二章 3
暗くなってきた。
男用、女用のテントをちゃんと二つ張ったのだが朱里が向こう行こうぜ、って言い出して結局男用のテントで酒盛りしながらおやつやらなにやら広げてそのまま雑魚寝した。寝袋もちゃんと用意してたのだがそのままでも寝れるぐらいの気温はあった。深夜になって目を覚まして「うお。さむっ」と思ったぐらい。山の中の気温は街とは全然違う。特に夜と朝は。寝ぼけ眼で見渡すがテントの中には五十嵐しかいない。あ? みんなどこいった? いや、女連中は向こうに引き上げたのか。尿意を感じてテントを出る。ランタン(型のライト)がついててパパと朱里がテーブルでなんか話してるのがぼんやり見える。徳永さんとこと三島さんとこのテントにも灯りがついてるのが布越しに透けて見える。
便所にいくと、デカい蛾が窓に張り付いてた。我慢して用を足した。動き出さないかとひやひやした。
隣の自販機の灯りにいろんな小さな虫が群がっている。ビビりながら小銭をいれてホットコーヒーのボタンを押す。ちょっと離れてからタブを開けて、飲む。
なんとなく歩きたくなって、私はスマホのライトと乏しい街灯を頼りにして駐車場から道路沿いを一人でぶらぶら歩いた。
たまにはこういうのもいいかな。と思っていたのだが、途中ガードレールに座ってちびちびコーヒー飲んでたら蚊の大群に襲われた。虫よけスプレーなんざ大して役に立やしない。もうちょっとこうあんまりないシチュエーションの感傷に浸らせてくれよと思う。苦笑いする。現実なんてこんなもんだ。川の方まで行ってから戻るか。んで川までふらっと見に行ったら、長谷川と御園らしき影がライトを挟んで河原でなんか話し込んでいる。
あ、ちゅーした。
御園の胸元に長谷川の手が伸びる。
おまえ友達いるとこでそれは。お? おぉー!
……しばらく眺めてから気づかれないうちに戻った。
あいつら大胆だなと思いました。
朝になってパパが全員分のコーヒーをいれて魚を焼いてくれた。
私や夜中に一回起きた組は寝袋に体つっこんで寝たので大丈夫だったのだが寝袋なしのまま朝まで眠り呆けてた五十嵐が一人で凍えてた。草。
なんの変哲もない鯵の味醂干しでも炭火で焼いたらそれなりに美味い。長谷川は「これ肉よりうめーかもしれねーっす!」って言ってた。
山の中で目を覚まして飯食うのはなんとなく気持ちがいい。うまく表現できないが「空気が美味い」んだろうな。それからもう一騒ぎしてから、片付けに入る。
「おら、きりきり動けー」
クーラーボックスをパパのワゴン車に運びながら、座り込んで朱里と喋ってさぼろうとしてた五十嵐の背中をサンダル脱いだ素足でゆるく蹴る。五十嵐が渋い目で私を睨んだが「ほい」丁度いいタイミングで相沢がテントの残骸を五十嵐に押し付けた。五十嵐が仕方なく立ち上がる。朱里が笑ってるが「おまえもな?」ゴミ袋をどんと置いてゴミ捨て場の方へ顎をしゃくる。朱里が(こんなの格下どもでやれよな)みたいな顔をしながらゴミ袋を掴んで歩いて行った。これだからカースト上位のやつらは。片付けは下級国民がやるものだと思ってやがる。
きりきり動いてくれてる長谷川が御園を伴って「師匠、だいたい終わったっす」と報告に来たので、見に行く。うむ。テントの跡地はきれいさっぱりなくなり、テーブルの周りに散乱していた各種道具やゴミはきちんと片付けられている。
「よかろう。ほめてつかわす」
「ははぁー」
私が言うと、長谷川が私を仰いだ。御園のジト目がこわい。
キャンプ場の共用の調理場も確認したがちゃんときれいになっている。散らかしたまま帰ってもキャンプ場の人が清掃するんだろうけど、やっぱりこういうのはきれいに使うのがマナーだ。
忘れ物がないか確認して、私は助手席へ。学生共は後ろに乗り込む。
パパが振り返って「じゃ、出すよ」と言った。
「はぁーい」
学生共が元気よく返事をした。んで五十嵐がくしゃみをした。それからシートベルトを締めておもむろに「シート締めてやったぜぇ。チャイルドだろぉ?」と言った。しばらく何言ってるのかわかんなかったが、理解が追い付いて「ぼふっ」と吹いた。(※お笑い芸人のスギちゃんさんの持ちネタ。日常のちょっとしたことに大袈裟な一手間を加えて「ワイルドだろぉ?」と紹介していく。今回の五十嵐はチャイルドシートと掛けたらしい。嗤ったのは私だけだった)
車が動き出す。
「なんか心洗われたわぁ……帰りたないなぁ」
山地の風景を窓に見ながら相沢がぼやく。
「またくりゃいいでしょ」
私が言う。
「せやなぁ。レンタカーでも借りていこか」
ワゴン車が山を下って高速に入る。遊んだ疲れが残ってるのかバックミラーに映ってる御園と五十嵐がうつらうつらしていた。相沢は窓の外見てなんか考えてて長谷川は御園の枕になってるから、爛々としてパパに話しかける朱里とそれに返事をするパパの低い声だけが車内に響いている。
なんか微妙な気分。
一時間もすれば見知った街まで戻ってくる。
駅で学生共をまとめて下ろしていって、手を振って別れる。
私のことはマンション前まで送ってくれる。
「今度は友達に恵まれたみたいだね」
パパが言う。
はたしてそうなのだろうか。特に朱里。
あいつ、がちでパパ狙ってるよな……。
「あのさぁ、一応言っとくんだけどべつに朱里のことその気じゃないよね?」
「ん? ああ。どうだろうね」
「私、朱里のことママって呼ぶのヤだからね」
「櫻子も親離れしないとね」
ちょっとまってなんだその回答は。
ワゴン車が止まった。
マンション前。促されて、降りる。
「じゃあまたね。なにかあったら連絡しておいで」
優しい声でパパが言って、遠ざかっていく。
いや、たしかにパパを生け贄にしたのは私なのだが。え? これ大丈夫だよな? なんかとんでもないこと進行してないよな? 冷や汗をかきながら部屋に戻って、疲れてたからとりあえず寝た。




