リオ
月明かりとわずかな街灯だけが照らす通学路を一人歩く。
高校時代の三年間、毎日のように歩いた道。
教師として潜入していた一ヶ月間、毎日のように歩いた道。
もう何度歩いたのか数え切れないけど、きっと今日が最後になる。
住宅街に伸びる歩道を抜けると、木に囲まれた広い校庭が見えてくる。それに沿って少し歩くと、ドッシリとした正門が現れる。
本来、この時間は門が閉じられている。だが今は、まるで侵入者を歓迎するかのように開けられたままになっていた。
周囲に気をつけながら敷地の中を確認しても、近くに警備員の姿はない。
「本当、どんな魔法をつかってるんだろうな」
結局、最後までリオの素性は謎のままだ。
ふと、道の向かいから歩いてくる犬塚が見えた。俺と同じ、今までと変わらない制服に身を包んでいる。
待って、正門の前で落ち合った。
「ついに、ですね」
「実感が湧かないけどね。けど、こうして犬塚と仕事をするのも最後になるんだね」
もはや相棒となった彼女の顔を見る。最初はただの足手まといとしか思っていなかったけど、危ないところを助けられたこともあった。
もう一度旧校舎へ入るつもりはなかったけど、こうして犬塚と最後に仕事ができることを、純粋に嬉しいと思った。
「もう鴨居さんと一緒に仕事するのは無理かと思ってました。だから、よかったです」
「心配かけてごめん」
犬塚は微笑んで首を横に振る。
「行きますよ。早く全部終わりにしましょう」
やっぱり犬塚は変わった。この仕事を辞めると宣言してから、ますます意志がはっきりとしたように思う。
周囲に気を配りながら、正門を抜けて敷地の奥へと進む。警備員や教師に遭遇することなく旧校舎の入り口まで歩くと、すでにリオが待っているのが見えた。その姿に、自然と気が引き締まる。
リオも俺たちに気づくと、にやりと笑みを浮かべた。
「良かった良かった。ちゃんと来たね」
「ここまできて、逃げたりしませんよ」
俺の言葉に、隣で犬塚もうなずいて同意する。
「今夜、可能な限り塵霊の数を減らしてくる。それが条件で間違いありませんね?」
改めて、条件の確認をする。
後になってひっくり返されたらたまらない。
「間違いないよ。別に十体でも百体でも、二人がやれると思った範囲で大丈夫」
それを聞いて、ほっと息を吐いた。当日になって、なにか無茶な条件を追加されるんじゃないかと疑う気持ちがあったから。
リオはそこで、「ただし」と続けた。
「鴨ちゃんはたぶん、死にものぐるいで戦わなきゃいけないと思うけどね」
リオはそう言って不敵に笑った。
「どういう意味ですか?」
嫌な予感がした。
「田村保乃科ちゃん、だっけ? 鴨ちゃんが大事にしてた女の子。この旧校舎の四階で、今も塵霊に怯えながら、鴨ちゃんの助けを待ってるよ」
リオからの言葉に驚きはなかった。
むしろ、納得がいったくらいだ。
「そういうことだったんですね」
ずっと気になっていた。
塵霊を消せるだけ消してこいなんて、リオにしてはあまりにも曖昧な指示だ。俺と犬塚が口裏を合わせて、嘘の申告をする可能性だってある。
なるほど、これがその対策というわけか。
「だって、二人とももうやる気ないんでしょ? だったら、極上のエサを用意してあげなくちゃ」
リオの顔が意地悪な笑みで歪む。
「本当に、食えない人ですね」
「鴨居さん……」
犬塚が隣で心配そうに見つめていた。
「オレはさ、鴨ちゃんのことは本当に買ってたんだよ? 大事な人を塵霊に奪われて、境遇も同じだったからさ。良き理解者になってくれるんじゃないかと、本気で思ってたのにね」
「俺も、残念に思う気持ちは同じです」
行く場所もなかった当時の俺を拾ってもらった恩義もある。塵霊に恨みを持っていた頃は、リオの存在は本当に心強かった。
けれど今、その恩義はすべて消えた。
「この旧校舎、上の階に行くごとに塵霊が強力になるんだよね。二人はもう二階まで攻略したと思うけど、保乃科ちゃんのいる四階、本当にヤバいから。せいぜい死んじゃわないでよね」
リオは半笑いでそんなことを言うと、背中を向けてその場を去っていく。
たぶん、これが最後だと直感した。俺が田村を救い出せたとしても、あるいは本当に死んでしまったとしても、もう二度と俺たちが交わることもない。
思わず、その背中に叫んでいた。
「ありがとうございました」
頭を下げると、犬塚もそれに続いた。
「ありがとうございました!」
顔を上げると、リオが足を止めて振り向いた。
「一度落ちた人間は、一生地べたを這いずり回って生きるしかない。二人とも、あと一回なら拾ってあげるから」
それだけ言って、また歩き出す。その背中はすぐに暗闇の中に消えていった。
もし莉菜と再会をせずに塵霊を恨んだままだったら、俺もいつかリオと同じ道を辿ったんだろうか。
なんとなく、そんなことを思った。
「じゃあ、行こうか」
犬塚と顔を合わせる。
田村のことは心配だけど、今やるべきことは変わらない。塵霊を倒して、上の階を目指す。ただそれだけだ。
犬塚は「はい!」と力強くうなずいて、俺たちは軋む旧校舎のドアを開けた。




