五年越しの
莉菜と会うための場所には、犬塚が妹の志織との再会に使ったオープンカフェを選んだ。
そのテラス席で、莉菜と向かい合って座る。
カラッとした陽気で、眩しい太陽が空から降り注いでいる。テラス席に用意された大きなパラソルがなければ、焼けてしまいそうな天気だった。
「こんなお店、私たちが学生の頃からあったっけ」
俺の決心なんてつゆ知らず、お店に入ってからしばらくは、莉菜が主導で他愛ない話が続いた。
切り出すタイミングを計る、この時間がもどかしい。
「どうだっけ。こっち側はあんまり来なかったし、あんまり学生に縁があるお店でもないからね」
「特に私たちなんて、チェーンのお店に入るので精いっぱいだったからね」
莉菜はそう言って笑う。少しだけクシャっとするその笑顔は昔から変わらなくて、また胸が締めつけられる。
「そういう意味では、俺たちもちょっとは成長したのかもね」
「確かに。ちょっと大人になったのかも」
今日、莉菜は時間があまりないと言っていた。
その中で、三十分だけでいいと言って予定をつけたのが、このカフェでの時間だった。何気ない会話が続き、マグに入ったお互いのコーヒーが減っていく。
それはまるで、さらさらとこぼれる砂時計のように見えた。
他愛ない話が続いていく。莉菜と話しているとやっぱり楽しくて、三十分はあっという間に経過した。
莉菜がマグの中のコーヒーを飲み干す。
砂時計は空になった。
「実はね、永井くんに伝えなきゃいけないことがあるんだ」
莉菜は不意に、真剣な顔になってそう言った。
「待って」
とっさに、俺はそれを遮った。
「俺からも一つ、伝えたいことがあるんだ」
今日、向かい合ってコーヒーを飲む中で、一つ気づいていたことがあった。
あるいは、もっと早くに気づけていたら、今日こうして莉菜と会うことはなかったかもしれない。
「永井くんも?」
莉菜は少し驚きながら顔を上げた。
その拍子に、顔にかかった長い髪を左手で直す。その薬指には、銀色に光るものがはめられていた。
その可能性がないわけではないと、気づいていなかったわけじゃない。だけど、どうしようもなく胸が苦しくなる。
言わないと。
たとえ結末の分かった告白だとしても、それでも伝えなくちゃいけない。
なのに、言葉が出てこない。
「永井くん?」
莉菜が怪訝にした。
その瞬間だった。テラスの隣を通りかかった車に反射して、一瞬、眩しい日差しが照りつけた。
思わず目を細める。
不意に、思い出した。そういえばあの日も、本格的な夏を先取りしたような、いやに暑い日だった。
二人で図書室で勉強をした帰り、引き返すその背中に声をかけられなかったことを、俺はずっと後悔として抱えていたはずだった。
臆病はもう、どこかへ消えていった。
莉菜の顔を正面からしっかりと見つめて、それを口にした。
「ずっと好きでした。五年前から今日まで、ずっと好きでした」
莉菜は「そっか……」とつぶやいてから、微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「うん、ありがとう。私も好きだったよ」
こんなの自己満足の告白だ。それでも、莉菜のその表情に救われた。
この選択に間違いはなかった。
「実はね、来月結婚するんだ。それで、明日この街を出るの。彼の会社の近くに移って、二人で暮らすんだ」
不思議と、悔しい気持ちは湧いてこなかった。
こんなの、いまさら俺が入り込む余地なんかないじゃないか。
「だから、最後に永井くんには伝えておこうと思って」
莉菜は少し恥ずかしそうに言った。
「おめでとう」
祝福の言葉は自然と出た。たぶん、ちゃんと笑えていると思う。
「ありがとう」
莉菜も微笑みを浮かべてその言葉を受け止めた。
「私は、永井くんにまた会えて嬉しかったよ」
「俺も、また莉菜に会えて嬉しかった」
「うん」と、そう言って笑う莉菜が寂しそうに見えるのは、俺のおこがましい自意識過剰だろうか。
ただ、それが気のせいだろうと本当だろうと、なにかが変わることはないけれど。
莉菜はそこで席を立った。
「それじゃあね。良かったら、また高校の思い出話でもさせてくれたら嬉しいな」
「もちろん。いつかまた、昔を懐かしみたくなった頃にでも」
莉菜は微笑んで、もう一度「じゃあね」と手を振って去っていく。俺は席に残って、その背中が見えなくなるまで見送り続けた。




