第七章 邂逅
光が爆ぜる。
刹那に満たない時間であったが、それがいかなる物か知っている。
光が消えると、そこはどこか神秘的な雰囲気を漂わせている。
おまけに爆心地周辺の植物は淡い光を放っていた。
「おーい! 大丈夫ー?」
声を掛け、少女が光が爆ぜた場所に近寄る。
少し離れた後ろを三人の男女が周囲を警戒しながら続く。
「組合の支給品ってこんなに凄いんだ」
年の若い少年が手元の缶を眺め感心する。
先ほど投げた物と同一の物だ。
それに応えたのは槍を携えた壮年の男。
「効果範囲の物体を中位聖術の媒体にできる程に浄化する、プロが使う一線級の物だ。本来なら一流にしか支給されない物だが、事が事で組合も本気なんだろう」
何せ一つ数十万はするからな。
と、付け加えられた言葉に、少年は缶を落としそうになる。
そんな様子を横で眺めていた少女が男に投げかける。
「しかし、そんな高価なものを調査依頼を受けた者限定とはいえ、私たちのような新米チームに渡してしまって大丈夫なのですか? 幸い私たちは資金に恵まれていますが、他の者達は資金難に苦しんでいると聞きます」
性能も値段も第一線級の者が使うだけはある。
貧困に喘ぐ者が転売したり、使用したと虚偽の報告をして秘匿することは十分に考えられる。
少女に男は笑う。
「渡された時に受付嬢も言っていたろう、『未使用は必ず回収します』ってな。この手榴弾には個別に番号が密かに記されていてな、配った番号は渡した時点で控えているから裏ルートで流れても直ぐ辿られる。おまけに組合恒例の謎技術で所持や使用の有無だって分かる」
それに、
「組合が必ずと言ったからには必ず回収するだろう。一時の端金で組合を敵に回すのは御免だな」
その言葉にどこか冷たいものを感じ取った二人は身を震わせる。
「まぁ、組合は良識と常識を持っていれば心強い味方だ。そこまで怯えなくても大丈夫だぞ」
「なら、そんな脅すような言い方しないでくださいよ」
少年の抗議を笑って受け流す。
「……全く。それよりも先ほどデビルローチに襲われていた人は大丈夫なのでしょうか? 彼女、ゴキブリと人の声が聞こえたということで即座に投げていましたが」
●
……び、吃驚した……。あ、死んだ。って一瞬思ったぞ!?
横たわった体に草の地面が心地よい。
辺りが真っ白になる目の痛くない閃光という奇妙な現象に彼は驚いていた。
「し、心臓の音が聞こえる」
16ビートより早い鼓動を刻む心臓に、早死にするんじゃないかと思わず戦慄する。
「あれだけ居たのが全滅って、何だったんだ今のは」
視界には先ほどまで追いかけっこをしていた怨敵が居た。
しかし、一匹残らずそのどれもがピクリともせず山となっていた。
気絶とは違う。生命を全く感じない。
こんなことができるあの道具は一体なんだったのだろう。
そして、あんな道具が使われたということは。
「人間がこっちに来るってことだよなー」
見つかれば昔聞いた童話のようにシチューの具材だろうか。
一刻も早く逃げなければいけない、が。
「あー体が動かん」
現状息をするだけで精一杯だ。
横腹まで痛みを訴え始めている。
思い返せばこんなに走ったのは去年の学内マラソン以来だな、と益も無いことすら頭によぎる。
近づいてくる足音。
せめてもの悪あがきと体を転がし、その場を離れる。
少なくとも一メートル近くは離れたろうその時、人間はやってきた。
「声が聞こえたけど大丈夫ー?」
やってきたのは少女。
前世の記憶からしてもかなりの小柄だ。
「あれ? 誰もいない?」
幸い彼女の後ろに位置しているためか視界からは外れている。
ショートに揃えた茶髪を揺らし、猫のようにパッチリと開いた茶色の瞳が辺りを見渡している。
下から見上げる彼は彼女の特異性に気付く。
……あー、獣人ってやつだな。まじファンタジー。
不思議、不思議と呟く彼女の心情を表すかのように動くものが二つ。
本来の耳があろう場所から伸びる猫の耳と、腰の付け根から伸びる尻尾だ。
顔は整っており美少女だ。おまけにケモ耳と尻尾つき。
前世なら美少女の獣人は凄い事になるだろう。トップアイドルも夢じゃない。
……俺は完全に獣だけどな!
前世なら喋れる兎は凄い事になるだろう。解剖や実験やらで人生が終りそうな意味で。
馬鹿なことを考えていると目が合った。合ってしまった。
「お?」
誰か居ないか辺りの草や、死んだゴキブリを掻き分けていたのだ。
一メートル程度の距離では見つかるのも仕方ない。
「おー?」
彼を驚かせない配慮か、少しずつにじり寄っている。
いくら美少女とはいえ、明日はシチューの具材かもしれないこの身だ。
疲れて動けない、見上げるだけの彼にとっては恐怖でしかないが。
「お――?」
ついに傍までやってきた。
「元気ー?」
指先でつんつんとわき腹を突く。
突く際の感触がくすぐったく、思わず体を捩じらせる。
「おおー」
動いたのが面白かったのか、少女は更に突っつく。
逃れようと体を転がし離れるが、その分距離を詰められる。
止まらない突きの雨に思わず、
「ちょ、止めてくすぐったい。……あ」
恐る恐る彼女を見上げる。
「はぁ……!!」
凄いキラキラした目をしている。
どうやって誤魔化すか、それとも多少回復した体力で逃げるか。
それすら考える時間は無かった。
気が付けば彼女の手の中。
急に高くなる視線。
完全に彼女に抱えられている。
「ねー皆ー! 凄いの居た――!」
●
「レーちゃん! この子仲間にしよ!」
先行して状況を確認していた少女が戻ってきた。
黒い兎を抱えて。
「家にはペットを養う余裕は無いので駄目です。自然に帰してあげなさい」
一瞬納得してしまったが、そうではない。
「いや、襲われていた人はどうしたんだよ」
襲われている人が居ると言っていたのに、連れてきたのは黒兎。
人違いどころか種族違いだ。
「この子だよ。この子の声だったんだよ」
そういって黒兎を掲げる少女。
死んではいないがピクリとも抵抗しない。それどころか諦観しているように見えるのは気のせいか。
「いやいや、いくら魔獣でも角兎は喋らないって」
「ちっちっち。甘いよアルくん、見てよこの毛色と目! 真っ黒だよ! これは他のと一味違う証明だよ」
「色が違うのと喋るのはまた違うと思うんだけど……」
よく分からない証明に異議を唱えようとして気付いた。
この場で最年長の男が無言でいることに。
視線は猫の少女が抱く黒兎に鋭く向いていた。
「すまない。確認するがそいつは喋ったんだな?」
「そうだよスーさん。つんつんしてたら喋った」
ふむ、と考え込むと猫の少女に近寄る。
一歩一歩と近づくたび、黒兎は視線をスーさんと呼ばれた男に集中する。
「成る程、こちらの言葉を理解する知性はあるようだ。なら、――」
黒兎の耳を持ち上げ何かを呟く。
すると黒兎が一瞬硬直し、震えて出したのが目に見えて分かる。
「言い含めておいたから、連れて歩く分には問題ないだろう」
その言葉に猫の少女は喜ぶ。
……多分、脅したんだろうなぁ。仕方ないか。
アルくんと呼ばれた少年は黒兎が可愛そうに思うが、割り切る。
黒兎の額から薄らと見えている角からして、この森特有の魔獣である角兎であろう。
今、猫の少女に抱かれている黒兎が角を伸ばして暴れるだけで少女は怪我を負ってしまうだろう。
角は少女の顔の近く、下手に顔に刺されば生命の危機だ。
……見てて可哀相だけど。
二重にぶれて見える程に振動している。
最も、抱えている少女は振動に癒されているが。
深呼吸をして気を取り直す。
今このチームのリーダーは自分なのだから。
「さて、一段落した黒兎の件は後にして、探索を再開しよう。幸い目標への痕跡は直ぐ近くに在るようだし」




