豪快な力
「跳ぶゲス!!」
――ピョ〜〜〜ンッ!!
零が架けてくれた影の橋の端に達した瞬間、ルパンツが爆発的な脚力で水面を蹴った。
さながら極限の走り幅跳びのように、二人の体が川の半ばから真上へと大きく舞い上がる。風を切る感覚が全身を包み込み、向こう岸の銀色の光が刺すスクラップヤードが急速に迫ってくる。
「ふぅ……! なんとか渡り切れそうだな!」
安堵の息を漏らした旭だったが、ふと疑問が脳裏をよぎった。
「そういえば……鶏って、まともに飛べないよな? アイツ、この広い川を渡って来れるのか……?」
そう心配になり、旭が空中で後ろを振り返ると――。
追尾してきた怪鶏が川の手前でピタリと足を止めていた。
そして、踏ん張るように下半身にグググ……と異常なまでの力を込め始める。
ガラガラガラガガガッ……!!
腹部のプロペラではなく、今度はプロペラ砲身の後ろ――お尻のあたりが怪しく明滅した。
ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ!
不気味な破裂音と共に、怪鶏のお尻から藍色に光る楕円形の巨大なボール――卵が四個吐き出された。
「なんだあれ…?」
「……?どうしたんゲスか?」
「卵……?」
「あいつ、卵産めたんゲスぅ!?」
産み落とされた4つの卵は、河川敷の地面で瞬く間にひとりでに揺れ動き始めた。
直後、メキメキ……と亀裂が入り、パカン! と勢いよく殻が割れる。
――ピヨ、ピヨンッ! ピヨンッ!
中から飛び出してきたのは、サッカーボールほどもある巨大なヒヨコたちだった。
毛並みは黄色だが、ヒヨコ特有の柔らかく可憐なそれではない。所々が血のように赤みがかった、不気味で歪な色合いをしている。そしてその目は――親である怪鶏の黒目とは正反対の、光のない真っ白な目だった。
「ヒヨコ……!?」
旭たちのヘイトに気を取られていたことで、怪鶏の関心から外れている零が、対岸の手前で足を止めて冷静にヒヨコたちを観察する。――だが、その直後だった。
ボオォォォッ!!
生まれたばかりのヒヨコたちの体が、突如として激しい赤黒い炎に包まれた。
「な、何なの……っ!?」
思わず零が息をのむ。
燃え上がる4羽のヒヨコたちは、けたたましい鳴き声を上げながら親である怪鶏の足元へ群がると――自ら腹部の巨大なプロペラへ向かって飛び込んでいった!
ガガガグシャッ……!!
刃に押し潰される不快な音と共に、ヒヨコたちの纏う炎がプロペラの内部へ一気に吸い込まれていく。
直後、怪鶏の腹部が真っ赤に加熱し、内部から爆発的な熱気が溢れ出した。
――バババババァ……スゥゥゥ……ッ!!
今までの風圧弾を撃つ時のような派手な破裂音ではない。
吸い込んだ高熱とプロペラの超高速回転が組み合わさり、凄まじい上昇気流(熱気流)が怪鶏の足元から一気に噴き出す。
熱気で空気がゆらゆらと大きく歪み、次の瞬間――。
ズドォォォンッ!!
巨大な体躯が、まるで重力を無視するかのように垂直に跳ね上がり、空へと舞い上がった。
プロペラから排出される猛烈な熱気流を翼で捉え、悠々と空中を滑空し始める怪鶏。風圧を撃つ「砲身」だったプロペラが、ヒヨコという熱源を取り込んだことで「ジェットエンジン」へと変貌したのだ。
「うそ……熱気流を使って飛んだ……!?」
「飛行モードかよっ……! おいルパンツ、急げ!!」
空中を滑空しながらこちらへ迫る怪鶏の影を見上げ、旭とルパンツは泥まみれになりながら対岸のぬかるんだ地面へとスライディングした。
銀色の磁光が空へ伸びるスクラップヤードまでは、あともう少し。飛んでいる怪鶏の動きを警戒して見上げながら、二人は急ぎ足でスクラップヤードへ向かう。
「……まだおぶった方が良いゲスか?」
「とりあえず、今アイツが初めて見せた形態だからな。悪いがスクラップヤードまでこのままだ!」
「もう疲れたゲスよ……」
文句を垂れ流してはいるが、ルパンツのおんぶはこの短時間ですっかり様になっている。ブレることなく、安定して旭をおんぶしたまま疾走することが出来ていた。
――クェッ! ボゥッ!!
怪鶏も二人がいる側の岸へと降り立つ。背後で不気味な鳴き声と、高熱が爆ぜる湿った音が響く。
振り返ると、川を飛び越えた怪鶏が地面へ着地したところだった。翼を羽ばたかせるたびにプロペラから排出された熱気が渦を巻き、周囲のぬかるんだ地面を一瞬で干からびさせていく。
プロペラから熱風を巻き上げながら、こちらへあからさまな殺意と敵意を向け、早くも『二度目の飛翔』の準備を始めていた。
「よし! ルパンツ、行くぞ!」
「ゲスッ!」
さっきまでは下り坂の堤防だったが、今度は反対側の上り坂になっている草原だ。ルパンツはその強靭な脚力で一歩一歩の足場を固め、斜面を力強く跳ね上がっていく。
――コ……コケェッ! クェアッ!!
まだ体内に取り込んだヒヨコのエネルギーが残っているらしい。怪鶏の腹部が再び真っ赤に熱を持ち、プロペラが超高速回転を始める。
「まずい、もう1回飛ぶ気だ!」
「もう正面の入り口を探してる余裕なんてないゲス!」
「分かった! 敷地の囲いごと一気に飛び越えるぞ!」
「跳ぶゲスぅぅぅ――ッ!!」
ルパンツが地面を爆発的な力で蹴り上げ、旭をおぶったまま草原の斜面から空中へと高く舞い上がった。目の前にはスクラップヤードを囲む高い金属製のフェンスが迫っている。
――ガガガガガガガッ!!
だがその直後、背後からこれまでの風圧弾とは比べものにならないほどの凶悪な駆動音が響き渡った。
振り返った旭の瞳に映ったのは、プロペラから巻き上がる巨大な渦――ヒヨコの熱源を取り込んだ怪鶏が放つ、赤黒い炎を纏った超高熱の風圧弾だった。
「まずいっ! 風圧弾に炎が混ざってる……!? ルパンツ、上だ!!」
「ひぇぇぇっ! 焦げちゃうゲスぅぅぅ!!」
空中でルパンツが必死に体を捻り、二人はフェンスの真上へとさらに高く跳躍して軌道を無理やり上へとズラした。
――ドドォォォンッ!!
直後、二人のすぐ下を炎の風圧弾が通過する。
スクラップヤードの手前に並び立つ巨大な製鉄工場の外壁に着弾し、厚いコンクリートと鉄骨が一瞬で赤く溶けて爆発した。熱風と黒煙、激しい火花が周囲に散り散りになって吹き荒れる。工場のパイプラインから吹き出す蒸気と黒煙の向こう側――。
「つ、着いた……っ!」
爆風を背に受けてフェンスを越えた旭たちの視界に、ついに目的の場所が広がった。
そこは、見上げるほど高く積み上げられた自動車のスクラップや鉄くず、廃材が巨大な山をいくつも形成しているスクラップヤードの内部だった。
敷地の中心からは、天を突くように眩い銀色の磁光が揺らめいている。
「スクラップヤードだ! ここなら蓮司さんが――」
二人が無事にスクラップヤードの敷地内へ着地し、旭が安堵の声を上げかけた、まさにその一瞬だった。
――ガァァァァァッ!!
炎の余波を突き破り、空中から超スピードで滑空してきた怪鶏が襲いかかってきた。
炎を纏った風圧弾を撃った際の推力を利用し、自身も絶妙なタイムラグで飛来していたのだ。旭たちは直前の炎の風圧弾の破壊力に気を取られるあまり、直後に怪鶏本体が眼前にまで迫っていたことに気づけなかった。
目的地に辿り着き、ほんの一瞬だけ生まれた旭たちの油断。怪鶏はその隙を見逃さなかった。
ガシィッ――!!
「がはっ……!?」
「ゲスッ……!!?」
鋭い衝撃とともに、怪鶏の巨大な両脚がそれぞれ伸びる。
おんぶしていた二人を強引に引き剥がし、旭とルパンツの身体を左右の足でしっかりと掴み取った。
「くそっ……離せ……っ!」
――ガラガラ……
二人の身体を両足で拘束したまま、怪鶏が腹部のプロペラを回転させ始める。
至近距離から熱気流と風圧弾を直接叩き込み、確実に二人を仕留める気だ。
(あと、もう少しなのに……!)
「死にたくないゲス~~ッ!!」
――ガラガラガラッ!!
ゼロ距離での射撃が放たれる、その直前――。
――ガシィンッ!!
激しい金属音が響き、怪鶏の腹部で勢いを増していたプロペラが、まるで巨大な力で強引に叩き折られたかのようにピタリと停止した。
「ふぅ……その耳が痛くなる音は、もううんざりなんだよ」
重厚で聞き覚えのある声が、スクラップの山の頂から響き渡った。
その声の主がスクラップの山から悠々と降りてきて言葉を継ぐ。
「俺の能力は、磁場が強まればデカいブツも簡単に操れるんだよ……」
「蓮司さん……っ!」
「ここまでご苦労なこった! あとは俺に任せな!」
脚に2人を掴んだままの怪鶏が、急に動かなくなったお腹のプロペラを不思議そうに首をカクカクと傾けて見つめる。そして、ゆっくりと蓮司の方へ視線を向けた。
――コ、コガァ……ッ!?
怪鶏の底なしの黒目に、一瞬の怯えと、それを上回る猛烈な敵意が宿る。
さっき吹き飛ばしてやったはずの人間が、何事もなかったかのように立ち塞がっている。その事実が、怪鶏には酷く気に入らないようだった。
殺す対象が、旭たちから再び目の前の相馬蓮司へと切り替わる。
怪鶏は2人を掴んでいた両脚の力を緩め、拘束から逃れた旭とルパンツが地面へドサッと後ろに投げ捨てられた。
「痛っ!」
「おい天城、変態! 危ないから下がってろ!」
「下がってってどこまでゲス!?」
蓮司がニィと不敵に笑い、スクラップヤード全域に張り巡らせた銀色の磁場――ローレンツ・フィールドを極限まで励起させる。
周囲に山積みされた廃車や鉄骨が、まるで生き物のようにガタガタと激しく震え始めた。蓮司の全身から放たれる銀色の磁光に応じるように、周囲の廃車や鉄骨、金属片が一斉に宙へと浮き上がり、彼の周りへと集まってくる。
そして――怪鶏の腹部に埋め込まれた金属製のプロペラ砲身までもが、強力な磁界に捉えられた。
――ガガガガシィンッ!!
強力な磁力でプロペラごと強引に引っ張り上げられ、怪鶏の巨体がふわりと宙へ持ち上がり始める。
さっきまで悠々と空を飛んでいた姿とは一転、怪鶏は己の意図しない浮遊感に焦り、翼をあたふたとバタつかせて暴れ狂う。
「……本来だったら、あの時にこうやって片付けてやれたら良かったんだがな」
煙草の煙とともに独り言を呟きながら、蓮司はバタバタと不格好に揺れる怪鶏を、頭上高くの空中へと完全に固定した。
「……これで終わりだ!」
蓮司が腕を掲げると、天に向かって垂直に立ち上っていた銀色の光の柱が徐々に傾き始める。
まるでスポットライトのように、光の照射角が空中に捕らわれた怪鶏を一直線に照らし出した。
「……すっげぇ」
地上の旭は、息をのんでその光景を見上げる。
この世界に来てから、零の縛影や仄の植物操作をはじめ、様々な能力者たちの力を見てきた。だが、今目の前で展開されている圧倒的なパフォーマンス――自然の理すら歪めるほどの絶対的な力を肌で体感するのは、これが初めてだった。その時、理人が観察地点へ行く途中に発言していたことを思い出す。
『炎、氷、風、雷……そういった、世界の理そのものである自然現象を直接操る異能。それが星冠。彼らは生まれながらにして、星の頭冠を戴く者、と称されているんです』
最初に聞いた時はピンときていなかったが、この光景を見たら嫌でも納得してしまう。圧倒的な力で、一方的に敵を押し込むプロの戦い。
「これが星冠種……」
その神業のような光景に、旭の胸の奥で謎の熱い情動がフツフツとたぎり始めていた。
――ゴーォォォォォッ!!
スクラップヤードに山積みされていた膨大な瓦礫や鉄くず、何十台もの廃車が怪鶏の周りを狂ったようにグルグルと旋回し始める。
巨大な鉄の竜巻が空中に形成され、怪鶏を逃げ場のない死の旋風の中に閉じ込めた。
――ガガガガグチャガガガゴーォォォッ!!
肉と金属が押し潰され、削り取られる不快で絶大な惨殺音が、渦巻く鉄の竜巻の中から響き渡る。中に閉じ込められた怪鶏の姿はすでに目視できない。だが、何十トンの鉄くずと廃車が超高速で叩きつけられ、その巨体が容赦なく擦り潰されていることだけは、鼓膜を揺らす重低音から痛いほどに伝わってきた。
「……潰れろ」
蓮司が掲げた右手を、静かに、だが力強く握り込む。
――ズドォォォォォォンッ!!
空中で旋回していた巨大な鉄の渦が一点に凝縮され、まるで超巨大な鉄のプレス機と化したかのように、怪鶏の体を全方位から押し潰した。
引き裂くような高熱の風圧も、不気味なプロペラの回転音も、すべてが圧倒的な物理の暴力の前に沈黙する。
――静寂。
蓮司が磁場を解除すると、役目を終えた大量の廃車や鉄くずが、ドシャァァンとスクラップヤードの地面へ雪崩のように崩れ落ちた。
その瓦礫の山の中央には、潰れた金属のパーツと化したプロペラと、完全に沈黙した怪鶏の一部であっただろう物が埋もれていた。
「ふぅ……一件落着だな」
蓮司は何事もなかったかのように煙草に火を点け、紫煙をくゆらせる。
バイオメカニカルな怪物を跡形もなく圧殺した、まさに圧巻の完全撃破だった。
「す、凄すぎる……これが、相馬教官の力……!」
呆然と口を開けてその光景を見上げていた旭は、依然として全身の血が熱く湧き立つような興奮と、プロのイグゼクターの圧倒的な本物を目撃した感動に震えていた。




