二章
肉が焼けていく。炭火から上がった煙が風で流れる。
「そろそろだよー」
パパが呼ぶ。マジックテープのグローブとそれにひっつくように作られた化学繊維で作られたボールでキャッチボールやってた長谷川達が振り返った。長谷川と五十嵐とモブB(LINEグループ確認したら相沢って名前だった)、あとちょっと遅れて御園がのそのそ歩いてくる。私は吹きこぼれてる飯盒から人数分の米を深めの紙皿によそってやる。「とりにこーい」と言う。「あざーっす」「どうもー」受け取った長谷川と五十嵐が、パパのところに肉と野菜を取りに行く。御園が米を受け取ったまま私の傍に突っ立ってる。びくっと体が固まりそうになるのをなんとか抑える。
「ん? 何?」
「あの……」
御園は言いづらそうに目を伏せる。
「こないだのこと、ちゃんと謝ってなかってなかったから……ごめん」
なんだ。そんなことか。と私は私の気持ちを騙す。
「いいってことよ」
口ではそう言ったのだが、ぶっちゃけ私はあれから御園のことがちょっと怖い。近くに立たれると緊張が走る。けどべつに長谷川や御園との関係に亀裂を入れたくはないので、だいじょうぶってことにしておく。
小さく頷いた御園と一緒に米持って肉を取りに行く。たまねぎとかぼちゃも焼けてたから貰う。
「うひょー。美味そう!」
「いっぱいあるからたくさん食べてね!」
パパは娘の友達をもてなせることにめちゃくちゃ張り切ってテンションが上がっている。正直勘弁してほしい。特にずっとパパの横で手伝っていてなんか話しかけてた朱里に鼻の下を伸ばしているとは思いたくはない。
つか私も食お。腹減った。
クーラーボックスからビールの缶を取り上げる。「あ、師匠ずるい! 俺もー!」「ざけんな、自分で取りに来い」私の手は二本しかねーんだよ。片手で持てる限りの缶ビールを掴んで(三本、がんばった)プラスチックで出来ててベンチと一体になってる折り畳めるテーブルに持ってってやる。「あざーっす」五十嵐が言って、一本取る。「もっと感謝せよ」私はふんぞり返る。どうでもいいけど川で一泳ぎしてまだ乾き切ってない体拭いてシャツきただけの濡れた髪の五十嵐が喉鳴らしてビール飲んでるのはわりと絵になっててなんかムカついた。ビールを御園に一本配る。長谷川はちゃんと自分で取りに行って四本抱えて帰ってきた。
「いただきまーす」
パパに聞こえるように男共が言い、たれをぶっかけて肉に食らいつく。
「うめえ」
「さいっこう」
そりゃもうパパがいい肉買ったからな。
私も食う。脳が旨味成分に強烈に焼かれる感触がした。炭火で焼いた肉って最強だな。飯盒で炊いた米もくそ美味く感じる。
美香子も連れてきてやりゃよかった。朱里がくるって言ったら行かないって即答されたが。
ビールを開ける。外の開放感の中での酒は背徳的な味がした。
「師匠、あの人は例の彼氏さんの一人なんすか?」
長谷川が引き続き肉を焼いてるパパを箸の先で指す。おい、行儀わりーぞ。
「や、あれはパパ」
「んん? パパ活的なあれの?」
「じゃなくて。ガチのパパ。私の父親」
長谷川がパパと私を何度か見比べて、目を見開いた。
「あ、あんま似てない、ってかなんか若くないすか!? うちの父親ジジイに片足突っ込んでるんすけど」
「なんか十八でママと結婚したらしいよ」
よーするにパパはいま三十八歳である。一般的な大学生の子供を持つ親としてはかなり若い部類だろう。ママはパパより六つ上。
なれそめは知らんが娘の印象からすると「社長の令息のパパを青田買いしたんだな」。いまではパパが会社を継いでる。朱里に捧げる生け贄である。ちなみにママとは離婚済みで、そっちはどっかの男とよろしくやってる。私のことは気に掛けててよく連絡してくる(返信確率は40%ぐらい)が、養育費はついに一銭も払わなかったらしい。
「おおお…………!」
男共がなんか慄いていた。
あ、そか。十八ってこいつらより年下になるのか。
そう聞くとかなりやべーな、ママ。
早々に肉を食い尽くした男共がおかわりを求めてパパの元へ。
入れ替わりに朱里が戻ってくる。肉を手に。ほくほくの笑顔で。社長ってだいたい五十歳から六十歳くらいの人が多いから朱里はパパの若さに大満足らしい。
「いい人だね。話もおもしろいし」
「まあねー」
私からパパのプロフィールを引き出そうとしてくる朱里の質問を適当に受け流して相槌を打ちながら、あれ? もしも万が一そういうことがあればこいつは私の継母になるのか? と思いついて深く考えないようにした。
さすがにそんなことにはならんだろ。たぶん。きっと。おそらく。(震え声)
散々肉を食い散らしたあとで川に移動して遊んだ。火照った足下に冷たい水が心地よかった。河原で一休みしてじゃれあってる長谷川と御園を眺めてたら相沢が隣に座った。
「彼氏さん連れてこんかったん?」
「親に会わせるよーな関係じゃないんで」
「そらそやな、七股いうてたもんな」
相沢は皮肉気にけっけっけと笑う。
なんだ。喧嘩売ってんのか。
「ああ、気わるうせんといて。なんかうちの家族みんな皮肉屋で、俺感覚ずれとんねん。ようデリカシーない言われるわ。すまん」
まあそうカラっと謝られると、一応もうちょっとくらい様子を見てやるか、とはなる。
大阪人らしい愛想の染みついた作り笑顔を浮かべる相沢は人の懐にぬるっと侵入してきそうな厄介さが垣間見える。
「俺しらんかってんけど、あの二人付き合いはじめてんな」
長谷川を指さす。御園と水をかけあってきゃっきゃうふふしている。
「らしいね」
私は相槌に留める。
「塩沢と葵もなんか距離近いやん? なんや最近肩身狭くてさぁ」
「あおい?」
「あ、五十嵐、あいつ下の名前、葵ってんの」
へえ。かわいい名前してんだな。
「てかあんたそんなこてこての関西弁だったっけ」
「やー。前んときはネコ被っててんけど、あ、無理や。地で喋った方が楽やと思て」
「ほーん」
「七宮さんは泳がんの?」
「化粧が崩れる」
相沢は私の顔をまじまじと見る。
それからちょっと左上を見てなにかを考えてそれから私の肩のあたりに視線を落とした。
「それ、濡れて大丈夫なやつ?」
「ん? ああ、一応水着だけど」
ワンピースタイプの黒。通販で50000円。
かわいー! と思って即決したがあとから「水着って、夏しか着ねーよな……プールでこれはさすがに浮くし。海とか川いくの年に何回だろ。海水とか川の水って、生地痛むよな……」と冷静になった。あと着てたモデルの人の体型が私と違い過ぎた。私は死んだ。
相沢はなんか悪い顔をして私の手をとって立ち上がった。
あん? なんだ? そのまま手を引いて川の中に入っていく。深いとこの手前まできて、いきなりしゃがんで私の膝の裏を抱えて横抱きにした。んで私を抱えたまま深みに向かって飛び込んだ。「ひゃぁっ⁉」ここ何年か出してないような悲鳴が出た。ばっしゃーん。水の中で相沢が手を離す。
……………………
浅瀬まで這って戻って起き上がる。
「あーいーざーわー」
相沢と長谷川と御園が、濡れた髪の毛が顔に張り付いた私を見て手を叩いて笑っている。
深いところから浮かび上がってきた五十嵐だけが何が起こったのかわからずにゴーグルを外して首を傾げていた。パパがきれいなクロールで下流に向かって泳いでいった。




