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一章 2

 

 長谷川がモールの入り口横に用意された灰皿で煙草吸ってる。へえ。吸うんだ。「よっ」片手を肩のとこまであげて挨拶してみたら、パッと明るい顔になって煙草を灰皿に捩じり消す。長谷川はこないだダサいと言ってやったチェックの上着ではなかったけれどベージュ色のやけに裾が拡がったやつでやっぱりセンスはない。なんか初心者が変に凝ったもの買っちゃった感じがする。

「おお! 今日かっこいい系!」

 対する私はブルーのアウターに黒に近い紺色のジーンズをあわせている。

「一応、デート用で来てやったんだよ」

 長谷川はいいねえ!いいねえ! と指で枠を作って架空のカメラで私をカシャカシャ撮っている。私は調子に乗ってその場でくるって一回転する。「おおー」長谷川がぱちぱち手を叩く。ふん。わるくない。もっと私を褒め称えるがいい。

「んじゃ、いこっか」

「ん」

 モールに入る。一階は飯系だからエスカレーターに乗って二階の服中心の売り場に向かう。

「師匠、今日は彼氏の誰かと会う予定とかなかったん?」

「あんたと会ってるってことはそういうことでしょ」

「おっと」

 長谷川は両手で口をおさえた。失言だと思ったらしい。

「まあみんなわりと忙しいから」

「社会人ばっか? そういう人たちってどうやって知り合ってんの」

「アプリとか趣味のこととか、いろいろ」

「おお! パパ活女子だ!」

 勝手に恐れおののいている。違うって言いたかったが勘違いさせといた方が整合性取るのが楽そうだからほっとく。「普段どんなの買ってるの」「いや、ユニクロとかしまむらばっかで。こういうとこはあんまり。これはちょっといいとこで買ったんすけど」上着を引っ張る。ああね。いうて私も普段着買うのはそっちばっかりだが。てかユニクロとかああいうとこも選ぶ側のセンス次第ってだけでべつに悪いもんじゃない。がちがちに緊張しながらグッチの店に入って例のコートを買ったときの記憶を思い出しそうになって、あわてて再封印を施した。完全に場違いなおのぼりさんだった。

「男物って見立てたことないからなぁ」

 とりあえず入ってみっか。って感じで目についたとこに長谷川を連れてってみる。

 長谷川が置いてあるやつを手に取って広げる。

「これとかどうすか」

「なんでセンスないやつってベージュ好きなの?」

 雷に打たれたみたいな顔して長谷川が商品を棚に戻した。

 いや、べつに色そのものが悪いわけじゃねーけど。

「んじゃこれとこれとこれであわせて」

 長谷川に上下あわせて渡して試着室を親指で指す。

「あいあいさ」

 受け取った長谷川が靴脱いで入ってって、カーテンを閉じる。

 少ししてカーテンが開く。

「あの、ししょー……?」

 テカテカの黒のジャケットと同じ色のテーパードを着せられた長谷川はやくざの下っ端にしか見えない。私はバッグの中の飴色のサングラスを渡した。長谷川は黙ってそれをつける。完成。完璧。どこからどうみても映画に出てくる三下。長谷川が気乗りしなさそうに片手でピストルの形を作って、ふっと吹いた。

「や。ごめんごめん」

 くすくす笑いながらほんとに見繕っといた方の服を渡す。代わりにサングラスが返ってくる。もう一回カーテンが閉じる。開く。

「んー……」

 グリーン系が似合うかなと思ってたんだけど実際着せてみるとちょっとイメージと違う気がする。当の長谷川は「これいいっすね」姿見の中の自分を気に入ったみたいだったけど「ちょっと待ってて」私は別のを見繕う。

 結局素材が悪いからかぴったりくるようなやつは見つからなかったんだけど長谷川はいくつか気に入ったらしくてレジに持って行ってた。

「人の服を見立てるのって難しいね」

「彼氏の服とか見たりしないんです? ほら、プレゼントとかで」

「もらう側」

「おおー」

 勝手にあの二十二万のコートを連想したらしい。

 二十二万の力は偉大である。

「ちなみにこのあと予定あります? 飯食ったりとか」

「いいよ。奢りなら」

「わお」

 長谷川は服を買って中身がさみしくなった財布を見る。

 喋りながらエスカレータ―の方へ歩いてたら、映画館のある上の階から御園が下ってきた。声かけようとしたが降りてきた御園の手を前にいた太っててぱつぱつの服を着た大男が掴んでることに気づく。思わず長谷川の袖を掴んで脇にあった100円ショップの棚の影に隠れる。え? 何? 御園、あんなのと付き合ってんの? 突然引っ張り込まれた長谷川が私の視線を追う。「お?」長谷川も御園に気づく。

 男が高圧的な態度で御園になんか言う。御園は俯いて小さく頷いている。エスカレーターを降り切った瞬間、豚男が御園の頬を張った。パァン。高い音が響いた。御園が尻もちをついた。御園をほっといて豚男はエスカレーターを下って行った。御園は五秒くらいしたあとにのそのそと立ち上がって、この世のすべてを恨んでるみたいな鋭い目つきで辺りを一周ぐるっと見渡したあと、豚男を追いかけて下の階に降りて行く。

 御園の姿が見えなくなってから、私と長谷川はすぅーっと長い息を吐いた。

 なんか見ちゃいけないものを見てしまった気がした。

「飯食う気分?」

 長谷川の横顔に聞く。

「せっかくだし」

 というわけでフードコートに移動した。

 念のためにあたりを伺ってみたが、御園はいなかった。さっきのやつと外に出たらしい。長谷川は餃子定食700円を頼んで、私は鴨蕎麦650円 (高くね?)を長谷川に奢らせた。向かい合って座る。ずるずる蕎麦を啜る。うん、ふつうだけど、ふつうにうまい。

「さっきのあれどうおもう?」

 訊いてみる。

 長谷川が首を捻る。餃子をもぐもぐしてる口元をおさえる。

「んー……、ソノっちが自分からなんも言ってないなら俺らがゲスの勘ぐりをするのは、あんまりいいことじゃないじゃないでしょーか」

 あ、こいつ、御園のことソノっちって呼んでんだな。仲悪くないんだろーか。

「いいじゃん。ゲス二人並んでんだから」

「うーん、そういうもんかなぁ」

「あれ彼氏かなぁ?」

「どうすかね。ソノっち楽しそうじゃなかったから違う気がするかな」

 そうなのか。でも男友達って感じでもないと思う。じゃああれかな。前言ってた兄貴。

 だったらやっぱり長谷川の言う通り私に見られたのは確かに御園にとってあんまり嬉しいことじゃなさそう。まあ見なかったことにするか。

「んーと、男から見た御園ってどーなの? 私からみたら楽しいし、いい子に見えるんだけど。ちっさくてかわいーし」

 あいつなんでモテねーの?

 長谷川は答えづらそうな顔をした。ごくん。餃子を飲み込む。

「なんていうのかな、やべえおんなって感じっすね。迂闊に手を出したら地獄見そう」

「ちなみにわたしは?」

「チョロそう」

「は? 殺すぞ」

「そうそう。それっすよ」

 長谷川が指を振ってうんうんと勝手に頷く。

「師匠の“殺すぞ!”は冗談なんよ。男女の戯れの“殺すゾ☆”なんです」

 シナを作ってかわいこぶって言う。イラっときた。

「でもソノっちの“殺すぞ!”はガチなんすよ。ちゃんと殺意籠ってんの。こえーの」

「あー…………? あー………………」

 いや、私のもガチだけどな? でも言わんとすることはなんとなくわかった。

 なんか御園には取り返しのつかない雰囲気があるのだ。実際どうかはともかく。

つか。

「ガチで殺すぞって言われるようなことやるなよ?」

「はい。その節はあっしがわるうございました。映画の途中で喋ってちゃ怒られて当然でございやす」

 反省はしてるらしい。うりうり、かわいいやつめ。

「昔はあんなじゃなかったですけどねえ」

 ぼそっと言う。

「御園と知り合い?」

「小中一緒っす。高校は向こうがいいとこ行って、俺がアホで。べつだん親しくはなかったですけど」

「ほーん。がんばったんだ?」

 うちの大学は偏差値そこそこないと入れない。中岡は落ちた。私は煽りまくった。

 長谷川がにっと笑ってVサインを作る。

「んー、なんかきまずいなぁ」

「ま、見なかったことにしてやりましょう」

「そだねぇ」

 長谷川は、このあとー、とどっか移動して欲をいえばカラオケかどっかで二人きりでワンチャン欲しかったらしいが私は全然そういう気分じゃなかったから適当な用事をでっち上げて、帰った。



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