二章 2
もう少ししてパパのネットの友達が四人きた。
一泳ぎした学生共がおやつに肉を焼き始めて(頭バグってんのか?)パパが肉の面倒を見てるから私が駐車場まで迎えに行かされた。
ワゴン車で色々荷物を下ろしている、ころころに太ったおっちゃんに向けて片手をあげる。
「おじさんちーっす」
「あ、櫻子ちゃん久しぶりー」
五十代の髪がやや薄くなってる柔和な顔のおじちゃんの徳永さんがこっちを向く。たまにうちにも遊びにきてたパパのピアノ友達である。結構上手で仲間内の発表会では花形らしい。ママがやらせたがったピアノを三日で飽きてやめた私には徳永さんの腕前がどれくらいかはよくわからんが。
私は隣の女性を見る。おじさんよりちょっと年下に見える上品に皺の寄ったおばちゃん。
「家内の菊江です」
おじさんがにっこにこで紹介する。その様子からは普段の家庭の事情とかがなんとなく透けて見えて夫婦仲いいんだろーなと思う。
「七宮櫻子です。はじめまして!」
「菊江です。よろしくね」
ぺこりと頭を下げられて私も慌ててそれに倣った。
車一台越しに荷物を背負った若い夫婦がこっちに歩いてくる。
「あ、三島さんですか?」
「はい、そうです。七宮さんの娘さんの?」
男の方が言う。
「櫻子です。よろしくお願いしまーす」
肉焼いてるのこっちっすー。
と、私の先導で歩き出す。「荷物持ちましょーか?」テントとか背負っててクーラーボックスを右手に持って左肘にもスーパーの袋を引っ掛けてる、装備しすぎてガンダムのそういう機体みたいになってる徳永さんを振り返る。
奥さんの方も食材らしきものの入ったそれなりに重そうな布袋を持ってるが、もう徳永さんは見てるだけで重い。
「いやいや、大丈夫。まだまだ心配されるような歳じゃないよ」
大丈夫ってんならまあいいかと流して三島さんの方をなにげなく振り返る。
そっちはわりと軽装である。鞄からパンフレットみたいなのが覗いている。
パパのところへ連れてくと大人同士の挨拶ーって感じに軽く笑いあってとりあえず荷物を置いてビールで乾杯してた。
大学生共は、野郎はまだ食ってて、女子は酒を傾けながらお喋りに興じている。菊江さんがなんか微妙な顔をしてこっち(女子共)を見ていた。「なんすか?」訊いてみる。
「いやね。あたし、七宮さんのところに出かけるときって主人が浮気してるんじゃないかって、疑ってたの。恥ずかしいわ。こんな集まりで浮気なんてできるわけないわよね」
菊江さんが苦笑いして安心したようにほっと息をついた。
「そんなに気になるならおまえもくればいいじゃないかって主人が言って来たんだけど、ほんとに恥ずかしい」
まあ、なんか、奥さん鋭いっす。
ピアノの会の帰りで電車で来たはずのよそのおばちゃんを車に乗っけてどっかにしけこんだのは見たことある。だからおっさんピアノ会の方じゃなくてキャンプの方に誘ったんじゃねーかな。
けどさわらぬ神にたたりはないのでそのへんのことは何も言わずにおく。
修羅場を見るのは楽しいかもしれないがトリガーを自分で引きたくはない。
肉持ってテーブルの方に来た徳永さんと三島さんが適当に挨拶して男子学生共に混ざっている。盛れ聞こえてくる内容では徳永さんの会社のことに就活のことを織り交ぜて話してるみたいだった。男子共が興味深げにふんふん頷いている。就活とか考えたくねー……。
女子の方のテーブルで朱里が手招きして私を呼びよせた。
「んでんでんで。住んでんだって? 長谷川のとこに」
興味津々で御園に聞く朱里に私は(地雷じゃねーか? 大丈夫か、それ)とひやひやする。
でも御園はまんざらでもなさそーに「うん」と頷いただけだった。
「どーなのよ、あいつ」
「どうって言われても、ふつう」
言葉を濁しながら御園がはにかむ。長谷川の方はちょっと疲れ気味ではあるがそれでも悪い感じじゃないらしい。朱里が「おしえなさいよー」絡んでいく。そしたらとうの長谷川と五十嵐がげんなりした顔してこっちのテーブルに来た。
「どしたの」
長谷川に訊いてみる。「いやぁ」長谷川は五十嵐の顔を見てちょっと首を捻る。
男子のテーブルの方を見ると相沢が三島さんとなんか話してる。
手元にパンフレットみたいなものを広げてる。
「まあひらたくいえばネズミ講に勧誘されまして……」
「うわ」
最悪。
初見の人とネットで会うとこういうことあるのはヤだよなぁ。
相沢は話しこんでるけど、あいつまさかやる気じゃねーよな……?
「あんまりひどかったらパパにちくっとく」
「そうそう。あの人のこと教えてよ。どんな人?」
朱里がパパに興味津々であることに私は若干の怯えを抱く。
けどまあ自分からパパを生け贄にしといて何も話さないのも違うような気はする。
「どんな人って言われたら、だまし討ちみたいな人かな……」
朱里の首が十度くらい傾く。
パパは優しい、おだやかな人である。基本的には。
でも私が高校のときに鈴木転校・美香子ぶちぎれ事件を起こした際に美香子の両親・担任・(担任の同席で)私のクラスメイトへのヒアリングを行い、情報を集めて、そして最終的に私の言い分を徹頭徹尾正確な情報を持って否定した。
信じられなかった。パパといえば私のわがままをだいたい聞き入れてにこにこしてる人だったから。そのパパが私に向かって笑顔で「認知が歪んでるね!」と言い放った。
それから離婚のときだって。興信所を使ってママの不倫の証拠をこれでもかってくらい揃えといて、でも黙っていた。ママが離婚を言い出して財産分与や慰謝料の話になってようやっとパパは不倫の証拠を持ち出してきた。「いやぁ、べつにキミが満足ならいいかなと思ってたんだけどさ」ママはバツが悪そうに俯いていて再構築を願い出たが「ん? 別れるんでしょ」とさらっと言って結局離婚することになった。こわ。と思った。
パパはおっとりした人だし、その「おっとりした人」という評価はべつにウソじゃない。けどときどき「そう見せかけてた方が得だから」そういう風に振る舞っている気はする。ディフェンスに徹してたボクサーがいつまにかカウンターを決めて相手を倒してる。そんな感じがする人だ。
細かい部分はぼかしながらのそういうパパの評価を聞いて、朱里は「へえ。頭いい人なんだね」とわかってんだかわかってないんだかのことを言う。
そのへんで三島さんがパンフレットを持ってこっちに来る。
「ちょっといいかな。耳よりな話があるんだけどさ」
パンフレットを広げかけて化粧品がどうたらって話をしだす。私は手で制した。
「そういうのはよそでやってください」
「え、でも、これほんとに」
「そういうのは、よそで、やってください」
強く言う。
三島さんの顔が引き攣って小声でごにょごにょなんか言う。
「もっかい言わないとダメすか?」
ホストの娘として、それはさすがに看過できん。
「……そっか。ごめんね」
三島さんがパンフを畳んで、テーブルから離れってた。
「おぉー」
長谷川が小さく拍手してくれた。もっと崇めてもいいんだぞ? でも御園が長谷川とついでに私の事もジト目で睨んでて、あんまり調子に乗りにくい。




