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Dependence Ghost  作者: 琴羽
最後の旧校舎
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49/52

旧校舎からの旅立ち

 ◆


 俺は一人、旧校舎の中を歩いていた。

 電灯による明かりはなく、窓から微かに差し込む月明かりだけが、ぼんやりと廊下を浮かび上がらせる。床は素材も分からないくらいに黒くくすんで、壁に貼られた掲示物は風化して色あせている。

 俺の手の中には武器もライトもない。誰かを探して、そろそろと廊下を進んでいた。


 いったい誰のことを探して、いつからここを彷徨っているんだろう。


 もう何年も歩き続けているような気もするし、まだ歩き始めたばかりのような気もしてくる。

 ふと、廊下の向こうに淡く白い光の塊が見えた。近づいてみると、縦に長いその光は、人間のシルエットに見えた。

 顔の部分はのっぺらぼうだが、長く真っ直ぐに伸びる髪の毛と柔らかな曲線のシルエットから、それが女性の姿だと分かる。

 顔のない、ただのシルエットでしかない光なのに、俺はその人のことを知っていた。


 俺はずっと、この人のことを探していたんだ。


 彼女の目の前まで歩いて、手を伸ばせば触れられる距離で向かい合う。いつの間にか、俺の右手には一枚のお札が握られていることに気づいた。

 のっぺらぼうのその顔と、右手のお札を交互に見比べる。女性の形をしたその光は、逃げることも抵抗することもせず、ただその場に佇んでいる。


 ずっと迷っていた気がする。もし彼女と会うことができたら、自分はどうするべきなのか。

 俺は、手の中の札を床に投げ捨てた。答えなんて、とっくに決まっていた。

 必要なのはこんな武器じゃない。

 淡く光る彼女の手を取る。

 その途端、光が瞬いて、それから霧散していった。


 やがて、光が消えた場所には一人の少女が残されていた。片側の髪を編み込んだその少女は、目が合うといたずらな笑みを浮かべた。


 ◆


 目を開けると、窓から差し込む月明かりで、ぼんやりと浮かび上がる廊下が見えた。

 床は素材も分からないくらいに黒くくすんで、壁に貼られた掲示物は風化して色あせている。

 何度も夢に見た光景だ。だけど、たぶんこれは夢じゃない。

 顔を上げると、歯を食いしばる犬塚の顔が至近距離であった。目が合うと、その顔がパッと輝く。


「鴨居さ……あっ!」


 突然、訳もわからないままに俺は床へ転んでいた。転んだのは、犬塚も一緒だった。

 たった今転んでぶつけたところ以外も全身が痛んで、その痛みでさっきまでのことを思い出す。


「そうだ、俺、気絶して……」


 階段を上り切ると猿の塵霊が三体いて、ポーチから札を抜こうとした。それが記憶の最後だった。

 だけど今、その時とは違う場所にいる。


「もしかして、運んでくれてた?」


 倒れた拍子にぶつけたのか、犬塚は赤くなった鼻をさすりながら答えた。


「まあ一応。全然、ちょっとしか進んでないですけど……」


 でも、とすぐに思う。

 あれだけ強力な塵霊がいたはずなのに、どうやって。

 ふと、犬塚の隣に中原の幽霊が浮かんでいることに気づく。なにか邪魔をしようとするわけでもなく、ただ俺たちのことを見守っているように見えた。

 犬塚は俺の疑問に気づいたみたいだ。


「中原さんが、鴨居さんのところまで案内してくれたんです。しかも、全然塵霊も襲ってこなくなって」


 まさか。

 中原が、俺や犬塚を助けてくれたのか。間違いなく、このまま全部が終わるものだと思っていたのに。


「ありがとうございます」


 礼を告げると、中原はゆっくりと前に進みだす。

 先導しようとしているのだと気づいて、その後ろについていく。まだ全身が痛むけど、ゆっくりとなら歩いていけた。

 しばらく廊下を真っ直ぐ進むと、とある教室の前で中原は立ち止まった。


 この中にきっと田村がいる。


 早くなる心臓の鼓動をなだめながら、ゆっくりと目の前のドアを開ける。

 教室の奥へと視線を向けると、そこに彼女の姿はあった。両手を身体の後ろで縛られて、窓際の手すりに括られている。壁に背中をもたれ、目を閉じて眠っていた。外傷はなさそうだ。

 机を避けながら、ゆっくりと教室の奥まで進む。

 そして、彼女の前で膝をついて、顔を寄せた。


「田村」


 名前を呼んでも起きる様子はない。


「保乃科」


 今度は呼び方を変えてみる。

 人前で改めてそう呼ぶと、なんだかむず痒い気持ちになった。

 と、彼女の長いまつ毛がピクリと動いて、ゆっくりと目が開いた。色素の薄い大きな瞳と、すぐ至近距離で目が合った。

 にい、と。彼女の顔にいたずらな笑みが浮ぶ。


「来てくれるって、信じてました」


 その言葉と表情だけで、全部が報われた気がした。


「帰ろう。もう全部大丈夫だから」


 それが、今日まで五年もの間続けてきた仕事の、終わりの合図だった。


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