一章 4
バイトでレジ打ってたら中岡が立ち読みしにきてるのが見えた。そこそこ背が高いくせに猫背で俯いてるからそんなに高くなく見えるところにずっとサッカーやってて弱小校なのにレギュラーすら取れなかったあいつの悲哀が籠っている。
わざわざ知り合いがバイトしてるとこに立ち読みにくんなよ。他に客がいなくなったからはたきを持ってレジを抜け出す。わざと中岡の周りの本の埃を重点的に払う。すげー邪魔そうにしてやる。中岡は笑いを堪えてる。「お客様ー。長時間の立ち読みはご遠慮いただけますかー?」顔を覗き込んで言う。中岡はようやくジャンプを閉じた。
「なんでくんだよ。帰れよ」
「いやぁ。おまえが働いてるのってどんな感じなんかなぁって」
つーか職場教えてねーだろ。誰に聞いた? 美香子か? だな?
「だって見るからにクビになりそうじゃん」
私をなんだと思ってるんだ。
クビになったことなんて二回しかないわい。
「元気か? あと木村どうしてる」
「一応元気。美香子はボールしばいてる」
高校の時から大して変わってない。
「あんたは?」
「まあまあ」
「二年になってもけっきょく友達できずにピーピー泣いてるに一票」
「んなことはない」
ちっさい声で「……はず」と付け足す。
「おーおー。さみしいねえ」
煽りながら髪の毛を撫でてやる。
くすぐったそうに振り払われる。客が入ってきた。「らっしゃーせー」私はレジに戻る。男の客がペットボトルのコーヒーとジャンプとタバコを清算する。「ありがとございましたー」中岡がぷぷぷって笑いながらレジにおにぎりと酒の缶を持ってくる。
「なにがおかしいんだよ」
「いや、おまえが働いてんだぜ? おかしいに決まってんだろ」
しね。
ガチめにしね。
「それ今日飲むの?」
私は酒を指さす。
「帰ったら」
んー。このあとの夜ずーっと暇だから中岡を誘ってみようかなと一瞬だけ思った。一人暮らししてると夜が長いのだ。でもこいつと二人で宅飲みはヤだなとも思う。間違ってもこいつと変な雰囲気にはなりたくない。ビニール袋に酒とおにぎりを詰めながら、折衷案を思いつく。
「美香子呼んで三人で飲まね? 私の部屋で」
「お? いいね」
「私今日九時までだから、美香子に連絡とっといて。なんなら二人ではじめててもいいよ」
ほい、鍵。ポケットから出して渡す。中岡が微妙な顔してカギを受け取った。
「おまえさぁ、警戒心なさすぎねぇ……?」
「あん?」
「だから、その、まあいいや」
中岡が金を払ってビニールを取った。
「木村がダメだったら、これすぐ返しにくるわ」
鍵をちゃらちゃら振って逆の手でスマホを出して電話かけながら中岡がコンビニから出ていく。だらだら仕事をこなして九時になって上がる。中岡から「木村捕まった。 部屋いっとく」って来てた。ぃよっしゃ。なんか買ってこう。
珍しく店長がレジに立っていた。酒とつまみをレジに持って行く。「珍しいね。買い物してくの」話しかけられる。「だってコンビニたけーし」今日も十一時まで開いてるスーパーに寄るのが超遠回りじゃなかったらここでは買ってない。店長がははは……と乾いた声で笑った。「今日は友達と飲みで」「はぁ。若いっていいなぁ」店長の指がバックヤードの方をさす。
「ほんとはダメなんだけど、廃棄からほしいものあれば適当に持ってっていいよ」
「お。やりぃ。あざっす」
なかに戻って廃棄の中に弁当が二つと冷やし中華があったのでいただいていく。
店長に手を振ってコンビニを出た。
うちに帰ってきたら美香子と中岡がストゼロの500ミリの缶五本を挟んでバチバチに睨み合っていた。アルコールの匂いが既に濃い。「「おかえり」」二人が揃って言うが、その声にも顔にも微妙なトゲがある。あ? なんだおまえら。美香子も中岡も私に対してはこれじゃないと思ったらしくて表情を作り直す。
「なんの話してたん?」
聞いてみる。
「この街の安全についてちょっと」
美香子が硬い声で言う。
ぜったいそんな話してなかっただろ。
中岡に視線を振ったら「地球資源にとって最適な人間の数は20億人前後だって説があることをちょっと」中岡までいい加減な答えを返す。
内緒話するのはべつにいいんだけど人んちで雰囲気悪くするなよ。酒がまずくなるだろ。私は弁当とからあげくんを広げて、酒の缶を開ける。
「とりあえず家主が帰ってきて飲み会ならやることあるでしょうが」
缶を掲げる。
「乾杯!」
ノリと勢いだけでごり押したが、付き合ってくれた。
喉を下るレモンの酸味と炭酸のばちばちが心地いい。
酒うめー。ニ十歳でよかった! 酒は好きだけど思う存分飲めるのは、私の嘘を知っていて過去を知っている美香子と慎太郎の前ぐらいなのだ。口が軽くなるから。
今日は飲むのだ。さあ。貴様らも酒を飲んで呑まれるのだ! 一切合切のイヤなことを忘れるのだ! さあ! さあ!
途中でDVD持ち出してきてハリーポッター(と炎のゴブレット)流しはじめて「ダンブルドアwww 戦犯wwwwww」って盛り上がったころには酒の空き缶が十本を越えてて三人ともテンションが壊れ始めていた。最初の険悪な雰囲気はすっかり消え去ってて、リアルに箸が転がって床に落ちただけでもおもしろかった。人として終わっていた。角部屋で隣が空いてて本当によかった。ぶへへへへ。
「おまえさぁ。カスみたいな無意味なウソばっかついてどーすんの。バレたらとか考えねーの」
「んあぁ?」
「ほら、彼氏あわせろとかさぁ。言ってくるやついるんじゃねえ?」
「じゃあそのときはあんた呼ぶからきてよ」
「俺はおまえの七人の彼氏のどれ役になればいいわけ? 社長? ホスト?」
「YouTuberじゃない? あんた金の匂いしないし顔もよくないから社長とかホストは無理でしょ。笑」
「おいこら」
「うはははははは」
無理矢理中岡の缶に自分のをぶつけた。
酔いまくってる中岡はバランス取れずにひっくり返った。
気づいたら朝で、私は知らんうちにシャツを半分脱いでて片方だけブラがぼろんしてた。
うおあお。シャツを直す。あたりを見渡す。中岡が毛布を半分被って大口あけてよだれ垂らしながら寝てる。床で。見られたかわからん。まあべつにいいか。美香子の方は洗面所から歯ブラシ咥えながら出てきた。「ほはよ」たぶん「おはよ」って言った。髪が濡れてつやつやに光っててシャワーまで浴びている。勝手知ったる他人の家である。
あー、頭いてー。
「美香子」
「ん。ひょっとふぁって」
歯を磨き終えて、口を濯ぎにいく。
そのあいだに私はゴミ袋に酒の缶を放り投げていく。うへ。中身まだあった。溢した。屈みこんで床をティッシュで拭いてると、美香子が洗面所から改めて出てくる。私は美香子を見上げた。
「中岡となんで喧嘩してたの?」
美香子は私を見て、中岡を見て。次に上を見て「忘れた」と言った。
まあ、忘れたんならしょうがないか。
立ち上がろうとしてよろめいた。んで中岡の手を踏んだ。
「んがっ」
「あ、ごめん」
中岡が寝ぼけ眼を擦る。あたりを見渡す。
「夢のなかでゾウに手ぇ踏まれた……」
「ゾウじゃねーよ。美香子より十キロは軽いわい」
身長も十センチ低いがな!
とりあえず水道水を入れて、飲む。「水いるー?」「ほしいー」美香子が言い、中岡も手をあげた。コップを二つ持っていって机におく。「うごきたくねー……」中岡が水を一口飲んだあと力尽きてもう一回ばたっと倒れた。寝た。
「あたしは昼から講義あるから」
美香子がてきぱきとメイクを直す。
「私もなんだよね。こいつは、まあ転がしときゃいいか」
げし。つま先で中岡を蹴る。「ふぐぅ」呻いたが、起きない。
「ちょっと待ってて。私もシャワー浴びるから。一緒にいこーぜ」
「ん」
美香子はスマホをぽちぽちやりながら私を待っている。ざーっとシャワー浴びて着替えた。「おまたせ」んで中岡のスマホに「鍵は持っといて」と送っとく。ママからメールがきてたけどあとで返せばいーやと無視する。合鍵用に作ってたやつを掴んで美香子と外に出る。うえ、日光きっつ……。鍵を掛ける。
不意に美香子が私の肩を掴んだ。
「誰が誰より何キロ軽いって?」
みし。指に力が籠った。いたいて。ぎぶぎぶ。「ごめんて」呆れながら美香子が手を離す。
類人猿の握力が人間には耐えられないってことをちゃんとわかってほしい。
「きぶんわるい」
不意に美香子が言った。いや、おまえさっきまでけろっとしてたがな。背中にぐでーっともたれかかってくる。うおい。重いっつーの。首筋に鼻先を埋められてくすぐったい。あと背中にブラ越しの乳が潰れた感触がのしかかってくるのがムカつく。「おぶって」無理。三歩ぐらいは美香子を引きずって歩こうとしてみたが、座り込んだ。
すっくと美香子が立ち上がった。ふつうにすたすた歩いていく。
おい、こら。
追いつこうとしたらちょっと歩く速度を上げやがる。運痴の私じゃ追いつけない。くそ。己の非力と美香子が憎い。大学についてようやっと美香子が振り返った。
「んじゃ講義いってくるわ」
「おう、いってこい」
美香子が手を振って大教室の方へ消えていく。
私も自分の講義のある教室に入る。ちょっとあとで御園が入ってきた。目が合ったが、最後列の私から対角の前側の席に座った。お? なんだ? いつも傍に来るのに。
モールのときにもしかしたら御園もこっちに気づいてたんだろうか? だから話したくない。そんな感じか? まあちょっと距離を置きたいならほっといてやろうと思って特に近づいたりせずにそのままにしておく。
環境論のバイオエタノールがどうこうの話を片耳で聴く。なんかこう、喋んなくても御園が隣にいないとつまんないなと思う。
講義が終わって、御園が出てくのがなにげなく目に入ったのだが、御園がすげー目でこっちを睨んだ。そのまま教室の外に消える。あん? いまのなんだったんだ。考えてもわかるわけがなかったから流しといた。次に会ったときにそれとなく聞こう。
んでその次の講義で、長谷川がちらっと私を見たあと遠くに座った。
だからなんなんだよ、おまえら。
モヤモヤしながらバイトして終わって『ゴッドファーザー』を流し見してアホなヤクザ共が撃ち殺されてるのを見る。
朝になって大学にいって、昼になって食堂でぐでーっとしてたら、美香子まで私を睨んで、遠ざかっていった。私は一人で野菜スティックをぽりぽり齧る。
ほんとうに意味わからない。
なんらかの嘘が発覚してどうにかこうにかなったというのならわかる気がするが、私が嘘つきであることを完璧に知っているはずの美香子の態度がコロっと変わるのはいったいどういうことだ? 昨日飲んでじゃれあってたばっかじゃねーか。
『なんかあった? ってか私なんかした?』
LINEに送っといた。
バイト終わってから確認したら既読だけついて返事はきてない。
ちょっと考えたあと慎太郎に『美香子の様子が変なんだけど、なにがあったか聞きだしてくんない?』と送る。
返事はすぐきた。
『めんどくせ』
けっ。
まあいいや。今日は帰ろ。だるいや。
んで一週間ぐらいそのわけわかんない状況が続いた。
いい加減ピキってきたところに、門くぐって大学出たらで丁度長谷川がいて男友達と喋ってた。私に気づいて眉間に皺を寄せた。あーもう、イライラする。
「何?」
直接訊いてみる。
声かけられると思ってなかったらしくて長谷川はぴくって肩を竦ませる。
「あーいやーあのー、たしかに俺がださいのは俺が悪いんすけど、あんまりださいださいって外で言わないで欲しいなーって」
「はい?」
「だから、塩沢達に言ってたんでしょ。俺がこないだモール行ったときにすげーださかったからもっとださい服着せ換えさせて遊んでムダ金使わせたんだーって。俺、思わず師匠と買った服、返品しそうになったっすよ」
「なんのこと?」
ガチで心当たりないんだが。
そりゃ長谷川のことは少なからずださいと思ってるが。
べつにそのことを言いふらしたりはしてない。
おまえがださいって噂が流れてるんだったらそれは自然発生したんじゃねーの?
「いや、もう聞いたんで誤魔化さなくていいっすよ」
「よくわかんねーけど朱里の言う事を鵜呑みにしてなんか私が悪口言ってたらしいから遠巻きにしとく。ってこと?」
「だって塩沢がそんなこと言う理由ないじゃないっすか」
「私も知らねーよ。いちおう、もっかいはっきりさせとくけど私、言ってないよ。てか映画の日と昼休みにちょろっと喋ったぐらいで、最近朱里とちゃんと話してないよ」
「えぇ……?」
長谷川は隣の男友達の顔を見た。「いや、俺見られても知らんがな」その友達が言う。そりゃそーだろ。「どっちも言ってるだけで証拠ないんだったらおまえが信じたい方を信じろよ」いーこと言うなこいつ。
長谷川は「うーん……?」と唸ったあとに「わかりました。師匠を信じます」言う。
よしよし。ういやつめ。
「でもだったら塩沢が言ってたのはなんだったんすかね?」
「それはほんとに私に言われてもわかんない。朱里どんなふうに言ってたの? 詳しく聞かせて欲しいんだけど」
「んじゃちょっと飯屋にでも移動して、」
言いかけた長谷川が門の方を見た。釣られて私もそっちを見ると、御園がふらふらこっちに歩いてくる。丁度いいや。御園にも話を聞きたい。声をかけようとして、ものすごい形相で睨まれて私は怯んでびたっと止まってしまう。でもやっぱりここでなんもなかったように御園をスルーしてこのままの状況が続くのが嫌で、なんとか笑顔を作って「あのさ」と言う。「ちょ、まって。師匠。なんか様子変」長谷川が私と御園の間に割って入った。
御園がバッグからなんかを抜いて、バッグそのものは投げ捨てた。叩きつけられた側面に留めてある缶バッジがばきゃっと音を立てた。
「なんでおまえみたいなのにステキな彼氏がいて、あたしは兄貴に犯されてんだよ!」
叫んだ御園がダガーナイフを片手に突っ込んできた。
私は長谷川に引っ張られて、びびって足が竦んだのもあってすっ転んだ。
私が無事だったのは「転んだ」からだった。私の腹があった場所をナイフが通過して長谷川の手を掠めた。血が流れた。「ぃって」長谷川が逆の手で御園を捕まえてすぐに羽交い絞めにした。はなせ、はなせと喚きながらじたばたと御園がもがく。「ぅぉぅ」固まってた長谷川の男友達がようやっと我に返って私を引っ張って引きずってナイフの間合いから外してくれる。え? こわ。なにこれ。え? ん? ちょっとまって。兄貴に犯されてるって何?
情報過多で脳がバグってる。
落ち着け、私。いや、落ち着いてられっか。
確かに私、なんかやらかしたかもしれんがそれって刺されるようなことか?
長谷川が御園の手からナイフを叩き落とした。御園がぐすんぐすん洟を啜りながら喚き散らす。聞き取りづらいけど言ってる内容はやっぱり「おまえにはステキな彼氏がいるのになんであたしは兄貴に犯されてるんだよ」で世の中不公平で間違ってるみたいなこと。
よーするにこの状況は私の嘘が間接的に引き起こしたわけで、だったら私はなにかしないといけない。がんばれ、私、嘘つきの腕の見せ所だ。御園が恐いって感情を嘘にしろ。
「ごめん、御園。それ全部嘘」
「え?」
御園がぽかんとして目を見開いた。口をあけた。長谷川が「うん、知ってた」と言う。
「だって師匠、わりと真面目に大学きてるし、バイトしてるし、遊び誘ったらついてくるし。彼氏七人もいたら相手してる暇ないじゃん。笑」
笑。じゃねーよ。
そか、バレてたか。
「師匠、すんません。大事にしたくないんすけど、これはできれば見なかったことにしてもらえませんか?」
長谷川が落ちてるナイフを指さす。
ハセ友がナイフを拾い上げて自分のバックの中に仕舞った。
「このあと次第だけど、一旦いいよ。わかった」
私が言う。いいぞ、ビビッて小便ちびりそうな内心を上手にウソで隠せている。御園が心配そうな外面を作れている。
周りに人が集まってくる。
「ちょっとここ離れましょう。それでいいよな、おまえ」
長谷川が御園に言い、御園が洟を啜りながら頷いた。




