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Dependence Ghost  作者: 琴羽
一本のレール
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18/52

怪我

 放課後の学校は空気が少し異質だ。

 部活に集中する生徒や、図書室にこもって勉強する生徒、あるいは塾に行く生徒も多い。それぞれに過ごし方があって、どこか統一感のないような印象がある。

 夕方、廊下を歩いていると運動部の声がここまで聞こえてくる。窓から外を見ると、手前のグラウンドでは野球部が練習をしていた。その中に、河野の姿を探してしまう。


「なにか面白いものでも見えるんですか?」


 声をかけてきたのは田村だった。

 ちょうど下校をするところだったのか、背中にカバンを背負っている。


「なんだか、やけに気合い入ってるなって」

「ああ。やっぱり大会も近いですからね。今年こそ甲子園だとか言って、張り切ってるんですよ」


 窓越しから遠目に見ても、練習に気合が入っているのが伝わってくる。本気で全国を目指そうとするだけの熱量がそこにはあった。

 練習のメニューが違うのか、河野の姿は見当たらない。


「いけそうなの? 甲子園」

「んー、どうなんだろ。河野くんも三年生だし、今年こそ行ってほしいって話はチラチラ聞きますけど」

「河野ってそんなすごいんだ」

「話しているのをちょっと聞いただけですよ。ほら、河野くんってすごくクールだし、野球に一途で、あの見た目ですよ? みんな正確な実力とか、よく知らずに喋ってるんじゃないかな」

「たしかに、ありそうな話だね」


 河野の整った顔立ちなら、女子から注目されるのもよく分かる。そして、そうやって注目されれば勝手な期待もついて回りそうだ。

 そういう期待から身を守ろうとして、河野は練習に逃げたりしていたんだろうか。


「もしかして、河野くんのことが気になるんですか?」

「気になるって、変な言い方するなよ」


 田村は一歩距離を詰めてくる。すぐ間近から色素の薄い大きな瞳で見つめられて、思わず目をそらした。


「気になってますよね? 生徒のことなんて、どうでもいいみたいな態度だったのに」

「そうだけど、自分の学校にすごい生徒がいれば多少は気になるよ」

「じゃあ、すごくない生徒はどうでもいいんだ」

「その訊き方は卑怯だよ」

「じゃあ、私のことも?」


 悲しげに目を伏せながら、上目遣いで見上げる田村の顔が目の前にあった。そんなことはないと、思わず否定をしてしまいそうになる。


「それは……」


 ふさわしい言葉が浮かばずに答えにどもる。俺がなにか言うよりも先、田村は不意に笑い出した。


「冗談ですよ。先生って普段冷めてるから、焦ってる顔面白い」

「田村は――」


 本当は何が訊きたいの?と、その問いは、向かいから歩いてくる二人組の男子の会話によって呑み込まれた。


「なあ、聞いた? 野球部の河野、今日練習中に病院に行ったんだって」


 思わずその二人の方を見た。


「聞いた聞いた。また肩を痛めたんだろ? 今年も予選は投げられないらしいな」

「結局、投げないエースのまま引退かよ」


 気づけば、自然と走り出していた。


 河野を見つけないと。


 今河野から野球が取り上げられてしまったら、いったいどうなってしまうのか。想像することはそう難しいことじゃない。

 勢いで玄関まで走った後、向かうべき場所が分からずに足踏みをした。

 河野はどこの病院へ行ったんだろう。誰に訊けばそれが分かるのか。俺みたいな部外者が、なんて言って訊き出せば自然になるだろうか。

 立ち尽くしたままでいても、状況は前に進まない。まずは野球部が練習するグラウンドに向かって部員たちから話を聞いた。

 それからも少し人を伝っていき、やっと突き止めたのは学校から車で二、三〇分ほど離れた場所にある大型病院だった。

 病院の受付で河野の情報を聞き出すにも苦労をした。教師として信用を得るにも、河野の状況を分かるスタッフを見つけるにも、どうしても時間がかかる。

 結局、わかったことと言えば、河野がもうこの病院にはいないということと、肩の状況がかなり深刻だという事実だけだった。


 今夜、河野は間違いなく旧校舎に現れる。


 野球という依りどころをなくした河野は、間違いなく心に傷を負っているはずだ。塵霊に引き寄せられることは、十分に考えられた。

 一度家に帰って準備を整えると、すぐに学校へと向かった。時刻はまだ完全下校時刻を少し過ぎた程度で、普段の侵入のタイミングよりもだいぶ早い。犬塚を招集しているだけの時間の余裕はなかった。

 警備の人には「忘れ物をした」と嘘をついて、敷地内に侵入をする。

 旧校舎の前まで着くと、そこで気づいた。立てつけの悪いそのドアが、わずかに半開きになっていてる。

 先を越されたのだ。


 半開きのそのドアを開けて、中に入りライトをつける。初めて乗り込んだ時と同じで、玄関からは前方と左右に廊下が伸びていた。

 その三つの廊下のうち一つに、無数の塵霊が浮かんでいる。

 電球サイズもいれば、ハンドボールほどのサイズの玉も浮かんでいる。足元には四本足もいて、明らかにこの廊下だけ様子が違う。


「これは、この道には来るなってことでいいのかな?」


 それともただのブラフか。あいつらにここまでの駆け引きができるとは思えないけど。


「まあ罠だとしても、その時はその時か」


 一歩、正面の廊下に向かって足を踏み出すと、塵霊たちがざわつき始める。ベルトから小刀を抜いて、それから一気に加速した。

 別にすべてを消す必要もない。襲ってくる塵霊を切り倒しながら、廊下をまっすぐに進む。消しきれなかった個体があっても、今は無視して先を急いだ。

 間違いなく、ここを抜けた先に誰かがいる。そして、その誰かというのはきっと河野だ。

 空中を漂う塵霊は、身体を細長く変形させながら襲ってくる。線上になった光が四方から迫り、すべてを対処しきるのは無理だった。足に、腕に、塵霊と触れた箇所へ強い痛みが走る。

 痛みで倒れそうになるけど、それでも足は止めない。今ここで立ち止まれば、一瞬にして袋叩きにあうのは見えていた。


 変形した細い線状の光をかわしながら、飛びかかってくる四本足の個体は札で迎撃する。邪魔な小さな個体も可能な限り消していった。

 そんなことを続けて、やっと廊下を抜けきった。そこは少し広い空間になっていて、隣を見ると二階へと続く階段があった。

 階段を見つけるのは、あの幽霊と出会い、ノッポの塵霊に襲われた時以来だ。

 覚悟を決めて階段を登る。不思議なことに、一階の塵霊たちはこれ以上追いかけてこようとしなかった。塵霊たちにも、なにかテリトリーがあるのだろうか。

 二階に上がると、また空気が変わる。

 目に見える範囲に塵霊の姿はないけれど、なにか強大な気配を感じていた。


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