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問題児たち

 怪鹿の討伐から、一時間ほどが経過していた。

 山々の向こうへ沈みゆく夕日が、惨劇の舞台となったキャンプ場を橙色の光で静かに包み込んでいく。

 戦闘自体は終了したものの、現場は未だに騒然としていた。複数台の大型特殊車両が次々と乗り入れられ、防護服に身を包んだ専門職員たちが忙しなく動き回っている。

 ――界裂生物回収班。

 討伐後の調査と検体回収を担当する、イグゼクターの専門部隊だ。


 ◇


「うわ……マジかよ」


 現場に到着した一人の回収班員が、思わず足を止めて呟いた。


 視線の先。

 そこには、まるで小型の隕石でも落ちたかのような巨大なクレーターが広がっていた。


 中心部には、かつて怪鹿と呼ばれていた異形の残骸が埋まっている。

 原形などどこにも残っていない。跡形もなく粉砕され、地中にめり込んでいた。


「これ……一体何があったんですか?」


 別の隊員も息を呑む。


「討伐完了の報告は受けてましたけど……想像以上ですね」


「ああ。正規の戦闘部隊のイグゼクターが出動したのかと思ったぜ……」


 隊員の困惑した言葉に、近くで煙草を咥えようとしていた蓮司が肩を竦めた。


「倒したのは、こいつらだ」


 蓮司が親指で指し示した先。

 そこには、泥と汗に塗れた旭、玲奈、理人、仄の四人が並んで座り込んでいた。

 回収班員たちが硬直する。クレーターを見る。泥だらけの四人を見る。

 もう一度、惨状の残るクレーターを見る。


「…………え?」


 数秒間の、重苦しい沈黙。


「冗談……ですよね?」


「なんでだよ」


「だって、相馬教官の担当クラスは問題児だらけの候補生じゃないですか!」


 それが、機関における当然の反応だったらしい。

 旭は呆れたように理人へ視線を送った。


「問題児クラスって、そんなに有名なのか?」


「有名ですよ」

 

 理人が即座に返答する。

 

「主に、最悪の意味で」


「落第候補の掃き溜めとかー」

 

 玲奈が指を折りながら補足する。


「出来損ないの隔離所、とか」


「……思ったより酷い言われようだな」


「まあ、否定はできないし?」

 

 玲奈は悪びれる様子もなくヘラヘラと笑っている。


 回収班員たちは、いまだに信じられないといった様子で首を振っていた。


「本当に、この四人だけで……?」


「正確には俺もいたけどな」

 

 蓮司が口を挟む。

 

「ただ、現場で身体張って殴り倒したのはこいつらだ」


 隊員たちが顔を見合わせ、引きつった笑いを浮かべた。


「信じられないな……そもそも学生ですよ?」


「それに」

 

 隊長格の男がクレーターへ視線を向ける。

 

「この破壊規模ですよ? どんな広域破壊兵器を使ったんだ……」


 その時だった。

 怪鹿の残骸の近くで解析端末を操作していた班員が、すっ頓狂な声を上げた。


「た、隊長!!」


「どうした!」


「暫定解析、出ました! こいつの個体スペックです!」


 現場の空気が、ピリッと張り詰める。

 隊長格の男が資料端末を受け取り、画面に目を通した。

 そして――。


「は?」


 思わず、素の声が漏れ出た。


「どうしたんですか?」


「危険度評価だ……」

 

 隊員たちが集まってくる。男は信じられないものを見る目で端末を凝視しながら読み上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「暫定認定――危険度Ⅲ相当ですっ……」


 旭が首を傾げた。

 

「危険度Ⅲ?」


 隣で理人が、珍しく目を見開いている。

 

「……界裂生物には危険度があるんです。ⅠからⅤになるにつれて危険度が増していきます。単純な見解としては、危険度Ⅲからプロのイグゼクターが対処するのが当たり前なんです」


 蓮司はニヤリと鼻で笑った。

 

「らしいぞ」


「いや、笑い事じゃないですよ!?」

 

 回収班の隊長が頭を抱えて叫ぶ。

 

「危険度Ⅲつったら、本来なら候補生の実習で当てていい対象じゃありません! 専門の討伐隊が小隊規模で対処するレベルです!」


「え? それマジ?」

 

 玲奈が目を見開く。


「マジです!!」


 回収班の即答に、玲奈の顔がひきつる。


「聞いてないし!」


「悪い悪い」

 

 蓮司はまったく悪びれない。


「ほ、ほのの……」

 

 玲奈が震える指で仄を指さす。

 

「アンタ、危険度Ⅲのバケモノをハンマーでペチャンコにしたってこと……?」


「そう」

 

仄は他人事のように、スポーツドリンクを一口飲んだ。


「そう、じゃないし!!」


 ◇


 回収班による現場検証が続く中、喧騒から少し離れた倒木の上で、旭は一人で佇んでいる仄を見つけた。

 仄は静かに空になったスポーツドリンクのペットボトルを切り株に置くと、足元にあった黒い塊を抱えて地面に置いた。


「なぁ、朝比奈」


「?」

 

 すっと、透明感のある黒い瞳が旭に向けられた。


「大丈夫か? あの大技使ったあと、倒れ込んだからさ」


 実は仄は大技を使った反動で動けないほど疲弊しており、先ほどまで玲奈におんぶされてここまで運ばれていたのだ。


「……もう大丈夫」


「良かったぜ。それにしてもあのデカいハンマー……」


「海石榴血華変武装(つばきけっかへんぶそう)」


「ああ、それ」

 

 相変わらず1回では覚えられない名前だ。


「あれって、結局どういう能力なんだ?」


 仄は少しだけ考える仕草を見せた。


「植生凶化」


「しょくせいきょうか?」


「植物の性質を変質させて、武器として構成する応用」


 旭はなるほどと頷いた。

 確かにあれは、ただ植物を操るというよりは、巨大な概念兵器を作り出しているように見えた。


「めちゃくちゃ強そうだったな」


「強い」

 

 仄は迷いなく即答した。

 

「でも、大変」


「大変?」


「……いっぱい使う」


「何を?」


 仄は少しの間を置いてから、ぽつりと言った。


「エネルギー。……力の消費が大きい」


「ああ、だからあの準備時間が必要だったのか」


「そう」

 

 仄は小さく頷く。

 

「……一人なら、使えない」


「え?」


「準備中に、殺される」


 旭は妙に納得した。

 あの滑空までしてくる狂暴な怪鹿を相手に、一人でじっと無防備な準備時間を捻出するなど、どう考えても不可能だ。


「でも、今回は使えただろ?」


 仄は、遠くのクレーター跡地を静かに見つめた。


「……時間があったから」


「な? チームってすごいんだよ」


「……分かった気がする」


 沈黙が流れた。

 夕風が、二人の間を優しく吹き抜けていく。

 言葉数は少ないけれど、仄なりに納得してくれたのだと分かり、旭は口元を緩めた。


「あと……」


「どうした?」


「これを還す」


 仄はそう言うと、手で小さな穴を掘り、抱えていた黒い椿の残骸をそこへ埋め始めた。


「俺も手伝うよ。それ、なんなんだ?」


「椿。使うだけ使うのはダメ」


「あぁ、さっきの技のか」


「埋めて、森の栄養源にする」


「結構しっかりしているんだな」


「……ん」


 仄がすっと目を細めて旭を睨む。


「ごめんって」


「あ! いたいた! もうあーしらがやることはないから帰って良いって!」


「相馬先生が、初勝利の祝いとして夜ご飯おごってくれるらしいですよ!」


 向こうから玲奈と理人が手を振りながら駆け寄ってきて、ようやく解放されることを伝える。


「さっさと帰ろうっての」


「そうだな」


 一人じゃ絶対に勝てなかった。

 だけど――みんなで繋いだ時間があったから、勝てたのだと。

 オレンジ色に染まる秋の空の下。

 問題児クラスの最初の実習は、こうして無事に終了した。

 

 ◇


 蓮司に連れて来られたのは、教習所近くにある年季の入った定食屋だった。

 店内には揚げ物と味噌汁の香ばしい匂いが漂っている。夕飯時のピークは過ぎているらしく客はまばらで、仕事帰りらしい作業着姿の客や、部活帰りと思われる学生がちらほらと食事をしていた。

 問題児クラスの面々は、店の一番奥にある四人掛けのテーブル席へ押し込まれるように座った。


「好きなの頼めー。教官からの特別ボーナスだ」


 蓮司がガサツにメニューをテーブルへ放る。


「マジで!?」


 玲奈の目が爛々と輝いた。


「じゃあ遠慮なくいくし! 一番高い特選エビフライ定食!」


「程々にしとけよ?」


「聞こえませ〜ん」


 すでに一番高いページへ指を伸ばしている。


「僕はこれで。刺身定食」


 理人は実に無難で健康的なメニューを選んでいた。


「ほののは?」


「……サバの味噌煮定食」


「いや毎回それじゃん」


「問題ある?」


「ないけどさ。渋すぎだし」


 そんな賑やかなやり取りを聞きながら、旭はふと前から気になっていた疑問を口にした。


「そういや」


「?」


「理人たちって、この教習所に入ってどれくらいなんだ?」


 理人がお茶を一口飲み、眼鏡のポジションを整える。


「半年です。僕と玲奈さんは同期ですね」


「あーしも半年くらい〜」


 玲奈がメニューを閉じながら手を挙げた。


「ほののはもっと長いけど」


「二年」


 仄が短く答える。


「二年!?」


 旭は思わず声を上げた。さっき失礼な発言をしたことを少し後悔する。


「そんなにいるのか」


「いる」


「じゃあ、このクラスで一番先輩じゃん」


「一応」


 仄は相変わらず無表情のままだ。


「全然そんな感じしないな……」


「よく言われる」


 そこへ、湯気を立てた料理が運ばれてきた。

 しばらくの間、全員が無言で勢いよく箸を動かす。空腹だったこともあり、料理は飛ぶように消えていった。


 やがて、お腹を満たした玲奈が割り箸を置き、突然旭を指差した。


「てかさ」


「ん?」


「あさひっちって、結構ヤバいよね」


「何だよ急に」


「いやいや」


 玲奈は呆れたように笑う。


「普通、あんな場面で飛び出す? 結果は危険度Ⅲだったけどさ。あんなの危険度カンケーなく怖いし」


 理人も静かに頷いた。


「僕もそう思います」


「理人まで?」


「普通の候補生なら間違いなく逃げます。僕も状況次第では撤退を選択していました」


 理人は大真面目な顔のまま言う。


「そこは断言するんだな」


「命が一番大事だからです」


 実に正論だった。


 そして玲奈はメロンソーダのストローをくるくると回しながら言った。


「なんていうか……あさひっちって、変なところで覚悟決まってるよね」


 旭が少しだけ目を丸くする。


「覚悟?」


「うん。記憶喪失のくせに、結局行くじゃん」


 その言葉に、旭は苦笑するしかなかった。

 ――図星だった。

 怖くなかったわけがない。記憶喪失で自分のことすら分からないのに、正体不明の化け物に突っ込むのは流石に気が引ける。脚は震えていたし、死ぬかもしれないと本気で思っていた。

 しかし、あの瞬間は身体が先に動いてしまうのだ。それが旭の性格であり、この世界に来たきっかけでもあった。


「……まぁ、目の前で誰かが襲われそうになってたら、放っておけなかっただけだよ」


「ほら、それ」


 玲奈が呆れたようにため息をつく。


「そういうとこ」


 理人も静かに眼鏡を押し上げた。


「確かに。……損をするタイプですね」


「だからさ」


 玲奈は少しだけ照れ臭そうに視線を外すと、フンと鼻を鳴らした。


「次も頑張るなら、あーしも付き合ってあげてもいいかなーって」


「上から目線だなぁ」


「感謝するし!」


「なんでだよ」


「ちょっと見直したんだからさ」


「はいはい。次も頼むよ」


 旭は思わず笑ってしまった。


 そのやり取りを煙草の煙越しに見ていた蓮司が、ポツリと口を開く。


「でも、今回のは稀なケースだ。本来のお前達がやるのは、もっと簡単な実習なんだからよ」


「え〜? センセー空気読んでよ」


「馬鹿野郎。オレはまだしも、お前らは見習いだ。なんなら見習いの中でも底辺の問題児クラスなんだからな」


「そこまで言うか」


 旭が苦笑する。


「だが安心しろ」


 蓮司は口元をニヤリと歪め、煙草を灰皿で揉み消した。


「オレが完璧なイグゼクターにしてやるよ」


 問題児クラス。

 世間の評価は散々で、協会の機関から落ちこぼれとまで蔑まれている場所。


 それでも。

 今日だけは、ほんの少しだけ。

 この問題だらけの場所が、悪くないと思えた。

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