疑念
「俺たちの目下の目標は、旧校舎の全貌を明らかにして、田村が変な気を起こす前に人型の塵霊を消すこと。そこまでは大丈夫?」
放課後の時間、空き教室で犬塚と落ち合って、これからの方針について話をした。昨日は学校を休んだ犬塚も、すっかり元気な様子だ。
犬塚には、昨日の出来事のすべてを話した。階段のない校舎や人型の塵霊と、それに誘惑されて取り乱した一人の女子生徒のこと。そして、今回の任務が想像以上に危険を伴うことも伝えた。
それでも、犬塚が弱気を見せることはなかった。
「大丈夫です。その人型っていうののヤバさは分からないですけど、どんな相手でも絶対にやりきります」
「なんていうか、言ってることだけは本当に立派だよね」
せめてもう少し動ければ、多少は頼りにできる部分もあったかもしれないのに。
「だけってなんですか! 私、この前はちゃんと活躍しました」
犬塚と初めて旧校舎に入った時のことを思い出してみる。頭に浮かんでくるのは、慌てている姿だけだった。
「そういうことにしておくよ」
「絶対、次に潜入する時は、犬塚がいて良かったって言わせてみせますから」
「じゃあ、期待してるよ」
真面目に取り合うのも面倒で適当に返した言葉だった。それでも、犬塚はパッと顔を輝かせて「はい!」と気合の入った返事をした。
ふと、教室に向かって近づいてくる足音に気づいた。
話を止めて耳をひそめる。足音が教室の前で止まった。嫌な予感がした。
教室のドアに手がかけられるが、ガタガタと音がするだけで動かない。ドアには内側から鍵をかけてある。
「少し隠れてて」
狭い教室に隠れられそうな場所は、掃除用のロッカーが一つあるだけだ。犬塚は黙ってうなずいて、ロッカーの中に隠れた。
それと同時に、ガチャ、と音がした。ドアが開いて一人が入ってくる。入ってきたのは、真知子先生だった。
「なにか用事ですか?」
真知子先生が口を開く前に先手を取った。まさか鍵を開けられるのは想定外だった。真知子先生の手には、マスターキーと思われる鍵の束が握られていた。
「鴨居先生こそ、ここで何をしてたんですか」
「なにって、ただ明日の授業で使う備品を探してただけですけど」
この空き教室には、使われていない備品がいくつも置かれている。余った机や実験の器具、教材の類なんかもあった。もしもの時、言い訳ができる場所を選んだ。多少疑われたとしても決定的じゃない。
「わざわざ、内側から鍵なんてかけてですか?」
「ただの無意識ですよ」
「物理の授業で使えるものなんてここにはない気がしますけど」
「ですね。一応、なにがあるかの確認です」
真知子先生は険しい表情を崩さない。むしろ、なかなか尻尾を掴めずに苛立ち始めたようにも見える。
「熱心ですね。鴨居先生は、ちっとも真面目に授業をしてくれないって聞きましたけど」
「それは僕の実力不足です」
真知子先生はそこで一度言葉を止めた。しばらく何か悩むようなそぶりを見せた後、「はっきり言います」と強い口調で切り出した。
「この学校の教員全員があなたのことを疑っています。教師としての能力はもちろん、何か裏があるんじゃないか、とか……」
そういう噂が出ることは想定していたことだった。それでも、いざ突きつけられると動揺が出る。
俺をこの学校の教師にするため、リオがどんな偽装手段を取ったのかは分からない。たとえどんなに汚い手段だったとしても、クビになるのを阻止まではしてくれないだろう。
「裏なんて、何もないですよ」
「私だって、本気で疑ってるわけじゃありません。けど、もしもやましい何かが見つかった場合、あなたにはこの学校から出ていってもらうことになります。それだけは覚えておいてください」
それだけ言って、真知子先生は教室を出ていった。
ほどなくして、その気配を感じたのか犬塚がロッカーから姿を出した。
「あの、困ったことになりましたね」
「しょうがないよ。ある程度疑われるのは覚悟してたし」
多少疑われたって、決定的な証拠さえ掴まれなければそれでいい。同僚の教師からの風当たりが強くなっていっているのもわかっているけど、それで任務に支障があるわけでもない。
「けど、もし鴨居さんが本当の先生じゃないってバレたりしたら……」
犬塚は不安そうな声を出す。自分一人取り残されるのを心配しているんだろうか。
「大丈夫だよ。それより、打ち合わせの続きしようか」
俺たちの目的は、この学校に潜む塵霊をすべて消し去ること。それ以外は全部、ささいな問題でしかない。




