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Dependence Ghost  作者: 琴羽
最後の旧校舎
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48/52

旧校舎――3F

 旧校舎に潜入した俺と犬塚は、ほとんど塵霊のいない一階は無視をして二階に上がった。

 田村がどんな状態でこの四階に捕らえられているのかは分からないが、のんびりとしている余裕はない。

 あれだけ塵霊が支配していた二階も、気づけばずいぶんとその数が減っている。時々現れる塵霊を消していきながら、三階に続く階段を探した。

 これが俺たち二人にとって最後の仕事になると分かっていても、できるだけいつも通りに、黙々とうす暗い廊下を進んで行った。


 それは、ひと際長い廊下に出た時のことだった。

 彼は突然、俺たちの前に現れた。

 長い廊下の奥、上階に続く階段の下で彼は静かに佇んでいた。長い前髪で顔を隠した猫背のその幽霊は、あのアルバムの中で見た「中原悟」本人に違いなかった。


 俺は犬塚と顔を合わせた後、猫背の幽霊――中原のもとへと近づいた。

 うす暗闇の中でもはっきりと顔が分かるほどの距離まで近づくと、中原はくるりと背中を向ける。そして、三階へと続く階段をするすると上っていった。

 案内でもしているつもりなんだろうか。


「あの人も、この学校に通っていたんですね」


 犬塚がつぶやいた。


「うん。犬塚がアルバムを見つけてくれたおかげで、彼のことがだいぶ分かったよ」


 あのアルバムがなければ、真知子先生と同級生だったなんて、絶対に気づけなかったと思う。


「あのアルバム、もう十年近く前のでした。その間、ずっとここに一人でいたんですね」


 幽霊になった中原の背中から感情は読み取れない。久しぶりに旧校舎に現れた俺たちを、どんな気持ちで出迎えているんだろう。

 階段を上る中原の姿はすぐに死角になって見えなくなる。俺たちは少し足早になって、中原のあとを追って階段を上った。


 三階へと続く階段を上りきった俺たちを待ち構えていたのは、無数の塵霊だった。

 まるで、初めて二階に上がった時の焼き増しだ。だけど、一見して分かるほどに、ここにいるのは二階よりももっと強力な個体たちだ。

 塵霊の群れの向こうに中原の姿が見える。こっちを見て、これから始まる戦いを観察しようとしているように見えた。


「犬塚、やれそう?」


 俺はベルトに挿した小刀を抜く。


「当たり前です」


 犬塚は小型のエアガンをホルダーから抜き取った。

 宙にはバスケットボールほどのきれいな球体が大量に浮かんでいる他、雲のようにはっきりとしない形状のものも数体確認できる。そして、床には大型犬かそれ以上のサイズの四本足が五体ほど見えた。


 間違いなく絶望的な状況だ。

 なのに、不思議と負ける気がしなかった。


 犬塚と一瞬目配せをして、そして、戦闘が始まった。

 一歩、素早く飛んで塵霊たちとの距離をつめる。小刀を振り抜き、反応が遅れた球体の塵霊に一太刀を浴びせた。力のこもった刃で切られた塵霊は、傷口から光が漏れていく。

 ただ、ここにいるのは、これで終わってくれるような雑魚じゃない。致命傷を与えるには至らずに、活動を続けている。

 宙に浮く個体も、足元の四本足も、いっせいに俺に向かって迫ってくる。


 躱しきれない――。


 その時、パンッ、という発砲音。直後、何かが俺の頬をかすめた。

 それは宙に浮く塵霊へとぶつかると、その衝撃で大きく光が弾けた。二回、三回と、発砲音は続いて、近くの塵霊たちの動きを牽制する。

 俺がいない間も、ちゃんと練習を続けていたんだろうか。犬塚の弾丸は、高い精度で塵霊を撃ち抜いていく。


 俺も負けていられない。


 四方からの攻撃を紙一重で躱しながら、隙を見て反撃を続ける。俺の刃や犬塚の弾丸を受けて弱った個体へ、札を叩き込んでトドメを刺す。

 パチパチ、と塵霊の弾ける音が響き、眩しいくらいに辺りで光が瞬いた。何体もの個体が、次々に消滅をしていく。

 が、それでも圧倒的に数が多い。死角から迫る個体に気づかず、背中に激痛が走る。犬塚が銃で牽制をしても、捌き切れない数の塵霊が同時に襲ってくる。こんなところで苦戦しているわけにはいかないのに、どうしても防戦一方になる。

 それほど相手の数を減らせないまま、時間と疲労だけが積み重なっていく。


 早く、田村のところまで行かないといけないのに……!


 少しずつ、焦りが苛立ちに変わっていくのを自覚した。

 と、一部の塵霊たちが犬塚の方へ向かっていくのが見えた。犬塚は銃を撃ってそれを迎撃するが、わずかな足止めになるだけだ。


「うそっ……!」


 焦りからか照準が定まらず、力のこもった弾はあらぬ方向へ飛んでいく。

 まずい――。

 とっさに犬塚の方へ駆けて、まず一体、空中の個体を消す。犬塚を狙う残りの個体は、球状と四本足が一体ずつ。

 犬塚まで、もう一メートルもない距離まで迫る。その時、苦し紛れに放った弾が、四本足に当たった。一瞬、動きが止まる。

 小刀を一閃、宙に浮く球状のそれとまとめて、二体同時に斬りつけた。動きが止まり、光が漏れていく。

 俺は四本足へ、犬塚は球状の方へ、それぞれ手元の札を叩きつける。

 大きな音が同時に鳴って、それで終わりになった。


「やっっった! 今の見てましたか!?」


 犬塚はぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃぐ。一気に緊張感がどこかに行ってしまった。


「はしゃぐのもいいけど、まだまだ来るからね」

「す、すいません」


 もうこれだけ消耗しているというのに、辺りの塵霊はまだ半分も消せていない。まだ大きなダメージこそ食らっていないけど、このままではジリ貧になるのは見えていた。

 田村のもとまでたどり着くまで、倒れるわけにはいかないのに。


「まだ走れる?」


 犬塚へ提案する。

 もし旧校舎の塵霊に階の移動が許されていないなら、ここにいる塵霊は無視をして、先に四階へ上がってしまえばいい。

 犬塚は、こくりとうなずいて答えた。

 残った塵霊たちが、いっせいに迫りくる。それとぶつかりに行くように、俺たちは同時に走りだした。

 目の前の邪魔な個体を刀で切り払いつつ、群れの中を突破する。犬塚は俺のすぐ後ろにピッタリと付いて、四方の塵霊たちの攻撃から身を守った。


 塵霊の群れを抜ける。塵霊たちが方向転換をしている隙に、そのままの勢いで距離を離していく。

 ここまでは狙い通りだった。

 機動力に優れた四本足が一体、すぐに追いかけてくる。犬塚は振り返って発砲し、俺は進路に札を撒いてせめてもの足止めをする。距離は離せないが、縮まることはなかった。


 だが、背後にばかり気を取られたのがよくなかった。

 前から来る塵霊の群れに気づくのが、ワンテンポ遅れてしまった。正面の進路を塞ぐように、球状の塵霊がびっしりと宙を埋め尽くしている。

 慌てて脚を止めると同時、教室のドアがひとりでに開いた。その教室から、無数の本が宙に浮かんで移動をしてきた。ポルターガイストだ。


「か、鴨居さん……」


 犬塚が震えた声で後ろを指差す。一体の四本足を先頭に、最初の塵霊の群れが迫って来ていた。完全に前後を挟まれた格好だ。


「ごめん、少しまずったかも」


 瞬間、宙に浮かぶ無数の本がいっせいに迫った。身体にぶつかってもそれほど痛みはないが、視界がふさがれて、注意力が散漫になる。

 だから、足元を這う不定形のそれに気づかなかった。

 不意に、みぞおちを強打するものがあって、強烈な吐き気に襲われる。見ると、ミミズのように細長い形をした個体が、足元から身体を伸ばしていた。

 分厚い本が飛来して、アゴを強打した。脳が揺れて、一瞬、意識が飛びかけた。

 すぐに小刀を握り直して、ミミズを真っ二つに切る。


「わっー!」


 驚きの混じった犬塚の悲鳴が隣から聞こえた。最初の群れが犬塚に襲い掛かろうとしていた。


「犬塚!」


 助けないと。

 そう思って走った瞬間、群れの一部が進路を変えて俺へ迫る。飛来する本が落ち着くのと同時に、正面に浮かんでいた塵霊たちまで迫ってくるのが、端目に見えた。


 悪手だった。


 二つの群れに挟まれて、身動きが取れない。このままでは、田村のもとにたどり着く前に力尽きてしまう。

 小刀を振り回して周囲の塵霊たちを牽制する。それでも、背後から、足元から、じわりじわりと攻撃を受けて削られていく。

 犬塚も札を取り出して抵抗しているが、さばき切れる数じゃない。

 四本足が一体、犬塚へと思い切り体当たりを浴びせる。小さな身体が吹き飛び、低いうめき声が漏れた。


 ふと、宙に浮く球体の塵霊たちが一箇所に寄り集まり始める。集まった塵霊は隣接するもの同士がつながって、やがてそれは一つの巨大な球体となった。

 俺の身体をゆうに超えるサイズまで成長したそれは、目の前を立ちふさぐ。


「嘘だろ……」


 こんな巨大な相手に、どうすれば攻撃が通るだろう。


 と、その巨体が動き出す。とっさに小刀を構えるが、想像した以上に速かった。一瞬にして眼前まで迫り、刀身で防ぐこともできなかった。

 全身にその巨体を受ける。

 自分の身体がどうなったのか、一瞬、分からなかった。たぶん、吹き飛ばされたんだと思う。

 気づけば、床に倒れていた。右手には刀の柄の感触はなくて、すぐに落としたんだと分かった。

 最初の群れも、巨大な球体となったそれも、まだすぐ近くで様子をうかがっている。確実に、すぐに次の一撃がくる。

 ただ、吹き飛んだ先が犬塚の隣だったのは幸いだった。犬塚も床に倒れたままで、横を向くと、すぐ目の前に顔があった。


「まだ立てそう?」


 訊くと、犬塚は小さくうなずいた。

 よし、と、自分の中で気合を入れて、素早く立ち上がる。それから犬塚を立ち上がらせて、そのまま手を引いて走った。


 早く階段を見つけないと。


 この状況を変えるには、もうそれしか手は残っていない。

 俺も犬塚も、ときどき足をもつれさせながら走った。もう痛みも呼吸も限界に近いけど、ここで足を止めたら今度こそ終わりになる。

 いよいよ足が動かなくなってきた頃、廊下の角を曲がると、正面にそれはあった。四階へと続く上り階段だ。


 その階段の下に、再び彼の姿があった。中原はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、相変わらず猫背の姿勢でそこに立っている。


「いつまでゲームを続けてるつもりなんだよ」


 中原の笑みは消えない。


「上の階に行くごとに強くなるのも、全部お前が――中原さんが仕組んでるんですよね?」


 中原はなにも答えない。

 今、なにを考えながらここに立っているんだろう。どうしたらここをどいてもらえるんだろう。

 ジャケッの内ポケットにしまった、一枚の札のことを思い出す。

 あれを使えば、中原の幽霊を消して田村を助けに行ける。だけど、彼の抱えるものを知って、無理やり消してしまうことには躊躇いがあった。


「鴨居さん、後ろ……!」


 犬塚が叫ぶ。

 振り向くと、四本足が二体迫っていた。俺と犬塚へ、それぞれ飛びかかってくる。


 今、こんなやつの相手をしている暇はない。


 十枚近い札を取り出して、大きく開けられた口に押し当てた。大量の光が飛び散って、間髪を入れず、また同じだけの札を抜き取ってコアを壊す。

 隣を見ると、犬塚は札を掴んだ手を必死に振り回して、四本足をなんとか牽制している。

 助けに行かないと。と、動き出そうとした時、球状の個体が一体と四本足が迫ってきている。

 球状のそれは動きが早い。弾丸のような速さで、一直線に迫ってくる。


 ぶつかる、その直前に身体をひねって、同時に大量の札を叩き込む。その個体はそれでも動きを止めず、方向転換をしてまた迫る。俺はまた札を抜いて今度こそトドメをさした。

 遅れて、次はまた四本足だ。ポーチの中に手を入れて、ふと気づいた。手に触れた札の感触があまりにも少ない。このままのペースで使ったら、確実にあと数体で終わりになる。

 その躊躇いが一瞬の隙につながった。俺が札を抜くよりも先に、四本足が飛びかかる。二本の前足が俺の両肩を掴むと、そのまま床に押し倒された。

 掴みかけた札が手からこぼれる。四本足は俺の上に馬乗りになって、雄叫びを上げるような仕草をした。

 塵霊に重さなんてないはずなのに、乗りかかられて抜け出せない。


 ふと隣を見ると、犬塚も廊下に横たわって気を失っている。

 眼前で、オオカミのような口がぐわっと開いた。俺の頭を丸ごと食べようと、大きな口が迫る。

 前脚が食い込む両肩が焼けるように痛い。それでも、残る力を振り絞って、強引に身体をひねった。わずかに右手が自由になると、札を抜いてその顔を拭き飛ばす。頭部を失った四本足がよろめいて、その隙にコアを破壊する一撃を食らわせた。

 周囲から塵霊の気配は消えていた。

 廊下に倒れたまま階段の方を見る。中原はまだそこにいて、俺を無表情で見下ろしていた。

 いつものニヤニヤとした笑みはどこかに消えて、つまらなさそうな態度に見えた。


「今、楽しいですか?」


 中原からの返事はない。

 満身創痍の身体に鞭打って、どうにか立ち上がる。


「俺たちがここまで粘るのは、ゲームの筋書きにはなかったですか?」


 長い前髪の向こうの表情は変わらない。

 なにも言葉はないはずなのに、それでもなぜか、ふと直感をした。


「俺がゲームを降りようとしてるのが、そんなに気に食わないですか?」


 その瞬間、幽霊の表情が変わった。

 明確な苛立ちが浮かび、同時に、周囲が完全な暗闇に包まれた。

 窓からの月明かりも、近くに落としたままのライトの明かりも閉ざされた。真っ暗闇の中に、半透明な中原の姿だけが浮かび上がっている。

 そんな状況も無視して、俺は語りかけることを続ける。


「ずっと家の中に引きこもって、楽な方に逃げていたんですよね? その気持ちは、俺もよく分かります。 一度は頑張って勇気を出したことも、そこでひどい不運に襲われたことも、ちゃんと知ってます」


 一歩、中原へ向かって進む。

 まともに歩けず、足を引きずった。


「中原さんは俺を同類と思ってるんでしょうけど、俺はもう抜け出しますよ。ここにいれば事故に遭うこともないかもしれないけど、それでも、やり直すって決めたんです」


 ヒュッ――。

 不意に、なにかが空気を切る音がした。直後、側頭部に衝撃があった。ゴッ、と鈍い音ともに、激しく脳が揺さぶられる。

 一瞬、意識が吹き込んで、気づけば天井を見ていた。床を転がる赤い円柱状のものが見えて、なにが頭にぶつかったのか分かった。


 消火器って。そんなの、打ちどころが悪かったら死んでるよ……。


 中原はゆっくり近づいて来たかと思うと、突然身体を倒して、仰向けになった俺の顔に自分の顔を近づけた。身体が床と平行に浮かんで、幽霊だけにできる芸当だ。

 目の前のその顔は、長い前髪で目が隠れて表情ははっきりと見えない。


「俺が死ねば満足ですか? 一歩踏み出したせいで死んだんだって、仲間が増えれば満足ですか?」


 幽霊はなにも答えない。

 この距離ならいける、と思った。

 俺はジャケットの内ポケットから一枚の札を取り出し、彼の眼前に突きつけた。どれだけ早く動けたとしても、俺がほんの少し腕を伸ばせば触れる距離。

 リオからもらった、幽霊さえ消すことのできる特別製の一枚だ。


 それを直感したのか、中原が固まったのが分かった。

 ずっと遊ばれ続けてきて、初めて優位に立った瞬間だった。わずか一センチ、俺がこの右手を伸ばせば、中原の幽霊は消滅する。

 お互いにわずかも動かないまま、しばらくの時間が流れた。


「なんて」


 俺はつぶやいて、その静寂を壊した。

 右手を下ろして、札も床に放り投げる。こんなもの、今さら使えるはずもない。


「消せません、こんな強引な方法で。人生を無理やり終わりにされたのに、幽霊の生活まで強引に終わったら、もう生まれ変わる気力もなくなりますよね」


 中原は恐る恐るといった様子で、身体を縦に起こしていく。

 身体に力は入らないし、もはや平衡感覚も怪しい。ふらふらと倒れそうになりながら、俺もなんとか立ち上がった。


「ちゃんと成仏してください。一歩踏み出すのに間違いなんてないって、俺が証明をしてみせますから」


 四階へと続く階段を目指して足を進める。中原はその場で静かに浮かんだまま、俺を止めようとはしなかった。

 足にはもう、ほとんど力も入らない。額から垂れた血が目に入って、視界はぼやけてほとんど見えない。それでもどうにか床に落としたライトを拾って、一歩ずつ確実に前に進んでいく。


 一段、また一段、階段を上がる。これを上り切った階に田村がいるんだ。


 何度も意識がなくなりそうになって、それをただ気力だけでつなぎ続ける。何度も躓いて、手をついて、立ち上がって。


 やっと、最後の一段だ。


 それを上り切って顔を上げる。その先に、田村の姿を探そうとした。

 大きく背中の曲がった猿に似た塵霊が三体、俺の目の前にいるように見えた。

 目が霞んで、何重にもなっているのかと思った。だけどすぐに、そうじゃないと分かる。


 ああ、本当にこのクラスが三体もいるんだ。


 ポーチから札を抜き取ると、それが最後の一枚だった。気づいた瞬間、俺の身体は糸が切れたみたいに、あっさりと地面に崩れ落ちた。


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