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至高のパーティー ルール説明

「なっ……!?」


 驚愕で息が止まりそうになった。まさか、世間を恐怖のどん底に突き落としている界裂生物を裏で操っていたのが、あの壇上に立つ大男だったとは――。裕也だけでなく、会場にいるすべての人間が同じ衝撃を脳裏に叩きつけられたはずだ。目の前で不気味に佇むあのムーシュだって、流石にこの事実には気圧されたに違いない。裕也は固くそう確信していた。


「そいつはたまげたな! ……だがよぉ、今世間を盛大に賑やかしてらっしゃるゴウガン様が、一体どういうご風の吹き回しで仲間なんか欲しがってんだ?」


 中央の丸テーブル群の渦中から、疑念に満ちた声が飛び交う。


「……俺様には『野望』がある。その野望を共に成し遂げるに相応しい、骨のある仲間が欲しい」


「ケッ! こんな大勢の異能犯を集めておいて、今さら仲良しこよしのお仲間募集かよォ!? 悪ぃが俺たちにそんな温い人情は通用しねぇんだよ! 仲間が欲しいなら、せいぜいイグゼクター協会にでも相談しに行きな! なあみんな!?」


「「「ギャハハハハッ!!」」」


 会場の中心部――特に丸テーブルを陣取っている無法者たちが、腹を抱えて盛大な嘲笑をゴウガンへと浴びせかける。指をさして鼻で笑う者もいれば、一転してゴウガンの次の一手を品定めるような鋭い視線を送る者もいる。裕也自身も、この大男が一体何を目論んでいるのかサッパリ理解できなかった。


 だが、ゴウガンは嘲笑の波を悠然と受け止め、ニヤリと凶悪に唇を歪めた。


「なァに……ただ大人しくついてきて欲しいなんて言ってるわけじャァねぇ。俺様の仲間になってくれる野郎には、望むだけの大金を約束してやる」


「大金……?」


 その一言で、場内の嘲笑が一気に引き始めていく。

 相手がどれほど怪しかろうと、『金』の話になればアウトローたちの話は別だ。


「……で、具体的にどれだけの額を用意できるんだ?」


 気味の悪い仮面をつけた男――『印象派仮面』が、低く鋭い声で問い質す。

 ゴウガンは太い腕を組み、不敵な笑みを深めたまま言い放った。


「――まだ、ない」


「……はぁ!?」


 あまりに舐めきった返答に、場内が一瞬で殺気に包まれる。しかし、ゴウガンはその殺気を楽しむかのように、ギラついた眼光で会場全体を見下ろした。


「――フンッ、ここからがこのパーティーの『本題』だ。……おい、説明しろ」


「はい。ここからは私からご説明させていただきます」


 ステージの端からすっと前に出たのは、入り口で裕也にナンバープレートとワインを手渡した、あの洗練された風貌のバーテンダーの青年だった。青年は集まった危険な異能犯たちを見渡し、一切の気負いもない穏やかな声で話し始める。


「皆様にはこれより、とある遊戯を楽しんでいただきます。……その名も――『黒遊戯(くろゆうぎ)』です」


 青年はベストの胸ポケットから、一枚の静かな光沢を放つ金属板を取り出して掲げてみせた。それは、裕也も胸ポケットにねじ込んである例のナンバープレートだった。


「こちらが、本日参加者の皆様にお渡しした『罪標(ざいひょう)』でございます。参加の証であり、同時に皆様の戦果と得点を自動で記録するデバイスでもあります。……なお、こちらはお一人で複数所持していただいても構いません」


 不敵な笑みを湛えながら、青年は言葉を続ける。


「この遊戯の目的はシンプルです。ポイントを稼ぐこと。終了時点で最も多くのポイントを所持されていた方が、この遊戯中に集まった資産のすべてを受け取ることができます」


 青年はすらりとした指を一本立てる。


「ポイントの獲得方法は、他者の資産を、罪標を通じてご自身の管理下に移すことです。100万円相当につき『1ポイント』が、その罪標に加算されます。使用の際は、対象となる電子機器に直接接続してください。遠隔での操作はできません。必ず物理的に接触させ、接続を完了させてください。成功すれば、ポイントは自動的に記録されます」


 さらに、青年は淡々とルールの核心を突いていく。


「なお、他の参加者から『罪標』を奪うことも完全に自由です。もちろん、奪われた方も、力ずくで取り返しにいかれて構いません。奪い合いについての制限は一切設けておりません。ただし、罪標に記録されているポイント数は、現在それを所持している方以外にはわかりません。皆様はナンバーを頼りに、『あいつは稼いでいそうだ』と推測するしかない、ということになりますね」


 会場のあちこちで、悪党たちの目がギラつき始める。青年は軽く息を整え、続けた。


「終了の時点で、皆様が所持しているすべての罪標に記録されたポイントを合計したものが、最終的なスコアとなります。正確な数字は、結果発表の際に初めて明らかになりますので、お楽しみに」


 そして、青年は一瞬だけ声音を冷たく落とした。


「また、人を害することについては、特に禁止はしておりません。……ですが、それによって直接ポイントが加算されることはありませんので、その点だけはご留意ください」


 青年は完璧な所作で静かに頭を下げる。


「以上が、『黒遊戯』のルールとなります。どのように進めていただいても結構です。終了の時は、上の判断によります。……ご不明な点がございましたら、今のうちにお尋ねください」


「では、他にご質問のある方は――」


「おい、いいか?」


 壁際のカウンター席から、低くダミ声が上がった。


「どうぞ。どのようなことでしょうか」


「このゲームの対象エリアはどこまでだ?」


「哀知県内全域でございます」


 1つの質疑が終わるや否や、堰を切ったように会場のあちこちから荒々しい声が上がり始めた。


「いつ終わるんだよ! 何日くらい引き伸ばすつもりだ?」


 青年は一切の動揺も見せず、落ち着き払った調子で応じる。


「終了のタイミングは、あくまで主催側の判断とさせていただきます。あらかじめ期間をお伝えしてしまっては、遊戯としての興が削がれてしまいますので」


 別の厳めしい顔つきの男が身を乗り出した。


「罪標を全部奪われたらどうなる? その時点で即失格ってことか?」


「力ずくで奪い返していただければ結構ですよ。ただし、罪標を1つも所持していない状態では、新たにポイントを蓄積・加算することはできませんのでご注意ください」


「じゃあ、いっそぶっ壊してもいいのか? 邪魔なヤツの罪標なんて、手当たり次第に踏み潰してやればいいだろ」


 青年は小さく頷き、当然のことのように微笑む。


「構いませんよ。ただし、破壊された罪標に記録されていたポイントは、その瞬間に永久に消滅いたします。なお、罪標を用いて移動させた資産は、即座に主催側の安全な口座へと管理が移されます。ですので、途中でプレイヤーの誰かが持ち逃げや逃亡を図ったとしても、最終的な勝者へお渡しする総資産は確実に担保されております」


 後方の暗がりから、少し頭の回る思慮深い声が響いた。


「何人かで結託するのはアリなのか? 後でポイントを山分けする約束で手を組むとかよ」


「グループを結成されること自体はご自由です。ただし、罪標に搭載されている機能は『資産の移動』と『主催側からの通知受信』のみ。他者へポイントを譲渡・分割するような機能は一切ございません」


「おい、お前ら主催側が途中でプレイヤーとして乱入したり、横から獲物を掠め取ったりはしねぇだろうな?」


「主催者側がプレイヤーとして参戦することは、絶対にございません。ご安心ください」


 誰かが嘲るように鼻で笑った。


「へっ、もし同点でポイントが並んだらどうするつもりだ?」


 青年は一瞬だけ間を置き、静かに言葉を吐き出した。


「その場合は……主催者側から、相応しい『決着の付け方』を提示させていただきます」


 最後に、金属プレートを指先で弄びながら怠そうに尋ねる者がいた。


「このナンバーに何か意味はあるワケぇ? 当たり番号があるとかぁ、途中で数字が変わるとかさぁ」


「番号自体に特別な意味合いはございません。また、遊戯の途中でナンバーが変化することもございません」


 青年は一通り会場を見渡してから、慇懃に頭を下げる。


「――では、他に確認されたい事項がある方は……」


 その後も、様々な過激な質問と冷徹な解答が交わされていった。


 裕也はその凄惨な質疑応答の光景を、どこか夢心地で漠然と眺めていた。提示されたゲームのルールや危険性といった肝心の情報は、今の裕也の頭にはろくに届いていなかった。


 異能犯と呼ばれる超法規的な悪党たちが、突如突きつけられた『黒遊戯』という狂気のルールを、質問を通じて冷静に解釈し、攻略しようとしているこの異様な現実。それに対し裕也は、恐れよりも先に――まるで重大なプロジェクトを進行させている一流のビジネスマンを見るかのような、猛烈な憧れと興奮を覚えていたのだ。

 先の質問が一巡し、場内に短い沈黙が訪れた頃、別の男がゆっくりと手を挙げた。


「……最初から罪標にポイントは入ってんのか? それとも全員ゼロスタートか?」


 青年は静かに首を横に振る。


「ゼロからのスタートでございます。皆様、完全に同一の条件下での開始となります」


 少し間が空いたところで、慎重そうな男の低い声が響いた。


「さっき『主催側からの通知を受け取る機能がある』と言っていたが……具体的にどんな通知が届くんだ?」


「主に、遊戯の終了が近づいた際のアナウンスと、最終的に勝者として集まっていただく集結場所のご案内でございます。それ以外に頻繁な連絡が入ることはございませんので、ご安心ください」


「……途中で降りたくなったらどうなる? 途中で辞めた奴への罰則なんかはあるのか?」


 青年は薄く、どこか冷ややかな笑みを浮かべた。


「特に罰則などは設けておりません。むしろ……本格的に始まる前に、その手元の『罪標』を返却して去っていただいても一向に構いませんよ。……その程度の覚悟しかお持ちでないのでしたら、の話ですが」


 煽るような言葉に、場内の無法者たちの眉が不快そうに跳ね上がる。そこへ、別の男が低く刺すような声で問いかけた。


「もしイグゼクターの奴らに罪標を奪われたらどうなる?」


「それは仕方のないことです。……ですが、もし負けず嫌いな方がいらっしゃるのでしたら、イグゼクターから力ずくで罪標を取り返しに行かれても一向に差し支えございません」


 最後に、会場の隅からやや皮肉を込めた吐き捨てるような声が飛んだ。


「けっ……じゃあ結局、1位以外には何の恩恵もねぇってことかよ? いくら上位に入ったところで、全部無駄骨になるってワケだ」


 青年は一拍置き、会場全体を静かに見渡してから、澄んだ口調で答えた。


「原則として、強奪されたすべての総資産をお渡しするのは『第1位』の方のみとなります。その後、見事勝利された方が、行動を共にしたお仲間とどのように配分されるかは、皆様の自由でございます。……もっとも、これはあくまで至高のパーティー。ここで圧倒的な結果を残すこと自体が、皆様ご自身の名を裏社会に轟かせる最大の好機となるでしょう。ここに集われた方々は皆、己の力に絶対の自信をお持ちのはず。……ならば、上位へと上り詰めた暁には、相応の『名声』と『恐怖』が刻まれるかと存じます」


 青年は一通り会場を見渡し、静かに最後の言葉を付け加えた。


「――他にご質問はございますか? ちなみに『黒遊戯』の開始日時は、本日より4(・)日(・)後(・)――来月一日の午前零時(れいじ)からとなっております。これ以上質問がないようでしたら、本日はこれにて一旦お開きとし、開始までの期間を皆様の準備時間とさせていただきたく存じます」


 会場の質問がようやく一巡し、静けさが戻りかけたその時――。


 ――ドスン! ドスン!


 会場の端から、床の岩盤を重々しく踏み鳴らす足音が響いた。一人の男が、わざとらしく肩を怒らせながら悠々と前へ躍り出る。その手には、金属製の罪標が雑に掴んでいた。男はニヤけた下品な笑みを浮かべ、集まった異能犯たちを挑発するように見回す。


「……フンッ。笑わせるぜ、お前ら」


 スピーカーも使っていないのに、男の野太い声が地下空間に大きく響き渡る。あえて周囲に聞かせるような高圧的な大声だった。


「どいつもこいつも控えめな質問ばかり並べ立てやがって……。お前ら腰抜けどもは、一番肝心な部分にハナから気づいてねぇようだなァ!?」


 男はゆっくりと太い腕を伸ばし、壇上の奥に鎮座するゴウガンを指差した。


「おい、主催者気取りのゴウガン――! テメェはよォ、俺たち無法者を仕切れるほどの『力』を、本当に持ってんだろうなァ!?」


 ――ゾクッ。


 男の暴言に、場の空気が一瞬で氷点下まで凍りついた。しかし、男は周囲の殺気など意にも介さず、ニヤニヤと歪んだ笑みを深めて捲し立てる。


「ルールだの罪標だの、ハナくそみたいな戯言を偉そうに並べ立てやがってよォ! 結局のところ、テメェ自身がこの場で一番強いって証明すらねぇのに、上から目線で仕切ってるだけじゃねぇのか? 俺ぁ到底納得がいかねぇね。……なぁに、黒遊戯だかを始める前に、まずはテメェの面構えに見合う実力をここで一発見せてもらおうじゃねぇか!」


 そう言い放つと、男は手にしていた罪標をカチャリと軽く空中へ投げ上げ、手のひらで受け止めてみせた――。ゆっくりと丸テーブルの隙間を横切り、先ほどまで淡々と解説役に徹していたバーテンダーの青年の目と鼻の先まで歩を進めてきた。

 次の瞬間――すっと袖口から一振りのバタフライナイフを滑り出させる。


 ――シャキン! シャシャシャッ!


 巧みな手捌きでナイフを高速回転させると、カチリと重厚な音を立てて柄が固定され、一瞬で短刀ほどの刀身へと伸長した。そのまま青年、あるいは奥のゴウガンへ斬りかかる気満々である。

 さっきまで阿呆のように異様な質疑応答を眺め、場違いな興奮に脳を焼かれていた裕也も、この一触即発のピリついた空気を前にして勝手に背筋がピンと伸びた。


「……行くぜェッ!!」


 短刀を構えた男が強く地面を踏み込み、疾風のごとく前に飛び出した――と裕也が視界で状況を捉えた、まさにその瞬間。


 ――ビュンッ!!


 空気を切り裂く鋭い音とともに、短刀の刃先が弾丸のごとく射出された。バタフライナイフと見せかけた、仕込み刃の飛翔武器。完全な不意打ちである。「騙された!」と裕也が恐怖で目を見開いた。


 だが――それよりも速く、壇上のゴウガンが巨体を深くかがませていたことに裕也は気づく。


 ゴウガンは太い丸太のような右腕を突き出し、その巨大な手のひらを直接地面へと叩きつけた。羽織っているだけで腕を通していないファー付きのダウンジャケットがダイナミックに揺れ動く。

 その瞬間――ステージから階段を下りた先にある、無骨な岩盤の床が一斉に牙を剥いた。


 ――ガガガガコンッ!!


 轟音とともに、地面の岩盤が猛烈な勢いで隆起する。

 盛り上がった岩石は瞬時に男に向かって鋭利な槍のように変形し、突き進む。迫り来る飛ばされた刃など、ただの小虫を払うかのように粉砕・弾き飛ばし、一直線に男の身体へと肉薄していった。


「……ッ!?」


 ――ブチュッ……!!


 男が死を悟る隙すら与えず、隆起した岩の槍が男の頭部を容赦なく貫通した。

 それと同時に響き渡る、熟れた果実が不快に潰れたかのような生々しい音。

 次の瞬間、地下バーの壁面に、鮮やかな赤色の噴水がけたたましく飛び散っていた――。


(……え……?)


 裕也の脳が、たった今目の前で起きた現実を激しく拒絶する。人が――ついさっきまで生き生きと野次を飛ばしていた男が、一瞬にして目の前で命を散らした。普通なら、こういう場であれば誰かの金切り声が上がり、恐怖に満ちた悲鳴が会場を駆け巡るはずだ。もし誰かが先に恐怖の声を上げてくれていれば、裕也だって同じように低く唸りながら現実から目を背けていたかもしれない。


 だが――誰も声を出さない。誰も、動かない。


 裕也の脳内にある常識的な修羅場の光景とはあまりにかけ離れた、異質すぎる沈黙。その底知れぬ重圧が、裕也の喉元まで出かかっていた「うわぁ」という悲鳴を強制的に押し戻す。吐き出されるはずだった胃液も、恐怖で失禁しかけた膀胱の収縮も、すべてが内側に封じ込められた。

 まるで身体全体が、身動きすら許さない鉄の枷でガチガチに拘束されているかのような、強烈な金縛りのような感覚が全身を支配する。


 そんな絶望的な硬直の中、淡々とした青年の声が再び響いた。


「――では、他にご質問等ある方は?」


 その問いかけに間髪入れず、まるでこの惨劇を特等席のエンタメとして存分に面白がっていたかのように――すぐ隣に立つ変人(きょうじん)が、ゆっくりと優雅にその手を挙げた。


「あの、差し出がましい質問で恐縮なのですが……ゴウガンさんのその左腕は、事故でなくなられたものなのですか?」

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