最後の夜
最後のあいさつをしてこの学校を去った俺は、その日の夜、またその正門をくぐっていた。目的の場所はもちろんここの旧校舎だ。
今日が終わるまではこの学校の教師のはずだけど、言い訳の余地を残すために、あえてペンを一本、職員室に忘れて帰った。
今夜、塵霊を求めた田村が必ず旧校舎に現れる。 この確信があった。
無事に学校の敷地内に侵入できると、警備員の目を気にしながら、旧校舎のドアの前で張り込んだ。
時折、仕事を終えた教師たちが新校舎を出ると、まっすぐ正門へ向かって帰っていく。その中に、真知子先生の姿が見えた。先生は正門の方へは向かわず、こっちの旧校舎に向かって歩いてくる。まるで俺がここにいるのを確信しているかのような足取りだ。
今さら隠れる必要もない。物陰から出てあいさつをした。
「こんな時間までお疲れ様です」
真知子先生は少し驚いたあと、「はあ」とため息を吐いた。
「やっぱりいたんですね」
「どうせ今日でクビですから。最後くらい、やりたいようにやらせてもらおうかと思って」
真知子先生は一度周囲を確認してから言った。
「来週から先生が一人復職するって、あんなの教頭が考えた噓です。本来、鴨居先生が辞める必要なんてないんです」
たしかに、タイミングが良すぎるとは思っていた。俺に対する不信が最高潮に達した段階で、穴埋めをしていた先生が帰ってくるなんて。
事実だとしたら、明らかにできすぎだ。
「そんな気はしてました」
「だったら……!」
それでも、理由なんてどうでもいいことだった。
「関係ないんです。もう教師を続ける理由もなくなったので」
「しつこく引き止めてごめんなさい」
真知子先生は力なく謝ってから、言葉を続けた。
「でも、きっと永井くんならいい先生になれると思ったの。だから、こんなに引き止めてるんだよ」
「すみません」
短い言葉で謝ると、真知子先生は寂しげに笑って、それから去っていった。
真知子先生は俺のどこを見て、いい先生になれるなんて言ったんだろう。生徒の名前だってほとんど覚えていないし、授業だって確実に手抜きだった自信がある。
教師失格の烙印を押されることはあっても、向いているなんてことは万に一つもあるはずがないのに。




