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Dependence Ghost  作者: 琴羽
最後の旧校舎
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もう一度

 莉菜がいなくなって、一人テーブルに取り残される。俺もそろそろ店を出ようかとした時、このテラス席に入ってくる人影が見えた。

 彼女は椅子には座らず、俺の隣に立った。


「聞こえてた?」


 田村は首を横に振った。


「もう盗み聞きはしてません」


 今ここで俺と莉菜がどんな話をしていたのか、田村はそれが知りたいんだろう。緊張の面持ちで、俺の言葉を待っている。

 俺は席を立った。


「フラれたよ、呆気なく」


 田村の表情がわずかに動く。それでも、努めて感情を出さずにいるように見えた。


「結婚するんだって。やっぱり、今さら遅すぎたんだ」


 カバンを取って、テラスの出口へ向かって歩く。田村は慌てて後をついてきた。


「先生は、これからどうするんですか?」


 田村からの問いに、少し考えてみる。

 この街を出ることは決めたけど、それ以外は完全にノープランだ。

 この仕事を辞めたって、簡単に新しい仕事が見つかるとも思えない。


「どうしようかな。実は、なにも決まってないんだよね」


 河野のように、新しい道を探したいと思う。

 犬塚のように、両親と会うのに恥ずかしくない人間になろうと思う。

 田村のように、他人に縛られない道を行きたいと思う。


「田村は、あれからどうしてたの?」


 ふと気になって、そんなことを訊いてみた。


「最近は、家の手伝いをしながら勉強三昧です。うち、お金ないですから。奨学金で国公立に行こうと思って」


 そんな話を聞いて可笑しく思うのは、五年前の俺と莉菜も、国公立を目指して必死に勉強を続けていたから。結局は共倒れだったわけだけど。


「俺も、もう一回大学からやり直そうかな」


 本当にただの思いつきで口にした言葉だった。だけど、少し想像をしてみて、それも悪くないかと思った。

 五年前の後悔と失敗をやり直すには、これ以上ない選択だ。


「じゃあ、同級生になっちゃいますか? 私は絶対、鴨居さんの前からいなくなったりしませんし」


 田村はそう言っていたずらっぽく笑う。その笑顔を見ていたら、思わずこぼしていた。


「永井怜」


 店の外へ出たところで、俺は足を止めた。


「え?」


 田村も、キョトンと足を止めた。


「俺の本当の名前」


 田村にはもう、俺の昔の話も伝えている。

 それに、鴨居という人間はもうどこにもいない。ここからは本当の自分として、向き合っていきたいと思った。

 田村の大きな目がさらに大きくなった。

 そして今度は、泣きそうな笑顔を浮かべて言った。


「じゃあ永井さん。保乃科は絶対、永井さんの前からいなくなったりしません」


 莉菜は、ちょうど今の田村の歳でいなくなった。


 俺はやり直すことができたんだろうか。あの時、莉菜を救えなかった後悔を、今、やっと晴らすことができたんだろうか。


「俺も、今度は躊躇ったりしないって約束する」


 あの時の後悔は、もう二度と繰り返したくないから。


「なんですか、それ」


 田村はけらけらと笑うと、急に走りだす。

 この道は学校の方まで続いていた。


「こっちは真面目に言ってるんだけど」


 俺も早歩きになって、すぐあとを追いかける。

 くるり、田村は立ち止まって振り向いた。


「分かってて言ってます」


 少し生意気な言葉も態度も、思わず全部を許してしまいそうになる。


「それより、永井さんはもうこのまま帰るんですか?」

「帰るよ。陽が暮れる前には全部荷物を運び出したいし」


 今日、この街を出る。それからのことは、まだなにも決まっていない。

 大学をやり直すなんて言ってみたけど、具体的な計画や目標なんて、まだ考えてみてすらいない。

 だけど、分かれ道に差しかかるまでの間は、先のことは考えないことにした。


「田村は、ちゃんと学校に戻ってよ」


 忘れていたけど、本来学生は学校に行っていなければいけない時間だ。田村は「えー」と不満げにしながらも、そのまま学校の方角へと進んでいく。

 それから少し歩くと、分かれ道へと差し掛かった。このまま真っすぐ進めば学校で、ここを曲がった先に俺の家はある。


 自然とお互いに足を止める。

 田村の方を見ると、目が合った。


「本当に出て行っちゃうんですね」

「どのみち、あの家にはもういられないから」


 あそこは“仕事”のために、リオから貸し与えられたものだ。仕事を辞めた今、いつまでも残ってはいられない。

 田村は小さくくちびるを噛んだ。


「約束、ずっと覚えておきますから」


 俺は、「うん」とうなずいた。


「保乃科はどこにもいなくならないから……。いなくならないけど、ちゃんと伝えてくださいね」


 田村はそう言って、寂しそうに笑った。

 曖昧なその言葉の奥にある想いに気づけないほど、俺だって野暮な男ではない。

 だから、今の自分が伝えられる精いっぱいを口にした。


「絶対、一緒に勉強でもしようって誘いに行くよ」


 その意図がどこまで伝わったか分からない。

 それでも田村は、とびきりの笑顔を浮かべて言った。


「じゃあ、今日から首を長くして待ってます」


 それから最後に別れだけ告げて、俺たちはそれぞれの道へと進んだ。


 引っ越しが落ち着いて、これからのことが固まったら、必ず誘いに行こう。

 図書室は使えないから、場所は図書館にしようか。

 そしてその帰り道で、きっと伝えよう。


 もう二度と後悔は繰り返さないために。


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