第八章 侵食
スーさんの容姿について追加しました。
……鍋は嫌だ、鍋は嫌だ、鍋は嫌だ……。
周囲の有様は酷いものだった。
「うわ、所々地面の土が丸見えだ。雑草の根元まで食べたのか?」
「見てよこの幹、樹皮どころか中までやられてるよ。熊や鹿よりも酷いねー」
「侵食の始まった段階で見つけられたのは幸いだったな。コロニーまでの痕跡が分かりやすくなる」
「これが侵食……。デビルローチの総数が一定数を超えると行う行動ですか……」
一団は、森の中を先の追いかけっこの後を辿り歩いていた。
幸い辿るための目印は沢山あった。
果物が生っていたであろう木は、果実を失い幹から枝までをその柔らかい肌を晒していた。
樹木の洞に住んでいただろう鳥やリスなどは、無理矢理引きずり出されたであろう痛々しい後が残っている。
地中で生きていたであろうモグラや蟻も例外では無いようだ。
地面に開いた大きな穴があちらこちらに見られる。
今まで走った軌跡を辿る光景に黒兎は思う。
……逃げるのに必死だったとはいえ酷い有様だなぁ。
辺りを見渡し、気付く。
……そういえば、どこにも見当たらないな。
それに気付いたのは黒兎だけではなかった。
「……死骸。いや、生き物が居ない?」
アルくんだ。
事実、痛々しい痕は幾つもあるが、その被害者も加害者も、死者も生者も残っていない。
彼は答えを求めるように視線をスーさんへ向けた。
視線に気付いたスーさんは頷き応える。
「受付嬢からの説明にあったとおり、これがデビルローチだ。生物、植物、生死を問わず全て奴らのコロニーに回収され、餌になる。死んだ仲間ですらな」
生きている仲間以外はただの餌。
見境無く自分たちの周りにあるものを喰らい増える。
それが悪魔の名を冠する魔虫。
「――だが、好都合なことに奴らはな、食事は一家揃って食べる家族思いな一面があるわけだ」
「成る程、だから組合はこのレベルの手榴弾とあの道具を配布したのですね。コロニーで確実に殺処分するために」
「そういうことだ。幸いなのが、この侵食がまだ一回目ということだ。二回目は一回目部分と、更に広範囲を根こそぎ喰われて、コロニーまでの痕跡を辿るのが難しくなる」
「次の侵食が始まる前にコロニーを見つける。と、時間との勝負になりますね」
「慌てるな。侵食は周囲の環境にもよるが一日に三回程だ。次の侵食までの時間的余裕はある。焦らず行くと良い」
まだ時間の余裕はある。
彼らには気休めでも救いではあった。
●
……この集団一体何なんですかね。いや、話の流れからテンプレ的冒険者なのは分かるんだけどね。
猫の少女の腕の中で彼は思う。
自分を抱く少女を含め、一団を観察する。
一人、槍を持つ男を除いた彼らは森に慣れていないようだ。
身に纏う装備も長袖、長ズボンに頑丈そうな靴。
胸部や脛などの要所を守る皮の鎧。
それらはまだ汚れてはいるが皺も少なく、まだ新品のようだ。
……冒険者になったばかりの新米って感じだな。おまけに種族っていうのか? それも全員違うみたいだ。
始めに視線を向けたのは猫の少女。
「んー?」
彼の視線に気付いたのか微笑みかける。
背中から時折見える尻尾や、ピコピコと動く耳が可愛らしい。
だが、腰の両側に差した短剣と腰裏に下げた解体用のナイフが、普通の少女ではないことを物語っている。
……この中じゃ、あの槍のオッサンの次にヤバイ奴だな。隙が殆んど無いぞ。
何度か逃げ出せないか好機を窺っているが、中々隙を見せない。
周囲を気にしながらも黒兎から意識を外してはいない。
それ以前に槍の男からの注意が一瞬も外れないのだが。
……それに、色んな草と鉄臭い匂いがするな。服か鎧に何か仕込んでる?
少なくとも見た目通りの美少女ではなさそうだ。
視線をもう一人、レーちゃんと呼ばれた少女へ向ける。
……あれって多分、エルフだよな……? 耳が尖がっているし。美形だし。
髪を後頭部で纏めた所謂ポニーテルの少女だ。
金糸の様な金髪を揺らしながら歩いている。
鋭く理知的な翠眼で周囲を警戒していた。
一見すると普通の人間だが、羽の様に広がる耳が特異性を顕示していた。
……前世のイメージ通り、弓が武器なんだな。
携える弓は長さ一メートルに満たない短弓だった。
一見すると、木製の弓に弦を張っただけの代物。
……あの弓、なーんか違和感を感じる。アレ、絶対見た目通りじゃないわ。
大方、魔法か何かの仕掛けが掛かっているのだろう。
この世界は魔法陣が宙に浮かびあがる様なファンタジーだ。
見た目と性能が違う事もあるだろう。
次に視線を移したのはアルくんと呼ばれた青年。
短く伸び、所々跳ねた茶髪。
何処か意思の強さを感じる茶の瞳。
他のメンバーと違い、どこから見ても人間だった。
……片手剣と子盾。パーティーの半数が美少女。優秀な先輩の引率。イケてる面。
視線に嫉妬が混じる。
「……? 何か睨まれているような?」
嫉妬の視線に気付いたのか、アルくんは黒兎に近づく。
「お腹でも空いたのかな?」
そう呟くと、腰に巻いたポーチからある物を取り出す。
「おやつの干し芋だけど食べる?」
黒兎の鼻先に差し出されたそれは、甘い香りを漂わせる。
甘い匂いに思わず鼻をヒクつかせてしまう。
……こ、これは……っ。草ではない久しぶりの甘味!
恐る恐る齧る。
噛めば噛むほど口の中に広がる素朴な甘み。
一口は二口に、三、四と続くのは時間の問題だった。
「良かった。気に入ってくれたみたいだね」
……くっ、おまけに性格も良い……。武器も仲間も王道に次ぐ王道、こいつ主人公か……っ。
猫の少女に干し芋を支えてもらい、少しずつ味わう。
……あー美味いわー。やっぱり、加工した食べ物は自然とはまた違う美味しさだわー。
干し芋を味わうように一口一口を噛み締め、最後の一人である壮年の男へと視線を向ける。
短く刈上げたくすんだ灰色の髪に黒く鋭い双眼。
猫の少女と同じく生える特異な犬の様な耳と尻尾。
それは、愛らしさより、凛々しさを主張していた。
携えた槍は、持ち手の柄から穂先の刃まで全てが黒く、長さは一メートル強程だ。
身に着けた装備は、他の三人の量産されたような画一的な物ではない。
……一人だけ格が違うな。さっきからこっちの動きを逐一把握しているみたいだし。はぁ……どうするかねぇ。
これからの身の振り方に悩む黒兎を置いて、一団は森を進む。
●
「……別グループの侵食ルートが重なったか。コロニーが近い証拠とはいえ、これは参った」
土。
そこには土しかなかった。
耕した畑と言われても違和感は無いだろう。
悪口で『ペンペン草も生えない』とは言うが、それを現実にすれば目の前の光景になるだろう。
「木を根元まで丸ごと持っていくなんて……」
「複数のルートが重なり、コロニーへのルートが紛れてしまっていますね」
「臭いで辿るにはそこらの血の臭いが強すぎるな」
広場からは削られた道が四方八方へ伸びていた。
「このまま真っ直ぐ進んでみますか?」
レーちゃんの提案に、
「いや、侵食のルートは無軌道だ。ただ辿るだけじゃ、また同じようにルートが重なっている場所にぶつかる可能性が高い。それに、逃げるコイツを追いかけてたみたいだしな」
スーさんは黒兎の頭をポンポンと叩く。
体を強張らせ頭を叩かれる黒兎を他所に、アルくんが提案する。
「なら、全ての道を順に進むのはどうでしょう。侵食部分を比較すれば大体の方角くらいは分かるかもしれません。時間的余裕はまだあるようですし」
「まぁ、人数が居ればそれもアリだが。ソレよりももっと良い手を思いついた」
叩いていた手を止め、黒兎の頭に乗せる。
「コイツに案内してもらうか。な?」
全員の視線が黒兎へ集まる。
「俺も鼻が利く種族だが瘴気の臭いはさっぱりだ。だがコイツは鼻が利く魔獣だ。あいつらの瘴気の臭い、感知しているんじゃないか?」
その問いに黒兎は沈黙で返す。
「もちろんタダとは言わない。見ている限り人を襲うような奴じゃないのは分かる。案内してくれれば見逃すし、今後襲われないよう組合にも口添えもする。望むんだったら俺たちと一緒に来るのもアリだ」
「――あっ」
暫しの沈黙の後、黒兎は猫の少女の腕から飛び出す。
一団から少し離れた場所まで歩くと、顔だけ振り返す。
それは、
「ついて来いってことかな?」
アルくんの問いに答えず、黒兎は歩き出す。
「あ、ちょっと待って」
黒兎に導かれるまま、彼らは森を進みだした。




