戦いの合間に
担当する授業のない日中の時間、駅前の喫茶店で上司であるリオと落ち合った。
この前のノッポとの戦いで手持ちの札をすべて使い切って、この最近は小休止の期間を過ごしていた。
多忙なリオがやっと捕まったのは、ノッポとの戦いの一週間が経った六月のはじめのことだった。
「はい、これうなぎパイね」
リオの開口一番がそれだった。まったく心を込めずにお礼だけ言って、お土産屋の紙袋を受け取った。
「いやー、まさかこんなすぐに鴨ちゃんから呼び出されるとは思わなかったよ」
「すみません。お忙しいのに何度も」
「全然全然。けど、 こんな短期間で使い切っちゃうなんて、ずいぶん無茶したんじゃない?」
相変わらずスーツ姿のリオは、ホットのコーヒーに口をつけると「あちっ」とすぐに離した。喫茶店の中のリオは異様なほどに溶け込んでいて、まるで怪しげなビジネスでも持ちかけてきそうな雰囲気だ。
事実、怪しげな仕事に誘われてここにいるわけだけど。
「この前、人型と戦闘になって。さすがに節約する余裕がなかったんです」
「人型かぁ、それは災難だったねぇ」
リオは全然そんなこと思っていなさそうに言った。
「けどまあ、鴨ちゃんが無事で良かったよ。これ、追加分ね」
そう言ってリオは、茶封筒に入れた大量の札を差し出した。傍から見れば、完全に怪しい金の取引をしているように見えるだろう。
お礼だけ告げてそれを受け取る。
「で? アイツらはどれくらい消せたの?」
リオは机の上に肘をついて、俺の目をじっと見た。適当な数を言って誤魔化せる相手じゃないのは、もう経験から分かっている。
「感覚ですけど、たぶん、まだ一割か二割か……。さすがに数が多すぎです」
「大丈夫大丈夫、分かってて任せてるから」
リオはまた、コーヒーを一口すすった。今度はむせずにちゃんと喉を鳴らした。
「時間かかっても、最後に全滅できればそれでいいよ。あの旧校舎から塵霊を全部消せたらさ、少しは鴨ちゃんの心も救われるんじゃないかと思うんだよね」
旧校舎に潜む塵霊をすべて消すということ。
それは、かつて莉菜の魂を食べた塵霊にも復習を果たせるということ。どの個体が莉菜を食ったのかなんて分からないけど、全部消してしまえば関係ない。
「だから、この任務を俺に選んだんですか?」
「どうかな。ヤバそうな学校だったし、任せられるのが鴨ちゃんくらいしかいなかったっていうのは本音だけどね」
リオの言葉なんて、真面目に聞くだけバカをみる。それでも、リオがあの旧校舎を特に危険視してるのは間違いないと思う。
「そのヤバそうな学校のことですけど、この札で幽霊は消せますか?」
初めて旧校舎の二階に上がった時に出会った、あの猫背の幽霊を思い出す。瞬間移動にも近い速さで動きまわり、校舎の構造を自在に作り変えるほどの力さえ持っている。
人間に対して直接の危害があるかは分からないけど、塵霊を消すことの邪魔になるのは間違いない。
いつもにやけた顔のリオの表情が変わった
「幽霊、出たの?」
俺は深くうなずいて答えた。
「道理でねえ。あの尋常じゃない気配にも納得だよね」
リオは背中をもたれて、大きくため息を吐いた。
「で、倒せるんですか?」
「まあ、幽霊も塵霊も根っ子は同じだからね。どっちも、人の感情が形を持って生まれたもの。倒せないことはないよ」
そう言いながらも、リオの表情は険しい。リオは躊躇いながら言葉を続けた。
「とは言っても、いろんな人間の感情が積み重なってできた塵霊とは純度が違いすぎるよ。幽霊はたった一人の人間の、たった一つの感情で生まれたものだからね」
「つまり、現実問題は難しいと?」
リオは答えの代わりに、大げさに肩をすくめた。
「そうだなぁ。苦労をかけてる鴨ちゃんには、特別にご褒美をあげてもいいかな」
そう言って、リオは鞄から一つの封筒を取り出す。渡された白色のそれは、封筒そのものの厚みしか感じない。最初に受け取った茶封筒とは、明らかに扱いが違っている。
「これは?」
「うん。俺が丹精込めて作った、特別製のお札だよ。使いどころは鴨ちゃんの一存に任せるけど、これを喰らえば幽霊だってひとたまりもないんじゃないかな」
封筒を持つ手に、実際の質量以上の重みを感じる。これがあれば幽霊にも対抗できる。
「ありがとうございます」
他の札とは分けて、スーツの内ポケットの中にしまう。
次にまたあの幽霊と出会う時は、必ず仕留めよう。幽霊による邪魔がなくなれば、旧校舎を調べるのもずいぶん楽になるはずだ。
「鴨居ちゃんには本当に苦労をかけてるからね。これくらいはさせてもわらないと」
リオは軽く笑みを見せた後、おもむろに席を立った。
「それじゃあ、次の約束があるから。犬塚ちゃんにもよろしく言っといて」
ひらひらと手を振りながら去っていく。その去り際に、テーブルの上には五百円玉が一つだけ置かれていった。
「苦労をかけてるとか言いつつ、こういうところはキッチリしてるんだな」
コーヒー代すら割り勘にする上司に少しだけモヤモヤしながら、伝票を持って席を立った。




