救出劇の代償
「『音』って……一体どういうことだ!?」
赤色のコスチュームを着た隊員が、食い入るように尋ねてくる。
「言葉通りの意味だよ。あの界裂生物は『音』に極めて敏感だ……ってことは、別の場所で不意に巨大な音を鳴らして意識を逸らせば、その隙にこっちが救助に動く音を消せるんじゃないか?」
「なるほど……! 敵の鋭い聴覚を逆手にとって、音で囮を作るわけか! 確かに理にかなっている……」
「だが、そこには一つ大きな問題もあるんだよな」
「あぁ……『どうやって地中の化け物の気を引くほどのデカい音を出すか』だろ?」
黄色の肩パットにマントを纏った隊員が、腕を組んで答えを引き継ぐ。
「あぁ。厳密には……そんな爆音を鳴らせる『巨大な物』がこの現場のどこかにあるのかってことなんだが――」
「なぁに、そいつならボウズ! このオレに任せときな!」
親方が胸をバンと叩き、破裂するような張り切り声で叫んだ。旭は(本当によく響く声だな……)と、つくづく感心しながら苦笑いを浮かべる。
「こうなっちまった以上、当分のあいだ工事なんて見送りだ! あそこに積み上げられてる建築用の『鉄骨』! オレの許可で好きなだけ使っていいぞ!!」
「いいのかおじさん!? 予想以上に巨大で最高の材料だぞ……!」
「おうよ! で……その鉄骨を使った『音の出し方』ってのはどうやるんだ?」
「そこで、『マント』の出番だ!」
旭は黄色の肩パットの隊員を指さした。
「マントを限界まで伸ばして鉄骨を持ち上げ――ここから離れた地盤へ向かって、できる限りの高所から叩き落とす! 巨大な鉄骨が落下する衝撃音なら、間違いなく奴の意識を完璧に引けるはずだ!」
「なっ……俺のマントをそんな風に使うなんて……思いつきもしなかったぞ……!」
「そのマントで、あんな巨大な鉄骨を持ち上げることはできるのか?」
「無論だ! どれだけ重かろうが操ってみせる! 任せてくれ!」
「……だが」
赤色のコスチュームを着た男が、苦々しい表情で重い声を挟んだ。
「囮の爆音を出したとして……肝心の救助には誰が行く? 音の隙を突いてこの真っ只中に飛び込むんだ、少数精鋭で行く方がリスクは少ないぞ」
「そのことなんだが……救助は俺だけに任せてくれないか?」
「「な……!?」「はぁ!?」」
隊員たちから一斉に驚愕の声が上がる。赤コスチュームの男はすぐに表情を険しくし、きっぱりと首を振った。
「それには賛同できかねる! 君が提案してくれた作戦は大変素晴らしいものだ。だが……いくら教習生とはいえ、まだ子供の君たちを危険な現場に突き出せるか! プロとして、それだけは絶対に許可できない!」
「プロの意地も分かるけど、感情論で言ってるんじゃないんだ! 理由があって、俺の能力が一番この救助に適してるんだよ!」
旭は自身の両手を広げ、隊員たちの制止を振り払うように強く主張した。
「能力の問題ではないんだ! 君たちの才能や志は素晴らしい。だが……君たちはまだ教習生で、俺たちプロに守られる側の存在なんだよ」
「っ……!」
真っ直ぐで強い眼差しと言葉をぶつけられ、旭はハッと息を呑んだ。
(……そうだ。俺、また周りが見えなくなってた……)
熱くなると視野が狭くなり、目の前の救いたい気持ちだけで猪突猛進してしまう。自身の頭を冷静に冷やす中で、旭は己の青さと未熟さを痛感していた。
「ごめん……なさい。俺……なんか舞い上がっちゃってて……」
申し訳なさそうに拳を握りしめ、深くうつむく旭。その真っ直ぐな姿を見つめながら、赤色のコスチュームの男と黄色の肩パットの男は視線を交わし、静かに頷き合った。
「……本当は、教習生の君をこんな危険な現場に行かせるなんて、プロ失格だ」
「だが――それだけ切実になる理由が、君のその能力と覚悟にはあるんだろ?」
「え……?」
驚いて顔を上げた旭に対し、赤色のコスチュームの男が己の胸を強く叩いて見せた。
「俺も一緒に現場へ乗り込む! プロを頼れ! 何か危険があったら、全部俺に任せて後ろに下がれ!」
「っ……いいのか!? そんなことして……!」
「『戦いは常に貪欲に』だ! 俺たちの隊長の口癖でね」
「貪欲に、か……好きだ! その言葉!」
「よし、決まりだ! タイムリミットは隊長が到着するまでの10分間! 鉄骨の爆音に合わせて、一気に粒男くんを救出するぞ!」
「おうっ!!」
「…………」
仄は、旭の一挙手一投足を静かに見つめていた。
ついさっきまでよそ者だったはずの旭が、いつの間にかプロの隊員たちの中心に立ち、一緒に現場へ飛び込もうとしている。どうして、この人はこんな風に周りの大人たちを巻き込み、変えてしまえるのだろう。不思議で仕方なかった。けれど……今はただ、旭の背中から目を離すことができなかった。
「救助用のボートは、これが最後のひとつですぅ〜〜っ!」
青タイツの男が、予備のゴムボートを必死に膨らませて準備を進めている。その横では、旭と赤コスチュームの男が膝を突き合わせ、お互いの能力や突入タイミングについて細かく打ち合わせを重ねていた。
「おい、この鉄骨なんかどうだ! デカくて重さも申し分ねぇぞ!」
「いいですね! これならまだ持ち上げられそうです!」
親方と黄色の肩パットの隊員が、囮として叩き落とすのに最適な巨大鉄骨を選別し、マントを巻き付けていく。
全員の役割が噛み合い、現場の空気が一気に引き締まった。
「あのぉ〜〜……」
「ん? どうしたんだ?」
最後の救助ボートを準備し終えた青タイツの男が、どこか言いにくそうに旭へと話しかけてくる。
「これをぉ〜〜……」
差し出してきたのは、ド派手なオレンジ色のコスチュームと、目元を隠す白色のドミノマスクだった。
「……これは?」
「多分ですけどぉ〜、教習生が一線で勝手に戦ってるのが協会の上層部にバレたら、僕たちも処分されますしぃ〜、あなたも処分されて教習所を追い出されちゃうと思うんですぅ〜……」
「ってことは……」
「はいぃ〜。今ある予備の寄せ集めでしかないのですがぁ……これで顔と制服を隠しておけば、ギリギリバレないかとぉ……」
「……あ、あ……ありがとうございます……」
(ダ、ダサすぎる……!! けど、めちゃくちゃ親切で考えてくれてるから『ダサい』なんて口が滑っても言えねぇぇぇ!!)
渋々ながらもオレンジ色のコスチュームに着替え、ドミノマスクを装着した旭は、そそくさと赤色のコスチュームの男の方へと向かった。
「ん? その服装……」
「似合ってな――」
「いい組み合わせじゃないか!! オレンジと白のマスク、凄く映えてるぞ!」
「え!?」
(このグループ、全員が全員そっち系の感性なのかよ……!!)
旭は心の中で盛大にズッコケた。
◇
バリバリバリバリ……!!
次々と沈んでゆくビル群の上空。轟音を撒き散らしながら、一機の報道ヘリコプターが旋回していた。
「映像、中継に繋がりました! いつでもいけます!」
「よし!……えー、現場のカメラからお伝えしています! 現在の被害状況です! 姿なき界裂生物は未だ地中に潜伏しており、壊滅の手を緩める気配はありません!」
機上から捉えられたカメラの映像には、巨大なアリジゴクのようにすり鉢状に崩落した工事現場と、その中央で辛うじて傾きながら残る、一筋の鉄骨構造体が映し出されていた。
「ご覧ください! 崩壊する建造物の中心……あんな絶望的な場所に、いまだ救助を待つ作業員の方が取り残されています! 現在結集しているプロのイグゼクターたちも、手を出せない模様です!」
アナウンサーが緊迫した声で実況を続ける。
「現場に集結しているのは……悪には絶対屈しない、真紅のコスチューム『コアシャフト』! 黄色の肩パットと変幻自在の黒マントが魅力的な『マジックマント』! そして……青色の未熟さは未来の可能性!『セティレメック』! ……おや? コアシャフトの後ろに、もう一人誰かいますね!?」
カメラがズームし、画面いっぱいにオレンジ色のコスチュームと白いドミノマスクを身につけた旭の姿が映し出された。
「ド派手なオレンジ色のコスチュームに身を包んだイグゼクターです! データベースには見当たりません……新人でしょうか!? それとも極秘の協力者でしょうか!? この絶望的な状況下で、彼らはどう動くのか……これからに期待です!」
◇
「この救助ボートには空気の力で推進するジェットエンジンがついている。粒男くんを鉄骨から降ろしたら、咄嗟にこれに飛び乗って一気に脱出するぞ!」
「分かった!」
「マジックマント! そっちはどうだ!?」
「問題ない! 準備完了だ!」
コアシャフトの呼びかけに答えるように、マジックマントが漆黒のマントを大きく広げ、空中に浮かび上がらせる。その巨大化したマントの影には、建設現場から選りすぐった極太の鉄骨がガッチリと抱え込まれており、上空へ上空へと徐々に高度を上げていく。
「朝比奈は……一緒にボートに乗るか?」
「私は……いい」
「そ、そうか……」
(うぐっ……やっぱりこのダサすぎる服を着た俺と一緒に行動するのは恥ずかしいのかな……)
旭が心の中でショックを受けて撃沈しかけていると、上空のマジックマントが大きく手を掲げた。
「それじゃあ……行くぞっ!!」
「合図の音が聞こえたら、僕がボートを押し出しますよぉ〜〜っ!」
「マント、解除――っ!!」
マジックマントの叫びと共に、鉄骨を包み込んでいた黒マントが瞬時に元の大きさに戻り、解き放たれる。支えを失った数トンはある巨大な鉄骨は、重力のなすがままに急降下を開始した。
――すぅー……ッ!
空気を切り裂く鋭い風切り音を残し、鉄骨がアリジゴクの端、崩壊した地盤へ向かって勢いよく激突する。
ドドオォォォォォンッ!!!!
地響きと共に大気が爆発したかのような凄まじい衝撃音が現場一帯に轟き渡った!
「そぉ〜〜れぇぇぇッ!!」
ドドオォォォォォンッ!!!!
爆音と同時に、セティレメックが全力で救助ボートをアリジゴクの中心へと向かって押し出した!
ゴォォォォォンン……!!
鉄骨が激突した地盤から、耳をつんざくような重低音と地響きが鳴り響き続けている。その衝撃音に釣られ、地中に潜む巨大な影が音の発生源へと凄まじい速度で移動していく気配があった。
(かかった……!)
その隙を逃さず、救助ボートを抱えた旭とコアシャフトが、崩落の真っ只中にある鉄骨構造体の足元へと一気に突入する。
「狙い通り、奴の意識は完全に逸れたみたいだな!」
「あぁ、作戦成功だ! このまま一気に救出するぞ!」
救助ボートは巨大だが、特殊素材と空気だけで構成されているため、男二人で運ぶと信じられないほど軽かった。異能と科学が発展したこの世界ならではの技術なのだと、旭は走りながら改めて実感していた。
「粒男くん! もう大丈夫だ! さぁ、ボートに向かって降りてきてくれ!」
コアシャフトが鉄骨の上を見上げ、大声で呼びかける。だが、恐怖に震える粒男の返答は絶望的なものだった。
「こ、腰が抜けて……動けない……動けないよぉぉ……!」
「……降りてこられないか! やはり直接救出用のボートを持って突っ込んできて正解だったな!」
「あぁ! 俺が鉄骨に登って負ぶってくる!」
旭がそのまま剥き出しの鉄骨へ足をかけ、飛び登ろうとした瞬間――。
「いや、ここは俺に任せてくれ!」
コアシャフトが旭の肩をガシッと掴み、力強く制止した。そのまま躊躇いなく剥き出しの鉄骨へと飛び乗っていく。
グラグラと揺れる足場にもかかわらず、その身のこなしには身じろぎ1つない。まるで平坦に整備された道路を歩いているかのような凄まじい体幹と安定感だった。一瞬の無駄もない洗練された動きで、コアシャフトはあっという間に粒男のいる頂点へと到達する。
「大丈夫か? もう安心だ。焦らずゆっくり背中に乗りなさい」
「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
コアシャフトが優しく背中を向けてしゃがみ込むと、涙目になった粒男がすがるようにその背中へとしがみついた。
「よしっ! 今から降りるぞ!」
「分かった!」
(すっげー!よく止まらずに歩けるなぁ)
粒男を背負い、重さが増した状態であってもコアシャフトの安定感は揺らぐことがなかった。危なげない足取りで一気に鉄骨を駆け下りると、そのままゆっくりと粒男を救助ボートの中へと乗せた。
「救助完了だ……!」
――ガガガァッ!!
「おぉぉいっ! 敵がそっちに向かい始めたぞ! 囮に気づいた!!」
上空からマジックマントの切迫した大声が響き渡る。
「急ぐぞっ!」
「粒男さん! 少し揺れるけど、舌を噛まないようにしっかり捕まっててくれ!」
旭がボートの端を掴む粒男へ強く声をかけ、コアシャフトと共にジェットエンジンのスイッチに手をかけた。
「分かりましたぁぁぁ……!」
「3……2……1……発射ぁぁッ!!」
――ゴオォォォォッ!! プシューッ!!
救助ボートの後部から超高圧の空気が猛烈な勢いで噴射された。
その凄まじい推進力によって、重量のあるボートと大人3人の体がふわりと宙へと浮き上がる。地上スレスレを滑空するように吹き飛び、目的地である安全地帯までの距離を一瞬で半分以上も置き去りにしていった。
(よしっ! これなら逃げ切れる――!!)
旭が勝利を確信した、まさにその矢先。
――ザザザザザッ!!
「マズい! 近づいてきている!」
「ボートはいい!このまま飛び込むぞ!!」
あと3メートル――!
宙を滑空していた救助ボートが、突如として巨大な暗い影に覆われた。
地表を突き破って出現したのは、ボート全体すら易々と押し潰すほどに肥大化した手だった。
指先には凶悪にねじれた漆黒の爪。そして指と指の間には、まるで重機のショベルカーにある土を掻き出すバケットそのもののような、分厚い甲殻構造が備え付けられている。
――ガァァァァンッ!!
その凶拳が、空中でボートごと潰そうと容赦なく振り下ろされた!
「くっ……!!」
直前、コアシャフトが咄嗟に粒男の体を抱え込み、安全圏である陸地側へと力任せに突き飛ばす! 粒男の身柄は間一髪、セティレメックたちが構える安全域の地面へと滑り込み、無事に救出された。
――ズザーーーッ!! バギャァァァンッ!!
しかし、その代償は大きかった。
振り下ろされた爪は救助ボートの旭側――右半身を容赦なく猛烈な力で削り取った。高圧空気のタンクが破裂し、ボートは木っ端微塵に弾け飛ぶ。
「ぐあぁぁぁっ!?」
凄まじい衝撃波と土砂の奔流に吹き飛ばされ、旭の体はアリジゴクの斜面へと逆戻りで叩きつけられた。
土煙がゆっくりと舞い散る中。借り物のオレンジ色のコスチュームは泥と土埃でドロドロに汚れ、無地の輝かしさは見る影もない。ドミノマスクの端からは、額を伝って一筋の赤い血がポタリと顎へと滴り落ちていく。
「つっ……ふぅ……ふぅ……」
旭は痛む頭を押さえながら、なんとか膝をついて体を起こした。この世界で血を流したのは初めてかもしれない。血が流れる度に感じる、熱さ。ドクドクを音を立てているかのように流れる。その感覚が完全ではないが旭の身体を絶望感で蝕む。
眼前には、巨大なすり鉢状の底。そして、大きな音を立てられ怒りで地表を波打たせる巨獣の気配。
粒男の救出には成功した。だが――旭だけが、界裂生物の真っ只中に取り残されてしまっていた。




