二章 7
私も後部座席に入ったんだけど、あー、なに言えばいいもんかな。と思ってたら向こうから「あなたは」声がかかる。
「何なんです?」
「相沢の大学の同回生」
花ちゃんは、そうなんだ。みたいな顔をした。
「社会人かと」
「そうなるように狙ったコーデしたみたい。あいつが」
私は車の外の相沢を顎でしゃくって指す。
遠回しに老け顔と言われたんじゃないかと思って、屈辱を相沢のツケにしとく。
「美容室とレンタカーとここの駐車場代で、2万くらいかかってんじゃない? たぶん」
そのくらいはあいつ、骨折ったんだよ。あんたのために。
あんたにとっては迷惑だったかもしんないけど。
「……私、智之に奢ってもらったことない」
「智之?」
「あの、私の隣にいた」
ああ、彼氏くんの名前ね。OK。方向性が固まりました。この子は彼氏の愚痴を言いたい。が、あのコミュ内の人には言いづらくて、以前からの友達は「勧誘のせいで関係が切れて」いて話せなくてうずうずしている。
「彼氏どんなやつ?」
「どんなやつ……どんなやつなんだろ……」
花ちゃんは必死に彼氏のいいところを考えてるけど、出てこない。だろうよ。彼女をマルチに巻き込むような男、絶対ろくなやつじゃねーだろ。でも私からはなんも言わない。私からなんか言ったら、それはちがう! って言い出すから。彼氏の悪口言われたら条件反射で否定したがる女、いるよね!(私)
ぜひ自分で考えてあれがクソだということに気づいてほしい。
「あいつどんなやつに見えました?」
「いや、わかんないよ。今日あってパッとみただけで」
というふうに言っておく。
実際は私の中で智之くんの印象は底辺である。
「いまほとんど一緒に住んでて。最初はいつも一緒にいられて嬉しいなと思ってたんです。でもいつもご飯作るの私だし、部屋も散らかって掃除も洗い物も全部私で。食べてくれておいしいって言われたら嬉しいんですけど。でも気づいたら食費とか、自分一人で住んでるよりずっと掛かってて。課題とかやろうと思ってたことできなくて。お茶がなくなっても作ってくれないし、トイレットペーパーが切れててもそのままで。家賃半分払ってとかも言えなくて。嬉しいはずなのにずっと楽しくない気がしてて」
うん、クズだわ。
喉元の辺りまで上がって来たのをなんとか飲み下す。
いま彼氏を否定したら花ちゃんは。
そうじゃないの 智之くんには こんなにいいところがあるから 。
に、なっちゃうから。
けど。けど言いてぇ。そいつクズだって言いてぇ……。
「ラメタ(※ライフオブメタバースの略称らしい)のことは応援したいんです。智之くんがんばってるから。目標があるのはいいことだと思うし。私はぼんやりした人間だからどうなりたいとかあんまりなくて。ポルシェとかアルマーニとかロレックスとかよくわからないけどセミナーのみんなが目標にしてるから岡橋さんはきっとすごい人なんだろうなって。智之くんが岡橋さんみたいになりたいって言っててそのためにがんばってるのは、なんていうか、眩しくて。でもいろいろお金かかって。“簡単だから花でもできる”って言われてラメタはじめたけど私は結局全然うまくいかなくて。友達にもわかってもらえなかったから、智之くんが言うほど簡単なことじゃない気がしてて。智之くんは自分の方はうまくいってる、おまえの努力が足りないんだって。正直、私はラメタと相性悪いなとは思うんです。ていうか、智之くんうまくいってるなら食費とか家賃とか半分くらいは出してほしい」
……こう、ムズムズっとする。
……どうしてもこれだけは言いたい。
……言わない方がいいんだろうけど堪え切れない。
「一個だけ、いい?」
「はい?」
「私、洋服はちょっとだけ詳しいんだけど、アルマーニのスーツ、岡橋さんが着てたやつ、あれニセモノだよ。偽ブランド。ホンモノの十分の一もしないんじゃないかな」
「え?」
「ロレックスもたぶんニセモノだと思う。ポルシェはレンタルしたんじゃない? いまそういうサービスあるじゃん」
「……」
「私は、ふつうの人だと思うよ、岡橋さん」
詐欺師だと思う。と、言いかけたのをどうにかマイルドな表現に留める。
「つか、LINE教えてよ。私も相沢の愚痴とか言いたいし」
こないだ一緒に行ったキャンプで川に突き落とされた話をする。
花ちゃんが笑う。
「あいつそういうとこありますよね」
「うん、わーるい奴だよね。ちょっとアホだし」
LINE交換して。また話す約束をした。
花ちゃんのスマホがぴろんと鳴る。「智之くん」呟く。
「なんてきたの?」
「あいつらなんだ、みんなの前で恥かいた、って」
ほーん。
彼女が知らん男に連れ去られた感想が「みんなの前で恥かいた」ね。
「カラオケいかね? 四人で」
「……いきましょうか」
ドアを開ける。相沢に「行先変更! カラオケ!」と言う。
「かまへん?」
「いいよ。おもろそう」
五十嵐に確認とってから相沢が運転席に乗り込んだ。
「レッツゴー!」
私は明後日の方向を指さした。
カラオケボックスのトイレで相沢にぴこぴこっとLINEに送る。
心得その1。
彼氏くんやラメタを軽率に否定しない
→女の気持ちは身の回りのものを否定されると「そんなことない。あの人(場所)にはこんなにいいところがあるから。 って気持ちになる。軽率な否定は逆効果だ。距離感を保て。
心得その2。
褒めろ。取り込め。
→あっちのコミュニティよりこっちのコミュニティの方が居心地よくね? と思わせろ。ホストになった気持ちになれ。女はホストが大好きだ。特に花ちゃんは彼氏くんに蔑ろにされて自己肯定感が下がっている。とにかく楽しませろ。「俺ならそんなさみしい思いさせないのにな」の精神でいけ。
つーか花ちゃん悪いやつじゃなさそうだし、こっちのコミュに取り込んじゃおう。
あとついでに朱里に根回し。
相沢の女友達がマルチに洗脳されかけててこっちのコミュに取り込むことでマルチ離脱させたいんだけど、承認欲求満たさせるために適当に褒めてやってくんない?
すぐに返信がくる。「めんどい。あたしに得がない」。そうだな。そしておまえはそういう女だったなそういや。なんで私が骨折ってやってんだと若干バカバカしくなりながら。
有名人と合コンセッティングしてやっから。と打つ。送信する。
朱里からは目がメラメラ燃えて拳握ってる猫のスタンプと「誠心誠意やらせていただきます」って返ってきた。LINEを閉じる。
さてはて、どうなることやら。
個室に戻ってスピッツの「愛のしるし」を熱唱する相沢に「おまえそんなキャラじゃねーだろ!」ヤジを飛ばす。
「じゃあおまえどんなキャラやねん?」
相沢が私にマイクを渡す。おう。耳の穴かっぽじって聞け!
私はコブシを聞かせて、天城を越えた。




