「それでは、最初にお互いの『罪標』のナンバーを確認しておきましょうか。協力する上で大切になりますからね。ええと、私のは……」


 ――ドンッ!


「っと……!」


 ムーシュが胸ポケットから罪標を取り出そうとしたその瞬間。

 横を通りかかった屈強な坊主頭の男――オーバーオールを雑に着こなした巨漢の肩が、激しくムーシュの身体と衝突した。

 その衝撃で、ムーシュの指先から離れた罪標が、硬い音を立てて岩盤の床へと転がり落ちる。


「おっと! 悪ぃな、ヒョロヒョロのあんちゃん! この罪標はアンタのかい? ほらよ」


 坊主頭の男はすぐさましゃがみ込むと、拾い上げた罪標をガサツにムーシュへと手渡した。


「……いいえ。拾っていただき、ありがとうございます」


「へっ、気にするな! 悪ぃな!」


 そのまま坊主頭の男は擦れ違いざまに去っていき、奥のテーブルにいた別のならず者と親し気に談笑を始めた。

 この手の殺伐とした場にしては、意外にもあっさりと衝突が回避されたことに裕也は小さく驚いた。ムーシュの余計な摩擦を生み出さない、あの慇懃でしなやかな物腰と対応の賜物なのだろうか――などと裕也は呑気に分析していた。


「おやおや……困りましたね。罪標の数字を見られてしまいました」


「え?」


「これからはお互い、名前などよりも罪標のナンバーでプレイヤーの存在を識別することになるでしょう……。そうなれば当然、己の数字を他人に晒したくないと考える者が大多数のはず。……初手からいきなりのハンデを背負ってしまいましたね」


「な、なるほど……」


「ちなみに裕也さん。ご自身の胸ポケットから豪快にはみ出している『53番』の罪標は、いつまで周囲にお披露目しておくおつもりですか? 恐らくですが、この会場にいるほぼ全員の頭にバッチリ刻み込まれたかと思いますが……」


「……あ!!」


 裕也は慌てて自分の胸元に手をやり、ポケットから雑に覗いていた金属プレートを手で覆い隠した。だが、ムーシュの言う通り時既に遅しだ。視線を上げれば、周囲の無法者たちの目が心なしか裕也の胸元に向けられていたような気さえしてくる。


「……ちなみに、私の罪標は『26番』です」


 そう言いながら、ムーシュは手元で罪標をくるりと軽快に裏返し、裕也にだけ見えるようにその刻印を掲げてみせた。


 ――◇――


 時を同じくして、同じ会場内。

 丸テーブルの端でポツンと一人腰掛けていたのは、青色の――いかにも執刀医が着用するような医療用マスクを顔に深くつけた男だった。


 裏で死臭の消臭屋の異名を取る異能犯――スメイル。

 彼に与えられた罪標ナンバーは『14番』。

 当然、自分からその数字を誰かに明かすつもりもなければ、周囲の無法者どもと馴れあう気などサラサラない。彼の目的はただ一つ、生の終わりを告げる死者の匂いを嗅ぐこと。その延長線上で大金が舞い込むなら儲けもの、程度の認識でしかなかった。ゆえに黒遊戯が開幕されようと、彼が自身の行動方針を変えることなどない。


 そんなスメイルは今――ある猛烈な欲求を必死に我慢していた。


(……目の前の『あれ』を……嗅ぎたい……ッ!!)


 先ほどゴウガンの地裂によって頭部を惨殺された、あの無様な男の死体。

 男が殺された直後から、スメイルの頭の中はその欲望だけで支配されていた。


 本来、死臭というものは息絶えてから2、3日が経過して初めて立ち上るものだ。

 だが、スメイルの鼻は異常なまでに敏感――というより、人の死期や腐敗の兆候に対して極限まで鋭敏に反応する。

 彼に言わせれば、殺されたまさに今こそが最高の瞬間なのだ。


 破壊された臓器と壊死していく肉体組織。その腐敗の遷移(せんい)ごとに生み出される匂いのバリエーションは、幾千通りにも及ぶ。その激臭のグラデーションを、一滴残らず脳に刻み込みたい。バリエーションは多ければ多いほど良いのだ。

 今この瞬間も、刻一刻と新鮮な腐敗の初期香が空気に溶けて消えていってしまう。


(……くっ、もう……我慢できない……ッ!)


 スメイルは欲望に突き動かされるまま、ふらりと男の遺体へと近づいていく。

 そして――ゆっくりと青いマスクの紐を指で外し、剥き出しになった鼻先を、打ち捨てられた肉塊へと擦りつけるようにして息を深く吸い込んだ。


 ――スゥ〜〜〜……ッ。


 息は吐き出さない。吸い込んだ死臭を、鼻から口奥へと滑らせ、まるで上質なワインのように口腔内で咀嚼(そしゃく)する。

 そして、喉の奥の口蓋垂(こうすいがい)へと匂いの粒子をじっくりと染み込ませ、食道を通じて胃の中へと優雅に迎え入れていく。


「あ……あ……あぁぁ……ッ」


 周囲に悟られないよう、極めて小さな快楽の呻き声を漏らす。

 言うまでもなく――完璧な匂いだ。

 日付が変わるまで、この極上の死臭で胃の中を満たし巡らせておきたい。死臭というものは時間の経過とともに顕著な変化を魅せるため、決して飽きが来ない。スメイルにとって、これ以上に至福で楽しい時間はないのだ。


(ふふ、他の奴らには絶対嗅がせてやるものか……ッ!)


 一度、名残惜しそうに遺体から顔を離すと、大きく深呼吸をする。

 酒を嗜む際のチェイサーと同じで、死臭の味覚を損なわないよう、肺の中は適度に清涼に保たねばならない。これが彼にとっての贅沢な悩みの種でもあった。

 ふと、男の打ち捨てられた遺体を上から眺めやる。そこには、先ほどゴウガンの岩盤によって砕かれた飛びナイフの破片が、男のダラリと伸ばされた手に覆い被さっていた。


(ん……? こいつ……さっき……)


 ――ギッ!


 次の瞬間。頭の芯を突き刺すような、鋭利極まりない『殺気』がスメイルを貫いた。

 確たる根拠などない。だが、長年死線と死臭の狭間を生きてきたスメイルの本能が、強く警鐘を鳴らしていた。絶対に――誰かに見咎められ、殺意を向けられた。


 スメイルは冷や汗を流しながら素早く振り返り、その気味の悪い視線の正体を突き止めようと目を走らせた――。


(……アイツ……か…………)


 これほどの殺気を見せつけられた以上、スメイルが取るべき対処はたった1つ。


「……殺られる前に殺(や)って――その死臭を嗅ぐ」


 ――◇――


 会場内からは、一人、また一人とならず者たちが姿を消し始めていた。早くも徒党を組み、今後の作戦会議に向かったのだろう。

 裕也たちもそろそろ会場を後にすることにした。本音を言えば、もう少し他の異能犯たちの罪標ナンバーを把握しておきたかったのだが、手に入ったのは警戒心の薄い小物たちの数字ばかり。異名を持つような強豪たちのナンバーは、結局知ることができないままだった。

 裕也とムーシュは、最初に入ってきたあの怪しい赤色のロビーを抜け、長い地下階段を上って再び地上へと顔を出す。横に視線をやると、夜の街には大勢の人が行き交っていた。地下から出てきた異能犯たちが、何食わぬ顔でその人混みの中へと自然に溶け込んでいく。

 その光景に、裕也はまたしても妙な感動を覚えていた。どれほど恐ろしい異能犯であろうと、雑踏の中に混ざってしまえば結局ただの人間と変わりないのだ、と。


「では裕也さん、私はこれで。……また3日後にお会いいたしましょう」


 ムーシュは優雅に丁寧なお辞儀をし、別れを告げた。そして、そのまま背を向けると、暗い路地裏の奥へとすうっと消えていく。


「あ、はい……それじゃあ……」


 裕也もムーシュの礼儀正しさにつられるように、ぺこりと首を下げて礼を返した。ムーシュの姿が見えなくなったのを確認してから、裕也もまた駅へと向かう人混みの波へと足を踏み入れる。

 行き交う人々やすれ違うサラリーマンたちの顔をチラチラと眺めながら、裕也の胸の中にむくむくと謎の優越感が湧き上がってきた。


(ふふん……こいつらは、人が目の前で首を貫かれて死ぬ瞬間なんて、一度も肌で感じたことがねぇんだろうなぁ……)


 話しかけたことも、名前すら知らない道ゆく一般人に対し、心の中で盛大にマウントを取りながら――裕也は意気揚々と自分のアパートへの帰路に就くのだった。


 ◇


「おい……」


 静まり返った暗い路地裏で、突如として背後から低い声が掛けられた。


「これは申し訳ありません……。あいにくチームなら、すでに組んだ後でして……」


 話しかけられた男は、振り向きもせずに淡々とした口調で応じる。


「フッ……。よくもまぁ、そんな白々しい演技ができるもんだな。あんな剥き出しの殺気を見せておいてよ」


「おやおや、これは見破られておりましたか……。驚嘆いたしましたよ」


 話しかけられた男は足を止め、その場でゆっくりと佇む。彼が纏う純白のロングコートの裾が、夜の冷たい風にふわりとたなびいた。後ろに立つ男は、冷ややかな殺気を孕んだ目を細める。


「殺気を見せつけられた以上、あんたを生かして返すわけにはいかないんでね。……あんたのチームメイトには悪いが、初日から一人になってもらうぜ」


「それは困ってしまいますねぇ……。ならば、死ぬ前に1つだけ願いを聞いていただいてもよろしいですか?」


「……なんだ」


「貴方に直接触れさせていただいて……そのお(・)味(・)を確かめさせていただいても、よろしいでしょうか?」


 ◇


「おはよー」


 翌朝。明るい陽光が差し込む教習所の教室のドアを開け、旭が入ってきた。


「あ、天城さん! 見てくださいよ、これ!」


 姿を認めるやいなや、すかさず理人がスマートフォンの画面を突きつけるように差し出してきた。


「ん? なんだこれ」


 画面には、大手ネットニュースの速報見出しがデカデカと映し出されていた。


『【速報】連続殺人犯「死臭の消臭屋」の遺体を発見か――愛知県内』


「……誰、この人?」


「あの凶悪な猟奇的殺人犯『死臭の消臭屋』ですよ! その遺体が見つかったんです! しかも、僕たちがいるこの哀知県内で!」


「そんな大騒ぎしたって、あさひっちは記憶喪失なんだからピンと来るわけないし」


 隣の席で優雅にネイルをお手入れしていた玲奈が、呆れたように理人へ突っ込みを入れる。


「あ……そ、そうでした……」


「わ、悪いな……。せっかく教えてくれたのに、話についていけなくて……」


「いえ……僕もあまりのニュースにびっくりしちゃって……」


「そんなに有名な奴だったのか?」


「ま、10年以上前から全国で被害が出てるって噂の筋金入りだったからね」


「は、はぁ……」


 旭はピンと来ない様子で生返事を返す。理人はスマホを握りしめながら、不安げに表情を曇らせた。


「パトロール研修が始まる直前だっていうのに、こんな不穏な事件が起きるなんて……」


「大丈夫だって! そんな俺のことを死神扱いすんなよ。なっ?」


「は、はい……」


 大げさにパニックになる理人の背中を、旭は苦笑いしながらポンと叩いた。


 ――ガラガラガタッ!


 その時、勢いよく教室の引き戸が開き、蓮司が怠そうに姿を現した。


「よーし、お前ら全員席につけー。授業始めるぞー」

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